第1543話 文殊の知恵も過ぎれば姦しい
「消えた……」
「《安心したまえよハル。現場は我々の支配領域だ。何が起こったかなど、すぐに明らかとなるだろう。なあマゼンタ？》」
「《はいはいちょっと待ってねぇ。焦らせない焦らせない》」
「《今はサボってる場合じゃありませんよ。だいたい、ヴァーミリオン担当の君がもっと早く異変に気付いてれば……》」
「《はぁ？ ボクのせいだっての？ そんなこと言うならシャルトが攻撃を遮断してれば済んだ話じゃん》」
「《シールド制御は自分だけの仕事じゃありませんよ！ ……それに、既に対処は完了した。二射目はない》」
「ケンカするんじゃないですよー？」
「《カナリーも働けよなぁ》」「《あなたも部外者面してサボってないでくださいよ》」
「団結されてしまいましたー」
バリアの反応しない謎のエネルギーの照射により、地上に集っていたプレイヤーの姿は消失した。
これは、想定していた光学攻撃を上回る効果を発揮し、完全にハルたちの予想の上を行かれた形だ。
推定、宇宙から飛来したと見られるそのエネルギーは、ハルたちのデータにすら無い存在だった。
「《しかし、見方によっては先に、敵のカードを一枚切らせたとも言えるだろう。恐らくは、光によるパターンにて相手も勝負を決めたかったことだろう。お手柄だよシャルト》」
「《気休めはいいですよ。というか偉そうだなセレステ……》」
「ではわたくしは、その光パターンとやらが本来はどのような効果を発揮するはずだったか検証いたしましょうか。スキルシステムが反応するよう調整されていたはずですからね？」
「対象のプレイヤー連中はー、まだ起きてないですねー？ 全員、リアルでの所在は確認済みですー。とはいえー、ログインしている反応もある訳ではなくー？」
「《宇宙から飛来した超高速粒子に直撃して、その身をこんがり焼かれてゲームオーバーになった、という訳ではないということだね》」
これは、スキルシステム等の何らかの反応を用いて何処かに＜転移＞させた、と見るのが妥当だった。
そもそも、彼らを攻撃し撃破する必要性がどこにもない。本人たちはこのゲームでは、何の重要性もない始めたての初心者集団なのだから。
「《解析結果出たよ。なにやら、空間に歪みが生じているね。くっそ、ボクの土地でナメた真似してくれちゃって。閉じそうだから固定するよ。いいよね》」
「ああ、構わない。やってくれマゼンタ君。ここで手がかりを失う方が痛い」
「そうですわね。閉じるということは、見つかる前に秘密裏に対処を済ませたかったということ。わたくしならそうします」
「《……嫌な説得力ですねアメジスト。ですが同感です。『道』を残してしまうという危険はあるけど、ここで見失ってなるものかっての》」
そんな彼らプレイヤーはどうやら、何らかの空間の歪みに飲み込まれる形であの場を去ったようだ。
これは厳密には＜転移＞とは異なり、ワープ移動というよりも歪みをまたいだ徒歩移動に近い。明確な別技術。
「……空間移動か。アメジスト。スキルシステムの『超能力系』には実装されてないけど、確か可能ではあるね？」
「ええ。わたくしのゲームを楽しんでいる学園の生徒にも、何人か使い手がおりますわ？ ハル様とも激戦を繰り広げておりましたわね」
「ソウシ君だね。彼らの中にも、そんな空間使いが……？」
「しかしー、彼ら匣船家の面々は歴史上、そんな能力者を排出しては来なかったはずではー？」
「そう記されていたね」
カナリーの言う通り、本家から拝借してきた機密データには、そんな能力を持った存在は記載されていなかった。
もっとも、彼ら自身でさえもその身に宿る超能力の全てをあまねく把握しているとは言い難い。そこに関しては、今は結論は出せないだろう。
「まあ、テレポートは他の超能力と比べ消費エネルギーが膨大です。わたくしの世界によるサポート無しで、発現した例など見た事がないですから。仕方がありませんわ？」
「織結透華を除けば、でしょー？」
「……ああそうでした。それがありましたわ。とはいえ、あの子は少々イレギュラーが過ぎるといいますか」
「《ねーねーそれよりさぁ。この空間の歪み、これどうするのさー。ここでグダグダ議論するより、こん中飛び込んで後を追ってっちゃった方が早いと思うんだけどー？》」
マゼンタが確保した、『ワープゲート』とも言えるその歪み。その先に恐らく、匣船家にゆかりのプレイヤー達は居る。
すぐにでも追いたいところだが、さすがに無策で飛び込む訳にもいかない。
飛び込んだ先が、マゼンタの所持する神力生成炉の中のような場所で、一瞬で分解されてしまいお陀仏。という事も、なくはないのだから。
