第1560話 いずれ踏み出すべき外の世界
「そういえば、ハルは最初からアレキの魔力圏の外にまで陣地を広げる計画なのね?」
「ああ。その通りだね」
新たに方針も定まり、皆で計画を進行するための作業中。ルナがふと気になった、といったように質問を投げかけてきた。
どうやらルナは、アルベルトによる都市計画が既に、魔力圏を大幅にはみ出す形で進行していることが気になったらしい。
確かにハルも、最初からそこまで想定した計画で進行してしまうのは少々やりすぎなのではないか、と思わないこともない。
しかし、最終的に魔力をはみ出して都市を広げていくことは、ゲームの目的から見ても絶対に避けられないはず。それはハルもまた同意の上で承認を行ったのだった。
「アレキたちの目的は、元よりかなり大きなものだ。それは、自身の魔力の範囲に収まらない」
「この星、その物の環境を正常化することね?」
「うん。この一地方にただ街を作り発展させて、それで満足するはずがない」
「だからこそ、このゲームもいずれ、何かしらの方法で外に目を向ける展開が訪れる……」
「そう推測しているよ」
一般的なゲームであれば、決してそんな展開は起こらないだろう。限られたフィールドの中でいかに陣取り合戦を優位に進めていくか、それだけを考えればいい。
フィールドの大部分を支配し、勝利を確信したその時、『実は更に外にも土地は広がっていました~』なんて開催者から言われたら顰蹙ものだ。
だが、このゲームにおいてはそうなることはほぼ確定。逆に、この穏やかな世界の中だけで完結してしまっていては何の意味もない。
彼らがプレイヤーを招いた理由は、この中ではなく、荒れた外の大地にこそあるのだから。
「けれど、どうやって外に進出していくのかしら?」
「……それなんだよねえ」
「魔力が無ければ、“ぷれいやー”のみなさんは動けないのです!」
「そうだねアイリ。何か、そこをどうにかする方法はあるんだろうか?」
プレイヤーは魔力のある範囲でしか行動できない。この世界における鉄則中の鉄則だ。
……まあ、それにしては例外がいくつも存在しているが、それも面倒な準備あってのこと。『宇宙服を着れば宇宙に出られる』と言っているようなものだ。
これはゲーム的な制限を超え、多少設定を弄った程度でどうにかなるものではない。
一方で、外部まで手を広げる事はほぼ確定。そこに、解消できない大きな矛盾、乗り越えられない断絶が広がっているのであった。
「……ゲームの進行に合わせて、このエリアも広がっていく予定。だとか」
「うん。それが一番現実的な解決策で、しかし一番難しそうだ」
「魔力が、そんなに都合よくは増えないのです……」
その通り。大量にプレイヤーを招き入れたカナリーたち、そしてアイリスたちでさえ、『領土』の拡大はそこまで急速には行えていない。
招集したプレイヤー数が大きく劣るアレキたちでは、なおのこと。
この数ではむしろプレイヤーの活動コストを賄う為の魔力すら、満足に稼げずに収支は常にマイナスになっていることだろう。
「だから、その正攻法以外できっと、なんらかの策略があるに違いないんだが……」
「単純に、その時が来たらお仲間の神々から魔力を頂く、とか!」
「ありそうだねアイリ。彼らはチームだ。翡翠やまだ見ぬ神様たちが、その魔力を譲渡し、この土地の先に継ぎ足ししてくれたら解決だね」
「……けど、それをするならば、そもそも最初からやっているわよね?」
「そうなんだよねえ……」
やらない理由があまりない。一応、計画が失敗した場合の危機回避、全ての魔力を一度に失う可能性への備え、という説明も出来るが。
それでも、最初から大きな土地と魔力を用意できているメリットは多い。カナリーたちも、そうしたようにだ。
「だから恐らく、魔力以外に何らかの方法で、外でも活動可能になる。そのはずなんだよ」
「それが、最初にうちゅうから来たという、謎のエネルギーなのでしょうか?」
「ありそうよね? それが、彼らの切り札?」
「かも、知れない。なんとも言えないが。その力と超能力を発展させることで、彼らは魔法と魔力を不要な物にしようとしている……、のか……?」
「なんだか話が大きくなってきたわねぇ……」
「魔法バーサス、超能力なのです!」
そんな展開にもなりかねない。特に、こうしてハルが参戦してしまったことで。
最初こそこうして魔力を必要とするものの、いずれ彼らは別のエネルギーを自在に使い活動する、そのように進化する。
それを促す為にも、外に目を向けさせるような構造に作られているのだろうか?
