第1558話 ひとつながりの村
仲間の勧誘の候補はソラへと伝えておくとして、ハルたちはまず街の方も発展させねばならない。
いつか必ず訪れる衝突の日に備え、防壁だけではなく実際に家とNPCを並べておくことで、事実上のハルの領土だと主張する必要があるのだ。
ハルはそのために、変則的ではあるが横へ横へと、細長く繋がる街を設計していくことにしたのであった。
「……施設へのアクセスがしにくいと住人から不満が。黙れ」
「よっしゃ、見せしめすっかハル君。恐怖政治じゃ」
「見せしめはしないが、発展もしないねこれじゃ。実際、彼らの要望を満たし満足度を上げようとすると、実に大きな無駄が出ることになる」
「有効範囲ごとに重要施設並べんといけんくなるからね」
例えば、飲料水を確保する為の井戸があったとする。それが四方にまんべんなく広がった町の中にあれば、四角、ないしは円形の一区画の住人をカバー出来る。
しかし、今のハルたちの広げ方で拡張を行ってしまうと、細長い範囲内にしか家は存在しないので、その有効範囲の多くを無駄なスペースとして捨てていることになるのであった。
「今はまだいいけど、これが城とか市役所みたいな都市の中心であったり、他にも広範囲をカバーする施設を建てる段階になると無駄は更に大きくなるね」
「てか、逆に言っちゃうと、そこまで決して成長せん。小さな村が、横に連続しているだけの世界で終わり」
「ユキの言う通りだね」
その間にもライバルプレイヤー達は、各々効率的に街を発展させてゆくことになるだろう。
その初動の差で出遅れてしまえば、いくら国境線を確定させることに成功したとて、敵との圧倒的国力差の前にすり潰されて終わり。そうなりかねない。
「ただ、まあいいんじゃない? アレを見なよハル君。彼らは、どうやらそんなにも初動は早くないらしいぜ?」
「……なんですか。私も、好きでもたもたしている訳ではありませんよ」
「ああ、すまないソラ。馬鹿にしているんじゃないんだ」
「ばーか。ソラののろまー」
「うるさいですよ。ミレもふざけてないで手を動かすように」
「はーい」
同盟国となったソラたちの作業の様子を見てみると、どうやらそこまで手際よく家を組み立てられる訳ではないようだ。
この初動の立ち上がり速度の差を考慮すれば、ハルたちが多少効率の悪いプレイをしていても問題はないかも知れなかった。
「これを解決するにも、同盟国を増やして東西の国境をその者達に任せる、というのも手ではある」
「……分かっています。勧誘については、私も考えておきますから、そう急かさないでください」
「ソラ、友達いないもんね」
「うるさいですよ!」
「いや、急かすつもりはないよ。慎重に決めてくれて構わないさ」
「左右を固めた連中が、途中で裏切りでもしたら意味ないかんね」
ユキの言う通りだ。それならば今のまま、『一直線の村』を完成させてしまってもいい。
まあその場合今度は、勧誘した人材は何処に入植してもらうのか、という問題が出てくるのだが。
「しかし、変な村になりそだねハル君。これじゃはしっこの住人同士、一切接点なくなるじゃん絶対」
「確かにね」
既にそれなりの距離、横に長いだけの村が延々と続いている。
まるで街道沿いにでも家が建っているようだが、残念ながらその街道など何処にもない。
むしろ、家と家を結ぶ経路が自然と踏み固められて、後付けでそこに街道が出来るだろうか。『迹築街道』と名付けよう。
「……馬鹿なことを考えている場合ではない。いくら初速で僕らが上回っているとはいえ、次々作業していかないといつまで経っても終わらないんだから」
「そだね。そんじゃねーソラっしー、ミレちゃん。私らは、この世の果てを目指し、旅に出る」
「ばいばーい」
「何ですかその呼び名は。あっ、その前に、一ついいでしょうか。出立は少々お待ちください」
「どうしたの? 勧誘に関してなにか疑問があったかな」
「いえ、あの『壁』なのですが……」
