第1573話 玩具は遊び倒したくなるのが性
「それじゃあ、次々量産していくとしようか」
そうしてハルたちは、必要とされる素材を休むことなく次から次へ、力技すぎる配列変換で生成していった。
卑金属を貴金属に、ただの土を魔法の土に、その辺の石ころを輝く宝石に。
エネルギーさえあれば、この装置でありとあらゆる物が合成可能なのだった。
「しかし、単純な元素はともかく、宝石はどうやって作っているの?」
「《はい。高温、高圧といった特殊環境下も、それこそエネルギーさえあればいくらでも再現可能です。多少手順は煩雑になりますが、原子配列変換よりも消費エネルギーは低いくらいです》」
「なるほどね」
それこそ前時代末期にも、人口宝石の生成プロジェクトはそこそこ盛んであったという。ということは、採算の合うレベルの消費コストで抑えられていたという訳だ。
今のハルたちのやりたい放題の環境下においては、そのレベルのコストなど無いも同じということか。
「そうした先人の知恵があるからこそだね」
「ええ。ようやく時代が追いついたといえましょう」
「……時代は正直、まだ追いついていない気がするなあ」
「うなぁ~~」
塔を見上げるハルとアルベルト、メタ。それにハルの中にいる黒曜。それら狂気のマッドサイエンティストグループにより、かつての人類の夢がこの地に花開いている。
……まあ、ずいぶんと巨大で禍々しい見た目の花ではあるが。
そんな電光の花弁を広げて咲き誇る巨大花からは、今も次々と黄金の種子が吐き出されて来る。
とはいえその生産にはそこそこ時間がかかり、今はソラやミレ、アイリとカナリーたちも、一時休憩にログアウトしていた。
「しかし貴金属類はいいとして、こうなると本当の問題は大量に要求されている鉄でしょうか?」
「そうなの? 鉄は核融合のどん詰まりとして、適当に放置で完成したりしない?」
「それは、その通りではあるのですが、さすがにこの地上で恒星の再現をする訳にもいかないでしょう……」
「まあ確かに……」
天に燃え盛る太陽のような恒星の燃料が、核融合を終え行きつく先の物質が鉄。
そのため、『この宇宙は鉄を作るために用意された壮大な工場である』などとも言われたりする。
そんな分かりやすく安定した鉄は確かに調整の手間いらずではあるが、さすがに一から恒星の再現をしようとするのはいくらなんでもエネルギーがかかりすぎるか。
それに、問題は消費量だけではなく、使用したそれだけのエネルギー、『何処に捨てるか』が今度は問題になってくる。
「さすがに内部の巨大な環境固定装置でも、無限に溜め込んでおく事は出来ないしね」
「はい。余剰エネルギーを、何処に排出するかが問題になります」
「にゃうにゃう!」
「《今は塔の先端から徐々に開放してはおりますが、いずれはオーバーヒートしてしまうでしょう》」
「前時代のコンピュータを思い出すね。どんな画期的な構造だろうが、結局最後は、いかに空気中に熱を逃がすかに終始する」
「ハル様はその時代はもう機械式のコンピュータなど不要だったのでは?」
「いやまあ、趣味でね……」
今も日本の家の中には、そうした趣味の機械装置を色々と転がしてあるハルだった。
それはさておき、懐古趣味に浸っていないでこの問題は真面目に考えるべきである。まさか、太陽レベルのエネルギーをこの惑星上に直接放出する訳にはいくまい。
せっかくアレキが整備したこの穏やかな緑あふれる土地が、一瞬で焦土と化してしまうだろう。
翡翠の用意してくれたキャベツ畑も、こんがり美味しそうに焼き上がってしまう。
ここで単純に思いつくのはやはり、別の安全な場所に<転移>、ないし転送させてしまうこと。
惑星の上以外にも、ハルたちはさまざまな場所に活動拠点を持っている。
「誰にも迷惑のかからなそうな所といえば、やはり神界、次元の狭間だろうか」
「ふにゃー?」
「うん、まあそうだねメタちゃん。プレイヤー施設は、ふっ飛ばさないように気をつけないと」
「なうなう♪」
ここ異世界と地球を繋ぐ経路として存在しているらしい、通称『次元の狭間』。あの独立した、しかもほぼ何も無い空間であれば、溢れたエネルギーを開放するのにもちょうどいいだろう。
特に、あの場にはエネルギーを転送し、再利用する術に長けた神様が存在するという都合の良い事情もある。
「ということなんだけど、マゼンタ君。引き受けてもらえそう?」
「《いやいやいやいや。無理無理ムリムリ! 流石のボクでも、太陽放り込まれたら処理なんて出来ないっての!》」
「いや、本物の太陽じゃないよ。恒星の核融合レベルの余波ってだけ」
「《同じじゃんか! そんなの! 神力変換炉のキャパも無限じゃないんだから、あんまり無茶言わないでよねハルさん! ……まあ、可能な限りは引き受けるけどぉ》」
