第156話 禅譲
黒曜と共に解析を進めるが、いまいち何をやっているのか分からない。魔法式それ自体は出ているが、ごく単純なもので、単体で<簒奪>のような複雑なスキルを成立しうる物ではなさそうだ。
ならばそれは単なる触媒としての役割であり、スキルの本体は別にある。
キャラクターの核、だろうか。だとしたらやっかいだ。あれはいまだに解析不能。変化が確認されても、それが通常のものなのかスキルによるものなのか、僕にはまだ判別がつかない。
マゼンタにも聞いてみたが、知らない事と言えない事だらけで役に立たなかった。
──いや、いい機会か。コアの解析が進めば儲け物だと考えよう。黒曜、視点を俯瞰に飛ばす。解析は僕の体を中心に変更。特にコアを。
《統合時の俯瞰視点は危険も大きくなります。お気をつけください》
今は意識拡張のために、普段は並列して存在している思考を一つに統合している。処理能力は向上しているとはいえ、主観と俯瞰の二つの視点が同時に存在するのは多少脳が混乱した。
それにより自分の体と、魔力を観察する。ゲームのキャラクターのように、自分自身を見下ろしている形だ。絶対に見えないはずの、自分の後ろ側も見える事になる。
背後に居るアイリ達がその視界に映り、思わず視線がそちらへ固定されそうになるが、今は試合に集中しなくては。僕自身の体に集中する。彼女たちの姿は、後で存分に愛でればいい。
「それで、何時まで吸ってるんだい?」
「うるさいわね! このまま吸い尽くせばあたしの勝ちでしょ!」
「芸がないな。何より地味だ」
「うるさいっての! 仕方ないじゃない、これにはエフェクトとか何も無いんだから!」
実際は、今ここに居るお客さんはこの世界の住人なので、多かれ少なかれ魔力の流れを感知できる。僕の魔力がセリスに吸い取られているのも、感じている人も居るだろう。
だが彼女にはその認識は無いようだった。ゆさぶりが利いているのが見える。彼女の目的は目立つことだ。
もう一押ししてやろう。スキルに頼らぬ魔法で派手なエフェクトを発生させつつ、彼女の魔力を吸収する。
簒奪された僕のHPが、そっくりそのまま帰ってくる。いや、吸収速度は僕の方が上。セリスの魔力が、じわじわと減少してゆく。
「何よ、それ……、アンタも、私と同じ能力を……? いや違う」
「そうだね、違う。まあ、特殊なスキルを持ってるのは君だけじゃないって事さ」
「……確か、<魔力操作>だったっけ」
彼女の瞳に力が増した。いい流れだ。僕のスキルを奪う事に決心がついたらしい。やはり彼女の<簒奪>は、スキルも奪える。
僕は今、全てのスキルが使えない事も頭から抜け落ちているらしい。上手く引っかかってくれた。
セリスは槍を引くと、そのまま刀と槍を収める。再び格闘で来る気のようだ。
「やられたわね。あたし以上の吸収力だなんて。でも、あたしの<簒奪>もまだあれで本気じゃないわ!」
「直接接触することで、威力が増すのかい?」
「ご名答! 吸収勝負よ!」
「まあ良いけど、早くしたほうが良いよ。今もHPどんどん減ってるよ?」
「げげ! そういう時は少し待ちなさいよ!」
焦った顔をしつつも、その裏で彼女は冷静だ。してやったり、という表情が漏れ出ている。減ったHPに、しっかりと回復薬を使う事も忘れない。
彼女は吸収勝負を仕掛けるつもりなどあるまい。僕の動きを止めて、スキルを<簒奪>するつもりだ。
もちろんそれに乗る。彼女の策に見えて、その実これは僕の手の上だ。軽く両手を広げ、回避しない事をポーズにとって見せる。
「余裕ね! 後悔させてあげる!」
セリスは拳法の歩方のような体術で一瞬で間合いを詰めて来ると、僕の胸ぐらを掴み上げる。
HPを奪って偽装する気は無いようだ。最初からスキル一点で来る。
──来た! 黒曜、解析に全神経を回せ! 僕のコアのアドレスを重点的にだ! どんな些細な変化も記録しろ!
