第154話 簒奪
「余興って?」
「ええ! 勝負をするわ!」
「……だと思った。僕が勝つよ?」
「あたしも勝てるとは思ってないわ。だから、ハンデは貰う」
「なるほど」
説明もそこそこに、セリスは『ついてこい』と言わんばかりに、くいっ、と顎をしゃくって歩き出してしまった。王女を顎で使っているも同然だと気づいては、……いないのだろう。
このまま誰も彼女に付いて行かないのも、それはそれで面白そうだが、そうしたらきっとまた煩いだろう。ハルはアイリが動く前に、彼女を抱き上げるように立たせると、そのままその柔らかな手を引いた。
抵抗することなく、むしろ喜んでハルの腕に体重を預けるように抱きつく積極的な王女を見て、聴衆からざわめきが上がる。
セリスもその声に驚いて振り向くが、彼女には状況がよく飲み込めていないようだ。頭上にクエスチョンマークを浮かべる。彼女も、あの王子に抱きついたりするのだろうか?
「ハル君に勝てるほどのハンデって、何かな?」
「周囲の魔力を全て掌握した上で、観客全員を人質に取る。とか」
「開始の合図と同時にセリスの首が飛んで終了です。この会場内で開催する場合、ハルさんにとっては何処であっても射程内でしょう」
「じゃあカナリーちゃんの参戦を禁止した上で、向こうはウィストを付ける」
「……ルシファーを出せば勝ち目はありますが、周囲の被害は、考えたくもないですね」
「いくら馬鹿でもそこまではやらないわ。余興を考えたのは、推定黒幕さんでしょうし?」
「まあ、見せ札に対策するなら、また魔法禁止くらいはやるだろうね」
「あ、ハル君あれだ。重力千倍とか」
「そりゃキツイ」
今までハルが見せてきた力は、強力な魔法による物がほとんどだ。セレステとの初顔合わせの時などは、近接戦闘もこなせる事が放送されているが、今では対抗戦の印象によってハル=魔法のイメージが強い。
よってハルと戦おうとするなら、どうにか魔法は封じてくるだろうと思われる。
「どうやって? あ、今回の仕掛け人はウィスの人か。魔法はお手の物だね」
「……ハル。黒幕がウィストという可能性は?」
「めっちゃ低い。ラズル王子の反応から、最低もう一人はプレイヤーの影があるのは確実だ」
「それに、神の計画にしては雑です。特にウィスト神としては」
「確か、異常なほど几帳面、なのだったわね?」
ルナの語る通り、魔法神ウィストは病的に緻密。仕掛けて来るなら勝利を確信した時だけだろう。こうしてハルに、計画をかき乱されるのを許す事など考えられない。
生放送の撮影にしてもそうだ。ずっと確認していたが、大部分でハルが目立っていた。これではハルの為の放送である。
それも彼にはそんな意図は無く、几帳面に、その場その場で最も見所のある場面を切り取っていただけだろう。
ならこの余興を考えたのがプレイヤーだとするならば、ゲームシステムで縛ってくる可能性が高い。すなわち装備や魔法、スキルの禁止。
だがそれらを禁止しても、今のハルはスキル無しでこの世界の魔法を扱える。
また、プレイヤーの体ではない肉体持ちで、ナノマシンによる強化により、常人の何倍もの力を発揮し、それをパワードスーツが更に加速する。
むしろ最近は、スキルを使う事がほとんど無かった。
「流石に環境固定装置は切っておくか」
「むしろ、余興としてどう演出するかが苦労しそうですね?」
ハル達がそんな会話をしているとは知らず、セリスはつかつかとホールの中央まで歩を進める。そこを闘技場とするようだ。
果たして、どんな手でハルに一泡ふかそうと考えているのか。無策ではあるまい、少し興味が沸いてきたハルだ。
「あっ! お料理対決、とか!」
「ハル君、お料理も結構得意じゃん」
「メイドさんの足元にも及ばないよ」
「比較対象が悪いわ?」
それも面白そうではあるが、多分その展開は無さそうだった。
◇
「はいはーい、下がって下がってー。そんで遠くの人は集まってー。今から出し物はじめるよ!」
セリスが器用に群集を誘導し、舞台の確保を終える。
魔法の撃ち合いには狭いが、格闘技のリングとしては十分な広さ。そのくらいが確保された。
「そこの王女夫君のハル様はね、あたしら使徒の中でも最強って言われてるんだ。すごいでしょ? そこで今回、あたしが彼に挑戦する模擬戦、やります」