ソラは背後を振り向き、この場からでもそびえ立ち異様を放っている防壁に指をさす。
この圧迫感により、ソラたち以外のプレイヤーはこちら側を避けてスタート位置を決めてくれた。
加えて、壁のこちらに家を建てると、初期配置の街に一切アクセス出来なくなるというのも大きい。
序盤はあれを活用せねば住人は生活に不便し、金銭や不足物資を賄えない。
あの城壁都市は、そうしたお助け要素としての意味合いもあって配置されているのだろう。
「出来れば、一か所だけでも道を作ってはいただけませんか。私としても、初期の街が使えないのは少々痛い」
「んー。『ハル君を味方にするんだから、デメリットも受け入れろ』、って言いたいとこだが、どーするハル君?」
「そうだねえ。かといって、今の僕らにそれに見合うメリットを与えられるか、といえば怪しいとこだし……」
「横長の村では、他国の支援してる余裕なんて無いしな~~」
まあ、ゲーム本編におけるメリット以外で十分支援しているだろうと言ってしまえばそこまでなのだが、それでソラたちにも縛りプレイを強要するのはまた違う気もする。
縛りとは、自らにより納得して課すものなのだから。他人に押し付けるものではない。
「まあ、いいか。そもそもあの壁は見掛け倒しで、防壁としてそこまで重要な役割を持っている訳じゃあないもんね」
「だねぇ。今のソラっしーでも本気で<念動>力ぶっければ、壊せちゃうんじゃないの?」「まさか」
「やってみよっか?」
「やめておきましょうミレ。同盟相手の施設に攻撃することはもちろん、『私たちが破壊できる』事を証明してしまうのも良くない」
「真面目だねぇ」
まあ、実際ソラの言うことも一理ある。プレイヤーによる壁の破壊が一度でも行われれば、それに続いて真似する第二第三のプレイヤーも出ないとは限らない。
「なら、壊れた感じは出さずに、通れる程度の穴を開けて、そうだね、門みたいに装飾するか」
「き、器用ですね……」
「ゴージャス」
「材料は全部ただの土だよ」
ハルがこの場から動かず、土で作られた壁の一部を魔法で加工し通路として、巨大な門として装飾すると、ソラたちは目を見開いて驚愕してくれた。少し気分のいいハルである。
神話にでも出てきそうな巨大な門の先には、再びもう一つの壁に囲まれた都市とその中の城が見えてくる。
これで、ソラの街のNPCもあの街と交流可能になることだろう。
「まあその代わり、敵があの門から入ってきたら君たちが防壁になってくれるってことで」
「それは、仕方がありませんね……」
「にくかべにくかべー」
「まーだいじょぶっしょ。敵もまだ、攻めて来るほどの余裕なんてないだろうし」
「そうだね。しばらく先の事だろうさ」
「ねーねー。でも、もしプレイヤー自らが直接攻めてきたら、どうするの?」
「…………」
「んー。ないとはいえぬ」
ミレのその何気ない心配に対する明確な答えは、この場では出せぬハルなのだった。
*
「まあ、僕が直接吹き飛ばせばいいか」
「結局ハル君が世話焼くんじゃーん」
まあ、仕方がないだろう。ソラとミレはどうにも戦闘向きの人員には見えず、狂戦士じみた好戦的プレイヤーが単身乗り込んできた際に対処できるようには思えない。
壁になれと言いつつ保護してやっては本末転倒というかハルの甘さがまた出てはいるが、この同盟関係はそのくらい重要であるのも確か。
「それより今は、こっちの作業を進めないとね」
「そだねー。願わくば、奴らの村も発展して、みかじめ料をせしめられるくらいに育たんことを」
「ガラの悪いこと言わないのユキ」
「でも実際そうっしょ?」
「まあね。逆に資材回してくれるようになれば助かる」
伸ばした村の西端にまでやってきたハルたちは、この先にも同じような『村パッケージ』を作るべく作業を再開する。
ハルたちの建築は素材の採取を必要とはしないが、反面どの家も代わり映えのしない土壁のまま。発展の気配が一切見られない。
