第1562話 魔法対超能力
ハルたちの背後にて、豪快な音を轟かせて崩れる土の防壁。
もともと国境を意識させるための虚仮おどしであり、さほどの強度は持たせていなかったとはいえ、『もうこれが破壊されるのか』というのがハルの正直な感想だ。
それはスキルの出力という意味でも、また、実行者の思い切りの良さという面でも。
「なんだぁ? 見掛け倒しかよ。ボロっちぃな」
壁を破壊し姿を現したその男は、その手ごたえの無さに悪態をつきながら、粉塵を能力で吹き飛ばしながらこちらへ乗り込んでくる。
その姿は例のガラの悪い青年。見かけ通りに、素行も悪いようである。
好戦的な彼は自らの能力を最大限発揮すべく試し打ちの場を求め、ハルのこの長城に狙いを定めたようだった。
「酷いことをする。人の家の垣根を壊しておいて、なんて言いぐさだい?」
「あん?」
ハルたちもまた作業を中断し、襲撃ポイントへと飛ぶ。
間近で見ると被害の規模はなかなかのものであり、壁の上部までも含めて一面が完全に崩落してしまっている。
上部はどうやら自重によって崩壊し落下してきたようだが、それでも二十メートルはあろうかというこの壁を一撃粉砕するほどの威力は、予想以上だ。序盤に出していい火力ではない。
「テメェがここのご領主サマって訳か。呼び出す手間が省けたぜ。しかし垣根だってんなら、もちっと頑丈にこさえておくンだなあ」
「いや垣根なんだから、そんなに頑丈に作ったりしないだろ……」
「確かに!」
どうやらあまり考えて発言しないタイプの人物のようだ。大丈夫なんだろうか? 匣船家の構成員として。
「しかしよ、チグハグだなぁ実際。こんだけ高く、しかも広範囲に壁を立ててるってのに、強度はクソザコ。奥ではこれまた手広く街を広げてるが、こうして見てみりゃ住人もザコばかり」
「悪かったね。仕方ないだろ、まだまだ序盤なんだから……」
「序盤の初心者がいきなりこんな広範囲にブチ上げられるかってーの!」
「おっしゃるとおりで」
まあ、彼ら真の初心者から見れば健全なプレイを乱す異様な行動だろう。それはハルも申し訳なく思う。
しかし、ハルとしては彼らに健全にゲームプレイを楽しんでいただく訳にはいかない。自重して、能力を制限するつもりはないのであった。
「僕はハルだよ。よろしく。君らにとっては工作を仕掛けていた相手であり、つまるところはまあ敵だ」
「左近」
「サコンか、よろしく」
「よろしくする必要はネェよ。てか接触していいのかこいつと……」
「なに、報告しなきゃバレない」
「んなワケいくかっつーの」
意外と真面目である。いや、当然か。彼が本家に伝えずとも、他のプレイヤーが必ず報告する。そうなれば黙っていたサコンの評価がどうなるかは知れているといえよう。
「じゃあ結局テメェの手の中……、ってこともなさそうだな。もしそうならこんなハンパな事する意味がねぇ」
「おや。バカそーに見えて意外と頭回るみたいだよハル君こいつ」
「はぁ? ハーレム要員の中で一番バカそうな奴がなにケチつけて来てんだぁいっちょ前に!」
「うわっ! ハル君こいつ殴っていい!? 地味に気にしてること言った! 私に言っちゃいけないこと言った!」
「……落ち着きなさいユキ。煽ったのは君が先だ」
「安心なさいなユキ。ユキの頭の回転の速さは皆が認めるところよ?」
そう、サコンの推測の通り、もしこれがハルの計画の通りで彼らはそれに翻弄されているだけならば、こうしてこの場に姿を現す必要はない。
自らも参加者として小細工をしている以上、ハルが黒幕という確率は大きく下がるのだ。
それについての論理的な考察を一瞬で巡らせることが出来る頭脳は、見かけによらず侮りがたいといっていいだろう。
「ふーんだ。どーせゲームのやりすぎでゲーマー的発想だけ達者になってるだけだろーに」
「……うるっせぇなぁ。テメーも同じだろうに」
「あら? 今度はあっちが効いているのね?」
「図星、なのです!」
「あーうっせ! 取り巻き黙らせろやハル! いや、もはや会話する必要はネェなぁ。元より敵なら、好き放題に略奪したところでナンのデメリットもねーし」
「おや? 略奪に来たの?」
「壁を壊して来てるのだから、驚くようなことではないでしょうに……」
「山賊! なのです!」
「でもなに盗りに来たん? うちら、ちっこい畑しかないけど。野菜どろぼー? ちっさ。しょぼ」
「だからそれがおかしいンだろーが! 何でこれだけ立派な防壁建てといて、奥には貧相な村しかねーんだよ!」
「いやあ。まあ……」
逆に現状が貧相な村であるがゆえに、それを隠し守るために立派な虚仮おどしが必要なのである。
ノーガードでは、それこそ近隣の街から攻め放題になりかねない。
「マァいい。こうして来ちまった以上、手ぶらでは帰れんからなぁ。野菜でもなんでもかっぱらって、領民の腹の足しにしてやんよ!」
「だっさ……」
「そう言わないのユキ。いいご領主さまじゃない。……ふふっ」
「山賊さんにも、悲しい過去なのです……」
「まあどんな理由があろうと、山賊には容赦しないけどね。山賊は縛り首だ」
「やってみろや! あと山賊じゃねぇ!」
「すまない。森賊だったか」
「もういい行くぞぁあっ!」
なかなか緊迫感の上がりきらぬ空気の中、森の民族長たるサコンとの戦いが開始された。
さて、まだこのゲーム始まって間もない中、彼らプレイヤーの実力というのは果たして、いかほどのものであろうか?
