第1559話 果たしてこれ以上の人材が必要なのか?
「あっ。出てきた」
「出て来たね……」
エーテルにより分解再構築された素材で作られた家。そこから何食わぬ顔で現れたNPCは、他の住人同様に領民の一部として己の仕事に従事していった。
どうやら、例え一度構造を完全にバラバラに分解しても、この地に存在する物質さえ使えば判定上は問題ないらしい。
「……まあ、考えてみれば当然か。前回の砂鉄から鋳造した鉄骨。あれを使った時も問題なく判定されたんだし」
「あー確かに。細かい素材を溶けあわせて、って部分はこれとおんなじだ」
「多少、無理矢理だけどね」
エーテル工法が駄目なら、砂鉄を溶かしての鋳造も駄目になる。逆にいえば、エーテル工法も問題なく通らねば道理がおかしい。
ハルとユキは強引にそう納得し、ゲーマーとしてそれ以上の思考を放棄したのであった。
「だいぶシステムが透けてきたねハル君。どう悪用する?」
「僕がシステムの悪用を前提にいつも遊んでいるように言うなよユキ。人聞きが悪いぞ」
「じゃあ悪用しないのん?」
「する。当然だろう?」
「そーこなくっちゃねぇ」
なにもハルとて、常日頃からシステムの穴ばかり突いて遊んでいる訳ではないが、今回は相手が相手だ。可能な悪用は何でもしたいと公言し憚らない。
そのためには、通常の建築(ハルたちのそれは最初から異端だが)とどう違うのか、そこを検証していく必要があるだろう。
「出てくる住人は、んー、ぶっちゃけ変わっているようには見えん。どーだろ?」
「うん。ほぼ変わらないね。この隣の、魔法で強引に土を押し固めて作った家と、ほぼ同程度のランクの村人に見える」
「鉄骨の村人の方が裕福そうだったね」
「だね」
ユキと二人で、生まれた住民NPCの生活ぶりをチェックするハル。
その『レアリティ』とでもいうべき見た目や暮らしぶりは、魔法で建てた土壁の家の者らと大差は見られないと、そう二人は結論付けた。
「リアルな、家としての評価はどーなん?」
「まるで次元が違うと言っていい。気密、断熱、耐震耐衝撃。どれをとっても比較にすらならない。簡易とはいえ、曲がりなりにも現代技術だ」
「ほえー」
「……まあ、NPCは断熱性能とか気にしないだろうけどね」
「奴ら温度変化でどーにかならんからね」
この新しい家なら例え魔法を撃ちこまれても、低級の物なら問題なく耐えきる。そのくらいの頑丈さを誇っている。
しかも解体のし易さも別次元であり、ハルがエーテルへと『結合解除』の指示を出せば、元の泥へと戻るようにドロリと溶けて、家が建っていた痕跡など残さずすっきりと更地に出来た。
……いや、泥沼へと戻ることになるので、それを更地と呼んでいいかどうかは賛否が分かれるか。
「ハッキングされて結合解除されない限り、あらゆる点においてメリットしかない工法だ。これが土壁の家と同じ評価というのは、少々不満な部分はあるね」
「材料が土だから、どんな建て方したところで評価は同じってことかなー」
「かも知れない。もしくは、まだこの国は『馬鹿みたいに長い村』としての評価しかないから、NPCのランクも頭打ちなのかも」
「ありそー」
国としてのランクを上げない限り、どれだけ豪華な家を建てても上限は決まっている。そういうこともありそうだ。
「まあ、これが通るのは確認できたんだ。あとは」
「量産あるのみ?」
「だね」
ハルはおもむろに周囲の魔力の中に捻じ込むように、己の魔力を流し入れる。
それがある程度の大きさ、具体的には人間大のサイズに成長したあたりで、その中に向かってスキルの宣言でもするかのようにその名を呼びかけた。
「アルベルト!」
「はっ!」
「わっ。どっから湧いて出たベルベル」
「無論、ここからです」
「なんの為の魔力出してるかと思ったらー」
「早速だが仕事だ。アルベルト、エーテル操作も出来るよな?」
「はっ。当然、“人並みに”は。ですが、それがもし、ハル様と同等の仕事を求められているとすれば、私には荷が勝ちすぎると言えましょう……」
「いや、人並みでいい。具体的に言えば、建築会社の社員並みの仕事が出来ればいい」
「それはなかなか、要求としてハイスペックではありますね」
「余裕っしょ。ベルベル、ルナママの家の使用人として潜り込めてんだし。エリート中のエリートじゃ」
日本の地でもサイボーグボディを遠隔操作することで、人間に扮し潜入しているアルベルト。
当然、現地の人間として能力的に不足のないよう、エーテル操作力もきちんと身に着けている。
ここ異世界から次元を超えた先の遠隔操作で、優秀な人材を演じられているスペックだ。その制限が無い今、更に高度な力を彼は発揮できることだろう。
「アルベルト、お前にはこれからこの地での、エーテル散布、その餌および建材の合成、それを使った建築作業、それらに従事してもらう。いや、何も全てとは言わない。それらの中で、お前の一番やりやすいものを担当してくれ」
「いえいえ、なにを仰いますハル様」「全てこの私めにお任せを」「ハル様の手を煩わせることなく仕上げて見せましょう」「どうぞご期待ください」