《御意に! ハル様、早速普段は絶対に見られない符号パターンが見受けられます》
──そこがスキルの格納部分か? いや、スキルは神界か何処かにあるサーバー相当の施設に格納されているというのが今までの推測だ。それを前提に考えてみよう。そこから奴にスキルを受け渡すとすれば、それはそのサーバーへの接続権を与えること? いや、接続権を持つ僕を中継して、奴にそのスキルを流す事か。……その場合、スキルの所持は僕のままか? 所有権ごと移るのか? 僕のままならパスが開通するという事。移るならスキルはコピー可能な存在であるという事。
「……そろそろHPゼロになりそうだけど?」
「うえぇぇ!? 嘘ぉ! ちょっと待って、もう少しだから! ……多分!」
「やれやれ……」
必死な彼女に気付かれないように魔力の移動を止める。こちらとしても、今はその分の処理も観察に使いたい。
仮説を複数用意し、それらに沿って観察結果を当てはめて行く。上手くいけば、僕自身が“スキルの在り処”に到達する事が可能になる。
「えーと、もう少し、多分これ……」
何かを選び取っている。彼女の感覚を共有してしまえば答えには早いのかも知れないが、その為に彼女と接続なんかしたくない。そこはアイリの場所だ。
しかしその独り言は参考になる。彼女は多数の物から何かを選び取る位置に居る。推測するなら、暗号化されたデータベースの一覧と手元の資料を比較しているような物か。
「あった! 盗ったぁ!」
推測を続けていると、ようやく彼女の作業が終わったようだ。腕が離れる。
「お疲れ。目的は達したの?」
「あ、うん! ありがとう……、じゃない! 余裕見せてられるのもそこまでだよ……、って危な! もうHPヒトケタじゃん!」
実際には僕が一桁で止めただけで、もう二、三度死んでいる。必死で気付いていなかったようだ。
慌てて回復薬の使用操作をする彼女を横目に、黒曜に結果の確認をする。
──どうだ? 流出の瞬間のデータは取れた?
《申し訳ありませんハル様。新しい反応は確認されましたが、有意な物とは言いがたく》
──証明には至らない、か。まあ、仕方ない、そんなものさ実験なんて。
《はい。簒奪されたスキルは<魔力操作>のようです。スキルリストから消えております》
やはり<魔力操作>か。この結果と、セリスの満足げな表情からはっきりした事がある。
「キミの<簒奪>は、名前を知ってるか、少なくとも相手が所持し使っている事を確認したスキルしか奪えない」
「ぁうえぇ!? な、何言ってんのいきなり!」
当たりのようだ。油断していたところに図星を突かれた反応だ。
<簒奪>の正確な仕様は未だはっきりとしないが、少なくとも相手のスキルリストの一覧がそのまま閲覧できるようなスキルでは無い事は確かだ。
見れるなら、他にも<物質化>など便利なスキルがあるだろう、盗るものは。
<魔力操作>も、便利ではあるのは確かだが。それでも基本中の基本であり即効性は無い。これから、魔法の勉強がしたい訳でもないだろう、彼女は。
「……そうね、分かってるなら話は早いわ! アンタの<魔力操作>、アタシがいただいたわ。これで、もう本当に勝ち目は無いわよ!」
「なんで?」
「決まってるじゃない! アンタはもうこれでHP吸収は使えない。あたしにダメージを与える手段が、もう存在しないもの!」
「それは困ったね」
「落ち着いたフリしちゃって! この<魔力操作>で、逆にアンタからHPを……、って、あれ、ねえ、これってどうやって使うの? 何も起こらないんだけど……」
「いや僕に聞かれても……」
潮時だろうか。彼女は僕からスキルを盗れたことで、もうやりきった顔をしている。これ以上の展開は望めなさそうだ。
今はなんとか<魔力操作>を使おうとしているようだが、どう使って良いのか分からないようだ。当然かも知れない。あのスキルは、<精霊眼>で魔力の流れを可視化している事が前提だ。魔力視が無ければ、操作する対象が認識出来ない。
