第1599話 固形化した夢の大気
寄り集まり、くっついて融合し、破壊された怪物の破片は再び生物としての形を取り戻す。
灰色をした不気味で凶悪そうな姿のモンスター。『宇宙怪獣』としか言いようのないそれらはここに再生を果たし、再び元気にハルたちの船を追って虚空を遊泳しはじめた。
いや、なにもかもが元通りというわけではない。一つだけ、以前と変わった部分がある。大きさだ。
元から人間を一口に飲み込めるサイズの大柄なモンスターであったが、融合した肉片のサイズの問題か、それとも小型では敵わなかったので巨大化を果たしたのか。彼らは全て一回り、その体格を増していたのであった。
「復活怪獣だ!」
「うむっ。定番ではあるがね。迎撃リソースの再利用、合理的ではあるが目新しさに欠ける」
「どこだっけ? ハルさんの学校のやつ?」
「いいや。君は知らないかもねソフィー。エメを追い詰めていた時の話さ」
「《エーテルの塔の迎撃システムっすねえ。確かにあれも、雑魚の大量放出をしていたっすけど。しかしあれの本質はリサイクルというよりは、絶対に負けないだろう潤沢な魔力に任せた物量戦。今回のとは、毛色が違うっす》」
「まあね。こいつらは、ほぼ魔力を感じない。倒しても再利用できないのは私の方だ。やってくれるものだね?」
「セレちん対策なんか?」
「どうだろうねユキ。ただ私一人を、そこまでピンポイントにメタる意味はないと思うが」
「《ふにゃ~~?》」
「うむっ。君ではないねメタ」
「《にゃおっ!》」
話している間にも次々と、セレステは戦場にクリスタルの花を咲かせ続ける。
せっかく蘇った個体も含めて、怪物たちは再び粉々の破片へと内側から『破裂』し分解される。
だが、大方の予想の通り、それらも再度、融合し再生し凶悪な見た目を取り戻していくのであった。
「ははっ、どんどん巨大化していくじゃないか。こうなると内側から吹き飛ばすのも、骨が折れるというもの」
「<次元斬撃>も、そろそろ切り取れるサイズを超えちゃうね! まあそんなの、一度で切れなきゃ二回斬るだけなんだけど!」
「これはアレかねハル君。おなじみの、『復活するごとに対策して強くなる』、あれ」
「かもね。いや逆に、何の対策もしなかったらただの的なんだけど……」
とはいえ、なんの準備も施されていない自動迎撃プログラムであれば、そんな器用な真似は出来はしない。
そこには必ず、神の計算力とそれを生かすための専用装備が存在する。
神の方は、まあ確実に後ろにアレキや翡翠が居るとして、問題はそれを受け取るこの宇宙怪獣達の素材の方だ。
魔力を持たない灰色の粘土に、どのようにしてそこまでの力が宿っているというのか。
「《簡易解析、出たよ、ハル》」
「モノちゃん。どんな結果だ?」
「《うん。奴らの肉片は、どうやら本当に生物の細胞に近いらしい、よ。全てが、有機物で、構成されているね》」
「いきものなんだ! 本当のかいじゅー!?」
「いや、そんなはずはないよソフィー。落ち着きたまえよ」
「《うん。厳密には、生物とは、呼べはしないよ。ただその在り方が、生物のそれをモデルにしていることは、間違いない。翡翠の、作品かな》」
「やるな、ヒッすん。バケモノの群れを生み出してこそ、一流のマッドサイエンティストよ」
確かに、マッドサイエンティストが生み出した狂気の産物として、こうした超細胞モンスターというのは定番だ。
しかし現実的に考えれば、不死身の細胞だけあったところでそれ単体で可能な行動は知れている。
ここまで臨機応変な変異を見せるということは十中八九手動操作だろうが、その命令を受け取る素材が、非常に優れているのもまた事実。
「《ぼくの仮説を語る、よ。奴らはナノマシン生物にして、奴ら自身がネットワーク。日本人の使用しているエーテルネットワークを、固形化した物だと、推測するよ》」
「個体エーテルネット……」
「ふむっ。兵器でありつつも、奴ら自身が計算機の役割も果たすという訳か!」
「《例の新入りの、存在がなければね。『エリクシル群体』とでも、呼んでいたところだね》」
「それは止めてあげよう」
「呼称など、蹂躙しつくして使用者から聞き出せばいいのさ!」
セレステはなおも宇宙の闇に輝く薔薇を咲かせ続けるが、その棘も次第に、宇宙怪獣改め、ナノマシン生物には通じなくなってきている。
次第に一撃では分解しきれず、大型になるにつれ撃破に時間を要するようになっていた。それはまた、ソフィーの<次元斬撃>も同じこと。
「やるじゃあないか。単純な対策で、かつこんな非効率な技術でも、これだけ数が揃えば面倒ではある」
「非効率なの? こんなに強そうなのに!」
「うむっ。というよりも、魔力魔法が効率が良すぎるのだよ。ハルでもなければ、ただの魔法の完全下位互換にしかならないだろうさ」
