第1545話 白紙の新世界利権
制服姿の案内人が先導するその街は、彼女以外住人の居ない無人の街だった。
街並みは美しく整備され、非常に住みやすそうなファンタジーの城下町といった雰囲気で申し分ないが、そこに住むべき住人が存在しない。
これでNPCでも配置されていたらゲームの『さいしょのまち』として十分な出来となっていたことだろう。
「まあαテストのようなものと思えばこのくらいは許容範囲か」
「そもそもこれがゲームだなんて誰も一言も言ってませんよハルさんー」
「そうなんだけどね。じゃあ、だったらなんで街を作ったのさカナリーちゃん……」
「さー? 作った奴らに聞いてみないといけませんねー」
転送した者らを誘導するための目印、というだけでは少し弱い。それならそもそも、最初から目の前にゲートを繋げてしまえばいいだけなのだから。
まあ、いずれ明らかになることだろう。ハルは大人しく、案内される彼らの後ろをひっそりと尾けて行った。
街の造りは、『黄色』の国である梔子の首都に近いか。
石造りの家々が立ち並ぶ中に、清浄な小川が道に沿って通っているのが美しい。
その川のほとりや通路に面した並木には、この春の訪れを謳歌する桜の木々が並んで咲き誇り、総合的にどこか日本らしさを感じる街並みとして構成されていた。
その無人ながらも美しい街の中心部。そこには小規模ながら城が存在し、案内人はそこを目指して進んでいる。
やはり門番や警備の騎士は存在せず素通りで、そこだけが少し寂しい。まあ、ハルの天空城に座す銀の城もまた無人なので、その辺りは人のことを言えないのだが。
「……無人の城内を案内して、何がしたいのですかね?」
「確かに。まあ、門の前でそのまま立ち話されても、困るといえば困るけど」
アメジストの漏らしたぼやきのような不安は、しかしここでようやく解消されることになる。
通された城の中心、謁見の間には、どうやら案内人以外のキャラクターが控えているようだった。
玉座に待ち受けるのは、当然、この無人の国の国王だ。立派な王冠と髭を身に着けた、よくあるイメージ通りの国王スタイルである。
「《お連れいたしました》」
案内人がプレイヤー達を広間に通して横に退き控えると、国王と彼らは直接向かい合う。
微妙な緊張が周囲を支配し、一瞬の沈黙が生まれるが、それを先手を取って破ったのは国王NPCであった。重々しく、言葉を発する。
「《ようこそ、異世界よりの来訪者たちよ》」
「《……は? そういうゲーム? いや嫌いじゃないけどさ、その展開。俺ら、ゲームしに来たワケじゃないワケ》」
「《いえ一応、任務は『ゲームすること』ですけど……》」
「《とはいえ、これは対象のゲームでもない事も事実ですね》」
「《よもや気取られたか?》」
「《別ゲーに飛ばされておちょくられてるっての?》」
王の前に集った異世界の戦士達。もとい匣船家のエージェント達は、唐突に開始されたゲーム的展開に戸惑っているようだ。気持ちは分かる。
怪しいハルが運営する怪しいゲームの極秘調査を命じられたと思ったら、始まったのはただの新作ゲームのテストらしき展開。
自分達は何をやらされているのだろうかと、エリートだろう彼らは思っても仕方がないはずだ。
だが、そんな彼らの表情は、続く王の言葉で少しずつ真剣みを帯びていくことになるのであった。
「《落ち着くがいい、来訪者たちよ。いや、異能を持つ選ばれし戦士達よ。これは、ゲームではない》」
「《……あぁ? おいアンタ今》」
「《しっ。まだ、そうと決まった訳ではありません》」
「《確かに……、そーゆー設定なだけって線もあるか……》」
「《設定ではない。余は諸君らの現世における力を知っている。いわば『超能力』をな》」
「《こいつ……》」
「ほうほう。いきなりフルスロットルだね王様。でもそれ言うなら王様役を気取る必要ある?」
「わざわざゲーム仕立てにする意味が分かりませんねー」
「ハル様、カナリー。相手も必死なのです。実況してあげるのは可哀そうですわよ?」
「《そう言うアメジストも、お菓子食べながら鑑賞モード入ってないでさー。仕事しろよなー》」
「あら大変。サボりがアイデンティティのマゼンタに仕事を急かされてしまいました。世も末です」
ハルたちが見守る中、王様は最初から役に徹することを放り投げて現実的発言を連発する。しかも、かなりの核心的な部分を。
ゲームであることを否定するのは、まあ別にいい。いやそれでも意味が分からない部分はあるが。
しかしそれよりも今重要なのは、招いたプレイヤー達、匣船家と関わりの深い面々の秘密を見透かしたような発言をしたことだろう。
「《おい。今日のメンツ、全員チカラについて知ってんのか?》」
「《さぁ? そもそも詮索は、ご法度。とも、言ってはいられないかもね》」
「《全員なにかしらの力を有しておる。そうした人員を、選出してもらった》」
「《アンタちょっと黙っててくれねーかな王様よぉ!》」
だが国王NPCは構わずに、強引に話を進めていった。
これはNPC特有のマイペース、とはまた別で、裏で操作しているどこかの神があえて無視して進行しているのであろう。
「《改めて言おう。異世界の戦士たちよ、力持つ者よ。ここは其方らの住む星とは別の惑星であり、れっきとしたもう一つの現実だ。なお決して、『そういう設定』ではないぞ?》」
どうやら、ハルの封じていた秘密をアレキたちは、全力でネタバレしていく方針のようだ。
一応、対象者は非常に限定されているので問題は少ないといえば少ないが。あと頼むから『設定』とか言わないで欲しい。
さて、そんなにわかには信じがたい話をいきなり叩きつけられた彼らは、いったいどういった反応を見せることになるのだろうか?