いきなり戦うなど、物騒な話に周囲が動揺する。あまり試合観戦には慣れていないのだろうか。魔法の発達した世界だ、そういうものかも知れない。格闘技のようなものは必要にならない、とか。
殺し合いと思われても困るので、そこはハルがフォローを入れる。使徒は体が砕けてもすぐに復活が出来ると。
「でもあたしじゃ、ハル様には敵わない。なので今回は、ハンデを貰う事にしました。あたしでも勝てる様にね」
「悪い顔だ。実力じゃ勝てないって言ってるのに」
「ふふん。結果的に、勝てばいいのよ!」
同じ元気娘でも、その辺りがユキとは違うようだ。ユキも勝利には拘るが、自分の実力が上回ったという実感を欲しがる。
勝てば良かろうの姿勢はハルに近いとも言えるが、ハルもハルで基本的には真っ向勝負を好む傾向がある。ここまで露骨に勝利をもぎ取りには行かないだろう。
ここまで来て、観衆もこれがハルの威厳を失墜させる罠だと気づいたようだ、徐々に混乱が広がって行く。
ハル自身に好意を抱く味方、というのはまだそう多くはないだろうが、同じ国の王女の配偶者、肩入れするならこちらになる。
それに、もしやこれはそれぞれの国に所属する使徒を使った国威の競い合い、代理戦争なのではないかという懸念もあった。
そんな彼らの混乱をよそに、セリスは更なる爆弾を続けざまに投入する。良い手だ。混乱で認識が追い付かないままに、今の懸念を曖昧にする。
《ハル様、魔法神オーキッドからこの地への転送申請が来ています。許可しますか?》
──許可取るんだね……、良いよ、許可して。
《御意に》
「そのためにこの人に手伝って貰う事にしました! 出てきなさい、オーキッド!」
宣言と共に派手な転送のエフェクト、光の柱が立ち上り、その中からオーキッドが姿を現す。
混乱は最高潮に達しているだろう。息を呑む音が多く聞こえる。皆、使徒の言う通り、彼が魔法神その人であると、根源的に理解出来るのだろう。
「落ち着け」
そのパニック一歩手前の動揺の嵐は、彼の一言でぴたりと止んだ。
「今日は貴様らに用があって降臨したのではない。そこの娘の言うように、試合の設定を手伝ってやるだけだ。今後は、こうして神を目にする機会も増えるだろう。慣れろ」
──精神干渉しやがったなこいつ……。
心理掌握の技術、というだけでは絶対に説明が付かない落ち着きぶりだった。むしろその技術ではハルの方が上なくらいだろう。
そんな、ただのぶっきらぼうな語りは、異常なほどすんなりと群衆の中に浸透してゆく。魔法の発動の形跡もまるで見られず、これは神のオーラを活用した力の一旦であると推察された。ハルが無意識にやってしまった物の発展系である。
「他の神が治める国のど真ん中に出てくるからだ。カナリーちゃんだってしないよ? そんな宣戦布告一歩手前のこと」
「だから許可は取っただろう?」
「いや、もういいや……」
「貴様も居たことだ。先んじて予防にはなっていただろう」
何の事かと思ったが、神気の事だろう。いきなり本物の神のオーラを叩きつけられるよりは、あらかじめハルのオーラが浸透して慣れていたと。
実際、ハルがウィストと会話し始めてからは、二者のそれが同質のものだと理解する者も徐々に出てきたようで、混乱の沈静に一役買っているのは間違いないようだった。
「アンタら知り合いだったの? ……別にいいか。じゃあ、ルール説明いってみよう!」
その空気を読まず、いやむしろ利用するようにセリスが強引に場を仕切る。本当にこういう所は天性のものを持っているようだ。
神の降臨により、試合についての疑問はもう有耶無耶になってしまっている。その間隙を上手く突いていくのであった。
◇
「まずハル様は魔法禁止になります!」
「良いよ、予想してたし。あと僕に敬称を付けるなら神にもつけなよ」
「そっか、しまった! じゃあハルで!」
「オレが禁止空間を設定する。そこから出ても負けだ」
ウィストが宣言すると、またハルに許可が求められ、魔法禁止の空間が制定される。何をするにも許可制で、いちいち面倒そうだ。ハルも面倒である。
視覚的に分かりやすく、足元が一段浮き上がった。ご丁寧に簡易リングも生成してくれるようだ。魔方陣の描かれたその台座が、雰囲気を盛り上げる。
「って、あたしも禁止されてるじゃない!」
「当然だ。貴様、この密集地で魔法が使えると思っていたのか?」
「え? うん」
