第157話 魔王討伐戦
「掲示板、大騒ぎだねぇ。ハル君、狙ってやったの?」
「スキルを奪うスキルなんて出たら、注意喚起しない訳にはいかないしね」
「本音は?」
「僕へのヘイトが薄れれば、対抗戦が楽になる」
「おかげで運営は昨日から大忙しですよー。<簒奪>を下方修正してくれとか、スキルを盗られないようにしてくれとかでー」
「ぶっちゃけ修正は免れないよねアレ。僕はああいうのも好きだけど」
日付は一日過ぎて、今日は第三回対抗戦の開催日。ハルにとっては忙しいスケジュールになる。
当然、それを狙ってセリス陣営が仕組んだ日程なのだろうが、逆にそれをハルに利用される形になってしまった。
今、コミュニティの話題は<簒奪>への批判が主になっている。それに伴いセリスの求心力も大幅に低下中。
今回、予告されていたように対抗戦は特別ルール。黄色チーム対他の全ての陣営になる。そのため、ハルを敵として、全ユーザーが団結するのが望ましい。
だが、ここに来て急に、ハル以上に敵愾心を稼ぐユーザーが現れ、奇しくもハルがそれを撃破した形になった。
「本当は悪のハル君を華麗にやっつけて、対抗戦でもリーダーになりたかったんだろうけどねー」
「もし勝ったところで、<簒奪>がバレてたら展開はそう変わらなかっただろうけどね。……負けんけど」
「ふふっ。ハルさんは負けず嫌いですね。……しかし、ハルさん以上に脅威に思うものなのですか?」
「それはね、アイリちゃん? 資産の認識の問題よ」
「しさん」
「そう。アイテムとかね? ハルはイベントで大暴れしたけど、ここに被害を出す事は無かったわ」
「イベントの勝敗で商品が出てれば、違っただろうけどねぇ」
「そこはカナリーちゃんに感謝かな」
「もっと褒めても良いんですよー? 頭、撫でますかー?」
すり寄ってくるカナリーを撫でくり回しつつ、アイリに説明を続ける。
ユーザー資産、これはゲームの進行でプレイヤーが集めた、その個人のデータだ。多かれ少なかれ、これを充実させる事がゲームの目的になる事が多いだろう。
なので試合で負けても、そこに影響が無ければ気にしない者は多い。
「でも今回のようにそこが脅かされれば、多くのユーザーは敏感に反応するわ?」
「正直想定外でしたからねー。困りましたねー」
「ありゃ珍しい。カナちゃんが想定外とか。大衆の反応とか、織り込み済みかと」
「それは別にですがー、<簒奪>の仕様が想定外でしてー」
「そっちか。……あと関係ないけど、猫みたいだねカナリーちゃん」
撫でられると気持ちよさそうに、ハルの膝の上に横たわって甘えてくる。大きな猫だ。羽が生えているが。
「にゃーん。……スキルの出現は、本人の資質による所が大きいんですよねー。とはいえある程度は型に嵌められるものなのですがー」
「あの子、才能あったんだねぇ」
「簒奪の才能って何かしら……」
「いや、恐らく才能と言うならネットワークとの親和性だろう。無意識であそこまで出来るのはある種、天才的だ」
「およ? ハル君もなんか分かったん? あ、スキル出たんだよねハル君も!」
「対抗戦の直前に試す訳にもいかないから、また今度だけどね」
基本的に、ハルの持つオリジナルのスキルは、スキル無しでも実行可能となったものだ。実行手順の簡略化と言って良いかも知れない。人は歩き方を意識しない、自転車の乗り方を忘れない、それと似たようなものだ。ハルは自転車に乗った事が無いが。
昨日手に入れた<禅譲>も同じである。スキルに頼らずとも同じことが可能。つまり、自身のスキルデータベースに限り、自由にアクセスしてそれを引き出せるようになった。
「可能なら今日はずっとそれを調べて過ごしたいんだけど」
「そうも言っていられないわ? 今日はハルが主役よ」
「再戦のお約束もー、していましたしねー」
「返り討ちなのです!」
「来るかなぁ彼女。コア潰されて心折れてない?」
来るだろう。きっと。直接対峙してみて色々と見えたことがある。彼女は何か目的の為に動いている。勝利はその手段に過ぎなさそうだ。
その目的が例の王子様なのか、それとも背後に居るプレイヤーなのかは不明だが、そういう手合いは勝てないからといって引きはしない。面倒である。