「ねえアメジスト。空間連結によるワープの場合は、＜転移＞と違って全ての分身が巻き込まれるような仕様はないんだよね？」
「ええ。言ってしまえば、歪みをまたいだ物理的な直接移動ですもの。とくにそうした弊害はございませんわ？」
「よし。じゃあまずは、僕が斥候を飛ばしてみよう。なんだか随分と久々に、こいつの出番みたいだね」
「あら可愛い」
ハルは羽の生えたふわふわな毛玉、くりっとした目玉が可愛らしくも少し不気味なマスコット、『ゾッくん』をその手の中に生み出した。
その機能をアップデートし調整すると、同様の物をヴァーミリオン郊外のゲートの前に構築、生成していく。
そのままゾッくんは空間の歪みを飛び越えて、敵地であろう未知のエリアへと侵入して行ったのだった。
◇
「よし、到着だ」
「視界は良好のようだねハル。活動に支障はなさそうかい？」
「来たのか、セレステ」
「ああっ！ なんだか居ても立っても居られなくてね！ むしろこのまま、私が直接そこへ乗り込みたいところだよ！」
「まあ落ち着け。ゾッくんで一通り調査が済んでからだ。……まあひとまず、魔力が霧散して即死、ということはなさそうだよ」
プレイヤーキャラの身体のように、魔力のみで構築された肉体という物は魔力圏外での活動が非常に困難となる。
それは、肉体を構成する魔力がどんどん周囲に流れ出し霧散してしまうためだった。
例えるならば、宇宙空間にそのまま空気を放出した時のように。
そうさせないためには、それこそ宇宙服のような専用の装備が必要だ。
だが幸い、ゲートをくぐり跳躍した先では、その心配は不要らしい。それはつまり、周囲が魔力で満たされた空間であることの証明だった。
「《魔力反応の照合終了。アレキの『色』で間違いないねハルさん。どう？ 大丈夫かな？ 完全な敵陣ってことになるけど、魔力侵食は起きてない？》」
「ああ。今のところは平気だよ。どうしようかマゼンタ君？ 逆侵食を行って、敵地に橋頭堡を構築するかい？」
「《えー、いきなりぃ？ 好戦的だなぁハルさんは。あっちから仕掛けて来ない限りは、ちょっとまだ様子見ようよぉ》」
「マゼンタ、同じ『赤』だからと、アレキをかばっていやしないかい、キミ？」
「そうですわね？ 思えば、犯行現場がヴァーミリオンであることも気になりますわねセレステ？」
「うむっ。確かにだアメジスト！ そもそもマゼンタがもっと早く異変に気付いていれば、事態はここまで発展しなかった」
「《ひっどいなぁ。そもそもあいつら、現地人排斥の過激派連中じゃん。そんな奴らとボクが組むことはないってばぁ》」
「君たちって誰かを詰める時だけはすごく協調するよね？」
そしてマゼンタは焦るあまりうっかり、自分は異世界人たちを守り導く立ち位置であることを自白してしまっていた。
普段は彼らの事などどうでもいいような態度を取りつつの、ツンデレという奴なのである。
「しかし『奴ら』か。マゼンタ、彼らはアレキ単体ではなく、複数だと思うかい？」
「《たぶんねー。ボクらみたいに密な連携はしてないけど、『外』でもそこそこ派閥はある。利害の一致だったり、活動方針の近さだったりね》」
「《自分たち『エーテルの夢』運営チームは、程度の差はあれ異世界人の保護を優先しています。本当、程度の差はあるけどね。誰もがマゼンタみたいに過保護じゃないよ》」
「《いや別にボクは……》」
「今はマゼンタのことはいいさ。ただ、アレキは単体ではなくチームを組んでいるというのは私も同感だ。例のトリガーとなった攻撃のこともある」
「セレステは、あれを宇宙からの攻撃と見てましたねー？」
「うむ。直上からだ。発動が少なくとも惑星の大気圏内からならば、さすがに気付く」
「アレキの気候操作能力は強力ですがー、惑星内限定みたいなとこありますからねー」
「……いや十分では？」
そもそも神様たちも、あまり宇宙には出て行かない。惑星内限定の能力で、特に困ることなどないだろう。
「ハル、ルシファーを出して調べないか？ 興味がある、そちらに」
「……うーん。そうだね、いや、そっちはセレステに任せようか。僕はまずは、消えたプレイヤー達の行方を追いたい」
「人命優先ですねー」
「承った。なに、そちらは私一人で十分だとも！」
「フラグですねー」
「……モノ艦長も手伝ってあげて」
「《うん。わかった、よ。天之星、出撃、するよ》」
その宇宙空間において、今最も勢力を伸ばしているのは実はハルたちだ。
衛星軌道上に巨大戦艦を常駐させ、そこから地上を監視している。
さてハルも、ゾッくんによる探査を続行せねばなるまい。
どうやら見た目はそんなこの星の地上のどこかであり、アレキの活動範囲ということもあってその推測は正しいのだろうが、果たしてこの場はいったい、星のどのあたりなのだろうか？
