第1571話 強引に正規の流通に乗せる手段
「そもそもこれは、終盤の設備なのではないですか? 要求材料が、どれも用意できる気がしないのです!」
「そうだねアイリ。もしかすると、ソラたちがあんなに苦しんだのも、レベル以上の設備を強引に生み出したから、という理由だったのかも知れない」
「だってさ。よかったじゃんソラ。あたしたち、頭痛と吐き気に悩まされた甲斐があったよ」
「いえ。作れないし使えないならば、苦しみ損じゃないですか……」
そうとも言う。まあ、ソラたちを苦しみ損にしないためにも、なによりせっかくの新施設を実際に確かめてみるためにも、ここはどうにか必要素材を確保してやりたく思うハルだった。
「金、プラチナ、ニッケル、コバルト、それに各種宝石。レアアース少々。ついでのように大量の鉄。うん、作らせる気がないね」
「これ、国が発展すれば、そのうちNPCが持ってきてくれるのでしょうか?」
「分からないねえ。この地域に存在しているのかどうかも、不明だし」
「ミッション報酬などで、手に入るのでしょうか!」
「そうかも知れないけど、そんなマッチポンプじみた手法で手に入るなら、こっちのズルも許可してくれてよさそうなものだよね……」
「ハルのズルってなにー?」
「ああ、ほら。こんな感じでさ、物自体を用意することは簡単に出来るんだよ」
「おお。すっごっ」
ハルはミレに向けて差し伸べた手の中に、大ぶりな金の塊を<物質化>し生成する。
このようにやろうと思えば、金だろうがプラチナだろうがハルは自在に生み出せるが、これを建材としたところで、NPCが『家』として判定することはない。
どう判定しているかまるで分からないが、なかなか優秀な不正防止チェックである。
「これで、必要資材を用意してあげることは可能だけど、いける可能性は少々低いと僕は思う」
「ただー、やってみる価値はあるんじゃーないでしょうかー?」
「そうかいカナリーちゃん?」
「はいー。ハルさんが直接建築した場合は反応しなくってもー、もしかしたらソラさんたちが、正規の建築システムを使って間に入れば、問題なく建てられるかもしれませんー」
「なるほどね。ロンダリングって訳だ」
「ですよー?」
「私たちを怪しい業者にしないで欲しいのですが……」
「ソラ。あたしたちの家は、元々結構あやしい連中だよ。本家含めて」
「ミレ。間違ってもそういう事はもう言わないようにしてください」
まあ、彼らの家庭の事情は置いておくとして、実際に建材ロンダリングが可能かどうかは試してみる価値はあるかも知れない。
とはいえそれでも、完全な同一陣営になった訳ではないので、常にハルが材料を提供し続ける事はできないが。ソラの方だけを発展させ続ける訳にはいかない。
ソラたちだって、逆にハルに下請けの建築業者のように扱われるのは嫌だろう。文字通り、一国一城の主なのだから。いや、今は城はまだ無いか。
「よし。とりあえずものは試しだ。やってみようか」
「はい! なんでもとりあえず、やってみるのです!」
「想像していたよりも、行き当たりばったりなんですねハルさんたちは……」
「そうかな? まあ、何だってやってみないと分からないものさ。もちろん事前に計算できていればそれに越したことはないけどね。でも僕は、世界の全てを知っている訳じゃあないからさ」
「分かっている事しかやらなかったら、世界は発展しないんですよー?」
などと言い訳しつつ、ハルは目の前に次々と大量の資材を<物質化>していく。どんなに希少な物質であろうと、どんなに量が必要であろうと、魔力さえあればこの通り。
リソース回収系ゲームにおいての明らかなチート。それにより瞬く間に、新施設に必要な素材が全てこの場に用意された。
「はい。生成完了」
「うわぁ……」
「まじチートだ。チート」
「まあ実際チート扱いで機能していないんだけどこれは。ただ、君らの正規の建築スキルを通せば、どうなるかね?」
「正規の手順なのだから、正規の結果が出るに決まっているのです!」
「……やってみましょう」
果たして、結果やいかに。もしこれが成功すれば、ロンダリングがし放題ということになる。
ただまあ、そうそう都合よくいくとも思えない。それとも、正規のプレイヤーの利益になることならば何でもオーケーなのだろうか。
ハルやアイリたちは、目を見開き息を飲みつつ、その結果を見守った。
気分は教わった手順通りに実行した裏ワザの経過を見守る、子供のそれである。
◇
「……だめですね。反応しません」
「あちゃー」
「そんな!」
「うーん。まあやっぱり無理か……」
「ソラが未熟なだけじゃない?」
「ならミレがやってみてくださいよ」
「うー、むーっ。うん無理」
「諦めるのが早いですね……」
資材の山を前に自動建築コマンドを実行しようとしたソラたちだが、その結果はやはり不発に終わった。
どうやら<物質化>により不正に生み出された素材群は、建築の為の材料としても、このゲームには判定されていないようである。
「まあ、『無理である』ってことが分かった。一歩前進だ」
「ぽじてぃぶ! なのです!」
「その前に、ソラ、ハル。大きさや形を試してみない? ソラは非力だから、こんなに大きい塊のままじゃ対応できないかもしれないよ」
