第159話 魔王城の名所
「ははは、脆弱なりし人間共」
「魔王って人間じゃなかったん!?」
「さあ? 僕も知らん」
「設定が脆弱ー!」
「ダベってないでカバー入って!」
「ちっともハルさんに隙が出来ませんー!」
「どれ、小手調べだ」
「小手調べで普通に致命傷なんですけどー!」
「強化が無かったら死んでるねこれ!」
「防具の魔道具化、効いてんのかこれ!?」
「回復薬が本編から持ち込めないの痛すぎ!」
「でもいちいち作ってる暇ねーって!」
「村の人から分けてもらうといいですよ!」
「俺らソフィーちゃんみたいに人望なーい! 分けてくれなーい!」
「飛燕弱いぞー、もっと死んで来い」
「るっせ! こういうのは最小死亡回数でやるのがオツなんだよ!」
「えっ? 何時かは勝てると思ってるん? ハル君をナメすぎ。そういうセリフ吐いていいのは、ハル君みたいな真の強者だけだよ」
「ユキちゃんが幸せそうで嬉しいよ! ……どっちから告った?」
「うぇえぇ!? こ、こくってない……」
「ユキちゃん! 暇してるならこっち手伝ってー!」
「えっ、やだー……」
しばらくして、討伐プレイヤー連合が、大挙して玉座の間まで押し寄せてきた。ただ、大挙して、とは言うものの既に残っているのはその内の実力者数人だ。
大半の者はハルの放つ魔法を避けられず、また流れ弾や範囲攻撃の余波を受けて、既に退去済みだ。大挙して退去した。
何度もの復活を経て、徐々に強化されてはいるようだが、未だハルを捉えるまでには手が届かない。
「ハル暦長い奴から見てどうなんだ? どのくらい力出してる」
「まだまだだねぇー。強敵相手だと、もっとテンション高くなる」
「魔王ごっこしてるうちは届かないね。本気になると素で魔王っぽくなる」
「人聞きが悪いぞ小童ども」
このゲームをプレイし始める前、よく他のゲームで遊んでいたメンバーも中には多く居た。ルナの言っていたように、気分は同窓会だ。
このゲームを始めてからというもの、アイリの屋敷に引きこもってばかりだったので、顔を合わせるのは初めてとなる。と言っても、まだ数ヶ月も経ってはいないのだが。
「でも確かに強化幅少ないよね。幽体研究所といいさ。君らも死ぬの大変だろうに」
「そうか? 研究所の比じゃなく強化されてるぞ?」
「魔王にとっては、まだ誤差と」
「魔王陛下ー。もっと死にやすいトラップ作ってくれー。橋まで死にに来るの面倒だ」
「あ、確かにそうですね。もっと手っ取り早く死んでレベル上げなくては!」
「魔王様、狙撃でリスキルして? ヘッショでコア撃ち抜いて?」
「なんだか、別世界の会話が繰り広げられているのです……!」
アイリが驚愕に目を丸くする。そこは驚くのではなく呆れて良い所だ。
確かに日本は別世界ではあるが、日本人が皆そのような感性だと思われては敵わない。ゲーマーの、特に一部だけである。
「確かにサービス性が悪くてダレてるね? 何か考えておくよ」
「おっ、サンキューなハル」
「じゃあ今回は撤収しますか。まだ勝てんわ」
「ハル頼むわー」
「サクッとお願いします!」
「はいはい死ぬがよい」
降参し無抵抗のポーズを取った彼らを撃ち抜いて行く。
それにより、ハルにも多少強化が加わったようだが、正直何の実感も起こらない。ハル側の強化は、彼らよりも更に幅が狭い物のようだった。強化幅を広げたかったら、城下に出て殺戮をくり広げろということだ。
「何だか、思っていたよりも穏やかな戦いなのですね?」
「まーねーアイリちゃん。彼らにとってはこれ、ゲームだし」
それも、ハルのように命を掛けている訳でもない。身内が多いのもあるだろう。
今までも、こういった事はそれなりに多くあった。実力が物を言うシビアな対戦ゲームで、一日中、何度も、ハルの胸を借りる体で挑戦をし続ける。
その時も、挑戦を重ねるごとに彼らは少しずつ手強くなっていったものだ。今回のようにステータスが上がって行ったという事ではない。慣れやシステムの習熟により、動きが良くなって行くのだ。
「……急激な成長は、ここらで一旦打ち止め、壁にぶつかる頃だけど」
「この試合ではそうもいかないわね? “レベル上げ”が出来るもの」
