第1605話 進んだようで遠ざかった気のする目的地
本日より新章、また地上へと戻ります!
この星から遠く離れた宇宙の辺境での戦いから何日か。ハルたちは今は、しっかりと重力のある大地を踏みしめ、安定した大気の中でゆっくりとお茶を楽しんでいる。
無事に星の大地へと帰ってきたハルたちは、いや、正確に言えば浮遊する土地の上にある天空城へと帰ってきたハルたちは、しばらくはのんびりとしつつも、今回の戦いで得られた情報を検証する日々を送っていた。
無論、その中には捕らえたアレキへの尋問も含まれる。
「さあー。いい加減観念して吐きなさいー。でないとアレキのぶんのおやつは、私が食べちゃうんですよー?」
「おいカナリーお前馬鹿! オレが喋れないの分かって横取りしたいだけだろそれ! やめろバカ! おい止めろ!」
「恐ろしい、拷問なのです……!」
「いえ、どう見ても子供じみた嫌がらせよね……?」
「カナちゃんが食べたいだけだろーい」
「まあほら、お菓子はまだまだあるから」
「サンキュー、ハル兄ちゃん! 危なかったぜ、食えなかったら、マジ絶望だった……」
「フン。ろくな食生活を送ってきていなかったようだな、貴様は」
「確か『オーガニック』、でしたか? 向こうでの野蛮な食生活が偲ばれますよ……」
「うるせーっての」
そんなハル陣営の食の豪華さに感動しがっつくアレキに、まるで餌付けでもするかのように食事や菓子を提供していくハルたち。
今はいつものメンバーに加え、ウィスト(魔法神オーキッド)や経済の神ジェードも尋問に協力してくれている。
しかし、そうしたある種の賄賂を送ってみても、また逆にカナリーのやったように取引材料にしてみても、アレキからは彼らの連合に関する裏話は、一切引き出すことが出来ないでいるのであった。
「はー。しかしこんな美味いもんが食べられるなら、捕まってせいせいしたとも言えるよな。あっちに居ても、出してもらえんのは生野菜だけだし」
「……さすがにそれは少し、同情しますけどー。今のとこ出てくるのは向こうの食事事情だけですねー」
「それも恐らくは、単に『食べていない』というだけでしょうからね、そもそも。このオーキッドのように、食事行為など『無駄』と切り落とし、研究に没頭しているとかでしょう」
「フン……」
渋い顔で甘いお茶を口に含むウィストも、別に食べることが嫌いな訳ではない。
魔法の研究に打ち込むあまり、寝食をつい忘れてしまうだけなのだ。ハルにも似たような経験がある。
……まあ、そもそもハルも彼らも、眠ることが出来ないのだが。そんな自虐ネタを、ハルは黙ったままお菓子と共に飲み込んだ。
「研究の内容は興味深いがな。魔力をほぼ使用した痕跡がないとなれば、オレの出る幕ではないようだ。正直、興味も薄れた」
「相変わらずの魔法バカですねー、オーキッドはー」
「だよな。変わってねーなぁお前も」
「そういう貴方は、変わりましたかアレキ。魔法を利用しないことを是とする組織に所属するなど。以前は、『いつかオレの魔法でこの星を変えてやる!』などと息まいていたではないですか」
「そうなのね? 微笑ましいわ?」
「……うっせーなぁ。いーだろ別に、誰と組もうとさぁ。それに、連中の中じゃオレはそこそこ、魔法も使っている方だぜ?」
「確かに、あのゲームフィールドの用意に関しては、ほぼ君の魔法のおかげだもんね」
「だろっ?」
この惑星の中でも特に荒れ果てたあの地域において、プレイヤー達が平和にゲームという名の開拓作業を行っていけるのも、アレキの環境制御能力あってこそのことだ。
彼の力がないままでは、仮に家を建てたとて、その家屋も住人も、すぐに嵐に吹き飛ばされてお陀仏となることだろう。
まあ、最初からそんな環境になど陣を構えるな、と指摘してしまえばそこまでなのだが。
「それにさぁ、『意味わからん』みたいな顔してるけど、今の環境で魔法がオワコン化してるのは、ハル兄ちゃんが原因なとこデカいんだぜ?」
「僕かい?」
「あー。まあー、ですかー」
「それは否定できませんね」
「だな」
「なにさ、みんなして」
アレキの指摘に、この場の神は揃って納得顔だ。失礼な話である。
……まあ、ハルも別に馬鹿ではない。言わんとしていることは理解できる。
ただ、ハルとしても、そんな事を言われたって自分でもどうしようもないのだ。
「……僕の支配スキル、僕だって別に濫用する気はないんだ。事実、出来る事ならアレキだって、これを使わずに済ませたかった」
「そう言って全員が納得するはずないっしょ兄ちゃん」
「そだねー。今回も結局、使っちゃった訳だしさ」
「ユキは僕の味方しよう?」
「ふふん。広く大局を見るのも、ゲーマーとして必要なスキルだよハル君」
「そうだけどさあ……」
ただ以前にも自問した通り、確かにこんな力を持った者が我が物顔で闊歩していたら、それは『隠れ潜むな』と言っても無理な話というもの。
