第1569話 革新的な応用技法
ハルが通信に割り込むことで、ある程度状態が落ち着いたソラたち。そこから少し意識を離し、ハルは天空城に居る己の体で、この状況を冷静に俯瞰する。
どうやらエリクシルネットと深く関わる通信のようで、アレキたちの行動も、ここから大きく推察が出来そうだった。
「……さて、彼らには聞かせられない話を、こっちで進めていくとしようかね」
「未熟な人間相手では、少々刺激が強すぎますものね?」
「別にそういう意味ではないが、というか君も来たのねアメジスト」
「当然です。わたくしが居なくては、エリクシルネットの話は始まりませんでしょう?」
「まあそうかも知れないけど」
「んなことないっす。わたしがいれば楽勝っす。アメジストはあっちに戻って、街作りの続きをやっておくっすよ」
「あらエメさん。無理をなさらないでくださいまし。あちらは次元の狭間とは、少々勝手が違いましてよ?」
「むきー! 侮るんじゃないっすよ! どうあれエーテルネットを介している以上、わたしが確実にお役立ちっす! 超能力に関してだって、アメジストにも負けてないっすよ! 今こそ成果を見せる時っす!」
「はいはいケンカしないの」
我こそがと火花を散らすエメたちを適当になだめて、ハルもまた情報の精査に入る。
解析には当然、エメも居てくれた方がいい。その為の人手は、いくらあっても構わないくらいだ。
「コスモスは?」
「『モノリスに関わってそうだったら起こして』って言って寝ちゃったっす!」
「起こして来るよ。どうせ関わってるってことで」
「まあ、実際ハズレてなさそうですわよねぇ……」
そうしてコスモスもベッドの中から引きずり出して、パジャマ姿の彼女を、ぽすん、と適当に座らせ参加させる。
これで、ひとまず準備は整ったということにしよう。
「ハル様ー、まだ眠いから、膝の上に乗せてぇー。じゃないとフラフラしちゃうぅ」
「嘘をおっしゃい。あなた、ベッドの中からもしっかりログの追跡していたでしょうに」
「むぅ。キャラ崩壊を招く暴露は、御法度……」
「そうっすよ! これだから引きこもりの田舎者は困るっすよねえコスモスちゃん。エリクシルネットなんて魔境にこもってたせいで、神の不文律をまるで分かってないんすねえこの子は……」
「はいはい。他神を責める時だけ団結しないの」
相変わらず仲が良いのか悪いのか、騒がしい女の子たちをとりまとめ仕事に集中させるハルだ。
そんな彼女らも実力の面は本物。多少の姦しさには目を瞑ろう。
そうして一通り団結の儀式を終え、改めて難題と向かい合う。この騒ぎの間にも、裏ではしっかり解析を進めてくれているのが彼女らだ。
コスモスの言う『キャラ崩壊』に繋がるので、そこを指摘はしない分別はあるハルなのだった。
「……とりあえず、ソラ様たちがログアウト出来ない原因は分かったっす。彼らはたぶん、『触媒』っすね。実のところ彼ら自身のお体に何か起こっている訳じゃないんすけど、あの方々が居ないとたぶん話が進まないんすよ」
「わたくしも推測に同意しますわ」
「この人らの体調が、言うほど大した悪化はしてないのもその証拠。言うなれば、仮病」
「そんなこと言わないであげてコスモスちゃん?」
精神的不調も立派なダメージだ。病は気からとも言う、いずれ、本格的に肉体的不調に発展しないとも限らない。
「……しかし、ということは、本来だったらあんなものでは済まないと?」
「ええ。そうですわね。叩き込まれるデータ量に、発狂していてもおかしくはありませんわ?」
「うわあ……」
「だから、彼らは触媒。データは彼らを、素通りするだけ。表面を撫でるだけで、大きな影響は及ぼさない」
「アレキ達にとっての、賢者の石ってとこっすね」
「そういえば、最初の攻撃の際も似たような感じだったっけね」
「そっすね。彼らの反応は、アメジストちゃんも言っていましたがデカすぎるスケールの物を直視した気持ち悪さのようなものかと思われるっす。宇宙的スケールの現象の中で、自分はちっぽけな存在にすぎないと、準備もなく理解させられてしまったと言いますか」
「何も知らずに大スタジアムに満員の人間の前に連れて来られて、そこでスピーチさせられるようなものですわ」
「ん。吐く」
「……コスモスちゃんは平気そうですわよね?」
「そっすね。きっとその中でも余裕でお昼寝できそうっす」
「まかせて」
まあ、その状況での精神負荷がどの程度か、想像できようというものだ。
勿論、中にはそのような状況に放り出されても余裕の人物だっているだろう。しかし、今はそうした例外は考慮しない。
大部分の人間にとって、覚悟なく叩きつけられれば不調もきたそうというもの。相手はそんな、全ての人々の意識渦巻くエリクシルネットだ。
「……しかし確かに、彼らの身体、というかキャラクター自身には思ったよりデータが流れて来ていないね。これは、僕が遮断しているのとは関係なく」
