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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
4部1章 アレキ編

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第1552話 土壁の長城

 住居を作ると人が現れるように、ハルが畑を完成させるとそこには植物が、いや『作物』が一瞬のうちに登場し、収穫時期の彩りを見せていた。

 まあ、ゲームとしては特におかしな現象でもない。人が生えるのなら、野菜だって生えるだろう。

 いきなり収穫可能になるのもそうである。自然な生育段階を踏んで成長するようなものは、専門のシミュレーターくらいしかありはしない。


「……とはいえしかしねえ。ここは舞台が、現実な訳で」

「ということは、この野菜は本物なのね?」

「ああ。正真正銘ね」


 ルナが興味深そうにかがんで覗き込むその野菜は、迫真のリアリティを誇る完成度。本物なので当然だ。

 だが本物であるがゆえに、今度は『何処から来た』とツッコまざるを得ない。

 ……これが住人同様に魔力で生成されたハリボテならば、特に疑問を挟まずに済んだのだが。


「このお野菜は、どこから、来たのでしょうか……!」

「アレキが飛ばして来たんでしょうねー。ここら一帯の魔力の支配者ですからー。きっとあいつが普段食べてるとかいうオーガニックとやらに違いありませんよー?」

「んー。別にケチつける訳じゃないけどさ。有機栽培にしては、こいつら綺麗すぎない? むしろ現代日本のお店で売られてる野菜と遜色そんしょくないってか、むしろそれよか綺麗ってか」

「そうね? 『工場生産』のお野菜、といった感じはするわ?」

「……察するに、マゼンタ君の『生体研究所』みたいな施設で生み出された植物、ということだろう。となると生産者は、翡翠ヒスイかな?」


 明らかに神工的じんこうてきに調整された綺麗すぎる野菜たち。品種に関しても、日本のそれと差がないように思われる。

 これは、例の研究所で遺伝子操作され生み出されたものと、そう見るのが自然だ。


 これに関しては神々の間でも特段珍しい技術という訳ではなく、むしろカナリーたちも積極的に活用している。

 これがなければ、アイリたち異世界人の食糧事情は今よりも悲惨なものとなっていたという話だった。


 なので物自体に一応問題はないのだが、それをわざわざこうして送ってきた事が問題だ。そこは、魔力で出来たハリボテで良かったのではないだろうか?


