第1554話 超能力の燃費のその理由
他者を招き入れることも可能なシステムとなっているこのゲームだが、匣船家はまずは自分達の勢力のみで攻略をスタートするようだ。
春の風に桜の花びらもすっかり散るころ、本家からの正式な命令として、プレイヤー達は再び北の彼方の土地へと集合したのだった。
「《よくぞ戻った、異世界よりの訪問者たちよ》」
彼らの前には例の王様NPCがまた現れて、本編の開始を告げるアナウンスと正式な仕様の説明を行っている。
ハルはその様子を、以前と同じく『ゾッくん』によって密かに物陰からじっと観察をしているのだった。
「《正式に、調査指令が下りましたよ。ここが本物の異世界だと、まだ認めた訳ではないですが、一応プレイは行ってあげましょう》」
「《ご当主の指示ですからね》」
「《当主サマがそう決めたってことは、マジの異世界なんだろーよ。あの人は、オレらが知らない裏事情も色々知ってるんだろーしな》」
「《貴方は、個人的に此処が異世界だと思いたいだけでしょうに……》」
「《はぁ? なんスかー? ご当主サマ批判ですかぁ?》」
「《調査は真面目に行うわ。けど、私がコレを信じるかどうかは別》」
「《まあ、超能力が実在する事を我々は知っています。ならば、そう不思議がる事でもないかも知れない》」
匣船家にゆかりの面々であっても、異世界の存在に対しての立場はまちまちだ。
現状は決定的な証拠が無いため、それを信じるか信じないかはそれぞれ個人の主義による。
しかしながら、実際に様々な超常現象を身近に体験している彼らであるので、一般的な人間よりは比較的、この事件を信じる傾向は強いようであった。
「使い走りとはいえ、彼らも立派な有力者の家系だ。直前の、学園の事件もきちんと耳に入っている。いまさら異世界の一つや二つ、出て来たって驚かないだろう」
「そうですわね。わたくしの作り上げたあの異界と、実在するこちらの世界。日本から見れば、見分けがつかないのも無理はないかと」
「そうかもね。共に別空間だ。むしろ君の作った世界の方が、肉体を伴った移動が叶うぶん異世界感が強いかも知れない」
「滑稽ですわ。真実を見抜けず惑う彼らの姿は。そう、滑稽と言うならば、先日の異世界の資源に興味のないフリも実に滑稽でしたわね?」
「まーたアメジストはそうやって、日本人を下げようとするんだから」
「……とはいえ、確かにそうよね? 目の色を変えて異空間の利権を求めた彼らが、今更『満ち足りているから異世界など必要ない』、なんて言ってもねぇ?」
「本当ですね。ああ、もちろん、ルナさんは別ですわ。わたくしあなた様のことは、とっても尊敬してますの」
「そう。ありがとう?」
まあ、ハルもあの発言は欺瞞であると思わなくもないが、一方で別に非難する程でもないとは思う。
建前であったとしても、満ち足りた豊かさを享受する姿勢は好ましいし、なによりあの発言は交渉のため故のものだ。
王の格好をした黒幕から、目の前に餌をぶら下げられてそれに迷いなく飛びつくようでは、後の力関係がその時点で決まってしまう。
あそこはただの強がりであったとしても、『そんな物は自分達には必要ない』と言うべき場面であるのだろう。
まあ、とはいえ現実はアメジストの言う通り、手つかずの利権とあらば喉から手が出るほど欲しくて欲しくてたまらないのだろうけれど。
だからこそまずは、御兜家や織結家には秘したまま、こうして自分達だけでこの場に集ったのだから。
「《約束通り諸君らには、この星を開拓する為の特別な力が与えられる。メニューを開いてみるがいい》」
「《チュートリアル的説明口調が異世界感ないなぁ……》」
「《まあ、ゲームですし》」
「《そうかぁ? こんなもんじゃないか?》」
異世界らしさの定義は別として、彼らに与えられるシステムの方もどうやら本格稼働する準備が整ったようだ。
残念ながらハルは対象外なので、ゾッくんの覗き見によりこっそりと彼らの開いたメニューを後ろから観察する。
そこには、基本スキルとしていくつかの『超能力系』スキルが、平等に登録されているのだった。
「《手作業での開拓は酷だろう、<念動>を使うとよい。徒歩で広大な大地を移動するのは酷だろう、<飛行>を使うとよい》」
「《テレポートはねーのか王サマよ? ここに飛んできたのは、あれはテレポだろ?》」
「《それはいずれな。今は無理でも、いずれ使えるようになろう》」
「《レベルを上げろってことか》」
「《……納得する所なんですか? それは?》」
確かに、テレポート能力も既に転送ゲートという形で実現しているので、あったとしてもおかしくない。
しかし現状では時期尚早と判断したのか、それともあの時だけ特別だったのか。プレイヤーとしては最初から自由には使えないようだった。
「アメジスト。スキルシステムの開発者として、どうだ?」
「そうですわね。登録されているスキルはどれも、わたくしがパッケージングしたものの範囲を出ませんけれども。ただ、それはそれで疑問が残ります」
「それはどんな?」
「出力です。超能力系と呼ばれるスキルはハル様も知っての通り、非常に燃費が悪うございますわ?」
「確かにね……、苦労させられたもんだ……」
「あれをマトモに扱えるレベルまで鍛え上げたのは、ハル君くらいだもんねぇ」
超能力系スキルはMPの消費が馬鹿みたいに激しいものばかりで、まともに使わせる気がないものばかり。
その中でも<飛行>などは特に酷く、初期状態では数メートルも飛んだらすぐにMPを使い切り落下してしまう。
そのためハルは分割思考をフル活用した力技すぎるレベリングを行い、強引に実用レベルの燃費になるまで改善を行った。