総じて、僕の得たユニークスキルは使いにくいものばかりなのだろう。それを利用するための特殊な技術か、もしくは知識が必要になるものばかりだ。
便利なスキルというよりも、技術を会得した証明書のようなものだろうか? そういう物を称号にすれば良いのに、と思う。
「さて、茶番はそろそろお終いでいいかな。それなりに楽しかったけどね?」
「な、なによ……、まだやろうっての? アンタのスキルはもう」
「“僕は初めからスキルは使っていない”」
「あ……」
ようやく思い出したようだ。試合のハンデとして、僕は全てのスキルを封印して試合開始した。頭に血が上っている所に差し込んだが、気付かれないか少しヒヤヒヤしたものだ。
当然、今この状態でも先ほどのような吸収を行う事は出来る。口には出さないが、もっと強力な魔法であっても問題なく使用可能だ。
「最初から、あたしに勝ち目なんて無かったってこと……?」
「最初から、そう言ってたのに」
僕に攻撃は通らず、吸収攻撃も健在。勝ち目が無いことを悟ったようだ。悔しそうに彼女の顔が歪む。
まあ、性格が悪い戦い方だとは僕も思う。だが性格の悪い試合を仕掛けてきたのだ。そのくらいの反撃は許容して欲しい。
「……良いわ! 今日は譲るけど、決着は対抗戦でつけてあげる! あんたから貰った、このスキルを使ってね!」
「ああそれね、返してもらうよ。無くても何とかなるとは言え、君に持たせておきたい物でもないし」
「はっ? どうやっ……」
セリスが疑問により、意識に隙が出来たところに合わせ、一瞬でその外側へと滑り込む。
今までの試合中は見せなかった、肉体の制限を外したトップスピードに、スーツの補助を加える。『ハルは速く動けない』と刷り込まれた頭では、その急加速には絶対に反応出来ない。
そのまま焦点の合わない彼女の眼前まで移動して行き、セリスの“頭に手を差し込んだ”。
文字通りの意味だ。プレイヤーキャラの頭部に、手を滑り込ませる。彼らの体は魔力式の集合体。それが見せかけの体である力場を発生させている。
その式を崩さないように、隙間を通して間を広げる。故にダメージは無い。何をされているかも分らないだろう。
その構成を傷つけぬように丁寧に、しかし素早く、セリスのコアを頭部から引き抜いた。
「えっ、何……、それ……」
「キミのコアだよ。知ってる? キャラクターのコア。モンスターにもあるけどね」
「し、知らないわよ! なにそれ気持ち悪い! 見せないでそんなの!」
「まあ聞きなって」
それは気持ち悪いだろう。何せ彼女の意識の中心はここだ。それが僕の手に握られている。
散々人をコケにしようとした罰だ、このくらい受け入れてもらおう。
通常、コアと魔力タンクでもあるキャラの体が離れると、HPが維持出来なくなってゲームオーバーになる。
だがそれは、コアと接続されたラインが切断されるからだ。モンスターからのレアドロップの実験でそれを知った。こうして式を伸張して引き出してやれば、ダメージ無く活動出来る。
「普通、プレイヤーは死んでもその場で復活できる。その場でデータが保存されるからだ」
「当たり前じゃない。それが、どうしたの……?」
「その保存の役割をしてるのがこのコアだ。だからもし、戦闘不能処理が行われる前にコアが全損したら、セーブは行われない」
「えっ……、それって……」
「自動保存は一日一回、深夜の0時だ。こっちのね。……その時、キミは何処に居たんだろうね」
「待って! 待って降参するから!」
「降参は認めない。“キミは今日、ここには来なかった”。じゃあね」
焦るセリスに見せ付けるように、手の中のコアを握り潰す。中心となるコアが消えた事で、こちらに手を伸ばした彼女の体も、風に溶けるように掻き消えて行った。
◇
「貴様、放送している事を忘れるな。『閲覧注意』ものだぞ下手したら」
「だから迅速に済ませたじゃない。……ログアウトで逃げられたら嫌だからだけど」
「絶望感を与えたかったのだろうが、もっと頭の良い相手だったら逃げおおせていたな」