「……きちんと根付いている。やっぱり、<物質化>ではなく生きた野菜の<転移>だね」

「それはつまり、どこかで実際にこれは育てられた物、ということよね?」

「そうだよルナ」

「わざわざご苦労なこったねー。でもさハル君、どして、そんな面倒なことしたんだろ?」

「まあ、考えられるのはやっぱり、最終的には生きた人間をこの地に移住させる為。かなあ……」

「その場合は、魔力のお野菜は食べられませんものね!」


 だが、現地でゆっくりと野菜を育てていてはゲームにならない。なので、こうして事前に『完成品』を用意しておいて、それを<転移>させて来る訳だ。


「最初の一本はともかく、次からは畑が整備されている訳だから、今度は現地でなんとかなる。僕らの仕事はその畑を作ることで、作物はその作業のご褒美、ってことかな」

「ぶー。変なのー。んな回りくどいコトせんで、最初から自分らで畑も作ってりゃいいじゃん。何故にそーせん!」

「んー。多分ですけどー、開墾かいこんそのものは目的じゃないんでしょうねー。その過程で行われる、プレイヤーの活動やスキルが目的であってー」

「それじゃあ、私たちの参加はやっぱりメリットが無いのでなくて?」

「そうでもないですよールナさんー。奴ら、リソース不足なのも事実ですからねー。ハルさんの所有する魔力で開拓をしてくれるならば、願ったりなんですよーどうせー」

「色々事情が複雑なのね……」


 野菜ひとつとっても、色々と裏側が見えてくるというものだ。

 この分だと、家畜なども用意されているに違いない。果たして、どこまで準備を進めているというのだろうか。


「まあ、何にせよ。これで『新たな街を広げるのは来年』、という事にはならずには済むようだね。さすがにそれは気が長すぎて、付き合ってられない」

「はい! このまま広大な農地を作るのも、いいかもですね!」

「そうね? そうすれば、一気に人口も確保出来そうだわ?」

「それだけじゃないぜールナちー。ハル君パワーで畑を連打していけば、奴らのストックが最大どのくらいあるか測定できるってもんよ。アイリちゃんは、それを狙っている!」

「べ、別にわたくし、そこまで考えてのことでは……!」

「……アイリちゃんをあなたのような性格の悪い考えにしないのユキ」


 畑に作物が<転移>して来なくなった時が、運営の余力の限界ということだ。

 その生産規模を推し量ることで、連鎖的に彼らの連合の規模もまた見えてくることだろう。


「そうだね。アイリの言うように、先に農地を確保するのも良いかも知れない。開発計画がスムーズになる」

「今更いい子ぶるなよハル君? ハル君だって、飽和交渉で敵のふところ事情をサーチするの大好きだろー?」

「まあ……、よくやるのは確か……」

「飽和攻撃みたいに言うのね……?」


 実際、やっていることはほぼ攻撃だ。


 ユキの言う『飽和交渉』がどういうことかといえば、あくまで『善意』で、対象に素材等の取引を持ち掛ける。

 当然、相手にも経済状況があり買える量は限られる。その様子から、敵の余剰リソースを分析するのだ。

 または、すぐには活用できないたぐいの物資をこれでもかと押し付けて、流動的リソースを削り取ってしまうのも可。


 ハルたちは立場としては、そんな飽和交渉を可能とするだけの莫大な資産を持つ優位な位置にいる。

 無駄ではあるが、試しにやってみるのも構わないかも知れなかった。


「それじゃあ、同じような畑を他にも作ってみるとしようか」

「なんだか、わくわくしますね! わたくしも、お手伝いするのです!」

「お願いねアイリ」

「はい!」

「……私は、パース。魔法は苦手じゃ」

「繊細な作業は出来ないけれど、土を掘り返すだけならやれるわ?」

「がんばってくださいー」


 そうして、魔法の制御を得意とするハルとアイリを中心に、ハルたちは次々と農地の数を増やしていった。

 果たして、アレキたちの作物備蓄は、この嫌がらせのような連打に耐えられるのであろうか。





「まさかのソッコー打ち止めとは」

「『対策』、されていたのです!」

「相手にも性格悪い奴が混じってたか。悪人は、悪人を知る」

「神ですからねー」

「そこは、リスク管理がきちんとしていたという話ではないの……?」

「まず僕を悪人にしないでユキ?」


 結果からいってしまえば、ハルたちの農地連打は失敗に終わった。早々に、畑に作物が生成されなくなったのだ。

 どうやら作ったら作った分だけ無条件に野菜を<転移>してくれる訳ではなく、その判定には制限があるらしい。そう上手くはいかないようだ。


「なんだかすぐに、お野菜が送られてこなくなってしまいましたね」

「そだねー。これって、畑の出来とは関係ないんだよね?」

「うん。他とおんなじようにしてあるよ」

