第1567話 広がる被害と進む弊害
ルナの魔法により引き起こされた地震により、ハルたちの街にある家々は大きく揺さぶられる。
しかし、それらは倒壊するどころか、壁に亀裂の一つも入らずに無事のままだ。
これは、この建築に使われている建材の構造が、半ば流体に近い事が大きく影響している。
スライムのようにドロドロのペーストが、自ら粘土細工を組み上げるようにして積み重なっていくエーテル工法。しかしそれは、完全に固体となりその場に定着した訳ではない。
結晶構造同士が今はがっちりと手を取りあい硬く固定されてはいるが、その気になればすぐさま元のペーストに戻ることが可能。
これは家の解体や改築以外にも、こうした地震に対する備えとしても機能していた。素材同士が、柔軟に衝撃を逃がしあうのである。
「例の、ガラスの街を作った時の経験も生きてるね。あれも、半分流体の状態を保つことで成り立っているから」
「ですねー。材料も土ですし、ほぼ同じケイ素だと言っても構わないでしょー」
「それはちょっと語弊があるかなカナリーちゃん……」
ガラスというと割れやすい印象だが、そんなことはないのも証明済み。そうした家の頑丈さを、この魔法の地響きによりNPCたちも肌で感じ取ってくれたようだ。
実際に災害が、それに準ずる魔法攻撃が飛んできても傷一つない。その一目瞭然の結果が、理屈を超えた安心感をNPCに与えていく。『この家は安全なのだ』と。
それにより彼らのパラメータにも変化が生じ、そこから生まれる欲求もまた変動していった。
求められていた防災施設に対する欲求は薄れ、それを建設しなくとも街の発展が可能となる。これで、死に施設をわざわざ作る手間が省けたというものだ。
「また開発者の想定していなさそうな進め方ですわねぇ」
「災害コマンドに、こんな使い方が……!」
「いや、普通のゲームでこれやったら普通に崩れるだけだと思うよアイリ……」
せっせと組み上げた街を、天変地異で更地にしてしまうのも、また楽しみの一つ。
ただまあ、今回のゲームでは、その楽しみ方をすることはあるまい。倒壊しない程度に、天変地異を引き起こしていこう。
「ところでハル様。あちらの対処、どうされますの?」
「……うん。完全に気にしてなかったよね」
「こうした裏の仕様まで見通しているようで、たまに単純なところで抜けておりますよねハル様」
実験の成果を一通り確認し、会話が落ち着いた頃合いを見計らって、アメジストがとある方角に指をさす。
ちょいちょい、と何気ない様子で指し示されたその指の先には、無残にも崩れ去った石を中心とした瓦礫が山を成していたのであった。
「……どうしようか、ソラの町」
「ソラさんとミレさんがログインしてくる前に、こっそり直しておくしかないのです!」
「まるで、親の貴重品を壊しちゃった子供みたいですねー。ボンドいりますー?」
「なぁーご……」
メタもやれやれとあきれ顔だ。ふりふり、と左右に頭を振って『処置なし』といった感じ。
これはそう、親の貴重品というよりは、友人のセーブデータを壊してしまったようなものか。友人が気付く前に、元の状態に復旧せねばならない。
「ロストしたアイテムを、集め直すのです……! 友達に、バレるよりも前に!」
「そうだねアイリ。幸い、まだ家に紐づけられたNPCは消えてない。それら『一点もの』が消える前に、何とかしないと」
「完全ロストまで、猶予がありません……!」
「ですがどうしますー? 他国の建築に、エーテル工法は使えませんよー?」
「ここは私にお任せくださいハル様。なに、問題ありません。彼らの建築方法は、超能力を使っているとはいえ手作業となんら変わらぬようなもの。ならば私の、『手数』で再現できましょう」
「アルベルト。やれるのか」
「にゃうにゃう!」
「メタちゃんも」
どうするつもりだ、などと聞くまでもない。アルベルトとメタ、彼らの得意分野は明らかだ。
そうして予想通りに、見る間に増殖を開始した二人が被災地に向かう。
次々と生み出されるアルベルトの分身に、次々と何処からともなくやってくる色違いのメタ。
そんな多数の人の手と猫の手が、崩れた家屋の残骸を瞬く間に拾い上げていく。
「にゃっ!」「にゃっ!」「ふにゃっ!」「うなーご!」
「いいですよメタ。細かい物は任せました。私は、大枠を元通りに組み直しましょう」
「押さえてくっつけているうちに、ボンドで接着しちゃいましょー」
「余計な手出しを、いえ、仕方ありませんね。隙間に流し込んでください、カナリー」
「はいー。ぐにゅ~~」
「ぐい、ぐい♪」
ボンド改め溶けた土を漆喰代わりに、流し込み硬化させ以前の形状を再現する。さすがに、石を積んだだけで元通りとはいかない。
その半液状の『つなぎ』の中に、メタの群れが次々と小さく崩れた破片を叩き込む。
そうして仕上げの急速乾燥の果てに、倒壊した家、ダメージを負った家が、困惑する住人の前で急速に再建を果たしていった。
「よし、隠蔽完了!」
「よくできましたー」