面倒だが、ハルも逃げる訳にはいかない。アイリとの生活を守る為、カナリーの為、この対抗戦は、必ずや勝利で飾ろう。
*
「……意気込んでみたのは良いものの、こうも露骨な仕組みで来られると、逃げたくもなるね」
「完全に殺しに来てるよねー」
時間となり、対抗戦の会場へと入ると、ハル達を出迎えたのは前回と同じ配置だった。全方位を敵陣営に包囲されている。
だが前回と違う所は、その敵同士は今回は互いに全て味方であること、そしてハル達のチームの陣地には地面が無い事だ。
「対策ご苦労様」
「地面が無ければ、掘れないものね?」
「今回は、最初からお城もあるのですね!」
「魔王城だね。完全に魔王の討伐戦だ」
前回、ハル達が作った、空中に浮かぶ魔王城は今回も健在だった。ただし、猛威を振るったマーズキャノンは没収されており、見た目の再現だけだと思われる。
そして今回は、それぞれの大地から橋で接続されている。敵陣との距離は、前回よりも近くなっているようだ。
この橋を渡り、魔王の首を取らんと敵が押し寄せる。更に、前回は未完成のままに終わった地表へと通じる回廊も、ちゃっかり伸張して接地されている。
勿論、ただ数で押してきてもハルに勝てることは無い。橋を渡っている最中に、城から魔法で狙い打たれて終わりになるし、万一たどり着いても接近戦で遅れを取るハルではない。
その事はプレイヤーの皆も、この試合を設定した運営も分かっているだろう。
ではどうするのか。直接ハルを討伐するのは諦め、領土の侵食戦で決着を付けるのか? それも否だ。土地の権利を取られたからと、立ち退きに応じる魔王はおるまい。
「敵の方々は、復活が無限なのでしたね」
「そうですよー。そして倒されるたびに強くなりますー」
「厄介すぎる。僕らの勝利条件はタイムアップのみとか。開催時間は普段より短くなってるとは言え」
「それでも一日近くあります!」
「カナちゃんカナちゃん。強くなるって言うけど具体的にはどうなるの? そろそろおせーて?」
「レベルアップする、という単純な話ではないわよね? もう上限の人も増えたきたもの」
「はいー。幽体研究所で出来る、ステータス強化の部分に加算されていきますよー」
「うぎゃ」
「きっついねえ。僕への対策の他にも、そこのお試しって部分もある訳だ」
幽体研究所がオープンしてからしばらく経つが、まだまだ利用者は多いとは言えない。そこをこの試合で、実際に体験してもらおうということだろう。ちゃっかりしている。
まるで『死にゲー』だ。一見勝てる訳が無い強敵相手に、何度も何度もリトライすることで勝利の糸口を見つける。それに加えて徐々に強くなるのだ。リトライしていれば何も考えなくても何時かは勝てる。
「『黄色チームに所属するプレイヤー及びNPCに倒された場合、復活が可能……』、わたくしでも駄目です!」
「もしハル君でも手が付けられない程に強化されちゃったらどうする?」
「……んー、実際に首をくれてやる事は出来ないからねえ。……ルシファーを出すしか無いか」
「またハルがユーザーの話題を独占ね? <簒奪>なんて霞むわ」
「流石に神を落とした実績のあるロボなら何とかなるか。……神様より強化されたりしないよね?」
「どうでしょうねー? お楽しみにー」
あまりお楽しめないので、止めていただきたい。まあ、敵が攻めて来ざるを得ない関係上、カナリーも自然に戦力として数えられる。そこは有り難い。頼りにさせてもらおう。
「あとは装備が徐々に魔道具化されていきますねー」
「へえ……」
「ハル、興味深そうな顔をしないの」
「これ戦闘中も解析に夢中になっちゃうやつだ!」
わざわざ魔道具のデータを提供しに来てくれるのだ。今後の研究に役立つというもの。余裕の許す限り、その機能の収集にあてよう、と悪い癖が顔に出てしまった。試合に集中せねば。
死ぬことでパワーアップする関係上、勇者として強くなるための近道は魔王に殺されることだ。だが、座して死を待っているだけではいけない。魔王城で死ぬ必要があった。
このルール、ただただ敵チームに有利なだけのハルいじめではない。きちんとハルにも有利な部分があるよう、ゲームとして設定されていた。
「魔王とその妃たちは、命を刈り取る事で強くなるのですね!」
