第1578話 混入し始める異物
「ということで、御兜家から参戦してくれることになった、天羽君だよ」
「御兜天羽です! おじい様から言われて来ました、よろしくお願いします!」
「ど、どうぞよろしく……」
「どうしたソラ、元気がないね?」
「それはそうでしょう……、なにいきなり御兜本家の人間を連れて来ちゃってるんですかハルさん……」
「ソラはいつもの劣等感に苛まれてるだけ。気にしないで」
「少しは気にかけてください……」
「そうですよ、気にする必要なんてありません! 貴方がたのような人たちが居るからこそ、ボクらは安心してお役目を果たすことが出来るんですから」
身分差を鼻にかけることなく、気持ちの良い態度で語る好青年。それが、今回御兜家から派遣されてきた御兜天羽だった。
非常に落ち着いた態度の祖父、天智とは大きく印象が異なるが、御兜家のもつ上品な佇まいはしっかり彼にも受け継がれている。
髪の色もまた同様に白髪だが、これは別に若白髪という訳ではなく生まれつきだろう。
「しかし面白そうな世界ですね。今からわくわくします!」
そんな彼が今回のゲームに参加することになったのは、もちろん御兜翁の指示によるもの。
先日の交渉にて、御兜翁は自家からも人材をこのゲームへと参加させることを要求してきた。それはハルの予想の内であったが、まさかいきなり直系の孫を、つまり将来の御兜家当主となる者を送り込んでくるとは思わなかった。
「私は今から胃が痛いですよ……」
「どうしました? アラートが鳴ってしまいましたでしょうか?」
「いえ、この件、こちらの当主にどう報告したものやらと……」
「ああ、それはご心配なく! 当家の方から、直接ご連絡させていただきますので。なにも問題はありませんよ!」
「なるほどこういうタイプね」
キラキラと前向きで、希望に満ちた目は社会を裏から牛耳る大物の家系とはとても思えない。
育ちが良いといえばそれまでだが、嫉妬も悪意も知らなそうな善性に満ちたこの態度は、置かれた環境を思うと逆に不気味。
演技だとしたら大したものなのだが、今のところハルにも、彼は常に本気でこう発言しているとしか感じられなかった。
「そりゃ、もちろん匣船家とは話がついているんだろうけどさ。天智さんもよく、君を派遣しようなんて思ったもんだ」
「ああ、いえ、それは少し違いますね」
「おや? どう違うと?」
「今回の件は、ボクからおじい様に直談判してお願いした事なんです。どうかボクを行かせてくださいと」
「へえ」
「それは、ご当主から貴方へ既に話が通っていたということでしょうか?」
「いえ、それは実は後から知りました。ボクがおじい様にお願いしていたのは、ハルさんとお会いできる機会を設けてほしいという事でして」
「……それまたどうして。……いや、ということはもしや、アルベルトのことを突き止めたのは、まさか君が?」
「はい! その通りです! 凄いですねハルさんは、今の会話だけで、そんな事まで分かってしまうなんて!」
「いや、地味にずっと気にしてたんでね……」
いったいどのようにして、彼らはアルベルトの存在を突き止めるに至ったのか。御兜翁との会談後も、ハルはその事をしばらく考えていた。
そんな時に急に、ハルに興味を持っていたなどという御兜の人間が現れれば、『そいつが犯人か』と思ってしまうのも無理はないというものだろう。
「ちなみに、そのアルベルトさんもこちらに?」
「ああ、居るよ。アルベルト!」
「はっ!」
「うわ! すごい、いきなり出て来た! 忍者みたいだ!」
「忍者ではありませんが、出来る秘書とは、常に主人の招集に応えられるように控えておくものですので」
「へぇ~~」
「偏った認識を広めようとするのは止めろアルベルト」
「あっ! そうだ、謝罪をしなければいけませんね。調査のためとはいえ、貴方の操るロボットに勝手に侵入してしまいました。申し訳ありません」
「いえ、セキュリティの甘い私が悪いといいますか。申し訳ございません。ハル様。御兜様を警戒せよとご命令を受けていたにも関わらず、この体たらく……」
「いや、どうしようもない事ではある。僕の方も、指示が漠然としすぎていた。どういった範囲をどう警戒せよと、指定くらいは行うべきだったね」
まあ、指定していたとしてもどうにもならなかった可能性はあるが。
ハルはアルベルトを大々的に活用し仕事をさせた際に、カゲツのイベントをリアル展開した際に『御兜の超能力に注意せよ』と確かに指示は出していた。
しかしその内容は、会場に天智他あの家の者が直接足を運ばないかという警戒をした程度。万全ではなかったと言われてしまえばその通りだろう。
まあ、考えうる限りの万全を期していたとしても、この天羽の能力によってはどうしようもない可能性はあるし、そもそも最初から侵入されても致命的にはならないようには準備している。
だからこそ、彼らもアルベルトの名前程度しか、こちらに繋がる情報は結局得られなかったのだから。
「……そんな少ない情報から、この世界の事にまで辿り着いた事実は素直に賞賛するけどね。優秀だね、君は」
「いえ、まだまだですよ。ボクの力ではなく、たまたま重要情報の集まる家だったというだけの話です」
「その家の力は、貴方の力なのではないですかね……」
「ソラがまた勝手に落ち込んでるぅ」
ずいぶんと、能力的にも性格的にも濃い人材を送り込んできたものだ。御兜家は彼を通じて、何を行おうとしているのだろうか?
