第1603話 反則を制すのはまた反則
一口に『ハッキングをする』などとは言っても、そう簡単にいくのならばハルも苦労しない。
それが出来るのならば、こんな戦闘自体が起こっていないのだから。
現状の問題を前時代のコンピュータで例えるとすれば、相手は未知のプログラムによって動くサーバーで、ハルはそこに接続するためのケーブルも持っていない。
その状態で出来ることなど、外から鈍器でサーバーラックを叩き壊すくらいしかないだろう。
「……馬鹿なことを考えている場合じゃあない。なんにせよまず、あのドラゴン内部のネットワークに接続しないとね。通信ケーブルが必要だ」
「本来、そのために使われている通信方式も、またあの謎エネルギーなのだろうね」
「ああ」
セレステの推測は正しいだろう。アレキたちは謎の力を電波のように使い、エネルギー源として使うと同時に通信規格も兼ねている。
その力の活用方法を持たぬハルたちには、ハッキング以前にネットワークへのアクセスすらおぼつかない状態だ。
「だが対象はそこにあるんだ。触ってしまえば侵入は出来る」
「うむっ。ネットワークそのものが攻撃兵器であることが裏目に出たね」
「そのための手法は二種類ある。魔力か、ナノマシンだ」
「口に出して言うと実にややこしい」
なので最近は魔力の方は『魔力』で統一しがちなハルだった。
「《どっちに、するの、ハル?》」
「ナノマシンの方だ」
「まあ、君といえばそちらだからね」
「《魔力なら、ぼくらも、サポートできるのに》」
「そうだね。けど、相手も対策が取りやすいのも魔力だ。それと、今回は特別相性が悪い」
敵は今も再生を行いつつ、周辺を短距離ワープで逃げ回っている。それを、魔力弾の残滓を目標に<転移>したユキとソフィーが追い回し、追撃の手を強めていっていた。
その様子からも見えるように、魔力によるハッキングは敵のワープに対応できない。接続に成功してもワープされれば途切れて、最初からやり直しになってしまう。
その点、物理的にナノマシンであるエーテルを接触させれば、それを巻き込んだ状態のワープは致命的にはなりはしない。
もともと空間を越えた通信を可能とするエーテルネットの性質上、その状態でも通信は保たれるのだから。
「しかし、それはそれでどう接続するね、ハル? 宙域全体にエーテルを増殖させ拡散するかい?」
「いいや。それはそれで非現実的だ。最初は、直接接触させる」
「《わたくしの、でばんですね!》」
「ああ、よろしくねアイリ」
「《はい! お任せなのです!》」
今まで、モノと共にブリッジで観戦していたアイリたちが、満を持しての登場だ。
ただし、その出撃はユキのように生身での突撃ではない。きちんと宇宙での戦いに相応しい、専用の装備を伴っての出陣だ。
「《ルシファー、発艦する、よ》」
この母艦から出撃する艦載機のように、輝ける十二の翼を纏った天使が飛び出して来る。
この船や敵の更に巨大な竜の翼から比べれば小さめにも見えるが、人間と比較すればしっかりと巨人サイズ。
その船上に降り立った巨人の胴体に開いたコックピットへと、招き入れるようにルシファーはハルの身を収容していった。
「来たわねハル。さあ、行きましょうか」
「私の出番ですよー? 待ちくたびれましたー。最初からルシファーで出れば良かったのではー?」
「真打ち登場、ですよカナリー様! ここからが、大将戦なのです!」
「ですかー。ならいいですかー」
「そうそう! やっちゃえやっちゃえ! あはははは! ロボットすごーい。かっくいいぃ~~」
「……うん。なんでヨイヤミちゃんも乗ってるのかなみんな?」
「その、断り切れなくて……!」
「『絶対乗る』って駄々をこねるんだもの、この子」
「連れて来ちゃいましたー」
「……まあ、内部の安全は保障するけどさ」
とはいえ、どんどん深みに巻き込んでいることに間違いはない。あまり、わがままを聞き入れてばかりではいけないかも知れない。そう感じてきたハルだ。
だが今さら降ろす気も起きないハルも結局同罪か。揃って甘やかしすぎである。
「でもハッキングするとか言ってなかったお兄さん? 結局、決戦兵器でぼっこぼこにするの?」
「いや、予定は変わってないよ。このルシファーはねヨイヤミちゃん。ハッキングツールにもなるのさ」
「これは巨大な、エーテル増殖炉でもあるんですよー?」
「ほえぇ~」
ルシファーの動力は、過剰増殖したエーテル粒子。本来大きな物体を動かすことに向かぬエーテルだが、限界を超え凝縮したそれを、全身に詰め込む事で強引に出力を確保している。
そしてその起動キーとパイロットを兼ねるのがハル、そしてアイリの存在なのである。
「無尽増殖」「無尽増殖! です!」
宣言を受け瞬く間に増殖し天使の全身に回ったエーテルは、すぐさま贅沢に使い捨てられて羽から放出されてゆく。
それは漆黒の宙に煌めく白い輝きとなって、ルシファーの機体を派手に彩った。
