第1553話 秘密の社交界の誘い再び
「これは確かに、生体研究所でストックしてある遺伝子データから再現された植物に間違いないだろうね。量産するにあたって、多少の変異は起こしているみたいだけど」
「なるほど、ありがとうマゼンタ君。ちなみに、その変化度合いからこいつの世代数とか、全体で用意した数とか読み取れる?」
「えー! やめてよねーそんな面倒そうな解析頼むのはさぁ。まあ、やればやれない事はないと思うけど……」
「流石」
何が流石かといえば、出来る事そのものよりも嫌な顔はしつつ引き受けてくれるあたりが流石である。
「とはいえハルさんさ、そんなブレ幅の大きい推測をするよりも、敵の生産工場を特定して叩いちゃった方が早いと思うよ?」
「……ふむ。いや、叩きはしないけどね?」
ハルは今、一度あの北の土地を離れてマゼンタの元を訪れている。
例の畑から拝借した野菜を持ち、その解析を頼むためだ。
マゼンタによればどうやら、これはやはり生体研究所からの流用データであるようで、生産者はそこの参加者である可能性が高いとのこと。
ハルの予想した通り、裏には翡翠の存在があるだろうという部分についてはマゼンタも同意をしている。
「まー共有データだから好きにすればいいけどさ。何処でやってるんだろうね? 衛星からは、そんな大規模農園の存在は確認されてないんでしょ?」
「ああ。今のところね」
「だよねぇ」
「……そもそも、実際にそんな大規模な農業を惑星上で展開できるなら、わざわざ日本人を誘い込んでやらせる必要はないんじゃないかな」
「だよねぇ。いや、人間たちにやらせるってのも、それはそれで意味不明ではあるんだけど……」
「まあ、うん。何を考えているんだか」
まあ、『農業をする事』は過程でしかなく、目的はもっと別の場所にあるのだろう。
とはいえそれはそれとして、大規模な農業設備が何処かに隠されているのも事実。いったい、どのような方法をとっているのだろうか?
「これさ。多分だけど、そこまで超巨大な設備で生産されてる訳じゃないと思う。いやもちろんね? 超小さいって訳でもないだろうけどね?」
「ふむ? というと? 遺伝子から何か分かったの?」
「うん。遺伝子じゃないけど、もっと大きな部分で。この組織の組成を見てよハルさん」
「……と言われてもだね。専門じゃないんで、見ても分からんが」
「まー簡単に言うと、構造がめっちゃ大雑把になってるんだ。これは、僕らが促成栽培を行った際に表れがちな痕跡だよ」
マゼンタが画像表示を切り替え、遺伝配列を映していたモニターが細胞であろうと思われる顕微鏡画像に切り替わる。
といってもハルには何が何やら分からないが、マゼンタのように慣れた者なら、これを見ただけでどのような成長過程を経て今の形になったのか一目で分かってしまうようだ。
「中身がスカスカってこと?」
「って程でもない。でも、木の年輪ってあるじゃん。あれの、幅が広いって感じかな」
「なるほど。分かりやすい」
年輪の幅が広いということは、狭い物と比較し一年でそれだけ成長しているというサイン。
こちらは野菜だが、成長のスピードによって同様に、年輪のような隠すことの出来ないサインがその身に表れ出てくるらしかった。
「ボクも、ヴァーミリオンの巨獣を用意する際には同様の促成栽培を使ってるし」
「巨獣を栽培……」
「まーいいでしょそこは。あとは、低重力環境下で生育されただろう、とかコレ見るだけでも色々分かるよ」
「低重力……、例えば宇宙空間でとか……?」
「どうだろう。あまり、ボクら宇宙には進出してないからね。セレステの調査でも、それは見つからなかったんでしょ?」
「ああ。宇宙には、少なくとも基地のような物は無いと断言できるそうだ」
最初の攻撃の発生源と思われる宇宙空間。そこを目指し調査の手を伸ばしたセレステとモノだったが、彼女らが辿り着いた時には既に誰の姿も無かったそうだ。
