第1568話 完了するまで電源は切らないでください
ハルたちが引き起こした地震により、ゲームは新たな進展を見せる。
どうやら『イベントトリガー』といった感じの行動を踏んでしまったようで、なにやら専用のイベントが発生したらしいのだった。
とはいえ、イベントといっても何も専用のストーリーが展開していくわけではない。このゲームのシナリオを形作るのは、プレイヤー自身の行動だ。
変化したのはあくまで内部的なパラメータであり、それを受けてどう行動するか、それを最終的に決定するのはプレイヤーの選択次第なのである。
「一つではなく、いくつか選択が出来るようですね。『大自然への挑戦の始まり』、とか、『他国からの魔法攻撃!? 防衛を固めろ!』、とか、あとは『防災意識の高まり』なんて素っ気ないものまであります」
「へえ。面白そうだね。何で僕には出ないの?」
「それは、犯人だからじゃないですかね?」
「ぐうの音も出ないね」
それらのイベントであるが、ハルたちのメニューには表示されて来ていない。
これは、ソラの言う通り地震を起こした張本人であるからか、それともハルたちは正規のシステムで参加していないことが原因か。
どちらもそれなりに考えられる。今のところだと、決定打は存在しなかった。
「どうするのソラ。どれ選ぶ?」
「待ってくださいミレ。選ぶと、何がどう変わるのか。『影響大』とか『影響小』とか出るだけで、いまいちよく分かりません……」
「勘で選んじゃえばいいんだよ」
「そうは言ってもですね……」
「もう、馬鹿、優柔不断。じゃああたしが適当に選んじゃうんだから」
「待ってください。馬鹿は貴女です。分かりました、分かりましたよ。仕方ないですね、ハルさんと敵対する訳にもいきませんし、大自然への挑戦にしますか……」
「悩んだ割に王道」
「うるさいですよ!」
「……今さらだけど、『選ばない』って選択もあったと思うんだけど」
「それじゃあつまらないよ?」
まあ、ハルとしても、イベントを進行させたらどうなるのか、それを実際に見てみたいので、選んでくれた方が都合が良いのだが。
とはいえ、ハル本人の選択であれば『選ばない』という展開も十分に考えられた。
アルベルトたちときっちり計画を立て、自分たちの思うように街作りを進めてきたハルだ。その進む先を歪めるような展開は、無視してしまっても構わない。
ただ、やはり今回はイベントの行く末を見てみたいので、結局ハルも何かしら選択を行う気はするのだが。
「どう? なにか変化はあったかいソラ?」
「いえ、まだ何も。『イベント進行処理中です』って表示から動かないですね」
「あたしもー」
「ふむ? 発生自体はしているのか。なんの処理なんだ?」
「村人の行動が変わるから、今の仕事終わるまで待たないといけない、とかかなぁ?」
「それもあるかもね」
ハルの疑問に、メニューを眺めながらぼーっとした態度で応じるミレ。そんな彼女の表情が、何の前触れもなく突如として険しくなる。
目は見開かれ呼吸は激しくなり、どう見ても“体調が悪そうだ”。電脳ゲームにおいて、本来あり得ない現象である。
イベント内容がそんなにあり得ない内容だったのか、いや、そんな様子でもない。この反応は明らかな肉体的不調。
そして、その反応は彼女の隣のソラもまた同様だった。
「……平気かい? 喋れれば状況を」
「……な、なんでしょう。分かりません。急に、頭が痛くなるような、もしくは眩暈がするような」
「はぁっ、んっ、あたしも、具合わる……」
「どうなっている? 普通なら絶対にありえない」
電脳世界へのログインにおいて、体調不良を告げるアラートは非常に強力だ。
それは時にお節介すぎて、ゲーマーの間では非常に不評で常に話題に上がる定番の愚痴になっているほど。
しかしそれも、全てはプレイヤーの生命と健康を守るため。
そんなお節介のアラートが生じずにプレイヤーがゲーム内で『体調が悪そうにする』など、今まで電脳世界では決して見られぬことだった。
この世界は正確にはヴァーチャル空間ではなく実在の異世界だが、彼らの接続方法はヴァーチャルと同じ。
よってアラートも、本来同じように発令されるはずなのである。
「……ログアウトすべきじゃないかな?」
「そうですね……」
「……って、出来ないよー。『処理中のため、しばらくお待ちください』、だってハル」
「ありえない……、何を考えてるんだあいつら……」
これこそ、通常のゲームではあり得ない展開だ。もはや何度も言われてきたが、どのようなゲームであっても必ず、一つの例外もなく、即時ログアウト可能に作るのは鉄則だ。