◇
「《……一応、私たちはそういう疑惑の調査の為に動員されていましたよね? ハルのゲームに隠された疑惑の》」
「《だからってコレ信じるか?》」
「《とはいえ、『上』が大真面目に調査していたことも事実》」
「《そう。余は匣船家の当主へと極秘裏に通信を入れ、諸君らを招き入れるに至ったのだ》」
「《……大丈夫かな。ご当主様、騙されてない?》」
「《お前、実はハル本人なんじゃないだろうな?》」
「失敬な。僕ならもっと上手く騙す」
「ですよー? 気付いた時には、手遅れですよー?」
「そこは誇るところですの?」
とはいえ、そう疑われてしまうのも仕方なかろう。入り口がそもそも、ハルの手のひらの上なのだ。
しかし、彼らのメニュー状況を見れば分かるように、その手の中から既に彼らは飛び出している。
そういった様々な事情も加味し、その上でそれすら油断させるためのハルの策かと疑いながら、彼らはひとまず王様の話の続きを聞くことにしたようだった。
「《よいかな? 余が諸君らを招いたのは他でもない。この異世界が真にこの場に存在するその事実。それをこうして、伝えることにこそあった》」
「《それならばそんな回りくどい事をせず、全国民に向けて発表すればいいだけでしょう》」
「《それはいかん。国民にいたずらに混乱を招くのみ。余も一国の王として、その程度の分別は持ち合わせておる》」
「《いやここ、国民いねーけど……》」
「まあ、確かにその分別は持ってくれていてよかったよ」
「まあー、言っても信じないでしょうけどねー」
ここも、モノリス三家の間くらいには伝わる事はハルも織り込み済みではある。
しかし問題となるのは結局、この事実を伝えた上で、アレキたちは彼らに何をさせようとしているのか。そこに尽きるといえよう。
ただ魔力を齎すための呼び水としてプレイヤーが欲しいのならば、別に、本当の異世界であることを明かす必要などないのだから。
「《まどろっこしい事はいい。要求を言え要求を。結局、お前は俺らにナニを期待して呼んだんだ。まさかお優しい王様だから、善意で異世界の存在を教えてあげたかったなんて言わないよな?》」
ハルと同様の疑問を、少々ガラの悪い男性プレイヤーが代弁してくれた。
良家の者らしからぬその態度に周囲の面々には眉をひそめる者も居るが、彼らとしてもそれは気になってはいた様子。遮ることはない。
「《あるんだろ? 取引が? その要求をお上にお伝えするのが俺らの仕事だ。さっさと言いな。いつ強制ログアウトで時間切れになるか分かんねーぞ?》」
「《そう急くでない。これから話すところであったわ》」
王は錫杖をその手に持つと、空中に向け一振り、巨大なウィンドウがその場に現れる。
そこには、この城のある街を中心に、周囲を上空から見下ろした俯瞰映像が映し出された。
「《見ての通り、この国には、いやこの世界にはまだ何もない。開拓をする、人手もない》」
「《まあ、見れば分かりますね……》」
「《よくそれで王様名乗れたなアンタ……》」
「《加えて、この星は今、未曾有の危機に瀕している。穏やかなのは、この周囲だけじゃ》」
「《無視、ですか》」
「《心の強さはキングクラスか?》」
ツッコミを全て封殺し、王様は勝手に話を進めていく。都合の良い時だけ、自動進行のNPCを貫くようだ。
「《そこで諸君らには、この世界に人の住める土地を、再生して欲しいのだよ》」
「《……随分と、勝手な話に思えますが?》」
「《報酬は。働きに対する、見返りが無いのでは話にならないな》」
「《勿論、用意してある。全てだ。この地で得た、全てを与えよう。土地も資源も、国を治める地位さえも、何一つ余すことなく好きにするがよい》」
「……ふむ?」
「つまりこれはー?」
「騙して連れて来た日本人を使った、体のいいこの星の侵略宣言、ということですわね? またなんとも、悪趣味なことを始めたものです。正視に耐えませんわ?」
「趣味に関してアメジストが言う?」
「自分も趣味が悪いからこそでしょうねー?」
もしや彼らはこの星に、日本人を移住でもさせたいのだろうか?
そして彼らの力を使い、荒れ果てた惑星の環境改善を行っていく。まあ、理屈は分からなくもない。筋も通っている、ように思う。
なにせ彼らは異世界の住人に対し否定的で、己の作られた目的でもある日本人への奉仕を是とする価値観を抱いている。だからこそ、彼らは『外』に居るのだから。
その価値に沿う計画を、まさに今実行に移し始めた。そう考えれば、辻褄は通る。
さて、実際のところは、アレキたちの目的は何処にあるのか? 本気でこの地に、地球人による地球人の為の国を、作ろうとしているのだろうか?
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