「わっ。いつの間にか増えてた!」
「本業に支障のない範囲でね……」
分身を生み出しマルチタスクで行動することに関し、圧倒的な高い適正を誇るアルベルト。
ここでもその力を十全に発揮し、早くも増殖し活動の準備を開始している。
スマートな執事姿の、仕事の出来そうな集団がすぐさまこの場に溢れかえっていったのだった。
「……とはいえ、私だけでは不安が残るのも事実」
「こんだけおって何が不安なん、ベルベル?」
「いえいえユキ様。私など、数だけ多いまさに烏合の衆」「しかしそんな烏合とて、もう一種加われば多少マシにはなりましょう」
「もういっこの烏合の衆……」
「ええ。その通りですユキ様。さあ来なさい。ハル様がお呼びですよ」
「にゃう!」「にゃうにゃう!」「にゃにゃう、にゃう!」
「やっぱメタ助かー」
「ふな~~?」
とりあえず、『呼び出されたから来ました』という顔で不思議そうに、ハルたちを見上げる大勢の猫たち。それら全てが、やはり同じ神様であるメタの操る分身であった。
「私とこのメタで、ハル様の指令、見事こなしてみせましょう!」
「ふにゃ? にゃう! うみゃみゃっ!」
「……なーハル君?」
「なにかなユキ」
「もうさー、外部の協力者とか要らんくて、こいつらだけでいいんじゃね?」
「そんなことは、ないよ……? きっと……」
学園のゲームでやりたい放題の限りを尽くした増殖コンビ。その再結成に、ユキが既に遠い目をしている。
とはいえ、今回の舞台はこの広大な惑星の上。いかに能力を全開にした彼らとて、苦戦は必至だ。
だが、少なくともこの初動のみに限った話でいえば、もはやゲームバランスが確実に維持できないだろうことはほぼ明らかなのだった。
*
「では、私とメタはまず南方にエーテル増殖炉の設置を行います。これは、セレステらの実験同様に、<物質化>で配置して構わないでしょう」
「にゃう。ふみゃみゃっ」
「そうだね。これは別に、建物として判定してくれなくても構わない物だから。というか、されても困る」
「んなーご……」
「判定されたら日本人でも出てくるのかね……」
「そいやさ? セレちんたちの実験はどーなったん? あっちでも確かこの星にエーテル増やしてるんだよね? それは使えんの?」
「いいえユキ様。未だ実験は途上で、この惑星を満たす程のエーテルを生み出すには至っていないとのこと。それに、この場はアレキの支配する魔力圏内。恐らくは、エーテル粒子の侵入は阻害されているものと見ていいでしょう」
「なるほどなー」
天候を操り、この季節の狂った惑星の中でこんなに穏やかな春の箱庭を構築できているアレキの能力だ。風に乗ってやって来る、エーテルの侵入を弾くことも容易だろう。
……まあ、こうして内部で作られてしまったら手の出しようもないのだが。
「ふみゃっ! ふみゃみゃっ!」
「ん? どうしたのメタちゃん?」
「メタはどうやら、将来的な都市計画を知りたいようですね。『壁』を作った後は、どう発展させていくのか」
「そうだね……」
「普通に壁から伸ばすように拡張してって、長方形の街じゃない?」
「いや、そもそも壁は直線にはならないんだユキ。僕らは今、この円形のアレキの領域を、更に円を描くように壁で切り分けている」
「みゃ~~、うーみゃ、みゃっ!」
メタがその小さな手と爪で、地面に器用に円を描く。
その内部に弧を描くように、内部を切り分けているハルの長城の様子も再現してくれた。
「なるほど。『ハンバーガーをかじった形』に切り取るんだね?」
「言い方……、でも分かりやすい例えなのが悔しい……」
「流石はユキ様でございますね」
「なうなう! にゃっふー」
「そーだろそーだろ」
確かに、それは円形の食べ物に噛み跡でも付いたかの如し。ハルはちょうどそのくらいのエリアを、アレキの土地から『食べて』奪い去る計画だ。
もちろん直線で両断し、ほぼ二分してしまう事も可能ではある。
しかし、その際の手間の増加、そして都市計画の複雑化、さらにはあまり他プレイヤーの入植可能な区域を減らしすぎると敵対が早まるという理由もあり、ハルはこの切り取り方を選択したのであった。
「後は、南進を防ぐという目的であればこの位置で問題ないはずだ、という思いもある」
「ふにゃーにゃ」
「では、最終的に魔力圏外も含めて、円形の大都市に至る。その構想でよろしいでしょうか?」
「構わないよ。いや魔力圏外の事は今から考えなくていいと思うけど……」
まあ、確かに円形を最初から想定していた方が、都市計画は立てやすい。アルベルトとメタのやりやすいようにさせていいだろう。
そうして心強い、いや心強すぎて正直逆に不安も大きな助っ人も呼びこんで、ハルたちの建築計画は進んでいく。
だがこれくらいしなければ、ハルは序盤のうちに必要な土地を確保しきれないだろう。
一見、もうハルたちに対抗できる他プレイヤーなど居なくなったかに思えるが、さて、この先ゲームが進行すると、このパワーバランスはどう変化して行くだろうか?
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




