第1590話 崩れる積み木の街をいかにするか?
そうして一時しのぎではあるが水不足の問題も解決し、ハルたちの街は更なる発展を遂げてゆく。
最終的な建国予定地の範囲内も次々と建物が埋まってゆき、多くのNPCが生まれ、それぞれの生活を営み始めた。
現代日本風の家に住みつつも、素朴なファンタジーじみた生活を送る姿はなかなかにシュールなところはあるが、おおむね予定通り。
今のところ大きな問題なく、街は発展を進めていっている。
ところどころ調整や新たな施設の考案も必要となって来るだろうが、このまま進めれば、いずれアルベルトの思い描いた立派な王国が完成するだろう。
……しかし、そのためには乗り越えなければならない大きな課題が一つ。
「……あの荒れ果てた、というか現在進行形で荒れ続けている魔力圏の外。あの環境をどうにかしないと、今後の発展は必ず詰まることになるね」
ハルはお屋敷の窓から、雨の降りしきる庭の景色を眺めながら、メイドさんの淹れてくれたお茶の香りを楽しんでいる。
空の上から地上を見下ろす天空城ではあるが、ここにもしっかりと雨は降り、屋内待機を要求してくる。
今日も朝からそんな雨の日で、地球でいうならば少し早い梅雨の気分を感じさせてきた。
もちろんやろうと思えば、気分一つで雨雲を吹き飛ばせる人材がここには多数揃っている。
しかし、時には雨の日の落ち着いた気分を楽しむのもいい。そこは自然に身を任せ、雨音のリズムに耳を傾けるハルたちだ。
「ねー。ハルお兄さんー。おうちの中は退屈だよぉ。お兄さんたちの力で、雨雲ばびゅんと吹き飛ばしちゃってよー」
「我慢しようねヨイヤミちゃん。僕らの勝手で天候を変えたら、下の王都の人たちが驚いちゃうよ」
「ぶ~~~っ」
そう、ハルたちが気まぐれに天候を変えない理由は、この天空城のその位置にもある。
梔子の国、その王都の頭上に座するこの場の天気を変えてしまったら、眼下の街に暮らす人々がその気まぐれに振り回されてしまうためだ。
「我慢するですヨイヤミ。どれ、白銀が、遊んでやるです!」
「お姉さんぶっちゃってー。本当は白銀ちゃんも退屈なんじゃないのぉ?」
「なっ!? お、お姉ちゃんぶってるんじゃねーですよ? 白銀は、れっきとしたおねーちゃんなのです! そうですよね、空木!」
「そうですね。そういうことを言い出さなければ、もっとおねーちゃんらしいです」
「こんにゃろーです!」
「あははー」
退屈な雨の日の室内を、どたどた、と駆け回る小さな三人。その姿に目を細めつつ、ハルはそれぞれの世界、それぞれの土地の雨の日の光景を順に切り替えてゆく。
今日は偶然にも、多くの拠点が雨の中。ここも、地球も、開拓地も。あいにくの、あるいは恵みの雨天の中へとさらされていた。
特殊強化されたガラス屋根の通路の中へと入り込み、多少窮屈そうにしながらも普段と変わらぬ日々を過ごす日本の人々。
大通りを傘の切り絵で彩りながら、または濡れ鼠になりつつも忙しそうに路地を行き来する、この世界の眼下の人々。雨の日の仕事は大変そうだ。
そして、雨天であろうと関係なく農作業に精を出す開拓地のNPC達だ。恵みの雨であるのは分かるが、作業中の事故には気をつけてほしい。
「今日はどの世界も雨だからね。大人しくしていようか、ヨイヤミちゃん」
「お兄さん心配性すぎー。こんな雨程度なんてことないってばー。どろんこになって遊ぶ経験を子供にさせないと、将来引きこもりになっちゃうんだよー?」
「さすがにそれは因果が飛躍しすぎだろうけど、まあ過保護すぎるのは事実か……」
「そーそー」
「ヨイヤミちゃんは、どろんこ遊びそんなにしたいの?」
「んーん? ぜーんぜん」
「この子は……」
「きゃーっ。あははははは!」
軽くほっぺたでも引っ張ってやろうと手を伸ばすも、楽しそうに声を上げながら逃げ回られてしまった。
まあ、要するに、ハルと遊んで欲しいということだろう。
最近は、“どのハル”もそれぞれ仕事があり、あまりヨイヤミに構ってやれていなかったかも知れない。
ヨイヤミもヨイヤミで、ネットに潜っていることも多く、手のかからない子であるのでハルもそれに甘えていただろうか。反省するべきだろう。
「まあ、少々行き詰まっている部分があるのも事実だ。今日は気分転換に、一緒に遊ぼうか」
「やったー! とうっ」
「あっ、ヨイヤミ、ずりーですよ! マスターのお仕事の邪魔しちゃ、いけねーんですよ!」
「おねーちゃん。最初に本音が漏れていますよ」
ぽすん、と座るハルの上にヒップアタックをおみまいするように乗ってくるヨイヤミ。ずいぶんと器用な芸当が出来るようになったものだ。
ソフィー同様に、体内エーテルの操作による身体操縦を駆使し、元気に跳ね回るヨイヤミ。彼女が、本来は車椅子が手放せぬ症状と言っても誰が信じようか。
そんな遊びたい盛りのヨイヤミであるが、何をして遊ぶかは特に決めていなかったらしく、しばらくは特別アクションを起こすことはしなかった。