「魂を求めて殺戮を繰り返すんだねー。城下の住人達は怯えながら建築をして過ごすと」
「いや逃げろよ住人……、なんで建築してるんだ……」
ハルは敵プレイヤーを倒せば倒すほど強くなる。そしてその強化は、自陣、黄色チームの魔力の外で撃破した時にボーナスが付く。
つまりシステム的に、『積極的に城外に出て狩りをしよう』、と推奨されていた。それを避けるため、敵プレイヤーが死ぬ時は黄色チームの領土内に攻め込んでいる必要がある。どちらにも、攻めの姿勢を推奨していた。
勇者達はハルを城に釘付けにしておかなければならない。ハルはその隙を突き、城下に降りて虐殺を繰り広げなくてはならない。
「……端的に言えば、敵は“自分だけが死に続ける”のが理想なのね?」
「自分以外の、死にに行く人はライバルでもあるんですね!」
「ルナちーやアイリちゃんが死ぬ死ぬと連呼するこの状況は貴重だねー」
「そんな貴重さいらんて」
その他にも、従来と同じ領土の侵食はルールとして盛り込まれているが、皆、此処にはまるで目が行っていない。
むしろ、黄色チームの領土が広がってくれた方が良いとさえ思っているだろう。死んでも良い場所が広がるのだから。
「カナリーちゃんが上手くルール設定してくれたのかな。僕らの目的はむしろ果たしやすくなった」
「がんばりましたー」
「全土を侵食した状態で、制限時間まで生き残る、がこちらの勝利条件ですね!」
「引きこもってれば良いのではなくて? ハルはフィールドの外、それこそお屋敷に居ようとも『侵食』が出来るのでしょう?」
「ルナちー、多分それ無理だ。不在時には領土の侵略にすごいボーナスが付くって。何としてもハル君には居座らせるつもりだね」
どんなボーナスなのかはやってみないと分らないが、ハルを逃がさない為のルールだ。ユキの読み通りロクなものではないだろう。
その他にも、今まで同様、戦闘が苦手な者向けの収集や建築があり、非戦闘プレイヤーはこれで勇者達を応援するようだ。
今回は他国へも色々と支援が飛ばせるらしい。まあ、この機能は黄色チームには関係ないのだが。
「それで、方針はどうするのかしら? 推奨されるように、無辜の民を大虐殺して回る?」
「いや、城の最奥で、来た奴だけを迎え撃つよ。魔王ってのは、そういうものだ」
「変な美学だねー。ま、ハル君らしいけど」
「お優しい魔王様なのです!」
「単に、今後の活動がやりにくくならないように、ってだけだよ。対抗戦だけのゲームじゃないし」
システムで推奨されているからといって、訳もわからず殺されては復活できると言っても嫌な気分になるだろう。相手をするのは戦う気のある者に留めたい。
今後の活動それ以前に、虐殺の結果に待つのはこの試合のボイコットだろう。そこも困る。
是非、多くの人間にイベントを楽しんでもらい、多量の魔力を徴収したい。
「お優しい魔王様が悪い顔をしているわ?」
「お優しいけれど、税は取るのです!」
「生け贄も求めそう。主にかわいい女の子! むしろさらって来そう」
「浚って来そう、ではない。しないて、そんなこと」
「私、さらわれた!」
「ユキはかわいいものね?」
「……衣食住を保障してるからセーフ」
それに、正直なところ少し興味がある。プレイヤーの強化はどこまで行くのだろうか?
膨大な素材を費やさずとも、先んじてそれを確認出来るチャンスだ。その為には、虐殺による自己強化よりも、攻めてくる者達を倒し続けた方が手っ取り早いだろう。
今回、ハルの側には<転移>による緊急退避に死亡扱いのペナルティは無いらしい。危なくなったら逃げれば良い、というセーフティも確保されている。
「……勝利は大前提だけど、あまり圧勝ばかりでもつまらないしね」
「あはは。わかる。ゲーマーの性だよねぇ。強くはなりたいけど、その強さを発揮できる敵が居ないと、それはそれで張り合いが無い」
性質を同じくするユキと頷き合う。強敵と戦うために強くなるのか、強くなったから強敵が必要なのか。ゲーマーに連綿と伝わる課題だ。
どちらかというと平和志向のルナとアイリは、ハルたちほど分らないようだ。
そんな、不安と期待のない交ぜになったような心境で、ハルたちは対抗戦の試合開始を待つのだった。