「まあ、考えても分からないね。それに、どのみち先の話さ。気にしすぎないで行こう」
「ですね! 今はみなさま、ご自身の小さな町を作るので精一杯なのです!」
「緊張感のないものねぇ?」
まあ、本当にそうしてのんきに構えていたら、すぐにその時がやって来てしまう。今から対策を練っておくことは必須だろう。
しかし、考えても分からないことと、今は目の前のことをやらねばならないのも事実。ただ、心強い協力者も増え、ハルたちにも多少の余裕が出て来てはいる。
「そうだね。それじゃあ、現状を再確認するためにも、外部の様子をちょっと見に行ってみようか。アルベルト、この場は少しの間任せたよ」
「はっ! お留守の間に、全てを終わらせてご覧にいれましょう!」
「……敵陣への侵攻は禁止ね? ……もちろん同盟国へもね?」
自由にさせておくと、どんな奇妙な国家が一夜で爆誕しているか分かったものではない。
ハルはアルベルトに厳重に釘を刺すと、気分転換ついでに、アレキの支配領域の外へと足を延ばして行くのであった。
*
「みゃうみゃう。ふなーご」
「おや、メタちゃん。案内してくれるのかい?」
「うにゃっ!」
「確かに『外』に関しては、メタちゃんが一番詳しいもんね。それじゃあ、よろしくお願いしようかな」
「ねこさん、よろしくです!」
「にゃうにゃう!」
魔力の境界面付近まで飛んできたハルたちを、待ち受けていたのは猫のメタ。それは、今アルベルトと開拓を進めている個体のメタではなく、ちょうどこの外から来たメタのようだった。
メタは機械で作られた身体の分身を、この荒れた惑星の各地に散らして広範囲で情報収集を行っている。
もちろん、この地にも猫の手は伸びており、その手を借りるのも容易という訳だ。
「うみゃ~~」
「じゃあ行くよ、二人とも」
振り返り、手招きするような仕草で先導するメタに続き、ハルたちも魔力範囲から一歩踏み出す。
本来は、プレイヤーが出て無事に済むはずのない行為ではあるが、まあ当然というべきか、ハルたちもまた前述の『例外』のひとつであった。
「わっぷ! これは、なかなかに酷い差なのです!」
「そうね……? この風は、気を抜くと飛ばされてしまいそう……」
「にゃっにゃっにゃー」
「……そうだね。特に、アレキの領域の中は実に穏やかな春の世界だった。この差は酷いね」
魔力圏から一歩踏み出すと、そこは一転し暴風のただ中。
桜並木などあれば、一瞬で花がもぎ取られ散り尽くしてしまいそうな、強風が常に吹き荒れる土地が広がっていた。
「アイリ、ルナ。環境固定装置をオンにして」
「そうでした! わたくしたちには、『うちゅうふく』が、あるのです!」
「地上で必要な事が多すぎではなくて?」
そんな風の中でも、周囲の空間を快適な環境に固定するハルたちの『宇宙服』が活躍する。
長い髪の毛やスカートが荒ぶって大変なことになっていたアイリの身支度を、ルナが丁寧に整えてあげている姿が微笑ましい。
「ふう! 危うくスカートがまっ逆さまになって、おぱんつが丸見えになってしまうところでした!」
「そうねアイリちゃん。この見せ方はいただけないわ? 下着を見せつけるにも、品がなければね?」
「ですね! 不意の風でふわりと、優雅に見せつけなくてはいけません!」
「見せつけている時点で品もなにも無いと思うんだ」
「うみゃーう……」
……まあ、言わんとしていることも分からんでもないハルである。
見る方のハルとしても、てるてる坊主を逆さまにしたようなスカートの下で、丸出しの下着が見えても反応に困るというもの。
「いやそんな事を言っている場合ではない」
「にゃにゃっ!」
「そうね? ずいぶんとまあ、荒れた環境の中に土地を構えたこと」
「しかし、アレキ様の実力の高さも、よく分かるというものですね」
「そうだねアイリ。いいデモンストレーションになっている。アレキの気候操作能力、この暴風をも物ともしないというのは、流石と言わざるを得ないか」
「なうー?」
「メタちゃん、この辺は常にこんな感じなの?」
「なうなう」
どうやらそうらしい。狂った地軸と自転のせいで、惑星の風の吹き方も非常に不規則となっている。
そんな不規則な中でも、大きな流れとうねりをもって風が集中する場所。そんな土地の一つがこの地であるらしかった。
「……いや本当に、どうしてこの土地にしたんだ? まあ、元々はゲームの事なんて考えていなかったのかも知れないが」
「他の神々への、“ぷれぜん”、だったのかも……!」
「かも知れないわね? しかし、これでは逆に、プレイヤーを外に出したくないようにしか見えないわ? 出さない事が目的なら、それでいいのでしょうけど……」
「もしや試練、なのでしょうか……!」
「まあ、なくはないかもね。この極限環境をどうにか出来る力を身に着けさせるために、必要な障害だとか……」
しかし本当に、魔法も無しにこの環境を安定化させる程の力が出せるのだろうか。出せるとすれば、それはハルにとっても脅威となる力に違いない。
ハルはそのやがて訪れるプレイヤーの外部進出と、それを可能にするだろう力を想像し、少々頭痛を覚えるのであった。