その後、惑星の衛星軌道を中心に彼女らは調査を続けているが、少なくとも誰かが潜み活動している拠点のような痕跡は見当たらないらしい。
「ガザニアの空間作成みたいな力で潜んでいる可能性は?」
「その可能性も低いかな。ガザニア本人にも聞いてみたけど、あまり技術は他人に渡していないそうだ。『フラワリングドリーム』の六人と、アメジストくらいか」
「今回もミントが敵についている可能性はあるけどねー」
「こらこら。……まあ、ないとは言えない」
その目的の難しさゆえか、毎回決め手に欠いており成果は出せていないが、一方で一切諦める様子もないのがミントだ。
今回もまた、お騒がせの一因を担っている可能性は否定しきれないハルであった。
「まあ別に、ボクも特に宇宙だとは思ってないんだけどねー」
「そうなの?」
「だって、重力なんかわざわざ宇宙に出なくても、地上で弱めてやれば済む話だろハルさんさ」
「まあ、君らであれば確かにね……」
簡単そうに言うが、それは神力操作の得意なマゼンタだからこその発想ともいえた。
しかし確かに神様であれば、地上の重力を弱めてしまう方が、宇宙に拠点を構えるよりも楽なのは確かか。
そうなると場所なんて何処でもいいことになり、ますます特定が難しいということになる。
「まあ、低重力化なんてしたらそれはそれでサーチに引っかかるともいえる。そこは任せてよ。この野菜が、どの程度の重力下で育ったのか、それもすぐ計算してあげるからさ」
「頼もしいね。まるでサボり魔とは思えないよ」
「は、はぁ!? 依然としてサボり魔ですけどぉ!? ほら、あれだよアレ。こうやって裏方やってる方が、セレステみたいに最前線まで引っ張り出されなくって楽なんだよ、うん。分かったら適当なこと言うのやめてよねぇー」
「はいはい。そういうことにしようかね」
「頼むよハルさんー、まったくー」
相変わらず、素直ではないマゼンタだった。いや、これは彼の『キャラ付け』、神としてのアイデンティティに関わる部分であるので、ハルが思うより重要な事なのかも知れない。
なのでとりあえず、そっとしておくことにして、後は任せてハルはマゼンタのもとを去るのであった。
*
「なるほどー。相変わらずですねー」
「でも、興味深い話だったよカナリーちゃん」
「そうかもですねー」
「そっちは?」
「今のところ、参加者はそれほど居ないみたいですー。もともとゲーム好きか、異世界もの好きの人が個人的に参加してるだけかとー」
「まあ、正式な本家からの指示ではないのなら、彼らにはそれぞれ別の仕事があるだろうしね」
「言外に参加者を暇人扱いするのはやめましょー」
今はまだ、匣船家の当主による判断待ちの期間であり、ゲームの方でも強力なスキルとやらの実装もされていない。
よって、現状であの世界の開拓を始めているプレイヤーはそう多くはなかった。
カナリーの言うように本家の指示とは別の部分で、あの世界そのものに興味を引かれた者が個人的にプレイしているだけであろう。
スタートダッシュは重要だ。ハルとしても、その気持ちは良く分かる。
「……まあ、実際ゴーサインはほぼ確実に出る。ならば事前に行動を始めておく方が、仕事の出来る部下でもあるだろう」
「ですかねー。そもそも興味がないなら、こんな調査の指令なんて出さないでしょうからねー。最初から、やる気ではあったでしょー」
「そういうことだね」
とはいえ、大きな組織の長である以上そこまで軽率に決定は下せないだろう。
もしかすると、最終的にもう一度例のブラックカードシステムに通信が入るのを待っているのかも知れない。
「正式サービス開始したら、どーなりますかねー?」
「エーテルネット側にも、何か変化があったんでしょ?」
「そーでしたそーでした。例の調査隊のリアル側のメニューに、正式なログイン用システムがしれっと追加されてたんですよー。これですー」