「ハルさんならいけるんだ!」
「まあ、一応管理者なんで……」
確かに、ナノマシンである『エーテル』そのものを兵器として活用する案はハルにもあった。というより、既に使用している。
天使型巨大兵器である『ルシファー』がまさにそれであり、あの兵器の真骨頂は内部を満たす飽和しきったエーテルの雲だ。
ただし、それはこの怪物たちと同じことが出来ることは意味しない。
エーテルには『寿命が短い』という致命的な欠点があり、こうしたひたすら再利用する運用には向いていないからだ。というか無縁だ。
ハルの操るルシファーは、内部でひたすら追加のナノマシンを無尽増殖させて、使い終わった物は翼から次々と放出し捨て去っている。
機能性の他に、カッコイイ演出にもなっていた。お気に入りである。
「ただルシファーだって、その『燃料』の生成には結局魔法を使ってるからね。こいつらみたいに、魔力なしで再生なんて出来はしないさ」
「そいやこいつら、何をエネルギー源にして動いてんの? やっぱ、例の謎エネ?」
「まあ、ほぼ……」
「確実に、そうだろうねぇ」
揃って頷くハルとセレステ。
そう、いかに優れた細胞があったとて、エネルギー源なしに無限に活動したりしない。その燃料となっているのは、どう考えてもこの場が発信源と目される例のエネルギー。
それがある限り不滅というならば、確かにガーディアンとしてうってつけなのかも知れない。
「さて、いつまで腕を組んで見ているつもりだいハル。私にばかり任せないでおくれよ。こう見えて、『本業』の方もそこそこ大変なのだよ?」
「ああ、うん。周年イベントの開催お疲れ様。そうだね。ネタも割れたなら、このまま一気に処理しちゃおうか」
彼らは不死身であっても、不滅ではない。そして何より、強敵でもない。
ただ復活し続けるだけの雑魚に、いつまでもかまけている訳にはいかないのだ。
ハルは一歩前へと踏み出すと、薄く透き通り煌めく自らの愛剣を振りかぶるのだった。
*
「消し飛ばせ、『神剣カナリア』。ナノマシン細胞だっていうなら、構造が保てぬレベルに消滅させてしまえばそれで終わりだ」
「いやそれだいたいどんな敵でも終わるやーつ」
ユキの実にもっともなツッコミは聞こえないふりをして、ハルは神剣の光を解き放つ。
何故かハル自身の想定を大きく上回る被害範囲をくり出す絶好調の光閃は、巨大なドラゴンを思わせる形状に変異したモンスターを両断、更にはその断面の周囲を完全に『消失』させた。
切り裂かれた空間自体が爆発するかのようなハルの神剣は、再生など許さぬレベルで敵の体を削り取っていく。
その効果範囲は巨大化し集合していればいるほどに致命的で、セレステやソフィー対策に合体した者ほど、効率的にその身を蒸発させられていってしまうのだった。
「見たまえよ。所詮、この程度にしかならないのさ。だからこそ、我らが採用することはない技術ということだ」
「《自分では対応しきれなかったくせに、偉そうなセレステ、だ》」
「適材適所というものさ」
まあ、その気になればセレステだって対処は可能であるのだろう。
ただ、この場は実際ハルが片付けた方が早く、かつハルに花を持たせてくれたという理由もあるのだろう。
決して、どう転んでも面倒そうな相手だからそろそろサボりたかった、という理由ではないはずである。はずだといい。
「じゃああとは、捏ねて纏めて、それをハルさんが焼き上げて、その繰り返しで終わりかなぁ?」
「雑さがいいジャンク風味を演出してるね。てか、結局私の出番はなしかー」
「いやそうでもないよユキ。なにやらもう一段階、何かやってくる気のようだ」
「おお! 破れかぶれの巨大化で、最終形態か!」
「負けフラグ!」
「結局何をしようと、ハルの為に的を大きくしていることには変わりないさ。ハル、変身を待つ必要などないよ」
「まあ、そうだね。少々気は引けるが……」
無事な怪物までも加えて、次々と一点に引き寄せ最後の巨大化を行おうと集合するモンスター達。その形が組み上がるまで、待つ必要はない。
少々遠い上に、変身中は攻撃してはならない、という不文律を破るようで気は引けるが、一気に容量を削る絶好のチャンスである。
ハルは形を崩し一つの球となり溶け合う細胞達に向け、情け容赦なしの神剣の輝きを解き放った。しかし。
「なに……っ?」
「ほう。防いできたか。面白くなってきたね、ハル」
距離があり減衰していたとはいえ、原理上防御不能なはずの神剣の光。その輝きが、敵の眼前でぷっつりとかき消されてしまったのだった。
※誤字修正を行いました。「終わた」→「終わった」。オワタ、ではないです。どんな書き順でミスしたのでしょうか……。誤字報告、ありがとうございました。