「その時は頭の中で直接握りつぶすさ」
試合終了がウィストから宣言され、僕の<魔力操作>も戻ってきた。彼女のプレイデータが更新されること無く消滅し、昨日の時点まで巻き戻ったため、<簒奪>は行われなかった事になった。
「この前時代的な仕様、悪用されかねないよ?」
「今まさに悪用しておいて何を言うか、たわけが」
普通、オンラインゲームでこんな保存方式はありえない。保存は常時、それこそ一秒に満たない感覚で。常識だ。
だがこの世界は魔法によってゲームを再現したもの。そこまでするにはコストがかかるようだ。幽体研究所でマゼンタを質問攻めにして得られた知識だった。
「ウィストはこっちに残るの?」
「奴がやらかすだけやらかして消えたからな。オレも居なくなっては、藤の国への風当たりも悪かろう」
「気にするんだ、そういうの」
実際、ウィストが残った事によって主賓の一人が消滅した事の混乱は最小限になった。
『惜しいけど、代わりに神が居てくれるならむしろプラスだ』、とか、『婚約者が消えた事で王子にアタックするチャンスだ』、のような感情が見え隠れしている。現金だ。たくましい。
「貴様に聞きたい事もあったしな。むしろ今日ここに来たのは、そちらが主だ」
「意味分らない。開発局に居るときに出てくれば良いじゃん」
「これから研究に打ち込もうとしている相手の邪魔が出来るか、馬鹿が」
「いや馬鹿は君だが……」
それを遠慮して、他国の城の中に堂々と出てくる事は遠慮しないとか、彼の基準が分からない。まるで分からない。
「……まあいいや。何の話がしたいの」
「貴様の使う魔法、その構成についてだ。特に反物質を使ったもの。あれは非効率すぎだろう」
「流石にモノがモノだから安全性重視、って、おい」
「どうした」
「こんな人目の多い場所で、トップシークレットをバラして行かないでくれる? しかも放送してるんでしょ。日本人の側は唇読める人間だって居そうだ」
「問題ない。オレ達の会話は暗号化されている。口の動きもフェイクだ」
配慮は有り難いが、何やら無駄に凄い技術だった。世間話をしたいが為にそんなことを。
少し興味が沸き、どう聞こえるのか気になったので、アイリの耳を借りる事にした。まだ意識拡張は継続中だ。彼女と一体化して、感覚を共有する。
「どうアイリ、聞こえてる?」
「はい! 先ほどは、謎の言語でおしゃべりしてました!」
「うちらには、まだ謎の言語」
「神の言葉か、とか噂されてるわね?」
アイリの耳を通して聞いた言葉は確かに謎の言語で、僕の知識にあるどの言葉にも該当しなさそうだ。
確かにこれは、暗号化なのだろう。パターンが読めない。
「でも暗号だとすれば、解析される心配は?」
「案ずるな。解析すると『教えろ風守先生』を冒頭から朗読している会話になる」
「十八禁じゃないか……」
レーティングはどうしたのか。……というか、何なのだろう、そのチョイスは? 彼のことがまた分らなくなった。適当に選んだだけかも知れないが。
「解析と言うなら、先ほどは熱心にあの女を解析していたようだが、<簒奪>は手に入ったか?」
「いや要らないよあんなスキル。手に入っても、<簒奪>を<簒奪>して使えなくするくらいしか役に立たない」
「ほう」
「……何かスキルが望みって訳じゃなかったんだけどね。<禅譲>ってのが手に入っちゃった」
「くくっ。自らスキルを明け渡したためか? 面白い奴だな貴様は」
「いや君も相当、面白い奴だけどね?」
禅譲、自ら退位して地位を明け渡すこと。恐らくは、スキルを他者に与えるスキルなのだろう。使ってみないことには分らない。
なんにせよ、<簒奪>よりは役に立ちそうだ。
ただ、この場でその実験をするわけにもいかない。それは後日に回そう。
その後も、ウィストはそのまま僕らの席まで着いてきて、パーティーの終了まで居座った。
神のオーラ二人分を発する席は非常に目立ったのは、言うまでも無い。