「……まあ、別に、特筆するような事は何も無い、本当にログインするためだけのメニューだね」
日本側担当のカナリーから、ハルはそのデータを受け取り閲覧する。
内容は非常に簡素なもので、ゲームへのログイン以外に出来ることは何も無い。特に仕込まれたトラップのような物も無い。
一般的なゲームであれば、こうしたリアル側のメニューの中でも、マイキャラのステータスだったり、所持アイテムだったりを確認して楽しむ事も出来たりするのが当然になっていた。
中には、ログイン出来ないような間であっても、時間経過で増えるスタミナのようなコストを使って生産行動の出来る無駄のないゲームも多い。ハルたちのゲームもそうなっている。
まあ、今回は秘密裏に行動する以上、メニューが簡素なのも当然か。
しかし一方で、その前提があるにしては気になる仕様が目についたハルだ。
「……これは、他人にこのゲームを教えることが出来る仕様になってるね。ごく簡単な操作で、他社のメニューにこれをコピーし渡せるようだ」
「ですねー」
「ちょっと変じゃない?」
「かもですねー? なるべく秘密にして進めていくはずの計画とは、真逆の仕様ですよー。とはいえまあー、協力者が増やせないのは、それはそれでキツイですしー」
「開拓面積が広大すぎるからね」
なので、そこまで気にする必要はないことでもあるのだろう。
いうなればただの『招待制』。普通に考えれば、それ以外のなんでもない。単にアメジストの真似をしただけともいえる。
「貴族って招待制とか会員制とか好きそうだもんね……」
「ですよー。誰かから与えられた実のない特権を有り難がるからこそ、貴族なんてやってるんですからー」
「それを与えた側の君が言っちゃダメなことだろカナリーちゃん……」
「ですかー」
まあ、その辺の特権意識の話は今はいい。重要なのは、その気になれば彼らは無作為に参加するプレイヤーを増やすことが出来るという事実が、今は気になるところだ。
もちろん、そうした貴族意識から、参加者は厳しく厳選することだろう。アレキたちの方も、それが分かっているのである意味安心してこの仕様で作ったとも取れる。
「重要なのは、彼らが“誰を”招くのかということだが……」
「普通に考えれば、今私たちの国で色々と嗅ぎまわっている協力者を、まとめてあっちに集結させる、ってとこですかねー?」
「だろうね。それはありそうだ。あとは、御兜と織結にも、この事は知らせる気がする」
「独占しないんですかー?」
「本心ではしたいだろうけどね。ただ、三家の特性上、隠し通すのは不可能だと僕は見ている。共犯者だからね」
あの学園の地下施設が体現しているように、彼らは深い所で繋がっている。
それは今は家の力が衰退した織結であっても変わらない。いや、所持している能力が精神系であるという特性上、織結にこそ隠し事は通じなさそうだ。
「となると勢ぞろいですかー。もしや、『皇帝』復活ですかー?」
「ありえる」
「考えなきゃならないことが増えますねー、これはー」
「そうだね。ただ逆に見れば、これはチャンスともとれる。僕らの方も、コネさえあれば望みの人材を合法的に送り込めるって事だからね」
「味方も増やせるんですねー。誰か良い人居ますかねー」
さて、ここはどうするべきだろうか。この仕様を利用して堂々と表から味方を送り込むか。それとも転送ゲートで裏から送るか。
その『入り口』の差によって、扱える力もまた変わってくる。よくよく、考えた方がいいだろう。
※誤字修正を行いました。「元を去る」→「もとを去る」。
本来は「許」をご提案いただきましたが、作者が使い分けを正しく理解できているとは言い難いため一旦ひらがなに開いておきます。分かりやすい解説などありましたらご教示いただければ嬉しいです。




