第1588話 牙をむきすぎる大自然
「……既に収穫されているのね。誰が、収穫したのかしら?」
「気にしては、いけないのです……! 彼らの歴史は、今ここに書き換わったのです……!」
「信用のない歴史ねぇ……」
「そんなものなのです。歴史などけっきょく為政者の都合のいいように、あっ!」
「気付きましたかー。その先は、私の批判になることにー。賢いアイリちゃんは好きですよー?」
「も、申し訳ありませんカナリー様!!」
「王宮の書き記す、それ以前の歴史を歪めたのがカナリーだものね? これは批判されてもしかたないのではなくて?」
「気にしてませんよー」
ちなみに本当に気にしていないのがカナリーである。なのでアイリも恐縮する必要はないのだが。
それはさておき、こうして現在の街の構成を変化させると、時に過去にまで遡って影響が出るようだ。
まあ、当たり前といえば当たり前か。人は地面から生えてこないし、家族連れはその家族を作るに至った経緯が存在する。
家を作ったらNPCがそこに生まれる時点で、これは『言われてみればその通り』だともいえる。
「つまり、この土地は昔っから、稲作が盛んな土地として再構成された訳だ。まー収穫待つよかずっとマシじゃね?」
「見てみてユキちゃん! 湿地ステージだよ! うーん、大して動きにくくはないね」
「そらソフィーちゃんだけじゃ。あとそこで遊んだらハル君に怒られるぞー?」
「まだこの区画は植わってないから平気だもーん」
ばしゃばしゃと、いや、ぐちゃぐちゃと、田になりかけの泥の中で楽しそうにはしゃぐソフィーとユキを微笑ましく見守るハル。
そんな田んぼに満ち満ちていく清らかな水。その必要量は、当然相当に多い物となる。
「……川の水が減ってきているわね? 当然といえば、当然だけれど」
「下流の方々に、ご迷惑をかけていますね……」
「これってつまりー、このままだとこっちも、『過去からずっと水を独占してきた連中』って歴史に、書き換えられちゃうんでしょうかー?」
「それもありえる」
書き換わるのがプラスの歴史のみとは限らない。このまま川の水を優先的に流し込み続け、下流の水位が枯れてしまえば、その影響は過去の設定にまで影響を与えるかも知れないのだ。
あの初期配置の街とハルたちの街は古来から、水利権を巡って小競り合いを続けていた。なんてことにも。
「これは洪水の心配もそうですが、そっちの心配もしないと駄目かも分かりませんねー」
「ですね! お水を、増やしてあげませんと!」
「どうしますー、ハルさんー? 何か考えが、ありますかー?」
「なにって、<物質化>でよくない? ……ああ、いや、駄目なのか、<物質化>じゃあ。どうなんだろう?」
「水なら、混ぜてしまえば、平気……、なのです……っ!」
「どこまで薄めたらNGになるか試してみるかしら?」
「……やめよう。その場合僕らの方に、混ざった水を判別する手段も取り除く手段もないんだ」
しかし困ったことになった。水などどうにでもなると高を括っていたが、魔法で解決できないとなると、一気に難題と化す気がしてきた。
当然か。古今東西、人類が頭をずっと悩ませ続けてきた問題が水問題だ。
気にしなくても構わない者など、それこそハルたちのように現代日本に生きる者や、魔法で解決出来るアイリたちのように、今この時代に生きる者くらい。
「アイリちゃんたちは、水不足の時は確か水を出す魔法の使い手が街を巡回していたわよね?」
「はい! 水が作れれば、引く手あまたなのです! しかし、人材もそこまで多い訳ではありません。魔法のみで国民の使用する水を全て確保するのは現実的に不可能ですから、やはり治水の重要性は語るまでもないでしょう」
そういうことだ。特に異世界人は、神から専用のボディを与えられたプレイヤーと違い使える魔力に限りがある。
一度大気からMPとして取り込み、初めて使用可能になるという工程を踏む以上、一度に大量の水を用意しようと思うとどうしても『バテて』しまうのだ。
「だからまあ、もしここのNPCが自力で水を出せたとしても、水不足を自力で解消することは期待できない、ってことか」
「ですね! そもそもここの方々、魔法を使う様子は見られませんが……」
「つまりどのみち、私たちがきちんと治水を行うか、それとも水を巡って下流の街と雌雄を決するか、どちらかを選ばないといけない、ということね?」
「自然に解決はしませんよー」
「おっ。戦争すんの? いいよハル君。いつ出発する?」
「戦おう戦おう! よーしっ! 頑張るぞー! ぶった斬るぞー!」
「おちつけ狂犬ども」
「どうどう! です、ユキさん、ソフィーさん!」
「がるるるる……!」
「わんわん!」
「うみゃっ!? みゃうみゃう!」
とつぜん現れた可愛らしくも大きな狂犬二匹に、大人しく足元で様子を見守っていたメタもびっくりだ。
ただ狂犬は意外と忠犬なので、ハルの指示はしっかり聞いてくれる。
命令無視で駆け出して、お土産に敵将の首を咥えて来るような事がなくてなによりである。いや、敵将など居るのか分からないが。
