第160話 思わぬ味方
その後は、しばらく小康状態が続いた。皆、“レベル上げ”に勤しんでおり、攻めて来ないというのもある。
だが最大の理由は、多くの者はそんなに一日中ゲームばかりやっていられないという事だ。
放送も見所が無くなってきた。再び休憩時間とし、ハルは仲間と語らって過ごす事にした。
「僕はこのゲームが生活と化していたから、感覚が麻痺してたね。そりゃ休むよね皆」
「げーむはせいかつ!」
「ぽてとちゃんは休まなくても平気?」
「へいきー。さっき、休んできたよ?」
ぜんぜん平気のポーズで、『むふーっ』、とアピールするぽてと。ぽてとも、この小さい体で中々のヘビーユーザーだ。割と深夜に、ギルドホームまで遊びに来たりする。
「夜が勝負になりそうだね。皆、そこで集結して向かってくるだろう」
「そこまでは休み休みやって、最後の数時間は走り抜けようということね? 0時までだったかしら?」
「そうだよルナちー。……あれ? どっちの0時?」
「日本時間だよ。ユキもこっちに染まって来たね」
「だってぇ……」
ユキの場合は、起きても体がこちら側だ。実はこの中で、最も日本での生活と遠い位置に居たりする。
ルナも今はハルのポッドを使ってログインしており、不意のログアウトは気にする事無くプレイ出来た。ハル陣営のメンバーは、イベント期間中は皆休まず戦える。
「王女さんは平気? ぽてと、見ていてあげるから、おうちに戻って休んでいいんだよ?」
「ありがとう、ぽてとさん。わたくしも大丈夫ですよ!」
「すごいね!」
「ハルさんが守ってくださいますから」
「らぶらぶだ!」
答えになっていないが、ぽてとは気にしない。何となく、本当に大丈夫である事を見て取っているのだろう。ある種ハルのような洞察力を持っていると言える。こちらは理論ではなく、直感による天性の物であろうが。
アイリも今は、体内のナノマシンを最大限に活性化させて乗り切っている。一日くらいなら、これで屋敷に戻らずとも対応可能だ。
とはいえ体に負荷がかかる事は否めない。明日は、ゆっくりと休ませてあげたいところだ。
「しかし、暇だね。今回は僕ら、建築が封じられてるから。ずっとイベントに入ってても、やる事が無い」
「本当なら、休む間も無く攻めてくる侵入者に対処したり、その間を縫って城下町を襲いに行ったりと忙しかったんだろうねー」
「運営からしてみると、勝手にハルが暇になっているだけ、なのでしょうね?」
「文句は筋違いか」
「ハルさんもこの間にお休みください!」
決戦は夜、と目している。ならばそれまでに決戦の準備をするべきだが、今回ハルにはすることが無い。
いつもなら『侵食力』に振るポイントを稼いだりと忙しいが、今回それは敵の撃破により自動で増えて行く。収集や建築等の、やる事は無かった。
敵のチームである六陣営も、魔力の侵食勝負を仕掛けて来ることは無く平和なものだ。今も少しずつ黄色チームの陣地が広がって行っているが、何処もノーガードである。
自身の強化に余念が無いか、ただ仲間と大規模な建築をして遊んでいるか、そのどちらかの両極端だった。
「『自殺の名所』の設置が大きいんじゃないかな。あれ、ハル君が陣地広がるごとに境界線上に置き直してるから、どんどん侵食してくれた方が近くなる」
「そうだね。侵食にはポイント振るなって言ってる書き込みもいくつかあるよ」
「侵食力を上げる建築もするなって指示してる人も居たりで、少しギスギスしていますね? ……何とか出来ないでしょうか?」
「ふむ」
アイリの言う『なんとか』には二種類の意味がある。ひとつは当然、使徒同士の無意味な争いを収めてあげられないか、という優しさから来るものだ。
そしてもうひとつ、その諍いを、なんとか利用してこちらの有利になるように運べないか、という漁夫の利的な算段だ。
「まあ、要は『自殺の名所』が近くにあれば良いんだ。解放は二つ。手っ取り早く全土を侵食してしまうか、向こうのチームと交渉して、『名所』を陣地内に置かせてもらうか」
「前者は、厳しそうね? やれるならとっくにやっているわ?」
「逆に後者を達成する事で、前者も自然に満たすでしょうから、考えるならばやはりそちらでしょうか」
どうにか友好的な陣営に、『自殺の名所』こと魔方陣型トラップを、本拠地付近に設置させてもらう。そうすれば、敵陣で撃破した事となりポイントにもボーナスが付く。
