第1602話 首の長さは弱点の長さ
敵を抑えるとはいったところで、その気になればすぐにワープし逃げてしまう敵を捕らえておくのは並大抵の事ではない。
少なくとも、こちらも相応に<転移>を駆使して縦横無尽の戦闘を行う必要があった。
「ユキ、ソフィーちゃん。今回は少々、頭こんがらがるかも知れない」
「まー、上も下もない宇宙だしね。何とか対応してみせるよ
「へーきへーき! ズバッとしてばびゅんだ!」
再びワープし姿を隠した大翼のドラゴンを警戒し、高速で周辺宙域を旋回するハルたちの戦艦。
至近距離からの強引な撃ち合いでも決着は可能だが、やはり可能な限りこちらの被害は無い方が望ましい。船にはアイリたちも乗っているのだ。
となると今度は、近接戦闘員を遠距離の敵にまで届けなくてはいけないという問題が浮上する。
しかも宇宙スケールの、超広域戦闘、かつ超高速戦闘の中でだ。
のんびり宇宙遊泳していては、ドラゴンの位置まで辿り着けるはずがない。かといってこの天之星で運んで行っては、距離を取って戦う意味がない。
「なので、こちらも当然<転移>を交えて戦うんだが」
「魔力どーすん?」
そう、<転移>によるワープでは、事前に<転移>先に魔力が必要。自在に魔力無しワープを決めてくる相手には、こちらが不利だ。
かといって戦闘宙域は広すぎて、全域に魔力を充満させるのも一苦労。ではどうするか。
「《まあ、見ていてよ、きみたち。ぼくがきみたちを、導いてあげる》」
「そろそろ来るよ! 皆、構えたまえ!」
「わっ! 本当に来た!」
センサー類にも一切の予兆が察知されていなかったにも関わらず、セレステはその戦闘センスのみで敵の攻撃タイミングを読み切った。
船の至近をドラゴンの吐き出した超高温のビームじみた炎がかすめ、次々と通り過ぎて行く。
反撃しようにも敵は決して主砲の射線には入らず、隙なく慎重に位置をとっている。
「《ぼくらの武装が、断裂砲だけだと、思ったら大間違い、だよ》」
「おお! 弾幕!」
そんな慎重派の敵に対して、対策が浅いと言わんばかりに艦の全身から超高速の弾丸が無数に発射される。
それらは宇宙の闇に輝く流星となって、一瞬のうちにドラゴンに到達、直撃した。
巨大すぎる翼は回避行動の邪魔になり、敵は広範囲にばら撒かれた弾幕を回避しきれない。
しかし、この程度なら直撃したところでダメージは軽微とみたか、ワープで逃げるまではいかないようだ。その身で受けつつも、ブレスを強行する。
「《低威力の副砲と、侮った、ね?》」
「それが命取りさ。さあ、行くんだユキ、ソフィー!」
「ふえ?」
「いくって、」
急すぎる振りに対する彼女らの疑問は最後まで発せられることはなく、その姿は船上からかき消える。
強制<転移>により出撃させられて行った二人の行き先は、当然のように敵の眼前。
直撃した砲弾の残滓たる魔力溜まりを目印にして、二人は一瞬のうちに最前線へと到達した。
「目の前かーい!」「いきなりかーい!」
仲良く叫びを上げる元気少女ふたりは、それでいながらも体は冷静に対応を行っていく。
ソフィーは既に剣を払って<次元斬撃>を発動しており、ユキも漂う魔力渦を利用して分身を生成、また魔力を固めた足場を蹴って更に体表へと距離を詰めた。
「接触されたら、バリアは張れないみたいだねぇ! おりゃっ!」
「そもそも私には、バリアは無意味!」
強烈な拳の一撃にて、自分の身の丈ほどもある体表のトゲを吹き飛ばし宇宙の藻屑とするユキ。
あらゆる常識を超越し空間防御すら無効化するソフィーの<次元斬撃>。
二人のドラゴンバスターに取り付かれ、竜は苦悶の叫びを上げる。
「ハル、君からも援護射撃を!」
「ああ、分かってる」
ハルもまた神剣を振りかぶると、二人が取り付いた巨体に向けて叩き込む。その際に、ソフィーが開いた空間の傷に向けて差し込むことも忘れない。
「わあ! すぐそば横切ってったー!」
「危ないだろいハル君ん!」
「当たらないように撃ってるし、君らなら避けられるでしょ」
「当てなきゃ危ないことして良い訳じゃないんだぞー! 配慮がだなー、はいりょがー」
「そうだぞー! 事故がなー。リスクがなー」
「はいはい。楽しそうにしてないで、攻撃に集中する」
「はーい」「はーいっ!」
もちろん万一にも当てないようハルも気を配るが、二人を避けて神剣を放つ余裕はない。この機に一気に追い詰めねば、意味がないのだ。
彼女らも言葉のうえでは危険行為に抗議するが、実際はそんなスリルを目一杯に楽しんでいる。
大ボス戦にありがちな、じわじわと刻むような積み重ねではあるが、徐々に敵の体力そのものでもある肉体の総量を削っていった。