「まあ本格的に治水を行うならば、さらに上流からどうにかしないとね。ユキたちは、上流のある南側で訓練してたんだよね。どうだった?」
「んー。といってもずっと、ただ穏やかな川が流れてただけだかんなー。アクション性は皆無というか」
「代わり映えしなかった! 退屈なステージ!」
「……平和な土地ってことね?」
「そうそれ」
つまりは、この箱庭の中で根本的な治水工事をするには、どうあれ限界が来るという訳だ。
そもそも、ハルたちの計画では、この領域内で完成する予定なのは国の全体像から見れば半分に満たない程度。どのみち残りは、その外に目を向ける必要があった。
「ふむ、仕方ない。少し早いが、魔力圏の外に出て見るとしよう。メタちゃん」
「ふな~~?」
「お外にまで、案内してもらえるかな?」
「お散歩だぞーメタ助。お散歩いくぞー」
「うにゃっ!」
「ユキちゃん、猫ちゃんは、あまり一緒にお散歩いかないんじゃないかな!」
いや、メタは乗り気なので問題はないだろう。
あまり突っ込むと、犬扱いしたユキとソフィーのお散歩という話になってしまいそうなので、そういうことにしておく。
実際、我先にと元気に駆け出したユキたち、そして楽しそうにそれに続く猫のメタを追って、ハルたちも平和な平原を抜けて南を目指す。
なお、カナリーは最初から追いかけるのを諦め、ハルの背中におぶさった事は言うまでもなかった。
*
「うおー! めっちゃ荒れてる荒れてる! ギミック満点だね!」
「風竜でもいそーなステージだねぇ」
「にゃうにゃう! ふみゃお!」
「この辺は特に、風の通り道みたいになってるようだね。こんな荒れた場所に陣地を設定したアレキは、何を考えているんだかね?」
「自分の能力の、デモンストレーションかしら?」
「たしかにこの暴風を無かったことにして穏やかな楽園を作るアレキ様の気候操作能力は、素晴らしいのです!」
「いいえー。そんな証明なんかより、きっと嫌がらせですよー。『楽には外に出られると思うな』って、プレイヤーをいじめてるんですよー?」
「試練じゃ試練。神の試練」
確かにユキの言うようなイベントは、ゲームではありがちだ。
しかしハルには試練というよりも、どうにももっと別の狙いがあるように感じられた。
例えば、例の『防災施設』をこの地に積極的に使わせることで、プレイヤーにこの過酷な環境をどうにかさせようとしている、とか。
「……まあ、今はその考察よりも、水源について考えないと。メタちゃん、この川の水源は、どうなっているのかな?」
「ふにゃっ! みゃっ!」
びしり、と元気よく前足でメタが指し示すのは、遠くそびえる非常に標高の高い山の頂。
どうやらその山から流れ出る水が、集まりやがて川となり、この箱庭の魔力空間へと流れ込んで来ているようだ。
この惑星中に分身を散らせて調査を続けているメタには、そのあたりの案内は朝飯前だった。
なお、朝食はきちんと摂ることをメタは信条としている。ハルたちはメタのごはんの用意を、三食欠かすことは許されていない。おやつもだ。
「しっかし、荒れてんねーこの川。おんなじ川とは思えんね」
「そうねユキ? この泥まみれの濁った川が、アレキの魔力圏に入ったとたんに、澄んだ流れになっているのは、少々奇妙ね……」
「濾過だ濾過! やったことある! ……フィルターに詰まった泥は、どこに行っているんだろ!」
ソフィーの純粋な疑問に、答えられる者は居なかった。アレキ脅威のメカニズムである。
まあ、そこは神の奇跡と流すとしてもだ、この荒れようはハルたちにとって他に大きな問題がある。
上流から治水作業を開始するとして、ここまで環境そのものが荒れ狂っていると、多少の工事などまるで意味を成さない可能性があるからだ。
事実、川の流れも一定ではないらしく、毛細血管のように複数に入り組んだ流れの中から、『今はこの流れが使われているだけ』、そんな印象を受ける。
この地に詳しいメタの反応からも、そのハルの考えは正解であるようだ。
何度か『外』に冒険に出たことのあるハルたちだが、ここまで荒れた環境は初めてだ。この惑星の置かれている現実を、まざまざと見せつけられている気がする。
今までハルたちが過ごしていたのは、人間の暮らしやすい初心者ステージ。ここからが、この星というステージの本番なのだろうか?
「ダムを作るにしても、これじゃあ作ったダムが逆に災害を招きかねないね」
「強度の問題もあるしねー。ゲームみたいに『破壊不能』判定なんてないから、この環境で放置してたらすぐぶっ壊れちゃいそ」
「そうなんだよね」
「まー、追い追い考えていきましょー。今は最悪、こっちの泥水をたっぷり汲んで帰れば、それで解決する訳ですしー」
「……身もふたもないけど、そうだねカナリーちゃん」
楽園の外に広がる世界の圧倒的な現実を再確認したハルたち。いずれは、この環境そのものを何とかせねばならない。
さて、この環境下でも行える治水の妙案は、果たして存在するのだろうか?
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




