第1608話 溜め池新時代
「そういえば、ソフィーちゃんの田舎では日照り対策などはなにかしているの? その知恵を教えてもらえれば、何かの役に立つのでなくて?」
「うん! やってるよ! それはね、田んぼの下に水が切れた時用の水道が通っているの!」
「……聞かなければよかったわ? ……そういえばソフィーちゃんの居た町は、見た目以外は機械技術の宝庫だったわね」
「うん。道路の下に、どこでも電線通ってるよ」
「ハイテクなんだよねえ」
かつてユキと共に、ハルもその地を訪れたことがあった。
サイボーグ手術を受けることになった人々の療養地も兼ねているその町は、見た目こそ牧歌的な田舎の風景を維持しているが、中身は患者が不自由しないよう最先端の都市整備が整っている。
そしてそのインフラを支えているのは町単位で完結したものではなく、日本国そのもの。
一地域が日照りで水不足になっても、他から持ってきてカバーすればいいという、しごく当たり前であり、またこの土地では決して真似できぬ方法で解決しているようだった。
「私たちも水道管でも通すかしら?」
「どこから?」
「それはその、梔子の国から、かしら……?」
「大工事だ!」
「ごめんなさい。遠すぎるわよね?」
「距離もあるけど、道中の土地が死ぬほど荒れてるからね。水道管へのダメージも酷そうだ」
加えていえば、梔子の国、というよりあちらの国々全般では使用している水の中に、魔法により生成されたそれが、かなりの量混じっている。
その水が混じって運ばれて来てしまった場合、こちら側ではもしかすると、『水』として判定してくれない可能性もあるのだった。
「という訳で、こちら側で完結するシステムを何か作らないといけない訳だが」
「やっぱりここは、嵐の山にダムを作るのがいいんじゃないかな! 夏になれば嵐も洪水も止むんでしょ? そのダメージは、気にしなくってよくなるよ!」
「でも今度は、あり得ない日照りが続くそうじゃない? ダムも干上がってしまうかも……」
「ダム本体は水量の規模で多少耐えられたとしても、それをこちらへ流す川で相当量のロスが出るだろうね。というか最悪、こっちまで届かないかも……」
「うなーご」
「おや、メタちゃん」
話し合うハルたち三人の足元に、いつの間にか現れた猫のメタ。
この地のことを良く知るメタも、『それはやめよう』とでも言うように、ふりふり、と首を横に振って否定していた。
「……結局、外の地獄のような環境を何とかしない限り、根本的な解決にはならないってことか」
「にゃうにゃう。ふみゃみゃん!」
「ん? どうしたのメタちゃん。ああ、それはアレキの思惑通りになるけどいいのかって?」
「にゃっ!」
「まあ、いいんだよ。今はもう仲間だしね。それに、この星の環境をいずれどうにかしようってのは、僕とメタちゃんの悲願でもあるじゃないか」
「ふなぁ~~♪」
「そうだよ! アレキくんのためじゃなくって、メタちゃんのためって考えよう!」
「確かに、そのためにメタちゃんも、頑張ってくれているものね?」
「にゃうん!」
メタの工場も、そのために今日も元気に稼働中だ。メタの分身である猫のロボット軍団も、星中を駆け回り今日も元気に調査中。
その頑張りに報いるためにも、敵だ味方だといっていないで、惑星再生には全力で取り組むべきなのだろう。
「とは言ったものの。今すぐは、まあ無理だね」
「ふにゃぁ……」
「でもどうしよっか! 厳しい夏はもう、すぐそこにまで来ているよ!」
「そこは、逆よソフィーちゃん。今回はひとまず、この夏だけ乗り切ってしまえば、それで問題は解決するわ? 星全体のことは、じっくりと取り組んでいきましょう」
「なるほど!」
「……とはいえ、どうやって乗り切るかと聞かれると、なんとも言えないのだけれども」
「うみゃっ?」
「うん。そこは大丈夫だよメタちゃん。いくらでも方法はあるさ。特に、ゴリ押しの力技で解決は慣れたものだからね、僕らは」
「脳筋でいこう!」
「それは、誇っていいことなのかしら……」
「にゃうにゃう♪」
どう考えても、荒れ狂う外の環境そのものをどうにかするには準備不足だ。
ここはルナの言う通り、ただ一心に、この夏を乗り切ることだけを考えていくとしよう。そう方針を決定するハルなのだった。
*
「そんで、結局どした? どんな方法で、解決すんだろ?」
「それはだねユキ、溜め池を作る」
「普通だーっ!」
「まあ焦るな焦るな。きちんと、窮地を脱するだけの手は考えてある」
「よーし! その考えとやら、聞こうじゃないか、ハル君!」