「たくさん死んで、強くなるのですね!」
「彼らが死に癖を本編に持ち込まないように、祈るばかりだね」
『死にゲーをやってると、他のゲームでもつい気軽に死んでしまう』、というのは彼らの言だ。そういうものらしい。
ハルはそういったゲームでも、飛燕が言うように極力死ぬのは嫌うので、そういった癖が出る事は無いが。
ただ、ハルのように負けず嫌いで死にたくないのを除いても、このシステムは好き嫌いが分かれるようだ。それも、流れが穏やかな一因であろう。
当たり前の話で、死ぬのが嫌な者も多い。最初は戦闘狂にばかり注目されていたこのゲームだが、今では戦闘以外を目的としてゲームを楽しんでいる者も多くなった。
単純に、非現実の空間を楽しみたい人たちだ。そうした人たちは、ハルに挑んで来ることは無く、城下の町で建築を楽しんで過ごしている。
戦闘が中心のこんなイベントに何故参加するのか、といえばその要素が大きい。普段は素材や土地の関係で、あまり自由に建築を楽しめない。
それがこの対抗戦では、敵に荒らされない限り、かなり大規模な建築が可能だった。ハルが攻めて来ないと分かった今、悠々とそれを楽しめる。
戦闘をしなければどうしても上げ難いレベルを、大幅に上昇させるチャンスでもあった。対抗戦中は、ボーナスでレベルがとても上がりやすい。
「本来は、非戦闘員も巻き込んでの、一大決戦になる予定だったのでしょうね?」
「彼らを守る為に、戦闘職も奮起するのですね!」
「守るってか、無為に死なせてハル君を強化させない為にだろうけどねー」
それこそ、互いの出方を逐一伺いながら、息つく暇も無い戦乱となっていただろう。
今は皆、お昼でも食べに行こうかと非常に緩んでいる。朝から始まった戦闘も、開始して数時間。そろそろそんな時間になっていた。
「僕らもお昼にしようか。……じゃ、一旦放送切りますね。再開は一時間くらい後です。お疲れ様ー」
放送を落とし、ハル達も食堂へ移動する。この魔王城に作られた食堂だ。戦闘フィールドを抜けるとペナルティがあるようで、城を抜ける訳にはいかない。
穏やかであると言っても、そこは少々面倒だった。
*
「第一回の試合で、不可侵条約を結んだもの効いてるかもね。攻めなければ、ハル君も攻めてこないと分かってる」
「そうして初回は負けたのだけれど、良いのかしら……」
「正直、勝利が目的になってない感はあるね。少し、ルールが戦闘に寄せすぎてるから」
「大多数には、関係の無い事となっていますね。ハルさんが攻めて来る事を、前提としすぎたルールのように思えます」
そこはカナリーが、調整を頑張ってくれたのだろうか? それも考えられることだ。カナリー以外にも、ハルの陣営と呼べる神はもう三人居る。
彼女らがハル有利に、それも不自然ではない程度にルールを捻じ曲げれば、こういった結果もありえるだろう。
「放送してる事も大きいかもね。僕がここを離れていないって、常時伝わるから」
「あなたの強さもね?」
「じゃあ後半押され始めたら、危ないかもだ」
「倒せるかもと思って、参戦者が増えてしまいますね!」
しかし、参戦者が増えればハルに入る撃破ポイントも、また増える。
どんな視点から見ても、ハル有利となっているように見えてしまうのだった。
「ぽてとちゃんはどう思う?」
「わっ! 気付かれちゃってた……!」
先ほどの戦闘中から、ずっとハル達を付けていた見えない影、ぽてとにハルは声を掛ける。
いつアクションを起こすのかと待っていたが、一向にその気配は無く、こちらが食事の準備を始めると、そわそわと落ち着かなくなってしまったのが見えずとも分かったので、少し可哀そうになったのだ。
「彼女の分も用意してあげて」
「かしこまりました、旦那様」
「ありがとうハルさん! 楽しみだなぁー」
食事のためにお屋敷から呼び寄せたメイドさんに、ぽてとの分も用意してもらう。
なお、呼び寄せたのはカナリーだ。試合中は、極力口出しはしてこないが、食事となると介入してくる。
……良いのだろうか? 今はメイドさん達も十分に戦力になるのだが。