「そっすね。この処理、強制的に新スキルを覚えさせるようなものかと思ったんすけど。そうじゃないんすかね?」
「ですわね? 防災スキルなりなんなりを閃かせたいなら、もっと直接ぶち込みませんと。日和ったのでしょうか?」
「そこは『安全面に配慮した』と言おうアメジスト?」
「んっ。それは、コスモスには、お見通し……!」
ハルたちが、ソラのキャラクターボディに流れるデータが少ないことを訝しんでいると、眠そうだったコスモスがぱっちりと目を開けて自信満々に手をあげた。
その態度はなにかしらの確信を持っているようで、彼女はこの未知の現象を、早くも解き明かしてしまったようだ。
「はい。コスモスちゃん。もう何か分かったの?」
「すごいっすね。なんかヒントでもあったっすかね?」
「やるじゃありませんの、コスモスちゃん」
「うーん。まー別に、そんなすごい事じゃないっていうかぁ。分かって、当然? これ、コスモスたちがやってた事と、ほぼ同じ」
「というと、『フラワリングドリーム』?」
「んっ!」
コスモスたち六人の神が運営していた、大規模ゲーム。そこでは確かに、人間の意識を活用した高度な処理が行われていた。
それは、アクセスしたユーザー、プレイヤーに限らず視聴だけする者も含めて、接続者全ての人間が無意識に感じたことを元に、ゲーム内容への反映を行っていた。
それは、複雑で大量なNPCの行動を決定する計算だったり、それらの引き起こすイベントの制御。果てはプレイヤーに付与されるスキルまで、大規模な意識データが左右していた。
彼らが思う、『こうだったらいいな』、『こうなるだろう』『こうあるべき』という無意識の思いを汲み取って、コスモスたちはイベントを自動展開させていく。
そうすることで、自分たちでいちいちイベントを手作りする必要なく、多種多様でドラマ性のある展開を同時大量生成できたのだ。
ついでにいえば、それは『彼らの望んだ展開』であるという事にもなるので、自然と評価も高くなるというオマケつきだ。
「……しかし、ここにはその『観客』が居ない。その計算力を、エリクシルネットに集う意識に肩代わりさせている、ということ?」
「そのはず」
「へえー。これは、革新的っすね。言ってしまえば今までは自前でスパコン用意しなきゃ行えなかった仕事が、適当なレンタルサーバー使うだけで簡単に再現できるようになったってことっすかね? 考えた奴誰なんでしょ」
「わたくしが先に思いついておりましたの」
「じゃあ。アメジスト、犯人!」
「誘導尋問ですわ! コスモスちゃんたちの技術なら、そちらの方が、怪しいのでなくて?」
「んー……、実際、誰か関わっているとは、思う……」
「ミントじゃないんすか? ほら、コスモスちゃんともアメジストとも関わりがあるっすし」
「あー……」
まあ、妥当な線か。コスモスたち運営の一員で、アメジストの協力者。彼女であれば、今回の現象を引き起こせてもおかしくはない。
ただ、何かが少し引っかかっているハルだ。そうそう簡単に、容疑者を絞ってもいいものか。
ハルたちはかつての仲間に対する評価をどうしたものか、揃って腕を組み悩んでしまうのだった。
◇
「まあ、容疑者に関しては保留ということで」
「そっすね。正直、いま判明したとこで特に対処のしようもないっす」
「後で出会ったら、とりあえずやっつけとく」
やっつけるかどうかはともかく、話は聞いておきたいところだ。さてそれより今は。
「今は、この処理が何を引き起こしているか、それを探っていこう。革新的な構想ではあるが、やっている事は、前と同じなのかな?」
「そうですわね。増え続けるNPCの行動制御をどうするのか、興味深いところではありましたが、この方法を使っているというのならば納得です」
「っす。大量のユーザーなしでも、触媒だけで国家規模のNPC同時操作が出来るというなら、こんな限定的な会員制ゲームでも維持できるってのは理解しました。けど、そうしたところでどーなるんすかね?」
「そだね。大量のNPC用意する理由が、よくわかんない。これべつに、魔力が増える訳でもないのにー」
「そこなんだよね……」
そう、結局問題は、そこに帰結することになるのだろう。
彼らの目的と思われる惑星開拓には、魔力ないしそれに準ずる物理的な影響力を及ぼすためのリソースが必須。
大量のNPC同時制御は確かに凄いが、それ自体はあくまでおまけ。目的そのものにはなりはしない。
当時のような観客が居ないのだから、多種多様な登場人物やイベントを誰に対して見せるというのか?
謎が一部解明されたと思ったら、今度は別の謎がわいてくる。まあ、何時もの事ではあるが。
ハルたちは新たな疑問を胸に、またこのエリクシルネットから溢れるデータと向き合っていくのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。