「あとは戻って来た際に、微妙な変化の違和感に気が付かないか、ドキドキなのです!」
「なう、なう……」
「きっと問題ありませんよアイリ様。自分の家という訳でなし、些細な変化は、脳内で補間されすぐに日常へと溶け込むことでしょう」
「だといいのですが!」
「まあ、見た目がどうこうとかそれ以前に、地震の発生と倒壊はばっちり、ログに残っているでしょうけれど」
「あっ……」
「うん。まあ、そうなんだよねえ」
だからといって、直しておかない理由にはならない。
ハルたちは微妙にバツの悪い心持ちで、ソラたちがこちらの世界にログインしてくるまでの時間を過ごしたのであった。
*
「なにをやっているのですか皆さんは……」
「ハルって、面白いね」
「いや、面目ない。被害の支援はするからさ……」
「お願いしますよ。こちらは、逆に災害への恐怖心が増加する結果となっているんですからね」
「真逆まぎゃく」
「……とはいえ、こちらはまだまだ貴方がたとは違い手探りの最中。仮に完全に建て直す事になったとしても、別段そこまでの被害はありませんけどね」
「うん。どうせそのうち解体するし、その時はハルまたお願いね」
「ミレの言うことは無視して下さい」
まあ、とりあえず気にしてはいないようなので、不幸中の幸いであった。
確かに、ゲームの仕様を確かめるためにとりあえず初期に建てた建築は、中盤ではもう一つも残っていないなどということは、そこそこありがち。
「それよりも、デフォルトの城壁都市はどうなったんです? あそこもすぐ近くです。同等の被害を受けたのでは?」
「そうだね。ただ、ソラの町ほどではないみたいだよ。さっき偵察に行ったけど」
またこっそりゾッくんを飛ばしたハルだった。そうして覗き見た初期の街は、被害こそあれソラの所のように全壊といった建物は少なかった。
「それはやはり、建物のレベルが高いのでしょうか」
「それもあるだろうね。他には、僕の壁がけっこう防波堤代わりになっていたのもある」
「なるほど。そういえばあれも崩れていますが、いいのですか?」
「まあ、こっちはまた適当に作り直すさ」
国境線代わりの長城は、工夫なく魔法で簡易に押し固めただけのものだ。また同様の工程で再建すればいいだろう。
ただ、人工地震の度に自分で壁を崩していても間抜けな話だ。今後は何らかの、対策をすべきか。それとももはや、壁は取っ払ってしまってもいいだろうか?
「あちらの初期都市にも何か支援を?」
「いいや。してないね。あっちはそれこそ、既に防災施設が充実している。自力で対処が出来るみたいだよ」
「なるほど。有効ではあるのですね。しかし、少々意外ではあります」
「何がだいソラ? 僕の暴挙のことならすまない。不可抗力だ」
「いえ、それは特に意外ではありません」
「いつかやるハルだと思ってました」
「思われてたんだ……」
「ミレは無視して構いません」
同盟国と、中立国であろう初期配置の街。それを巻き込んだハルの攻撃自体が意外なのではなく、ソラが不思議がっているのはその結果の方。
どうやら、デフォルトの街がプレイヤーの攻撃により被害を受けたこと自体に驚いているようだった。
「ああいう街は、普通無敵なものではないのでしょうか。その、お助け機能のようなものとして」
「まあ、そういう場合は多いかな。ただ、それもゲームによるね。邪魔になったら、プレイヤーの判断で自由に壊せるゲームもあるよ」
「そうなのですね」
特に、こうした陣取りゲームではそうした場合も普通にあるだろう。
当然破壊してしまえばその恩恵を受けられなくなってしまうが、逆にいえば敵勢力からもお助け機能を奪い取ることも出来る。
このゲームでは明らかに、そうした中立都市への攻撃が解禁されている。
というより、仕様上無敵の都市を作る事が難しいだろう。どれだけの強度を維持すればいいのか、という話である。
「……まあ遅かれ早かれ、あの街は消えてなくなることになるんじゃないかな。それをやるのが、僕か、それとも他の参加者かの違いはあってもね」
「それこそ私かも知れませんね。この位置では、自国の拡張の妨げになる」
「ソラやる気じゃん、どしたん? そんな好戦的で」
「そうするしかないんですよ! じゃあミレは、逆側のこの、ハルさんの国に攻め込むべきだと?」
「それはない」
「ですよね」
何だか二人揃って呆れたような目で見られてしまったが、まあ敵対しなくて済むならばそれに越したことはない。
ソラの国が北側に拡張するならば、そのぶんハルたちに対する壁にもなってくれる。
「……それともう一つ、気になることがあります。その、先ほどハルさんが起こした地震で、どうやら、イベントのようなものが発生したようで」
「イベント? そんな通知、僕の方には無いけど……」
つまりは、発生源であるハルたち以外に、そうした通知が飛んでいるということか。
これは、もしや人為的な災害を起こした犯人として、ハルは全てのプレイヤーに敵対してしまった、とでもいうのだろうか?