一応、これもまた数は正義で、生まれたNPCが少しずつ資材を集めてくれるが、それも効果的かと問われればハルも首をかしげる。
結局手作業で集まる素材程度は、自分で魔法を使い集めてしまった方が早いのだから。
「それもこれも『家』を作らないと領土扱いされないシステムが悪い」
「あはは。大層な壁で区切っても、あれはただの『地形』扱いだもんねぇ。心理的効果は大きかったけどさ」
「そうだね。あれを乗り越えて、その中に街を作ろうと決めたソラは実は凄いのかも」
「まーあれは、勇気とか強かさというよりは、『他のプレイヤーから隠れたい』って意識の表れだと思うけどねぇ」
少々勝手なソラへの評価を下しつつ、ハルたちも自分の作業を進めていく。
家を作り、畑を用意し、NPCが生活可能な生活基盤を整える。面倒だが、すぐに消えられて廃墟を残すのみでは意味がない。
単調作業の繰り返しには非常に高い耐性を持つ二人だが、これは対人戦ということもあり、このままで本当にいいのかという焦りも当然生まれてくる。
「……このペースで間にあいそ? ハル君さ?」
「微妙。ラインを端まで作るだけなら間に合うはずだけど、その後の発展は確実に遅れを取る。既に、協力者を招いた派閥もあるくらいだからね」
「おおっと。気が早いもんだ。もともと、あっちでツルんでたんかな」
「だね。表でも派閥の一員だ。事前に話が通っていたんだろう」
元より大きな派閥に属する者は、既に派閥内から協力者を募りこちらへ参戦させている。
それによる拡大の加速度までをも計算に入れると、ハルのこの戦略はかなりの出遅れとなる。そう既に予想が立てられるのだった。
「後から潰すんじゃだめ?」
「その場合、僕から先制攻撃を仕掛けることになるからね」
「『我々は侵略された被害者ですぅー』って言い訳が欲しいと」
「言い方。でもその通り」
「じゃ、被害者気取るためにもペース上げんとね。もっと効率のいい方法ないもんかね? 例えばさ、リアルでハル君がやってたようなガラス細工とか」
「ここもリアルだよユキ。まあ、そうだね……、リアルだからこそ、出来なくはない、のか……?」
「なにごともチャレンジじゃ」
そうかも知れない。もし駄目だったら、その時は元の方法へ戻ればいいだけのこと。
ハルたちは続く単純作業の気分転換、同じ構造が続くだけの家の味変として、少々違う工法にも手を出してみることにした。
「とは言ったけど、どーすん?」
「うん。なにしろエーテル技術だからね。まずはエーテルがなければ始まらない」
「そだね。ばら撒けばら撒け。大量のエーテルを、垂れ流せー」
「汚染物質みたいに言わないで?」
「エーテル汚染って言うと、それっぽいじゃん? 魔導災害ちっく」
「まあこの世界からしてみれば、異なる法則による汚染なのかも知れないね」
などと言う割には容赦なく、ハルは周囲の土地に大量のナノマシンを散布していく。
実際は、環境汚染として影響を残すことはない。はずだ。
エーテルは決められた寿命があり、専用の餌となる特殊な素材が無い限り自ら増殖することもない。この場限りの、使い切りだ。
そんなエーテル粒子はハルの操作により地面に浸透して行き、更に指令を受けて接触した物体の構造を組み換える。
分解、そして再構築を経て、目の前の大地は一瞬で泥沼にでも化してしまったかのように、液状構造へと姿を変えた。
「……あと問題があるとすれば、この材料が『この世界の物質』として判定されるかだけど」
「確かに、もう完全に、別モンかも」
「やっておいてなんだけど、これ許されたら、それはそれでどうなの?」
「疑惑の判定」
本当である。ここまでやったら、地球から直接資材を運び込むのと何が違うのか。<物質化>さえしなければ、それでいいのか。
そんなハルたちの疑惑の視線の中、魔法ではなくエーテル技術によって制御されたペースト状の材料が、みるみる住居の形へとまるで生きたスライムであるかのように、その形を構築していくのであった。