「でも、どうして気がついたの? 今回は、レーダーも無いのに」
「気配は消えても存在が消える訳じゃないからね。空気の流れで分かるよ」
「すっごーい。ぽてと、進入するときは注意しないと……」
「この人だけよ? そんな事が出来るのは」
ルナはそう言うが、ハルはそうは思わない。どの世界にも達人は居るものだ。
吹き込む風の流れなど、敏感に察知する感覚の持ち主も居るに違いない。特に暗殺に警戒する剣士とか。
……思考が忍者に染まりすぎだろうか? ハルが忍者と侍のゲームを作るにあたって、嘘か本当か分からない、そんな剣の達人の話をよく聞いたものだ。
「それで、ぽてちゃんは何しに来たん? やっぱハル君を暗殺しに?」
「んーん? 気付かれちゃったし、ぽてと、戦わないよ?」
……気付かれなかったら、襲ってきたのだろうか? ぽてともまた、少し謎めいた少女である。
食事に際して、お行儀よく外したネコミミフードの下に、かわいらしい猫耳がぴょこぴょこと揺れていた。今は戦いなどより、ご飯が待ちきれないらしい。
彼女と共に、昼食を頂く。戦場の食事とは思えない、メイドさん謹製の豪華メニューだ。
「ハルさんハルさん。ご飯中に、てきしゅーがあったら大丈夫?」
「対空火器の殺意を増し増しにしてあるから、大丈夫だよ。ほら」
「おお~~。すごいね? マシマシだー!」
「弾幕のゲームみたいなのです!」
<神眼>の視点をウィンドウモニターに映し出し、ぽてと達に見せる。この時も、ハルは並列した思考の一部を割き、手動でプレイヤーを撃ち落していた。
ただの飾りと化した外壁部の砲台の中に魔方陣を仕込み、そこから散弾銃のように回避不能の魔弾をバラ撒いている。今の強化度合いのプレイヤーでは突破不能だ。
食事中に慌しいのはよろしくない。正直、玉座の間で戦っている時よりハルはずっと本気だった。
「それに今は、皆新しいアトラクションに夢中になってるし」
言いながら、ハルは続けて視点を移す。場所は、現状の国境付近。黄色チームの領土ぎりぎりの地点だ。
そこには見るからに禍々しいデザインをした魔法陣が陣取り、城へと向かう侵入者に異様な圧力を与えている。
一人のプレイヤーが、距離を取りつつ恐る恐ると通り抜けるが、特に何も起こる事は無かった。
「なにもおきない?」
「すぐ来るよ。見ててごらん?」
「おー」
ぽてとが食事の手を止めて注視していると、すぐに高速で接近して来る男性プレイヤーの姿がモニターに映った。
ハルのゲーム仲間だ。とても良い笑顔だった。
「《とうっ! ぐわああぁぁぁ!》」
「何をやっているのか、あやつは……」
「しんだ! たのしそう!」
プレイヤー達が魔方陣に入ると、極大の魔法が発動し、一瞬で彼らを蒸発させる。ただし、入らない者には何も害を成さない。
彼らに要請された、お手軽レベルアップ装置だ。しばしの後、再び同じ彼が魔方陣へ嬉々として飛び込んで消えて行く。
「名づけて自殺の名所。これを各地に配置してある。皆これに夢中だ」
「おおーー! すごいね!」
「ぽてとちゃんは真似しちゃ駄目よ?」
「うーーん。ぽてともやってみたいなぁ」
「強くなるには死なないといけないからねぇ。本当なら、ハル君が殺して回るはずだったんだろうけど」
「今は自ら皆、死にに行くのですね……」
この魔方陣は、乗ったプレイヤーの魔力を感知して、殺しきるだけの威力の魔法を吐き出して止まる自信作だ。
威力は申し分なく、城のトラップのように常時その場所を徘徊して魔力を無駄に消費する事も無い。傑作といえよう。
殺される方も、だんだんと自身が強化されて行くので、トラップでは二度三度と突っ込まないと死ねなくなる。お互い、利害も一致していた。
「……ハル君は何で得意げな顔してるん?」
「良い魔法が出来たと、喜んでいるのです!」
「この狂った状況を作り出したのは、果たして喜んで良い事なのかしら……」
「イベントは、たのしまなきゃね!」
当初想定されていた、ハルと他ユーザーの一大決戦。ここに来てそれは、何だか少しずつ方向性がズレてきているようだった。
ただし、ズレてはいようとも強化は本物。着実に、それは進んでいるのだった。