結果、侵食も早まるというものだ。
だがしかし、どうやって交渉するか。掲示板ではやりにくいし、このイベントの開催期間中は敵陣営との個別チャットも封じられている。
ハルのフレンドは熱心なプレイヤーが多く、大抵がこのイベントへ参加していた。
「それならね。ぽてとが交渉するんだー」
「頼めるのかな?」
「うん! リーダーは、対抗戦でもリーダーだから。きっと、おかせてもらえるよ?」
ぽてとのリーダー、ギルドマスターであるシルフィードだ。ぽてと同様、ハルとの関わりも深く、関係も良好だ。話を聞いてくれるだろう。
ハルはぽてとに連絡を任せ、自身は手動による侵食で、少しでも領土を広げる事に努めるのだった。
◇
「おっけーだって!」
「ありがとう、ぽてとちゃん」
ぽてとによる交渉はすぐに纏まり、シルフィードの領地、ではないか、青チームの本拠地近くに魔方陣を設置させて貰えることになった。
「でもハルさん。どうやって作りに行くの? ハルさんが行くと、さすがに騒ぎになるよ?」
「それはね、これを使う」
「あっ! ぞっくんだ!」
「そうだね。ゾッ君に魔方陣を持たせて行こう」
正確には、ゾッ君を通してハルが現地で<魔力操作>を行い、魔方陣を作成する。
ハルの分身を必要最小限まで縮小した遠隔操作ユニット、『ゾッ君』。もふもふした可愛らしい見た目で、これならば警戒心もあまり刺激しないだろう。
「ハルさん、だっこして良いよね? 持って行くんだから、だっこしないと行けないもんね?」
「いやゾッ君は自分で飛べるんだけどね?」
どうしても抱っこしたいらしい。『それもハルである』と言う事をよく言い含めたが、意思は変わらないようだった。
「……シルフィードには抱っこさせちゃ駄目だよ?」
「リーダー、寂しがるだろうなぁ……」
正確には、羨ましがる、だろうか。シルフィードは理知的な見た目と喋り方に反して、かわいい物が好きである。ハルに作成を依頼してきた服も、妖精を思わせるメルヘンチックな衣装だった。
ぽてとの見立てによれば、どうやらゾッ君も好みの範疇でああるようだった。
「じゃ、いってきまーす」
「気をつけてね。黄色の陣地内なら、砲撃で援護できるけど」
「だいじょうぶ! ぽてと、<潜伏>して行く!」
言うなり、ぽてとの姿と気配が薄くなり、やがて消えて行く。ぽてとの持つスキル、<潜伏>。光学迷彩のように姿を消し、その名の通り潜伏する、非常に優秀なスキルだ。
音すら立てず、この清浄な神界においては足跡すら残らない。空気の乱れだけが、彼女が出発した事を知らせてきた。
「……行ったのかしら?」
「うん。消えてすぐ行ったね」
「ぜんっぜんわからん。強敵だ……」
「ユキなら、攻撃されれば直前で気付くと思うよ」
「暗殺者には打って付けですね。ぽてとさんのように、穏やかな方が持っていて良かったです」
もしあのスキルをこの世界の住人が持っていたら。又はハルのように、NPCにも攻撃可能なように制限を外されたプレイヤーが持っていたら。考えるだに恐ろしい。暗殺し放題だ。
最も、この世界においては魔法による犯罪捜査も優秀なようだ。足跡が残ってしまう下界では、それだけで十分な手がかりになるらしい。
「……さて、それよりもハル? ソッ君は何人に抱っこされるでしょうね? 私は、少なくともシルフィードは抱っこすると思うわ」
「ルナ、彼女とは親しいの?」
「いいえ。……家柄に遠慮しているのか、学園では話しかけて来る事は無いわね」
「あっ、やっぱシルフィーちゃんってガッコの人だったん?」
「ええ、恐らくは。可愛い子よ? 向こうでも。そして可愛い物が好きよ」
「あちらでは、見た目が違うのでしたね。わたくし、未だに想像しにくいです!」
向こうでは、少し地味めのお嬢様なシルフィードだ。学園でハルとルナを見かけるたび、視線を送ってくるので確実であると思われる。
派手な格好をしているこちらでも、随所に育ちのよさが見え隠れしており、本質は変わらないのだろう。休日は化けるタイプだ。
「なるべく抱っこは避けようと思うけど、あまり露骨に逃げるのも目立つし、避けきれないかもね」
「淫獣ね? 開き直って女の子達の体を堪能なさいな」
「お風呂には入らないよ」
「ゾッ君とお風呂! 楽しそうですね!」