「ならばー、システム的に要件を満たしていないんでしょうねー。見てくださいー、これをー」

「どこかしら?」


 カナリーが提示したメニュー画面。そこには先ほどまであった、村の住人からの要求項目が無くなっていた。

 もう畑は十分に揃っており、これ以上の数は必要とされていない。

 更に畑を増やしたいのであれば、先に町の方を、住人の数を増やさなければならないということだ。


「無欲な奴らよ」

「というよりも、現状では手が足りず管理しきれない、ということではないかしら?」

「実際、無欲ではないですねー。畑が出来たと思ったら、他の要求を次々してきてますしー」

「つまり実質、わたくしたちはこの中から方針を選ばねばならない、ということですね」

「そうだねアイリ。自由度があるんだか、ないんだか」

「かみさまのいうとおり、ですよー?」


 まあ、実用に耐える街を作らねばならない以上、あまりプレイヤーの自由にさせすぎる訳にもいかない。当然の対策であるともいえた。


「んじゃ畑を増やすために、まずはひたすら人口を増やしていこうぜぃ」

「悪用から離れよう……?」

「ぶー」


 まあ、ハルとしてもこの喧嘩を売ってきたに等しい神様に対し、多少の嫌がらせはしたい気持ちもある。

 とはいえ、その為だけに無駄に労力を割きすぎるのもどうなのか。またそうも冷静に思ってしまうのだ。


「やることは山積みだ。あのワープゲートも、封鎖しなきゃ」

「そうですねー。幸い、初期の都市と分断しても、住人が飢えて死ぬことはないだろうと分かりましたしー」

「あとはこちら側だけで、生活が成り立つように作っていくだけね?」


 それで問題ないだろう。これから現れるであろう他プレイヤーの存在を考慮しても、衝突の起こらぬよう早めに“線引き”しておくに越したことはない。


「とりあえず、物理的に壁でも作って線を引いちゃうか。これは、素材はどうしようかな……」

「そっちは<物質化>でオーパーツ持ってきちゃえばいいんちゃう? 未来素材で、無敵の壁の完成じゃ!」

「ですよー。どうせ通らせる気はないんですから、硬ければ硬いだけいいんですよー? 無敵板むてっぱん、再びですー」

「とはいえあなたたちね……? そう、あからさますぎるのは……」

「世界観の崩壊は、他プレイヤーにどのような影響を与えるのか未知数、なのです……!」

「そうなんだよねえ。まあひとまず、防壁は土壁を厚く作った物で様子を見るか。正直それだけでも、現状の文明レベルを考えるとオーパーツだ」


 それならば材料的にも、消費魔力的にも安く済む。景観の面でも、多少の異質さはあれどまだ許容範囲ではあるだろう。

 一夜にして巨大な丘が都市の目の前に出現した程度である。まあ十分に異常なのだが。


「……ただし、ゲートだけはそれこそ無敵板でもなんでも使って、徹底的に固めよう」

「そだね。敵に使われる訳にはいかぬ」

「ヴァーミリオンの『入口』側も、なんとかしないとね?」

「この地の素材で作らないと、透過されてしまう、なんてことはないのでしょうか?」

「大丈夫ですよーアイリちゃんー。あのプレイヤーの体は、高い強度を持っている反面、物質的な干渉を避けられないでしょうー。誰もが<天衣てんい>を使える訳ではないんですよー」

「後で、こっちでも<天衣>が発現する可能性があるのかアメジストに聞いておかないとね……」


 さすがに、あの反則は夢世界限定にしておいてもらいたい。

 とはいえ、同じスキルシステムを使った能力行使。絶対にないとは言い切れないのが困った所。


 そもそも、壁抜け自体は既に織結透華おりゆいとうかがその超能力によって実現済みなのだ。

 スキルの補助で、同じ力が芽生えないとも限らない。


「まあ、当面は物理的な侵入を徹底的に防ぐ。それで良しとしよう。ソウシ君が空間ごと両断でもしない限り、決して誰も入れないように」

「フラグですかー?」

「無いとは言えないのよね、性質上……」


 不安は尽きぬものの方針が固まり、ハルは転送ゲートの周囲を、<物質化>により自重なく塗り固め塞いでいった。


 防壁の方は、現地材料でそこそこの強度で抑える。こちらはまあ、破壊されたとしてもすぐに問題にはならない。


 そうして、圧迫感の強い国境線が制定され、改めてハル対、匣船はこぶね家の構図がここに明らかとなったのだった。

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― 新着の感想 ―
そもそも、現時点でリアリティの高い野菜を用意する意味があるのかという疑問もないわけではないですねー。コストとして用意されたリソースと仮定して、プレイヤーが食べきれる量ではないなら腐るだけですし、NPC…
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