*
「食らいやがれっ! オレの衝撃波をな!」
「どこに撃っているんだい?」
「後ろだ後ろ! ご自慢の家を守らなくていいのか、って何ぃ!?」
「うん。いいリアクション芸人になれそうだよ君」
「どんな強度してやがるこの家!」
サコンがハルたちの作った建築に向けて<念動>の一種であろうと思われるサイコキネシスの衝撃波を放つが、その超能力による不可視の砲弾は、壁に多少のヒビを入れただけで霧散してしまった。
当然である。後ろの家は既にエーテル技術の粋を集めた工法にて作られた現代建築。多少の攻撃になどびくともしない。
この結果はサコンにとって予想外でしかなかったようで、目と口を大きく開いての驚愕の表情。なかなか楽しい反応を見せてくれる男であった。
「どうやら君のその衝撃波は、強烈な振動を対象に与えて崩壊させる攻撃みたいだね。ただ残念ながら、現代建築の制震技術には無力なようだ」
「だからナンで現代建築がここにあるんだよ! ……いや、それなら何であの壁をその技術で建ててねーんだ? ……本当チグハグだな」
「いやあ。さすがにあの量は材料がなくて……」
ヒントを与えてしまっただろうか? とはいえ、どのみち出来ないものは出来ないので仕方がない。ハルも万能ではないのである。
ただ、耐えられるとはいえ、これ以上NPCの住居を攻撃されてはまずい。次は崩壊するかも知れないし、住人に『恐怖』等のバッドステータスでも蓄積されても事である。
「なら何度でも……、って、バリア張られたか……」
「ん? その言い方だと、君らもバリアは張れるのかい?」
「さて、どーかな? ……って、ついしらばっくれちまったが、ナンで知らねえんだ? 探り入れる必要あんのかよテメーが」
「いやあ……」
「なーんか気味悪りい」
申し訳ない。完全に、遊んでいるルールそのものが異なっているのである。魔法と超能力の、異種格闘戦。
しかし今のサコンの言い方からみるに、どうやら彼らは、自陣に対する防壁を張れるような何かの力を有しているらしい。
ソラからは一言もそんな事は聞いていないのだが、これはまだまだ信頼を勝ち取れていないのか、それともサコンが一歩彼らよりもリードしているのか。
「……まあ、いいか。だいたい分かった。現時点では、僕らの脅威になるような力は持っていないねやっぱり。しかし、最初からこんな兵器級の威力を出せるというのは、十分に末恐ろしい」
「なにをもう勝った気でいやがるんだあ?」
「いやすまない。さすがに現状で負ける訳にはいかない」
「未来でも負ける気なんてない癖にー」
「そうだけどねユキ。これは素直に、将来性が怖くはなるよ」
民家すら壊せていないではないか、と思われるかもしれないが、先ほど彼が家に与えたダメージ量がハルにはよく分かる。
それは前時代におけるミサイルの直撃にも等しく、個人が振るう力としては普通に脅威だ。
これが、今後成長を重ね、高位の超能力者として覚醒しでもしたら、それはいったいどうなってしまうのか?
しかも先ほどから観察しているが、これほどの力を発動しながらも、魔力はほとんど消費していないのだ。
「まあ、その時の事はその時に考えよう。今はただ、力量差の計れぬまま高位の相手に噛み付いたことを後悔してもらうってことでさ」
あまりこのまま暴れられてもなんだ。ここで退場してもらうとしよう。
加えて言えば、彼らが死亡、ゲームオーバーとなった際の処理にもまた興味がある。ペナルティはあるのか、あるとしたら、どの程度なのか。
もし、一度このボディが消滅してしまったら二度と参加できない、といったルールであれば申し訳ない。軽はずみな己をどうか恨んで欲しい。
「それじゃあ、さよならだ。せめてリスポーンは、遠くで行ってほしい。面倒だからね」
ハルは神界から魔力を吸い寄せると、それを体内で高めていく。
そしてすぐに巨大な炎と化した魔法を一気に、何か超能力であろう防御フィールドで身をかためているサコンに解き放ち、全身を欠片も残さず焼却していくのであった。




