第161話 吸収
まるで暴風のような怒涛の連撃がハルを襲う。セリスによる刀と槍の二刀流、その目にも留まらぬ斬閃の嵐が吹き荒れていた。
「あーもう! 何で避けられんのよ! おかしいでしょその体の動き!」
「はっはっは、身の程を知れ! 貴様らでは、この私に触れる事など敵わぬ」
「何のキャラなのよそれ! 最近のゲームじゃないわよね!?」
「あ、うん。ここのミニゲーム集に入ってた『アポトシス・サガ』二作目のラスボス」
「あ、アポ……?」
「アホ」
つまりはレトロゲームだ。ミニゲームに収録されているものは大体古い。かなり古い。だが面白い作品も多く、アイリとよく遊んでいる。
まるで聞き覚えの無いゲームの名前に硬直するセリスの腹に、軽く一撃を入れて気つけとする。
「いったーい! 不意打ちなんて卑怯じゃない!」
「……戦闘中に不意を作る方が悪い。キミはセンスは良いけど、精神面で未熟だね」
「道場の先生のような事を……、先生も、あたしには勝てないのに」
「やっぱり、敵が居なかったのがキミの不幸かな」
最初から最強だった故に、それ以上学ぶ事をしなかったのだろう。同程度の力量のライバルでも居れば、もっと伸びていただろうに。
……いや、買いかぶりすぎだろうか。単に『かしこさ』に振るポイントを、『ちから』に全部振ってしまっただけかも知れない。
「でも驚いた。今のでリトライかと思ったのに、生き残ってるんだね」
「はんっ! ナメないでよね! ……危なかったけど」
ハルのフックを受けて、セリスのHPは半分ほど減少している。渾身の一撃、とまでは言わないが、それなりの魔力を込めた物だ。現段階の強化幅では、耐え切れる威力ではない。
確実に一回死んでいるその威力を耐え切るのは、朝からずっと死に続けている物好きな例の彼でも難しいだろう。
セリスも殆どずっとイベントにインし続けているようだが、死亡回数は確実にそれ以下だ。
体力や、運動センスはあるのは間違いないが、ゲーマー達に比べて足りていない物がある。“ゲーム慣れ”だ。
侮る無かれ、これが非常に大きい。判断の早さ、思い切りの良さ、そして何より反復作業への耐性。試行回数の差は如実に出てくる。
そんな彼女がどんなマジックを使ってこんな力を、などとは言わない。分かりきった事だ。<簒奪>を使って、他のプレイヤーから能力を奪い取った。
「その力、<簒奪>で得た物だね? 明らかに一人分じゃない」
「なによぅ? 悪いの? アンタみたいな化けモン、一人の力じゃ勝てないわよ!」
「そういうセリフって、仲間と力を合わせて戦う時に言うものだよね……」
「うぐ……」
少し意地悪な言い方だった。無関係の人間ではなく、味方から譲り受けた力だろう事はハルも知っている。
だが、<簒奪>はゲーム的には歓迎されない力だ、という事を彼女にも認識してもらいたい。
「いいじゃない? ルール的に許可された事、なんでしょ?」
「こういう使い方をしていると、その許可も取り消されるよ?」
「その時は、その時よ」
刹那的な考え無しなのか、それとも頼るべき己の芯が他にあるのか。その、どちらも真である。彼女の態度からはそう読めた。
彼女との戦闘開始は、今から数えて十分前。
時刻は夕刻、そろそろ夜に差し掛かり、これから夕食を、と思っていた所で彼女は来た。タイミング的に、少し焦りが見える。
昼までは一度も顔をだしておらず、自死による強化に励んでいた。本来ならその限界、夜中のギリギリまで力を高めたかったと見える。今の段階では、まだ時期尚早であるのは彼女も分かっているだろう。
「やっぱり、まだ少し強化が足りないね。出直して来たらどうかな?」
「その手には乗らないわ! 今しか無いのは分かってるわよ!」
「そうでも無いんだけどねえ」
「無いのよ、今しか! アンタは知らないのかもだけど、町はいま空前の自殺ラッシュよ。このままだと、アンタがどんどん強化されていく」
「自殺ラッシュ……」
「しかも皆アンタの強化を歓迎して死んでいくわ! 信じらんない。どうやったらこんな手を思いつくのかしら……」
……そう言っているセリスも、喜んで死んでいった一人なのだが。文句は自分自身含め、そういうレベルアップの仕方を率先して示してしまった、攻略側のチームに言っていただきたい。
とはいえ、ハルがこの流れを作り出したのは事実。ハルが直接倒さず、トラップで倒す事で、殺意の所在を曖昧にした。死ぬのはハルの意思によってではない。誰もがそれぞれ、己の意思で死ぬのだ。
ゲーマーならば、効率を取るのは分かりきっていた。飛燕のようにストイックな攻略を志す者は、『期間限定』となれば稀になる。
そうして加速した流れは、強化のスピードと引き換えにハルへの脅威を薄れさせる。
