第1572話 悪魔の玉手箱
少し強い春風の吹くも穏やかな箱庭の平原。そこに突如として、奇妙で前衛的なオブジェのような尖塔が現れる。
二対の四又に分かれた尖った塔の先端からは、見る者を不安にさせる放電がバチバチと音を立てて、大規模に常時放出されている。
恐るべき早さにて組み立てられたこの謎の建造物は、あらゆる物体を莫大なエネルギーによって強引に、そして好き放題に生成する合成装置。
この装置にかかれば、レアメタルだろうがレアアースだろうが、理論上いくらでも合成できるのだ。
「素晴らしい。ついに、ついに日の目を見るに至りましたね」
「ふにゃーお!」
「《はい。これぞ人類の求めたもの。錬金術の歴史の到達点。金はもちろん、あらゆる物質を生み出せる夢の装置です》」
「悪夢みたいな見た目だけれど……?」
「にゃごにゃご」
「悪そうでかっこいい。とのことですよ」
確かに、悪の秘密結社の総帥でも住んでいそうである。ある種の格好良さはあるだろうか。
……しかしそうなると、その悪の総統やらなにやらはハル、ということになってしまうのだが。
「まあいいや。しかし、いよいよもってどんなコンセプトの街なのか分からなくなってきたなあ……」
現代風の家屋が連なる街並みに、ファンタジー風の住人が生活する。
そしてその奥にそびえるのは、悪の秘密結社が潜む悪そうな尖塔。この街は、悪の組織に支配されてしまった街なのか。いやそれは最初からか。
「いきなり大量の猫が走ってきたかと思ったら、異常な工事スピードで異常な建物が……」
「ハルと居ると退屈しないね、ソラ」
「いえむしろ展開について行けなくて疲れるばかりですが」
「いやすまないね。慣れてもらうしかない」
「しかしこんな物を建てて、NPCの反応は大丈夫なのですかハルさん?」
「ああ、景観に対する文句は上がって来ていない。どうやら、これは建物として認識されていないから、僕へのマイナス評価にもならないようだ。そこは都合のいい部分ではあるね」
「単なる『地形』として、認識されているのですね!」
「そんな感じだねアイリ」
とはいえこのままではハル自身が見る度に頭を抱えそうになるので、後で適当な僻地にでも移転させてしまうとしよう。
実際ならば一度建てたら絶対に移転など出来そうもない大規模精密建築物。その移設も何も問題なく行えるのも魔法建築の強みである。
「ねぇそれで、これは何するの?」
「ああ、これはだねミレ。物質を強引に核融合、核分裂させて、望みの原子に配列変換するっていう夢の装置だよ」
「うわぁ……、どっから用意するのそんなエネルギー……」
「そこは僕の陽電子砲で、好きなだけエネルギーを取り出して」
「うわぁ……」
ドン引きされてしまった。ミレは、この技術がどれだけ非常識なエネルギーを使うのか理解しているようだ。
それは言うなれば、たった一粒の金の欠片を生み出すために、日本中の家庭を賄えるだけのエネルギーを消費し尽くすようなものである。
そんなコストをかけるなら、そのお金で新しく対象の資源を掘り出すか、既存の製品からリサイクルした方がずっとマシなのだった。夢はあくまで夢。現実が見れていないという意味で。
だがハルはそれを、最高峰のエネルギー効率を誇る対消滅反応によって供給し、達成させることが出来る。
化け物じみたエネルギー消費は、こちらも化け物じみたエネルギー供給をしてやることで解決すればいいのだ。という、ある意味で脳筋な考え方だ。どうにも頭が良いのか、悪いのか。
もちろん反物質生成のために魔力は消費するが、これはゴマ粒程度の大きさでも十分な出力が得られる優れもの。大した支出にはならないのだ。
「まあ僕としても、破壊以外にイマイチ活用法のなかったこの力、有効利用する術が出来たのは喜ばしいけどね」
「……あの。正直よく分かっていない中で恐縮ですけど。そこまでの力があるならば、このように面倒な手順を踏まなくても何とかなってしまうのではないですか?」
「まあ、なるでしょうね」
「にゃー。にゃう」
「それを言われると苦しい。馬鹿げた回り道だとは理解してるさ」
「例えば、この惑星中に緻密な計算のうえ、多量の対消滅弾頭をハル様が配置し、それを絶えず反応させつづければ」
「にゃにゃっ!」
「そのエネルギーによって強引に、星を本来の軌道に戻すことは可能でしょう」
「代わりに星が穴だらけになりそうだがアルベルト?」
「そうはならないように、我々が責任をもって計算いたしましょう」
ただそうなると、ハルが常に『爆弾係』として固定されてしまう。世界の為とはいえ、そんな仕事はごめんであった。
なので、やはり今は無駄の多いお遊びではあれど、アレキたちのゲームに乗ったこの形で、やはり進めていこうと思うハルたちだった。
*
「ではいきますよ。『悪魔の玉手箱』、起動! ハル様、『燃料』の準備を」