仲間を集め、来る夏に向けた備えの計画を発表するハル。いつものように話しやすい段取りを組みつつ盛り上げてくれるユキが頼もしい。
しかし一方で、『溜め池』というあまりに普通すぎるハルの提案に、本当に疑問を感じている空気も伝わってくる。
なので、それが問題ないと、この発表で彼女らには理解してもらわねばならないだろう。
「まあ、少し言葉選びが悪かったかもしれない。溜め池というと小規模な水たまりを想像するかも知れないが、実際のところは『ダム』に近い」
「しかしハルさん、ダムは、向こうのお山では環境が過酷すぎて、適さないというお話ではなかったでしょうか?」
「そうだねアイリ。それは、今も変わっていないよ」
「でしたら、そのダムというのはつまり……?」
「このゲームフィールド内部に、作るってことですねー?」
「その通り」
ダムを造るには、外の環境は荒れすぎていて話にならないというのであれば、アレキの力で安定しているゲームフィールドの中に作ればいい。
当たり前といえば、実に当たり前の話ではあった。ある意味なんのひねりもなく面白くない。
まあ、面白さはさておくとしても、その『普通』が出来ないからこそ皆が頭を悩ませているのも事実。
ダムを造る際に何が問題になるかといえば、広大な土地。ただでさえ参加者が増え手狭になってきているこのゲームエリア内に、新たにそんなダムなど建造する余白はもはや無いのである。
「それは、ハル? つまりどこかに、大きな山を新たに生み出す、ということなのかしら? 確かに私のスキルを使えば、出来ない事もないとは思うけど」
「ルナちーの<近く変動>って山まで作れんの? 改めてすげーな……」
「もちろん一気には無理よ? でも少しずつなら、たぶん?」
「魔法以上ですよー? そんなエネルギー、どっから来ているんでしょうねー?」
「それはうちゅう! なのです……!」
まあ、このフィールドで行使されるプレイヤー達の超能力スキル、その力の謎に関しても気にはなるが、それはまた追い追いだ。
あれもこれもと手を伸ばし続けては、収拾がつかなくなってしまう。
「いや、結論から言うが山は作らない。さすがに作っているスペースがない」
「まあ、そうね?」
「今はもうほとんどのエリアに、みなさま入植を終えているのです。そこで自分の国をいきなり山にされてしまっては、戦争待ったなしでしょう!」
「だねぇ。どこに山作ろうが、確実にダムの底に沈む町が出てくるさ」
「公共の福祉で納得、ということでー」
「いやそもそも他国の民だからねカナリーちゃん……?」
他国の公共に協力してやる理由が、どこにあるというのか。飲めるわけがないのである。
「なので、今回は山は作らず、もっとコンパクトに、かつ大量に水を収めておける施設を作ることにした」
「『コンパクト』で、『大量』……? なーんか初っ端から矛盾しすぎて、またヤバいレベルのトンチキ物体が出て来そうな予感が……」
「失礼な。極めてマトモだよ。……たぶん」
もったいぶっていても何なので、ここでハルはウィンドウパネルを開き、そこに建築予定の位置と、完成イメージを皆に発表することにした。
まず建設位置は“拡張前の”南端に位置する土地。ハルにより魔力を追加される前の段階の、円の外周付近となる。
その外は節約のため体積が元のエリアよりも小さく纏まっており、かつ翡翠の魔力も浮かんでいるという不確定要素もあるので却下とした。
「……まあ、土地の選定はいいよ? いいけどさハル君。コレは、なに?」
「なにって、『溜め池』だよ?」
「う、うーむ……」
だがその土地に建てる予定の構造物には、皆一様に、怪訝な視線を向けるのみなのだった。
「な、なんでしょう……! とりあえず、すごく、すごいですー、ね……?」
「アイリちゃんがあなたを全肯定しない時点で、それはもうボツだと思いなさいハル」
「なん……」
「んー、まず見た目が悪いですねー。モノリスですかー、これはー」
「いや厚みがあるからモノリスじゃないよ?」
「そういう問題ですかー」
それは天まで届かんほどの、黒光りする無骨なタワー。綺麗に四角く切り出された側面が、確かにモノリスをイメージさせるか。
いや、実際は真正面から見ない限りは、モノリスと勘違いする見た目にはならないのだが。
その巨大なタワーの中にあらかじめ水を溜め込んで、夏の間を乗り切るというのが、ハルの立てた強引すぎる計画であるのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