破った場合は例え過失であっても、電脳誘拐の準備罪として厳しく罰せられるほど。そのくらい厳しく法で定められている。
ただし、技術的には不可能という訳ではなく、やろうと思えばやれてしまう。
そして運営も参加者も共に、法の抜け道ばかり探しているようなこのゲームにおいては、実にありそうな展開なのだった。
「アレキめ。法律無視してやりたい放題だな。けど安心してくれ、僕がなんとかしよう」
「……どうするんです?」
「許可してくれれば、君らのリアルを直接訪ねて、肉体を安全に処置してみせよう」
「あの……、それ例え許可していても、違法……」
「なんであたしの家知ってるのー。しかもいつでも入れるようなこと。えっちだぁ……」
「えっちではない」
「まあ、『敵』情視察は、当然ですか」
「今はきちんと味方だと思っているよ」
匣船家の関係者は、特にこのゲームの参加プレイヤーはもれなく調べ上げているハルである。現実の家から立場まで、全てだ。
そんな情報網からソラたちの身体を(もちろん違法に)チェックしたところ、どうやら思ったほどの緊急事態ではないらしい。
体温が多少上昇し、脈拍も少し早くなっているが見たところそれ以上の不調はみられない。
警告は出るだろうが、このくらいならば本来のゲームプレイ中でも強制ログアウトには至らない程度だろう。
「……ならば何だ? 心因性か?」
「そうですわね。というよりも、ログイン中の意識に直接『不快感』を叩き込まている、この肉体的不調は、その逆流、といった感じでしょうか」
「だね。アメジスト、何か詳しく分かるか?」
「お待ちを。なんとなくこの反応、覚えがあります。というよりもわたくしも、以前似たようなことをやった記憶が」
「お前か、犯人は」
「早とちり、早とちりですハル様ぁ。単に学園でのゲーム中、生徒たちの反応を上げすぎると不快感を露にしてしていたので、わたくしはそれ以前の段階で押さえていたのですわぁ」
「病人の前で猫なで声やめようね? しかし、それっていうとつまり……」
「ええ。超能力の覚醒を促す反応。それを大出力で行っている最中。ということですわ」
なるほど。それが『イベント』の正体ということか。何かしらの条件に対処する為の力を、このイベントにより彼らに付与する。
その際の遠慮のない負荷が、ソラたちの体調にまで悪影響を及ぼしているということか。
「対処法は?」
「命に別状はございません。待っていればいいかと」
「真面目に」
「あーん。痛いですぅ。……こほん。結局は、エーテルネットを介し通信が行われております。その負荷を、ハル様が間に入って軽減してやればよろしいのです。慣れておいででしょう? ヨイヤミちゃんの治療なんかで」
「……待て。超能力とエーテルネットに、どのような関係が」
「貴方がたの知る必要のある内容ではございませんわ」
ぴしゃりと、アメジストがソラへと言い放つ。確かに知らせる訳にはいかないが、日本人相手にこんな態度を取れるのも、神様の中では彼女くらいのものだろう。
《恐らくは彼らの精神を通じ、エリクシルネットへとアクセスし処理を行っているのでしょう。考えなしのお馬鹿さんですわ。安全策はとっているようですが、基本的に人間一人の抱えきれる負荷ではございません。対処するならお早く》
《ああ。分かっている》
ハルは今度こそソラたちの許可もなく、強引に彼らの通信に割り込んだ。
ソラたちを通して行われていた、あの謎のエリクシルネットへのアクセス。全ての人間の意識が集まるというあの場は、下手をすれば一人で全人類と正面から相対することに等しいというもの。
それは、まあ気分が悪くなっても当然だろう。
ハルはそんなソラたちとエリクシルネットの間に差し込むフィルターの役を果たし、彼らのその負荷を軽減していく。
アメジストに言われた通り、ヨイヤミの過剰すぎる通信負荷を抑えるような感覚だ。
ハルを間に通すことで、“あちら”を直視しなくてもよくなる分だけで、どうやらずいぶんとマシになったようだ。
「……どうかな? 平気そう?」
「あ、ああ。私は、かなり楽になったようですね。ミレは?」
「あたしもへーき。ありがと、ハル。えっちなのは、これでチャラにしよう」
「助かるよ」
ひとまず、まだまだ処理は続いており、ログアウトは未だ不能のようだが、彼らの体調不良は収まった。
しかしこの状況なんとも、脳裏によぎるのは前時代の『電源を切らないでください』となるのはこの時代ハルくらいのものか。
さて、このような強引な処理をしてまで、ソラたちのキャラクターにはいったい、どのような変化が生じるのだろうか?