足をぶらぶらとさせつつ、時おりお菓子に手を伸ばしている。
「んん-。なにしよ。思いつかない」
「白銀が積み木を出してやるです! 積んで楽しむといーですよ」
「えーなにそれ子供っぽーい。でもやろー」
白銀が取り出した、いや作り出した、知育玩具と語るにはいささか難易度が高すぎる形状の複雑すぎる積み木。
その異常なバランスの取りづさを誇るピースの数々を、ヨイヤミはその身体操作技術を駆使して積み上げてゆく。
次第にその中にハルたちも加わり、一人ずつ順にピースを置いて行く。『自分の番で崩したら負け』のゲームだ。
「あっ! マスター! そんなギリギリの一点で立たせるのは反則なのです! 次の番の空木のこと考えなきゃダメですよ! ちょっとでも触れたら、崩れちまうです!」
「……おねーちゃん。おねーちゃんが大声出すから、崩れたのですが。これは、おねーちゃんのミスってことでいいですね?」
「い、今は空木の番なので、白銀は、負けてねーのです……」
「おねーちゃーん?」
「あははは! たーのしー!」
勝敗が決したことで緊張が解けたか、積み上がった木片の山を豪快に手で崩し崩壊させるヨイヤミだ。試合中もずっとやりたかったのだろう。気持ちは分かる。
もう一度ゲームを開始するも、幼く見えても神二人と、語るまでもないハルを前に、ヨイヤミは苦戦を強いられる。
何度か繰り返すも負けが込み、そのうちエネルギーが切れたようにダウンしたヨイヤミは、ぐでーっ、とハルに寄りかかり動かなくなった。
「ぎぶあーっぷ。お兄さんも白空コンビも容赦なさすぎー。もっと勝たせろーい」
「修行がたりねーですね。次はもっと鍛えて、かかってくるです」
「とはいえ、空木たちはさすがにちょっとズルだったかもです」
「むぅ~。手加減無用。いつか実力で、ケリをつけてやる……」
とはいえ今日はもうこれ以上戦う気はないようで、ヨイヤミは奇妙な積み木を普通に積んで平和に遊び始めた。
どうやら、小さな街を作っているようだ。まあピースの形状が奇妙なので、街も相応に不気味な印象が拭えないのだが。
「あっ、崩れた」
その一部がバランスを崩し崩壊し、哀れ廃墟と化す。その崩落は連鎖して、せっかく作り上げた街の大半を飲み込み、壊滅的ダメージを都市に与えてしまったのだった。
その様子は、奇しくもハルたちが今建設中の国の未来を彷彿とさせる。嵐の領域にこのまま街を作っても、都市は時を待たずに崩壊の道を辿るだけだろう。
「お兄さんが今悩んでる問題も、こういうことかー」
「そうなるかな」
ヨイヤミも同様に、その印象を積み木から抱いたようで、共にその問題に頭を悩ませてくれる。
結局仕事の話になってしまうのだが、今は集中力が切れた充電期間で、特に彼女も気にならないらしい。
「どうするのお兄さん? 頑張って嵐止める?」
「あの例の、ナントカの施設を使えば、その範囲は平和になるです!」
「しかし、それは外部の人間に借りを作ってしまうことになりますね。彼らをこちらの方角へ近づけない事が大目的なので、それは最善の手とは言えないでしょう」
「その通りだね、空木」
そう、レアメタルレアアースをバカ食いするというコスト面にさえ目を瞑れば、嵐を抑える手段そのものは既にある。
しかしそれは、ソラや、ソウシたち、完全に味方とは断言できぬ者らの手を全面的に借りねばならぬという問題があった。
そのまま彼らが防壁となるべきハルたちの国を素通りして南進する危険を冒すくらいなら、嵐のエリアはそのままにして、天然の要害として残す方がよっぽどいいかも知れない。
「じゃああとは、魔法で直すとか? エーテルは……、ちょっと無理だよねぇ……?」
「エーテル技術は、そういう災害レベルの巨大な力を操作することに向いていないからね」
それこそ、雨風をエーテル技術でどうにかするよりも、物理的にガラス屋根で覆ってしまうことを選択するくらいだ。
それぞれ得意不得意があり、そうするくらいならば魔法の方がまだマシ。
……しかし、魔法でどうにか出来るのであれば、既にこの星の問題は解決できているのであって。
「そこそこ魔力を持っている僕らでも、あれを恒久的に抑えるというのはね? それこそ、その技術を持っているのはアレキくらいか」
「じゃあ、そのアレキ君にやらせちゃえばいいんじゃないのー?」
「ヨイヤミ。アレキは敵です。手伝ってはくれねーです」
「おねーちゃん。正確には敵ではないですよ、半分は。まあ、でも、協力は見込めませんか」
「そっかー。残念」
「いや、僕もそう考えていたところだ。アレキしか出来ないならば、アレキにやってもらうのが一番いい」
「ほえ?」
何をなぞなぞのような事を言っているんだ、とヨイヤミが首を逆さにして見上げてくるが、ハルにはそこそこの勝算があった。
当然、ノーコストとはいかないが、逆に言えばコストさえ支払えばどうにかなる。
そのあたりの神々の合理性を、ハルは半ば敵対している状況であっても、信頼しているのであった。