「既に投入している。あとは封密を破れば、勝手に反応を始めるよ」
「素晴らしい!」
「しかし見た目が悪いからって名前も悪魔にしなくても……」
「物質を作り出すなどという、神への挑戦に等しい行為ですので」
「お前も神だろうに」
「ふにゃうみゃう!」
自称ではあるが。
そんな、なんとなくハイテンションなアルベルトやメタによって、ついに尖塔が本格稼働をし始めた。
「目標物は?」
「とりあえず金かな。分かりやすく」
「いつの日も人類の夢でしたものね」
「うなーご!」
「原料はどうする?」
「とりあえず鉛がそこそこ手持ちにあるので、それを核分裂させて金までもっていきましょうか」
「うわぁ。この人たちホントむちゃくちゃ言ってるぅ」
「あの。やはり的外れな事を言っていたら恐縮なのですが。その反物質が爆発? する際のエネルギーが壁を突き破って出てきたら、どうするのです? 見たところ、あまり頑丈そうには見えないのですけれど……」
「ええ。その際は、この一帯が再び更地に戻るでしょうね」
「更地というか、クレーターかねえ……」
「ふみゃおぅん」
「……また頭が痛くなってきました」
「ソラ、また選択肢かってに押したの?」
「違いますよ!」
まあ、心配はごもっともだ。異星の地のことであり、彼らにとっては電脳ゲームと差異の無いことではあるが、そうした大事故を怖れるのも自然な感情。
そのためハルは、十分に配慮された心配のいらない設計になっていることを、彼らに説明していくのであった。
「あの細く見える塔の内部はね、ああ見えてかなり広く作られている。空間を、拡張してね」
「あっ! それは、わたくしたちの“うちゅうふく”と同じなのです!」
「そうだねアイリ。環境固定装置と同様の仕掛けだ」
「逆向きですけどねー。というかそもそもアレ自体も、この塔よりずっと先に誕生した、魔法と科学のハイブリッドですよねー? 黒曜ちゃんは未来に生きてましたねー」
「《恐れ入ります》」
「つ、つまり……?」
「まあ爆発を遮る空間魔法がかけられているってことさ」
「ソラ、理解力なーい」
「出来る訳ないでしょうが、瞬時に理解なんて……!」
本当にごもっともである。本当に申し訳ない。
有事の際にハルたちの身に纏う『宇宙服』、環境固定装置もまた、消費エネルギー量の膨大さが非現実的であると、早くに否定され研究凍結された地球の技術。
そのエネルギー問題は今回と同様に<物質化>で次々と補給し続けてやることで解決され、ハルたちの身を守る便利なバリアとしてここまでずっと活躍してくれているのだ。
「となるとこの施設も、今後なんらかの役に立つ日が来たり……?」
「そうですよハル様。何ごとも、準備をしておくに越したことはありません」
「にゃんにゃん♪」
「いやー、どうでしょうねー? 今回見たいな縛りがなかったら、そこは全部<物質化>でいいんじゃないんでしょうかねー?」
そうこう言っているうちに、装置による物質生成処理が完了したようだ。
周囲に激しすぎる電光をほとばしらせていた邪悪な塔の先端が、その放出を平常レベルにまで大人しくしたことでハルたちはそれを察する。
内部では『燃料』たるカプセル状の力場に封入された反物質の投入が抑制され、強引な核分裂反応が急速に収まり中心の物質は安定していく。
そうして、根元から転がり出るように排出された小さなカプセルを、メタが走って取りに行き、それを咥えて楽しそうにハルの元に戻って来たのであった。
「なごなご♪ なーごっ! にゃうにゃう♪」
「ありがとうメタちゃん。どれ、開けてみようか」
「まるでガチャガチャする販売機ですねー」
「ご安心を。我々の完璧な制御により、ランダム性は皆無ですので」
アルベルトが自信満々に胸を張った通り、そのハルの手のひらに乗ったカプセルの内部からは、文字通りの『黄金の輝き』が溢れ出た。
小さな粒状の砂金の集合であり、『金塊』といった見た目ではないのが少々残念ではあるが、これは紛れもなく金の輝きであり、<神眼>で解析してもエーテルで調べても、同様の答えが返って来ることだろう。
だが、ここで重要なのは<神眼>判定ではない。解析し『金』と出るだけならば、<物質化>による生成でもその結果は保証されているのだから。
今重要なのは、このゲームに、NPCたちに認めてもらえるのか否か。その一点にかかっているのであった。
「じゃあ、これをソラ。頼んだ」
「え、ええっ……、やってみましょう……」
「ごくり……!」
「ハラハラだねぇアイリちゃん」
「はい!」
そして、ハルたちの視線が集中し非常にやりにくそうなソラが、建築コマンドを発動させる。その結果はといえば。
「…………成功です。きちんと材料として、認識されていますよハルさん」
どうやら、この非常に遠回りで大掛かりな馬鹿げた施設。無駄に終わることは、なかったようだった。