そして、急に御兜と匣船の本家に板挟みにされたソラ、そんな彼の胃と未来はどうなってしまうのか。
ハルには、ただ健闘を祈るしかないのであった。いや、希望するなら体調の調整くらいは面倒を見よう。
*
「さてハルさん。この世界でボクは、何をすればいいのでしょうか?」
「え。まあ、適当にルールに則って遊べばいいんじゃないの? 別にルールの裏をかいてもいいけど」
「いえ! ルールには従います!」
「そっか。御兜家らしくはないけど、いいんじゃないかな。頑張って」
「そんな! せめてヒントだけでも!」
「……とはいってもね。僕も正式参加じゃないから、アドバイスしようにもね? とりあえず、君は何を思ってこっちに参戦したのさ」
「それはもちろん、この素晴らしい事実を、より多くの人へと広める為です!」
「いきなり危険思想きた。御兜の教育はどうなっているんだ?」
「あっ、大丈夫です。おじい様には、止められていますので。ご命令にはきちんと従います」
「だろうね……」
許可されるはずがない。そこは、ほっと心のうちで胸をなでおろすハル。
しかし、ずいぶんと過激な思想の持ち主を参加させてきたことには変わりない。御兜翁は何を考えているのか。
現代社会の常識に無い特異な力、それを秘匿し続けることこそが、彼らの家の存在意義であるはずだ。
そこに真っ向から逆らうものでしかない天羽の思想。それは、家の存続そのものすら危うくする危険思想ではないか。
……いや、この天羽の考えこそ一般的には『常識的』であり、好まれる考えであるのはハルも理解している。ハルや御兜家の考え方こそ、危険で偏った思想ではあるのだ。
しかし、それだけで世は回らぬのもまた事実。善意によって、大勢の人々の為に動くことが、大勢の為になるとは限らない。
特に、天羽のような人の悪意を知らなそうな者の行動は、思わぬ落とし穴へと嵌りがちだ。
その辺の機微を伝える社会学習として、こちらに送り出してきたとでもいうのか。教育はどうか家庭内でやってほしい。
「……まあ、いいか。とりあえず好きな場所を選んで、街作りを始めればいいさ。ああその際、ここから南側は避けてもらえると嬉しい」
「ふむふむ。南側に入植すると、どうなるんです?」
「僕を敵に回す」
「ああ、それは、避けた方がよろしいですね!」
「分かってくれて何よりだよ」
「とはいえ、北側もまた、匣船に連なる者が国境線を決め始めています。何処かの勢力と、いずれ衝突は避けられないかと思いますが」
「ハルが南側をごっそり切り取っちゃったからねー。狭い箱庭が、さらにせまーくなっちゃった」
「ミレ、そういうことを言うんじゃありません」
「うーん。なるほどー。どこかと衝突することは前提で、土地を決めると。言い換えれば、“最初に潰したい相手”の近くに、陣を構えればいい訳ですね?」
「理解が早くてなによりだけど、それでいいの?」
「私としては、ご自由にとしか……、その相手が私ではない事を祈りますよ……」
平和主義なのか、そうでないのかイマイチ読めない独特の感性の持ち主であるようだ。
今後、この平和な箱庭は荒れるかも知れない。天羽の参戦は、ハルたちにそう予感させるには十分だった。
まあどのみち今後人が増えていくにつれ、避けられるものではないが。
「では! とりあえず北を目指して、頑張ってみますね! ハルさんには御迷惑はかけませんので!」
「ああ、うん。頑張ってね?」
「ついでに私のことも見逃していただければ嬉しいです……」
「いつも以上にひくつー」
そうして旅立つ天羽の姿を、ハルたちはしばらく見送るのだった。さて、時代は動き、これから動乱の世が訪れる、のだろうか?