「この放出に、通常のエーテルを混ぜあのドラゴンに『感染』させる」
「おお! なーるほど!」
そのためのルシファー、それゆえの接続機器としての活用だ。
母艦を離れふわりと浮き上がった天使の躯体は、すぐさま加速し粒子の尾を引きながら大翼のドラゴンへと迫る。
今もユキたちが取り付き押さえ込んでいるその身に向けて、衝突するような突進でルシファーは強引に接触を果たした。
「第一段階はクリアね? エーテルの放出は正常に完了。敵表面への付着を成功したわ?」
「むー、ただー、無効化が思ったよりも早いですねー? 付着と同時に、これは内部に取り込まれているのでしょうかー?」
「食べられて、しまっているのです!」
「こいつもそもそも、無数の細胞の集合体みたいなものだったね。ある意味ルシファーの親戚か」
その総数は比較になるはずもなく、いってみれば太陽に隕石でも放り込んだようなもの。取り込まれ、溶かされてしまうのも無理はないか。
「まいったね。ハッキング以前に、エーテルの保護をどうにかしないとか? これは」
「それとも、食べきれないほどのエーテルさんを増殖してやりましょうか! わたくしたちの本気を、見せる時なのです……!」
「そしたら逆に取り込んでやりますよー?」
「あっはは! カナリーちゃん、やっぱり食いしん坊だぁ」
表面からの吸収の余裕などなくすべく、組みついたルシファーはその両の腕から体内で加速した荷電粒子砲を連射する。
ゼロ距離から強引に体表を削り取り、逆に敵の細胞を粒子へと砕いてゆく。こちらの腕も反動によりダメージを負うが、修復速度の異常さもまた、ルシファーの強みであった。
体内に満ちる材料および燃料の、決して尽きることなし。
「……よし、破損したルシファーの破片に混入したエーテルが、吸収を免れた」
「乱暴すぎる解決法ねぇ……」
「さすがにルシファーの装甲板を取り込むのは、骨が折れるようですねー?」
「あとは、内部にアクセスするだけなのです! チェックメイト、でしょうか!?」
「チェックメイトはまだ気が早いかな、アイリ。まだ『通信ケーブル』を繋いだだけだ」
「大丈夫ですよー。いくら未知のネットワークとはいえ、私とハルさん、二人の管理者が揃ってるんですー。敵じゃありませんー」
「おお! もう解析できたんだ、カナリーちゃん!」
「いえー。見当もつきませんがー」
「おいおーいっ!」
「そう急かさないでくださいよー、ヨイヤミちゃんー。いいですかー? まずは相手の細胞形状から、回路構造を推測してですねー」
「あっ、必要ないよそういうの。ほら、もう侵入できちゃった」
「はいー?」
思わずコックピット内の全員が振り返るほどの、ヨイヤミの異常な発言。
しかしそれは冗談でも子供の虚言でもなく、彼女から渡されたデータは、それが紛れもない真実であることを示しているのだった。
*
「ほい。アクセス完了」
「……まじか。……相手が初見の独自構造だろうが、お構いなしとは」
「どういうこと? この子の超能力が、神にも通用したというのかしら?」
「らしいですー」
「すごいですー! ヨイヤミちゃん!」
「えっへん。アメジストちゃんにも、褒めてもらったもんねー」
流石は、アメジストが目を付け彼女の計画に利用した逸材、といったところだろうか。
しかし、ヨイヤミの超能力に感心してばかりもいられない。彼女は、あくまで接続を完了させてくれただけだ。
敵の自由を奪うような働きは一切なく、そこから先は、ハルたちの仕事であった。
「あっ。気付かれた。逃げる気だよ」
「分かるのかしら?」
「うん。なんとなく」
「大変です! ワープされちゃうのです!」
「そうはさせませんよー」
「《うん! させないよ! 私に任せて!》」
機体の外から、元気にソフィーのかけ声が響く。侵入を察知し、この場からの離脱を図ろうとするドラゴンの体、ではなく、何故かあらぬ方向へと、ソフィーは<次元斬撃>の刃を振り回した。
「《とうっ! こうやって周りの空間を刻んで乱してやれば、こいつはワープに失敗する! さっき見つけた!》」
「でかしましたよー」
「……さらっと異常なことをやっているのではなくて? 彼女も?」
「うん。実にヤバイ。けど二人へのツッコミは後だ。カナリー、今は僕らの仕事を果たそう」
「はいー」
ハルとカナリーは、開いた経路から敵の全身そのものを使って構築されたネットワーク、その内部へと侵入を果たす。
そこまで出来てしまえば、あとはやることは普段と同じ。
いかに独自のプログラムにより構築された存在とはいえ、それを生み出したのはカナリーたちと同様の神だ。
基盤となる技術は同じであり、その『翻訳』に大した手間などかからなかった。
そうして、大した間も置かぬ間に巨竜の体はその動きを停止させて行き、そしてすぐに完全停止。
その身はドラゴンとしての形を保てなくなり、残ったのは、宇宙に浮かぶ丸い灰色の塊だけだった。
ここに、この大規模すぎる戦闘はハルたちの勝利により終結したのである。




