第1547話 大規模工事に必要な予算のような話
ついに動き出したアレキと、ほぼ確実に存在するその協力者の計画。
まだまだ分からない事は多いが、それでもその概要は概ね明らかとなってきた。
彼らの目的はプレイヤーの力を使ったこの星の開拓と、彼らのスキルを使った星の正常化。それは、いずれハルも手を付けようと思っていた事でもある。
「……ただ、それでもその手段が少々問題に思う。まあ今更の話ではあるんだが」
「本当、今更ですわね? 問題がどうこうと言うならば、最初から問題だらけですわ?」
「いやそうなんだが……、やはりお前が言うなと……」
「いいではありませんか。今はあなた様もわたくしのご主人様として、わたくしの計画の責任者にもなられたのですし」
「負債ごと引き受けちゃっただけなんだよなあ……」
今も学園で絶賛開催中のアメジストのゲームと、その影響を受けた学生たちのことも気になるが、さすがに今は異世界側が優先だ。
ハルの制御下にないこの動きがどう転ぶことになるのか、慎重に見定めていかねばならない。
「……あの王様姿のNPCの言い分だと、『開拓』のみでなく、『入植』まで視野に入れているように感じる」
「ですわね。どうする気なのでしょうか?」
「多分だけど、『自分の力で来い』ということだろうさ。僕がそうしたように、原理上は、彼らにだって可能だ」
「ハル様は、ご自身を基準に可否を考えるのを止した方が良いと思いますの。スキルシステム的にも、別枠なのですから」
「その差別やめてね?」
スキルシステムには、どうにも人間扱いされていないハルなのだった。
いい加減もう慣れはしたものの、相変わらず感じるこの不公平感は消しきれないハルだ。
「まあ、自分で言うのもなんだが、僕自身、同じ事を彼らが出来るかといえば、ほぼ出来ないだろうとは思う」
「当然ですわね」
「けど、何かしら別の方法であるなら、別段そう無理な事でもないんじゃないかと、そうも思っている」
「例えば、どのような」
「例えば、今回の転送ゲートを作ったように、地球にまで繋がるゲートを開く能力が目覚めちゃったりね」
「現実的とは思えません。ただとはいえ、そうした能力が目覚める可能性はゼロでないことは確かです。彼ら人間は、わたくしたちのような制限とは無縁なのですから」
「そういうことだね」
神様たちは、この異世界と地球を隔てる次元の壁を越えられないという制約がその身に掛けられている。
この強制力は強く、言うなれば魂の奥深くに刻まれた呪いのようなもの。
彼らが彼らである限り解除は難しく、今のところその縛りを突破して自由に地球と行き来出来ている神はカナリーだけだ。
であるが故に、神の方から異世界への転移方法を用意してやることは決してできない。
少々提案が間抜けになってもあの場では『いずれ何とかなる』と言うしかなかったのだろう。嘘がつけないというのも、難儀なもの。
「まあ、それでも世界間<転移>はしばらくないはず。あったとしても、実際に入植し星を侵略するような心配は今はしなくていいはずだ」
「まあ、来たとしてもこっそり数名程度といったくらいでしょうね。秘密主義の彼らが、いきなり国中にその事実を発表するとはとても思えませんわ」
「うん。そして国に隠れて行う以上、あまり大規模な動きは見せられない。こちらで国を興すほどの大人数を移動させれば、まず確実に国家に目をつけられるだろうから」
「集団失踪事件。大問題ですわ?」
であるからして、やはり『入植』部分は今すぐに気にする必要はない。
となると考えるべきは、『開拓』をどうする気でいるのか、そこに尽きるだろう。
「……彼らはどうやら、少人数での開拓を可能とする強大な力をプレイヤーに持たせるつもりみたいだけど、スキルシステムってどこまで出来るの?」
「さて? どこまで、と聞かれましても、少々答えに詰まる問いになります。あれは言うなれば、『人類に出来る可能性のあるものなら何でも』出来るシステムではありますが、そういうことをお聞きになっている訳ではありませんものね?」
「なんてもの作っちゃったのアメジスト?」
「お褒めにあずかり光栄ですわ?」
「褒めてない褒めてない。まあ、実際聞きたいのは、現実的な範囲の話だね」
彼らは、通常この異世界でプレイヤーたちが用いている能力以上のスペックを、参加者に与えると宣言した。
それにより、ここでは初心者でしかない匣船家のエージェント達も、すぐに大地の改造に手を出せるレベルの能力を行使できるらしい。
一応、こちらのゲームでも今の出力が上限ではない。原理上は強化が可能だ。
プレイヤー一人ひとりに割り振れる魔力には上限があり、なおかつゲームの攻略に合わせて段階的に制限解除する関係もあり、基本は抑えめ。
しかし、それら制限を取っ払ったとて、全プレイヤーをいきなり最強以上の状態に出来るかというと疑問が残る。