「大きさや細かい形なんかは、スキルが自動で整えてくれるはずですが」
「まあやってみよう」
今度は全ての材料を、砂金や砂鉄のように可能な限り細かく生成する。
それでも駄目なので次は、可能な限り完成系に近づけた形に構築して生成する。
しかし、それら全ての試行は不発に終わり、ソラたちの正規スキルは不正な素材に対してはぴくりとも反応しないのだった。
「……んー。まあ、半ば分かってはいたことだ。残念ではあるが、諦めるか」
「となると、どうするのでしょうハルさん。地道に採取して、探し当てるのですか?」
「あのデフォの城壁都市のマーケットとかに、しれっと売ってるかも知れないよ?」
「そんなことがありますかミレ?」
「うん、まあ、ここの運営ならやりかねないかなあ」
野菜を何処かから<転移>させてくるような運営だ。希少素材も、現金購入させてきてもおかしくない。
……一応、お金の重要度を増しNPCの経済活動の活性化を促すための設定、とフォローを入れることは可能だ。
「……ただ、心当たりがあるとすれば、やはり」
「アレ、だよねソラ」
「何か名案でもあるのかい?」
「いえ、今は単なる妄想にすぎません。どうか、忘れていただきたい」
「!! おお、これは、あの伝説の!」
「……で、伝説の? なんです?」
「あれですねー。『今はまだ、語るべき時ではない』、ですねー」
「はい! 実際の会話で聞くのは、初めてなのです……」
「ソラは思わせぶりでもったいぶった嫌味な奴だからね」
「うるさいですよ。……そこまでではなくないですか?」
「ちょっと気にしてたんですねー?」
「まあ、言い過ぎたよあたしも」
とはいえ、彼らが何について語っているのか、ハルの方では心当たりがついている。
このまま会話がなあなあになって終了してもなんなので、話題が転換しないうちに、ハルの方から答えを突きつけてしまう事にした。
「そのアレってのはあれかい? 君たちの家、というか匣船家の、物質生成に関わる超能力」
「なんで知って……! いや、何を根拠にそんなこと……」
「ソラ、もう手遅れ」
「……くっ。本家に報告しなければ」
「まあご自由に。それで、その力のことかい?」
「だよね、ソラ?」
「……ええ、ええ、そうですよ! そう考えれば、辻褄が合います。希少素材の使用量は、どれもそこまで大量ではない。となれば、そうした超能力により生み出すことを前提としている、のかと思いもしましたが。今は懐疑的です」
「どうしてだい?」
「ハルさんのその力で生み出した物質は、反応しないじゃないですか」
「あたしらの力も、チート扱いかも」
「んー。どーなんでしょーねー。スキル扱いになった超能力で生み出した物質ならー、正規の仕様の扱いされるのではー?」
「……であればどのみち、今は無理ですね。私たちのスキルには、そのような力は登録されていないので」
「ちょっと気合で使えないか試してみてくれない?」
「がんばれソラ」
「無茶を言わないでください!」
残念だ。しかし、ありそうな話ではある。だからこその彼ら、だからこその匣船家。アレキたちの目的は、その系統の超能力だったというのだろうか。
……いや、そこもまた疑問が残る。目的が物質的な物ならば、それこそ<物質化>でいいのではないか。人間はともかく、神なら全員使えるはずだ。
「まあ、君らがその力に目覚めるのを待っても構わないんだけど」
「とはいえ少々、不確定要素が過ぎますねー?」
「だね、カナリーちゃん。となると自前で、ロンダリングを試してみるか。アルベルト!」
「はっ!」
「融合炉によるゴリ押し錬金術は可能かい? 燃料については、僕が魔法で供出するとして」
「……ついに、この時がやってきたのですね。当然、可能ですとも! すぐさま、設計に取り掛かりましょう」
「にゃっ!」
「《それならばハル様、ご提案がございます。せっかくですので燃料には反物質を用い、対消滅エンジンを構築してはいかがでしょうか》」
「黒曜。お前もか」
「《考案したまま使用機会のなかった設計図面が、ずいぶんとたまっておりますので》」
「なんでそんな物騒な物そんなに考案したかな……」
自身の支援AIながら、妙な趣味であった。何に使う気だったのだろうか?
「まあ、星全体を舞台にするんだ。少々派手にいってもいいだろう」
「ええ、その通りですよハル様。思い切りよくいきましょう!」
「ふみゃーお♪」
「じゃあ、物質ロンダリングが無理だったので、次は魔力を莫大なエネルギーに変えて、そこから物理的手順で正当な物質を生み出して『魔力ロンダリング』を……」
「……あの。そのハルさんの便利なスキルで、普通に地中に埋まっている素材を掘り当てて来るんじゃ駄目なんですか?」
「ふぅー、みゃぁーっ……」
「それでは、ロマンがございませんので」
「あっはい。すみません」
「押されてるぞソラ。がんばれ」
「ソラさんは間違ってはいないはずですよー」
大変申し訳ない。ソラの言っている事がただしく、効率的だろう。しかし、良い機会なので遊びたくなってしまった機械好きが複数名揃ってしまっているのだ。
そうして、他の神の土地であることをいいことに、ハルたちは好き放題に、恐るべき規模の、恐るべき無駄な設備を違法建築していくのであった。