同時に、消費するMPを大気から吸収し回復することで、ようやく半永久的な<飛行>移動を可能とした経緯があったのだった。懐かしい話である。
「当時のハルさんをよく見ると、常に一瞬だけ浮いていたのです!」
「秒間何回もスキルの起動とキャンセルを繰り返す作業をー、延々としてましたねー」
「しかも朝から晩までね? よく頭がおかしくならないものね……」
「安心せいルナちー。ゲーマーなんてもんは、最初から、頭おかしい」
「なんの安心にもならないし解決にもなっていないわよ……」
まあ、そんな懐かしくも馬鹿みたいな経緯があった曰くつきの超能力スキル。
今はせっかくその開発者が隣に居るので、どうしてそんなに燃費を悪く設定したのか聞いてみるのもいいだろう。
「あれって、どういう理由があるんだいアメジスト? コスト増を使ってのゲームバランス調整なら、君の考える仕事じゃないでしょ」
「ええもちろん。そこには深い、理由がありますわ。話せば長い事情なのですが、超能力は魔力コストとは少々相性が悪いですので」
「一言で済んでるけど……」
とはいえ確かに、詳しく語れば非常に長く複雑な話となりそうだ。
超能力というのは元々、地球で地球人が発動していた奇跡の力。そこではもちろん、異世界のリソースである魔力はコストとして使われていない。
そのためスキルシステムは異世界向けに現地仕様にされており、魔力を使うことに最適化されている。
しかし、オリジナルの能力再現だけは、強引なコスト変換により魔力を消費して発動するので、非常に燃費が悪いということのようだ。
「そこで、話は戻るのですが、そんな超能力系スキルを開拓に耐える出力でいきなり使えば、あの場のアレキの魔力などすぐに吹っ飛んでしまいます。そこが、気になるところですわね?」
「……ふむ?」
「どーなんでしょーねー。疑惑通り、惑星環境維持の大魔法から流用するのか。それともー、何か秘策があるんでしょーかねー?」
「そこはメニューを覗き見ただけでは、分かりようがありませんわね」
まあ、彼らはすぐにスキルを実際に発動してくれるだろうから、そこは間もなく明らかとなることだろう。
その結果を見てから、ハルたちは判断すればいいだけのこと。
「いったい、どのような力が……? ハルさんは、大丈夫なのでしょうか!」
「大丈夫ですよアイリちゃん。ここ最近のような制限だらけのゲームとは違い、今のハル様はフルスペックですもの」
「ですね!」
「……制限まみれにした張本人のうちの一人が、なーにを言っておるか」
「あーんっ。お許しくださいハル様ぁ。もう済んだ事ではありませんかぁ」
他人事のように話すアメジストにグリグリと八つ当たりしつつ、ハルもまた彼らが敵となった時の事を考える。
確かに、この惑星上で直接相対する関係上、ハルが遅れを取るとは考えにくい。特に戦闘で負けることはない、と思われた。
「その気になればこの星まるごと吹っ飛ばせるハルさんですからねー。ちょっと強い力を与えられた程度の人間なんて、赤子の手をひねるが如し、ですよー?」
「いや、ふっ飛ばさないふっ飛ばさない……」
「威力ばかり高すぎるのがハルの悩みかしらね?」
「けど破壊力は大抵のこと解決すんぜルナちー。特に、今回の相手は殺してもいい相手ばっかだし」
「正確に言えば、『破壊しても本体の生命に別状がない』、だね」
とはいえ、今後目覚めるであろう彼らのスキルによっては、どう転ぶかは分からない。油断はしすぎないようにすべきだろう。
そんな開拓者たちの卵が、王宮と『さいしょのまち』を後にし、ついに未開の大地へと旅だって行くようだった。
*
「《……なぁ、あんなのあったっけ?》」
「《無かった》」
「《我々がもと来た方角ですね》」
「《あっちは現在未実装、のサインなんじゃないの?》」
「《よく考えてください。ここは現実、本当の異世界、という建前です。そんなゲームじみた未実装の土地なんてあるはずがないでしょう》」
「《言われてみれば確かに》」
そんな城壁都市を出た彼らの目の前にまず現れたのは、視界を遮るもう一つの城壁。
南側方面をまるごと分断するように引かれた物理的な境界線の出現に、一行はいきなり度肝を抜かれる。
確かにゲームならば、露骨な立ち入り禁止サインとも思えるが、ここは現実という説明を受けている彼らだ。そうした意識に働きかけての誤魔化しは、残念ながら通じないようだった。
「《飛んで見てみればいいんじゃないの?》」
その中で、早速<飛行>による航空偵察を試みるプレイヤーが現れる。
少女の姿のそのプレイヤーは、最初から思いっきり高度を上げて、高スピードで上空へと飛び立った。
そこにはハルたちが体験したような煩わしい制限はなく、まさしくゲームで思い描く自由な飛行能力が実現されていた。
「《向こうに村があるよ。そんなに大きくない》」
「《俺らの他に、誰かプレイヤーが?》」
「《ないとは言えませんね……》」
「《既に国境を主張してきたって事か》」
「《じゃあこれって、<念動>とかでぶっ壊してもいいんだよな?》」
「《宣戦布告したいなら、ご自由に》」
いきなり来るか、とハルたちが思うも、どうやらそこまで無鉄砲ではないようだ。
彼らは後方の様子も確認し、そちらにはどうやら壁はないことを知る。
まだまだ土地は余っていると理解した者と、既に領地を定めている者はそちらへと散っていくことにしたようだった。
一方で、彼らの中には、どうやらこちらに実際に足を運んで様子を見る事にした勢力もいた。
早くも、壁を越えてのハルとの邂逅になる、のだろうか?
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