「推測にすぎませんが、恐らく、より個人の才能にフォーカスし、ゲーム的な公平さは排した構造になるのではないでしょうか? それなら“人によっては”、いきなりそうした大出力を操れる者も出てくるはずですわ?」
「それは、君が学園でやっているあのゲームのように?」
「心外ですわハル様。わたくしあれでも、才能差で有利不利がなるべく出ないよう、バランスには気を配っておりますのに」
「ただし僕以外はね」
「ハル様は特別ですので」
個人に特有の、才能の発露。それが強く紐づけられた学園のゲーム。
あれと同じような、いや、より極端に個々の超能力を引き出した調整をすれば、確かに中には強大な力を行使する者も出るだろう。
しかしそれは今までのような『ゲーム的な』バランスとは無縁の物となりかねない。より無法な『チート』レベルの力を操る者が出る一方、人によっては開拓の役に立たぬ力しか発現しない可能性だって考えられた。
……そして、ハルは当然、言うまでもなく一切何の力も発現しない役立たずとなるだろう。
まあ、特にプレイヤーとして参加する気などないので問題はないのだが。そう、気にしてなどいないのだ。
「……しかし、そんな強力な超能力、コストはどう用意するんだ? 実際の広大な大地が舞台なんだし、君の時のような誤魔化しは効かないよね」
「そうですわねぇ。わたくしは、リソース不足を『実は非常に狭い空間のアップスケール』をすることで誤魔化しておりました。そんな小細工をしても、この星の開拓には繋がりませんわ」
「彼らの連合は、それを補って余りあるだけの魔力リソースを?」
「不可能です。今この星で、最も魔力を手にしているのはハル様。他の勢力全てを合算したとてそれに及びません」
「まあ、そうなるね」
ゲームという形でこの星に大量の日本人を招き入れることに成功したハルたちの持つ魔力量は、いわゆる『自然回復』では決して賄いきれぬ量。
そのハルたちですら、惑星開拓にはまだ限定的にしか手が出せていない。
ましてやその膨大な魔力量は比例した『引力』を生み出し、自然発生の魔力すら優先して引き寄せ肥大化を続ける一方なのだ。
そんな逆風の中にある『外』の神々では、本来ならば大出力スキルを使った開拓など、夢のまた夢であるはずなのである。
「考えられる可能性は、二つほどあります」
「二つも……」
「抜け道を見つけるの、わたくし得意なので」
それは身をもって実感しているハルである。実に説得力に満ちていた。
「一つは、コストに魔力を使わない方法です。実はスキルシステムは、コストを魔力に限りません。何らかの方法で、魔力に代わるリソースを用意できたなら、それを用いた活動が可能となることでしょう」
「君が学園でやっているように」
「はい」
「……考えられない話ではないね。事実、宇宙から飛来した謎のエネルギーの件がある。彼らの中に、そうした『新たなエネルギーの調達役』が居る、という可能性か」
「その通りでございますわ」
あり得ない話ではない。まあ、とはいえ、その新エネルギーを生み出すための魔力はいったいどうするのか、という問題はまだ残るのだが。
まさか無から、もしくはごく少ない呼び水だけで無限のエネルギーを取り出せる訳でもないだろう。
そんなことは、ここに居るアメジストですら成功してはいないのだ。
「……で、二つ目は?」
「はい。これはアレキが関わっていることからの推測ですが、『惑星全域の気候制御』に用いられている超大規模魔法、そこから魔力を流用するという方法です」
「横領じゃないか……」
「はい。横領をするのでしょう」
何でもないことのように、アメジストは語る。まあ、一応開拓が成功さえすれば、その大規模魔法も不要となるので問題なし、ということも、言えなくはないことだが。
この星には大災害当時、当時の異世界人たちとそれに協力した神様たちが残した応急処置的な魔法が残っている。
ハルの関係者では、メタがその制御に関係していた。他にも、主に外の神様が調整を行ってくれている。
その仕組みがあるからこそ、星は荒れ放題とはいえギリギリの所で生命の住める環境を今日まで維持してこれたのだ。
その魔法はどの勢力の物でもなく、あくまで中立。それに手を出すことは、他の全ての神に宣戦布告することに等しい。
「……その可能性が、本気であると?」
「『絶対にない』、と排除するべき考えではありません。ハル様は少々、わたくしたちに甘いですので。『そういうこともある』、と忠告しておきますわ」
「肝に銘じておくよ……」
……さて、実際のところは、どうなのだろうか? なんにせよ、何のギミックも存在しないということだけはあり得ない。
大きな力を使う以上、絶対に大きなリソースが必要になって来る。
それも、彼らのゲームが始まってみれば分かることだろうか。ハルたちは対処のための準備を整えつつ、その日を待つのであった。