「このままチビドラゴンにしてやる! ていっ!」
「……うーん。私の方は切っても斬ってもすぐくっついちゃって意味ないなぁ。切れ味よすぎるのも、問題か!」
「だいじょびソフィーちゃん。ソフィーちゃんが開けた穴から、ハル君が叩き込んでくれる!」
「でも、どうせなら私が自分でダメージ与えたい! そうだ! このチャンスに、やっぱり首を狙おう! こんな長くて斬って欲しそうな首してるんだもの!」
……別に斬って欲しくて長くしている訳ではないだろうが、弱点に見える気持ちも分かる。
ソフィーはアンバランスに細長く伸びるドラゴンの首に狙いをつけ、<次元斬撃>を放つため刀を構え移動する。
そうして直接首を取れる位置にまで飛んだソフィーは、炎をその口に溜め反撃して来ようとするドラゴンにも一切の躊躇い見せることなく、その刀を横一文字に切りはらった。
「……惜しい! 見た目より首太かったかー!」
その攻撃は確かに命中したものの、一息で首を飛ばすには至らない。
その綺麗すぎる切り口は、今までと同様にすぐに接着してしまうかと、そう思われたのだが、何故か今回だけ再生が遅れているようだ。まだ灰色の、のっぺりとした断面を見せたままである。
「お? おお? チャンスかな!? それじゃあ重ねてもう一発、<次元斬撃>で首ちょんぱーだっ!」
「待て! 深追いしちゃダメソフィーちゃん!」
「およ?」
追撃のチャンスかと思われた再生不備は、あろうことか敵の罠。それに気付いたユキが止めるが、攻撃姿勢に入ってしまったソフィーは対応が一手遅れた。
首の断面からは炎が溢れ、超高温にゆらぐ火炎がソフィーの身を焼き尽くさんと輝きを強くする。
「<転移>で呼び戻すかいハル?」
「いや、このままで」
そんな地獄から直接手招きに来たような炎を前にしても、ソフィーの体は恐怖に硬直することも回避行動に舵を切ることもない。
あくまでこのまま、二度目の<次元斬撃>を、相打ちになってでもその首に叩き込む。それだけを考えて動作を開始していた。
「なら私もちょっと無茶して、良いとこ見せちゃおっかなぁ!」
そんなソフィーの覚悟にユキもまた、決死の行動に切り替えサポートする。
周囲の分身が獄炎を噴き出す傷口とソフィーの間に飛び込んでくると、その身を炎から守る盾とする。更に、それだけでは終わらない。
なんと自ら炎の中へと飛び込むと、ユキの分身は最後のコマンドを起動した。
「自爆!」
「うひゃあ! ユキちゃんごめーん!」
「問題ナシ! それよか、やっちゃえソフィーちゃん!」
「うん!」
ユキの自爆の衝撃が炎の一部を吹き飛ばしている隙に、ソフィーは完璧な位置取りを終える。
そして、追加の<次元斬撃>が、今度こそドラゴンの首を完全に切断したのであった。
*
「よっしゃ! 今だ! 宇宙の彼方まで蹴っ飛ばしてやるーっ!」
「《ぼくも、手伝う、よ。ユキ》」
「モノちゃ、助かる! やったれやったれー、ってあぶなー!?」
分断されユキに蹴り飛ばされ自爆の勢いで更に吹き飛ばされようとしている首に向けて、モノもまた情け容赦なしの主砲の一撃を撃ち込んだ。
いつの間にか竜の身を射線に捉えていたハルたちの船は、今回は首だけをピンポイントに狙う細い砲撃を放つ。
ソフィーの開いた空間の傷も影響し、その一撃はバリアを通り抜けて分断された首に完璧に叩き込まれた。
「ホームランだあー!」
「いっけ! そのまま場外だ!」
ユキとソフィーすら余波でまとめてふっ飛ばしつつ、ハルたちは大幅な敵の容量削減に成功。
その体積がそのままネットワークの処理能力に繋がるこのモンスターは、これで性能もその分大幅に削られる羽目になったはずだ。
たまらず、ワープでまた身を隠す巨大な翼。しかしそのワープには、吹き飛んだ首はどうやら付いて行けなかったらしい。
「ふむ。やはり生物にとって、首なんてものは弱点にしかならないのだね。最強生物を目指すのならば、胴体に首を埋め込んだ、ずんぐりむっくりにならざるを得ない、という訳か」
「……なにをしみじみ語ってるんだよセレステは。嫌だよ僕は、そんなドラゴンは」
ロマンを取るか、不格好でも性能を取るか。そういう話になってくるとでもいうのだろうか。
そんなハルたちの与太話はさておき、宙域では再びモノの放つ弾幕がワープした首無しドラゴンを捉えた。
再生中のその体に、ユキとソフィーがまた<転移>しすぐさま取り付く。
さて、この攻勢の勢いに乗りハルも、決着に向けての最後の一手、ハッキングによる操縦者の拘束を果たすべく行動を開始した。