ただ、そこまではハルの思い通りなのだが、予定外の事もある。非戦闘プレイヤーがその流れに加わるのが、ハルの読みよりも早すぎたのだ。
「平和主義の人達は、もう少し躊躇すると思ってたんだけど」
「アンタ、人気者じゃない。自然なことよ。アンタの人気による最初の一歩が無ければ、そうなってたかもね? ……少し安心したわ、自分の人気すら計算に入れてる様な奴じゃなくて」
「ふむ?」
個人から全体の事となり、それも自分も対象となる事で判断を見誤っていたらしい。
ハルの見立てでは、本拠地付近に出来た魔法陣は、主に戦闘プレイヤーが使うものと考えていた。
ハルの強化に繋がる事に葛藤を覚えつつも、利便性には勝てず徐々に利用者が増える。そうして次第にその便利さの虜になり、不利益は頭から抜けて行く。そういった流れの予定だった。
だが実際は、流れを作ったのは非戦闘員が先。突如、本拠地に出現した『名所』にハルと関わりの深い青チームのプレイヤーが押しかけてお祭り騒ぎになり、それを知った各チームも我慢できずそれに続いた。
結果、ハルに流れるポイントは加速度的に増え、それを危惧したセリスが、我慢できなくなり攻めて来たという訳だ。
実のところ、セリスの思うようにハルが加速度的に強化されるという事は、さほど無い。今のハルは生身の強さが優先であり、プレイヤーとしての力はさほど重要視されない。今は後ろで観戦しているユキやルナなどは強化されてしまうが。
なので勝機という点においては、最初の予定通りギリギリまで待つほうが高くなったであろう。これではカナリーが出るまでも無い。
「運営の思い通りにイベントが動かない良い例だ。僕は憎むべき敵のはずだったのに」
「矛盾はしないわよ? 人気が無ければ、そもそも敵にすらなれないっての」
「客観的に見れば、一理ある意見だね」
「運営の目論見が外れまくってるのは同意だけどぉーと、来たわね」
睨み合ったままお喋りを続けていると、放送を見て集結したプレイヤー達が続々と集まってくる。まだ、おのおの強化はし足りないようだが、判断はセリスと同じようだ。ここで刺さねば勝機は無いと。
先走ったセリスに言いたい事はありそうだが、ここは同調し戦うらしい。
「ハル君、暴れて良い?」
「そうだね。こんなに来ても大半はあぶれちゃうし。後ろの人ら相手にしてもらえる?」
「はいはーい」
「げ、ユキちゃんが来る……」
「ハルを相手にするよりは、まあ……」
「逆に考えろ、あのユキちゃんを討ち取るチャンスだ! 今は俺らが強さは上!」
「へぇ。随分と思い上がってるねキミィ。ちょっとレベルが高いくらいで、勝てるとでも?」
「ひぃ!?」
ユキの闘志に合わせ、身に纏った戦闘用のドレス、パワードスーツがするすると変形して行く。長いスカートは分割され足に巻きつくようにして、普段のパンツスタイルに近くなった。
蹴り技も交えて、気兼ねなく戦える形態変移だ。
ここは既に戦場、宣言も無く後方へ、最後尾のプレイヤーの更に後ろへとユキは飛び込んで行く。
<加速魔法>、<飛行>、そしてスーツの力、それらが全て加わった踏み込みは圧巻の速度で、玉座から一瞬で入り口の壁まで到達する。神界の特別に作られた会場でなければ地面が砕けていたのではないか、と思うほどの踏み込みだった。
壁を蹴り着地するついでに、生意気な口を利いたプレイヤーの男の首を刈り取り消滅させる。
「さあ、どっからでもかかって来なよ?」
獰猛な笑顔で手招きする彼女は、ステータスが上の者たちに囲まれているにも関わらず、圧倒的強者の風格を見せ付けているのだった。
◇
「……呆れた、まるでアンタが二人ね。無双してるじゃない、あの子」
「あれでもパラメータは彼らの方が高いよ。でも彼らの反応速度は、その自分の速さに付いていけてない」
「パイロットの差って奴ね。その点あたしは違う! はず、なんだけど!」
「単純に僕はもっと速い」
「お姫さん! やたらめったら振り回すなって。こっちが近づけないぞー」
「だったら魔法で援護しなさいよ!」
セリスとハルの戦いの方も、剣戟が再開される。その剣と槍の嵐をハルが掻い潜っているので、他の近接プレイヤーは近づけないようだ。
「くそっ、ソフィーちゃん呼んで来い!」
「あーダメダメ。何かを察した顔で、『今回は勝てませんね!』って言って、今はファンの人たちと交流会してる」
「なにそれ俺も混じって良い?」
「真の強者には“見え”ちまったんだろうなぁ……」
「魔法で援護しなさいってば!」
避け続けるハルに対して援護魔法が飛んで来るも、すぐ近くにセリスが接敵しているため、大規模な物は使えない。