「使えるものか、馬鹿め。仮に禁止せずとも、NPCへの攻撃制限によって不発に終わる。禁止はむしろ貴様の為だ」
「早くもグダグダだね」
「う、うるさいわね……!」
何をしに来たのだろうか。条件が対等では勝負にならないのは、セリスの言う通りだ。そのあたりを説明しないのもウィストらしいとは思うが、どうやら彼は特にセリスを勝たせる気は無いようだ。
「じゃあアンタはスキルも禁止、装備も魔道具は禁止ね! どうせ作ってるんでしょ、てかその服そうなんでしょ!」
「子供かキミは。まあいいよ。この服は……、“禁止されてないみたい”だね」
「何だ、普通の防具だったの? アンタらしくないわね」
スキルの一切、そして魔道具を禁止する条件を許可する。<魔力操作>を含めた、一切のスキルが使用禁止になった。
試しに、ハルは手の上で魔力を弄んでみるが、特に操作に問題は無い。ほんの少し、意識を集中してやる必要があるくらいか。別にスキルが無ければ魔力への干渉が不可能な訳ではないようだった。
いまいち、スキルというものが分からなくなる。
魔道具に関してもそうだ。当然ながら、ハルのスーツは魔道具だ。魔道具開発局で得た知識を使い、魔道具用の式を織り込んである。
だが、あの研究所を通して作ったアイテムでなければ、『魔道具』であるとは判定されないらしい。問題なく全ての機能が使用可能なようだった。
正直、負ける要素が無い。どうやって場を盛り上げれば良いだろう。とりあえず魔道具機能は、使わない事にする。
「武器は、流石に使ってもいいわ!」
「えっ、良いの? それじゃあ遠慮なく」
ハルは『神剣カナリア』を取り出す。
「やめろ」
「……やっぱり禁止で!」
「面倒だ。貴様らで詳細は詰めろ」
いちいちわーきゃーと口頭で設定するのに嫌気が差したようだ。ハルとセリスの目の前に設定ウィンドウが開く。使いたい能力を、個別に申請するらしい。
ハルは神剣をアイリへと預ける。観衆もあれに興味があるようだ、良いパフォーマンスになるだろう。
《ハル様、申請リストが送付されて来ました。個別に許可が出せるようです》
──そこまで僕に投げたのか。勝たせる気とか本当に無いんだな。
《そのようですね。申請は、<剣術>、<魔剣>など近接系のスキル、そして<飛行>、<念動>など、超能力系のスキルが主なようです》
──へぇ。超能力系をあらかた取得してるんだ。裕福そうだね。パーソナルに加えておこう。
《それと、気になる物がひとつ》
──どうした? いわゆるユニークスキルかな。
《はい、ハル様。<簒奪>という物がございます》
「へぇ……」
思わず、声に出してしまったハルだ。これは、少し面白くなって来たかも知れない。
簒奪、上位者の地位などを奪い去る事だ。その物騒な字面に警戒をすべきだが、それよりも期待が抑えきれない。
退屈な試合だと思っていたが、一体何を見せてくれるのか。
《ハル様、許可なさいますか? “スキルを奪うスキル”の可能性を考えれば、禁止すべきかと》
──いいや、許可する。むしろそれが見てみたい! 楽しくなってきたね!
《御意に。ハル様が楽しそうで何よりでございます》
──ただ、警戒は最大限必要だろう。黒曜、意識拡張の準備を。
《御意》
そうしてハルは、並列思考の統合準備をしながら、全ての申請に許可を通す。リストをハルに丸投げしたのは、ウィストからの警告かも知れないが、申し訳ない、ハルには興味の方が勝った。
ハルの方はプレイヤーとしての全ての能力を禁止して、試合に臨む。
「レベルも制限とは良い度胸ね! ただでさえレベルダウンしてるのに! ……武器くらい、使っても良かったのよ? あのヤバイやつじゃなければ」
「僕が持ってる武器って、ヤバイのしか無くってね」
「あ、知ってるわ! 何でも切れるやつね!」
そうしてリングの上で、二人向かい合う。敵もまずは徒手空拳で様子見のようだ。
無警戒、とは言わない。その構えからは熟練者のそれを感じる。試合を挑んできたのは、そうした背景もあるのだろう。ゲーム外の経験値なら、負けはしないと。
ここ最近は派手な魔法でゴリ押してばかりだ。たまにはこうして縛りプレイも悪くない。
予想外に楽しめそうな敵に高揚してくる心を抑えながら、ハルは開始の合図を待つ。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/6/30)