淫獣。マスコットキャラである事をいいことに、ヒロインのお風呂にまで着いて行くような行いの事だ。ゾッ君も、そういった見た目や立ち位置であると言える。
形は違うがあれもハル本人なので、そういう噂が立たないように事前説明はきちんとしておいた。<魔皇>から<淫獣>に格下げはご遠慮願いたい。
しばらく待つと、ぽてとが青チームの本拠地へと到着し、陣頭指揮を取っているシルフィードの所へとトコトコ向かって行くのが見えた。いや、ゾッ君はぽてとに抱えられているので、見えるのはシルフィードだけなのだが。
青チームは、今回も彼女を中心として建築に力を入れているようだ。
地球の建築様式を用いた、正統派のお城、その場内のエントランス部分に本拠地が設定されている。非常に雰囲気が良い力作だった。
ここにたどり着くまでの道中は城下町が建設中で、次はそちらに取り掛かるらしい。
「《リーダー! ぞっくん連れてきた!》」
「《まあ可愛らしい。お帰りなさい、ぽてとさん》」
「《ぞっくん! おねがい!》」
早速出番のようだ。ハルは、ゾッ君はぽてとの手から降りると、青の本拠地付近に<魔力操作>し魔法陣を設置し始める。
作業はすぐに終わり、神聖でおごそかな見た目の魔方陣が地面へと描かれた。
「《魔王城の付近の物とは、デザインが違うのですね》」
「別に魔方陣のデザインで魔法を出してる訳じゃないからね。本拠地にあんな禍々しいのがあったら嫌でしょ?」
「《わっ、喋りました……、ふふっ、ずいぶん生意気な喋り方なのですね、見掛けによらず》」
「僕の喋り方は生意気なのか……」
「《……って、ハルさんですか、この声は? ……失礼いたしました》」
「いやいいけど」
「《えいやー!》」
二人が魔方陣の方に目を向けていると、後ろからぽてとがその中へと飛び込む所だった。
一瞬で光に飲まれて消滅し、本拠地からすぐにまた出てくる。そして、再び魔方陣の中へと飛び込んで行った。それを何度も繰り返す。
「《たのしいね!》」
「《楽しい、のですか? ともかく、これならあまり悲壮感も無くやれそうですね。死んでいる、というよりは転移しているようにしか見えませんし》」
「エフェクトが光だからかね」
聞くところによれば、『死んでレベルアップ』に興味のあるプレイヤーは非戦闘員でもそこそこ多かったとのこと。
だが、死ぬのにはやはり抵抗がある。それに魔王城の方にまで進出して行っては、ハルに敵として認定されてしまうのではないか。そう思って尻込みしていたようだ。この場所なら、その懸念も無くそれが出来るだろうとシルフィードは語る。
「別に敵視したりは無いんだけど。まあ言わなくても良い事か」
「《ええ。ここに魔方陣がある事で、お互いにメリットは大きいです。ハルさんも、ここなら撃破ボーナスが増えるのでしょう?》」
「……そこを気にする人との諍いは起こるだろう。それは先に謝っておく」
「《気にする人はいませんよ? 少なくともここで建築を楽しんでいる人には。貴方に好意的な人ばかりですもの》」
「城に攻めてる人から文句が出る事もあるだろうさ」
「《それこそ今更ですね。私たち、もう余ったポイントを黄色チームに送っていたりしてますから》」
「……そうだったのか。それは助かるよ。ありがとう」
どうりで、たまに計算が合わない事があると思った。彼女たちが支援してくれていたようだ。
他チームに援助を贈れる今回の仕様。どうやら味方だけではなく、敵であるハルへも支援が出来るようだった。確かに『敵へは送れない』とは何処にも書いていないが、普通送ろうとは思わないだろう。明らかな抜け道だった。
シルフィードが語るには、ハルの服飾店の客層を中心に、ハルに好意的な層は案外多いとの事だった。ルール通りに、敵対する気は特に無いらしい。
最近では魔道具の開発についても教えていたり、その販売をしている事も効いているようだった。
思わぬところで味方を得たものだ。
そんな風に、全てが敵と思っていたハルにとっても意外な展開で、試合は進んで行った。
これからシルフィードは、各チームへゾッ君を送って魔法陣を設置させてもらうよう交渉してくれるようだ。
それはハルの力を増す事に繋がるが、同時に敵の強化もより容易にするだろう。
そうして高まった互いの力は、夜を迎え、ついに激突する事になるのだった。