「ふにゃっふ……」
「《っておい、メタお前ー! なに鼻で笑ってるんだよぉ!》」
気持ちは分かる。何だかんだと文句は言いつつ、自分に出来る手伝いは勤勉に引き受けてしまうマゼンタの素直じゃない何時もの反応が、メタには可笑しかったのだろう。
「しかし、マゼンタにある程度は引き受けてもらったとして、まだまだ一向に足りそうにありません。残りは、果たしてどうするか……」
「《うむっ。それならばだね、残りはこちらに回してもらう、というのはどうかな?》」
「セレステですか。あなたは今何処に居るのです?」
「《無論、宇宙だとも! 衛星軌道を離れて、“少々遠い位置”を『天之星』にて調査中さ》」
「遭難しないでね……」
「《なに、迷子になったら<転移>で帰るとも。その為のアンカーも設置してある。そこに目掛けて注いでくれればいい》」
彼女の言う『アンカー』というのは、転移の際に指定する目印となる魔力のこと。
宇宙空間であっても魔力の放出は問題なく可能であり、それこそ、まるで『ワープゲート』のように活用が可能なのだ。
「……まあ確かに、無限の大宇宙ならばこの程度、問題なく受け入れてくれるか」
「みゃおうん!」
「うん。ロマンがあるねメタちゃん」
「そうですね。それこそ元々恒星の存在する空間です。多少の力は、誤差として処理されることでしょう」
「じゃあ、余った分はセレステに任せるということで、実行に移すかね?」
「そうしましょう、ハル様」
憂慮すべき点の解消方法も導けたことで、ハルたちは再び意気揚々と邪悪な塔のセッティングを開始する。
そして、着々と準備の段階を踏んで行きいざ実行、という段になったあたりで、ハルたちの会話を全て聞いていたルナから、少々呆れ混じりの通信が入った。
「《……ねえハル? なんだか、その玩具で作らなければいけない、ということに固執しているようだけれど、大変なようならエーテル生成の方にしてしまばいいのでなくて?》」
「あっ」
「にゃお!?」
「それは、その……」
……いやまあ、気付いていなかった訳ではない。しかし、ルナの言うようにどうにも流れ的に、この新しく手に入れた玩具で遊びたくなってしまったハルたちなのだった。
なので、そうした別の解法は、浮かんだ瞬間に頭の隅に追いやってしまっていたのである。
ただ、指摘されてしまったならば仕方がない。ハルたちは無駄遣いを咎められた子供のように、背を丸めながら装置の減速処理を設定していくのであった。
*
「そもそも急ぎなら、既存の材料を持ってきてしまえばいいじゃないの。鋼材くらい、準備があるでしょう?」
「はい。おっしゃる通りです……」
「久々にルナお母さんの、お説教なのです!」
「ママルナちーだね」
「誰がお母さんよ……」
一度この場に帰還したルナたちにより、ハルたちの悪戯の時間は終了とさせられた。
ここからは、現実的な案も交えてより効率の良い方法にて進めていくことになった。
その方法とは、既に建材として加工済みの鉄を七つの国から持ってくること。まあ要するに、『輸入』ということになる。
この世界の物であるのだから、当然、問題なくシステムにも受け入れられるはずだった。
「でもさ、そんなすぐ売ってくれっかね? 売ってくれなかったらどーすん? タイムラグ出ちゃうよ?」
「ああ、そこは問題ないよユキ。無断で、拝借するから」
「どろぼーだ!」
「ふみゃみゃうみゃう!」
「安心して欲しい。現地には<物質化>で、コピーを置いてくるからね」
「それなら安心。……んっ? どろぼーには、変わりないのでは?」
「ニセモノを残しておく、怪盗さんなのです!」
まあ、盗難には変わりないかも知れないが、あちらでは別にオリジナルとコピーの差異で問題が出ることはない。
物質的には完全に同一の品。建材として、きちんと役に立ってくれるだろう。
「……そうだね。それをやるというなら、もう一つやってみたいことがあるかな」
「なにかしら?」
「既存の建材を拝借するなら、梔子の国の物だけじゃなくて、日本からも持ってきて試してみたい」
「……そうね? 確かに、地球産の材料は、システムはどう判定するのかしら?」
そうしてハルたちは手早く倉庫に忍び込み、その中に保管されていた鋼材を盗み出す。
そしてその全くの同一の<物質化>コピーを置き直すと、静かに<転移>でその場を去った。
怪盗を気取ることはないので、予告状は置いて行かない。誰も気付きようがない、完全犯罪である。
そうして、ここに施設を建設する為の、全ての素材が揃ったのだった。
※誤字修正を行いました。「かのう」→「可能」。変換漏れかっこ悪い。誤字報告、ありがとうございました。