魔法では構造的にハルに有利が取れぬとなれば、魔法を用いぬ技術を伸ばそうという機運が高まるのも、自然な話であるともいえた。
「ただまあ今回はさ、オレだって分かってはいるけどね。兄ちゃんがなるべく、支配の力を使おうとしなかったのは。そこは全部、セレステが悪いよ」
「確かにアレキにとっては、タイミングは最悪だったね」
「いや、あれは最悪になるよう、セレステが仕組んだんだよ絶対。穏便に話し合いで済むはずのところを、アイツが前面衝突にならざるを得なくした」
「なるほど? 興味深い意見ではありますね? 確かに彼女は、最初から色々とタイミングを読んでいるフシがある」
「……穿ちすぎだジェード。それなら貴様が、こちらのプレイヤーの怪しい動きも、宇宙に隠れた施設も、探り出せばよかっただけのこと」
「はっはっは。それを言われてしまうと、なんとも言い返す言葉に詰まりますねぇ。……こほん! いけませんよアレキ? そんな適当な事を言って、我々を仲間割れさせようなどと!」
「なんだかなぁ……、調子いいなこのオッサン……」
「お兄さんです」
まあ、アレキの指摘やジェードの疑念も理解は出来る。頼りになるが、一方で何を考えているのか分からないのがセレステ。
そんなセレステの誘導で、これまで二度、事態は彼女の望む方向へと大きく進展した。そうとも捉えられる。
アレキたちのプレイヤー招致の動きを察知したのもセレステならば、今回の宇宙要塞を発見したのもセレステ。
しかしながら、ウィストが言うように彼女がいなければ、ハルたちは更に後手に回らざるを得なかったともいえる。
セレステは純粋に百パーセント、ハルの為に調査を行ってくれた有能な神なのだ、ともいえた。
「まあ、みんなが僕から隠れるように行動するのは、僕のせいだってのは受け入れるしかない」
「ハルさんに『悪い』と思われたら、終わりなのです! そう、思われてしまっているのでしょうか……」
「そうだねアイリ。仕方ないさ」
「だからといって、神の怪しさが消える訳ではないわよ? アメジストからして、そうじゃないの」
「あいつとオレらを一緒にしないでくれよルナ姉ちゃんさぁ……」
「《そうですわ? わたくし、あくまでハル様のために行動しているのですから。そんなハル様から逃げ隠れしようなどという動機と一緒くたに語られたくはありません》」
「……いや、この支配スキル、そもそも『スキル』なんだからさ。君が原因って言えるんじゃないの、アメジスト?」
「《スキルの発現はあくまでエリクシルネット任せですので》」
そのエリクシルネットも、まだまだ謎が多いまま。
さてハルたちは、果たして今後、何処から手を付けていけばいいというのだろうか? 謎が多すぎ大きすぎて、困惑するばかりであった。
◇
「結局さ、オレの領域はどうすんだハル兄ちゃん? 言っとくが、ゲーム閉鎖はできねーよ?」
「なんでさ? ハル君が命令すれば、絶対服従じゃないん?」
「原則そーなんだけど、サ終はオレにも出来ないからな。オレに出来ない事は、命令しようがないし」
「彼らとの契約ってやつか」
「そゆこと。それもあって、あいつらにとってはオレはもう、用済みの手札なんだよね。だから今回切られた」
「そう聞くと、なんだか不憫ね?」
「気にすんなって姉ちゃんさ。オレも正直、これ以上関係ないトコに協力しなくて済んでせいせいしてる部分もある! 美味いもん食えっしな!」
「働かざる者食うべからずですよー? 食べたければ、協力しなさーい」
まあアレキの目的自体は、この星の正常化という純粋なものだ。その計画が進むからこそ、彼は連合に所属した。
しかし今の話だと、集った神の目的はあまり一枚岩とは言えないのだろうか? ここから何かが見えるような、見えないような。
「……まあ、僕としても、君に命じてゲームごと無理矢理吹き飛ばすような事はしないさ。そもそも、支配したからって無理に命令することもしたくない」
「そうなんだ。なんで?」
「他人の行動を僕が決めてやるのなんて疲れるだろう?」
「うわー。兄ちゃんもちゃんとダメな人だった」
「そうだよ。だから、あんまり警戒しなくていいんだけどね」
「じゃあ、うちらも今後も、街作り続けることになるん?」
「当面はね。あのゲームや、地球との関わりを深くすること自体は、僕も最初から賛成してるし」
とはいえその目的の最終地点が見えない事には、手放しで協力は出来はしない。だからこそ、プレイヤーとして潜入しそれを探っているのだが。
しかし相手から見れば、目的を潰しに来ていると思われてしまうのも無理のないこと。
さて、このすれ違いを解消し、なんとか対話で解決する道はないものか。
そしてもし、彼らの目的が危険なものであった場合。それを抑える為の力もまた、ハルは求めねばならないのだろう。