飛燕による不可視の刃や、他にも投擲スキルも飛んで来るが、簡単な防御魔法で防ぎきれてしまう。
「ふむ。魔法の威力の底上げも多少は利いてるか」
「ハルの強化って、今どんなもんなんだ!?」
「まだそんなに。研究所で現実的に上げられる範囲だね。僕はスキルあまり使わないから影響も薄いよ」
「じゃあアンタのそれは何を使ってるのよ!?」
「ほんとそれ」
「ハル教えて、……もらっても、理解出来ないだろうしやっぱいいわ」
ハルは最近ではもっぱらこの世界の魔法を使っており、それは魔力の操作練度によって威力が増減する。
だがプレイヤーとしてのMPの過多、試合の効果で上がった魔法威力の向上も潜在的に上乗せされているようであり、ハルの使う防御魔法の強度も底上げされているようだった。
「エンチャントとか、鍛えておけばよかったなぁ」
「あんま必要なかったからね」
「飛燕弱いぞ。鍛え方が足りん」
「お前終わったら闘技場な?」
「いやー、終わったら疲れて寝ちゃうかなぁ……」
「ハハッ、普段は徹夜上等な癖にー」
「外野のモブどもうるさいわよ!」
「じゃあお姫さん、あんたごと範囲魔法を叩き込んでもいいか?」
「良いわけないでしょ!」
何だか和気藹々としてきた。近寄れず、ピンポイント攻撃に向く低級魔法も効果が無いとなれば手の出しようが無い。
セリスに向けて強化魔法をかけて支援しているようだが、戦況を覆すほどの効果は得られず、今は彼女の乱舞の見学会だ。
ただし、後ろは決して振り返らない。残っているのはベテランが多い。既に後ろから響く、打撃と言うには轟音に過ぎる破壊音が止んでいる事に、皆気付いていた。
その破壊の執行者であるユキと目が合ったら、次は自分の番だと、経験で知っている。
「だいたい何で反撃して来ないのよ……? 時間稼ぎ?」
「いや、何となくこういうフェーズかなと」
「フェ、フェーズ?」
「一発当てないと次の段階に進まないボスって事だよ姫さん!」
「また魔王ごっこなのね……」
「それに、どうあがいても当たりすらしないと身に染みれば、心折れてくれるかと思ってさ」
この試合、ここでセリスを倒しても終わりではない。時間稼ぎという彼女の指摘も半分は合っているだろう。そういった面もある。
ここで諦めてくれればそれで良し。プレイヤーの強さの上限を知るというハルの目論見は達成できないが、平和に終わるだろう。
諦めはしなくとも、今の戦意高揚した状態のセリスを撃破して、本拠地に戻すのは躊躇われた。
「……そうね。悔しいけど、今のままじゃ勝てない、一撃すら当てられないんでしょうね」
「諦めてくれた?」
「諦めない! そこのアンタ! こっちにきなさい」
「えっ俺? ……良くないよお姫さん、気持ちは嬉しいけど、不倫はちょっと」
「何言っちゃってんのよアンタは! アンタら、そういうコト言わずにはいられないの!?」
「はい」
寸劇を挟みつつ、見学者の一人がセリスの下に歩み出る。
そう、こうなるだろう。今の状態では勝てないと悟ったセリスが取る行動は、他者から<簒奪>で力を奪う事だ。
本拠地に戻して、平和に遊んでいるプレイヤーをその被害に合わせるのは忍びない。
戦う意思のある彼らなら良いのかと言えば、そういう問題では無いかもしれないが、少なくとも問題を大きくしたりはしないだろう。
「力、貰うわよ?」
「まーしゃーないわな。一人ひとりじゃ、勝てるビジョンも見えないし」
「あら? 聞き分けがいいじゃない」
「それに合法的に美少女に触れてしかも吸い取って貰えると思うとうごぁあぁ!?」
「だから! いちいちキモイこと言うなっての!」
「しかも人妻ァ!」
「あたし、まだ婚前!」
……やはり彼らなら問題無いのかもしれない。
騒がしい略奪劇が終わると、残ったのはレベルと、恐らくステータスも根こそぎ吸い取られた彼らの姿だった。
一部は付き合いきれずにこの場を去ったようだが、大半のベテランプレイヤーの力を吸い取って強化されたセリスがハルに向けて、愉悦の笑みを浮かべている。
「あは、あはは、すっごぃ。今のあたしなら、何でも出来そう……」
「あー、放送見てて分かったとは思うけど、今からここに攻略に来るのはオススメしません。彼女の養分にされますので」
「他人の心配っ! してる場合!?」
「速い」
放送の視聴者に向けて注意喚起をしていると、目をそらすなとばかりにセリスが突っ込んでくる。不意を付かれたと言い訳はすまい。凄まじいスピードだ、回避しきれない。
胴体に目掛け袈裟切りに刀を振り下ろしてくるのを、片腕を持って防御するが勢いを殺しきれない。
……なかなか面白くなってきた。待ちわびた強敵との対戦に、目の前の彼女と同様、ハルの顔にも笑みが釣り上がって行くのだった。




