第1539話 予定の時間にお集まりください
それから数日。ハルは調査を進めつつも、一方では仲間たちとのんびりと日々を過ごしていた。
そんな中で明らかになった事は、やはりコスモスの推測は正しかったようだ、ということだろう。
匣船家の人間の能力は物質生成に類するものであり、地下施設に存在する機器類の随所にその能力の使用された形跡があった。
だが一方で、その能力も万能とはいかないようで、何から何まで一から十までをその力で生成している訳でもない。
負担が大きいのか制約がかかるのか、主に精密性が必要とされる重要箇所に行使は留まっているようだった。
そんな彼らの力を引き続き調査していたその時、ハルの脳内に、唐突に大声で騒ぎ立てるエメの声が響き渡ったのだった。
《あーーっ!! ハル様! 来た、来たっすよ! ついに来ました!》
《……エメ、うるさい。あと報告は正確に》
《失礼しましたっす! でも来たんすよ、アレキからの秘密通信が! 例の地下に!》
《分かった。すぐ行く》
確かにそれは、叫びたくもなる一大事である。ハルは追及を後回しにし、エメの居る部屋へと<転移>で飛ぶ。
お屋敷の中<転移>は少々マナー違反ではあるが、今はそんなことも言っていられない。非常事態である。
「どうだ?」
「うぎゃあ! そんなすぐに来ちゃダメっすよハル様! 着替えてるんすから!」
「……そもそもそんなダラケた格好で仕事するな。コスモスがうつったか?」
ハルが<転移>したその先では、パジャマのような服を脱いで着替えを行っているエメと鉢合わせてしまった。
どうやら、ハルの移動時間にぱぱっと着替えるつもりであったようだ。少し悪いことをしたか。やはりマナーは守らねばならない。
……いや、冷静に考えれば、神の体に着替えは不要である。装備変更をするように、服の部分だけを切り替えればいいのだから。
人間に染まった時間が長いせいか。まあそのあたりも、エメの魅力であるのだろう。
「ううう……、じっくり見られちゃったっす……」
「ああ、すまない。だが安心してくれ、頭の中では別の事を考えていて、特にエメを注視していた訳じゃないから」
「それはそれで不服っす! 心外っす! なんで見ないんすかあ!」
「面倒くさい奴だな……」
ハルは目の前で生着替えを済ますはめになったエメをなだめ、そんなことより、と状況の説明を要求する。
なおもぶーぶーと抗議しようとしてきたエメだが、彼女としても事の重要さは理解しているので切り替えて表情をキリリと改め、その通信内容をモニタに表示してくれるのだった。
「つい先ほどっす。監視中の、例の装置に受信が入りました」
「ふむ? これがアレキからだと?」
「なにぶん次元をまたいだ通信なので、確証はないっす。ただ、発信者がアレキであるという可能性は非常に高くなっているっす。消去法っすけどね。アレキが怪しい上に、アレキ以外に該当者が居ないため、自動的っす」
「なるほど」
現在、エメとアメジストを含め、全ての神はその存在情報を『神界ネット』により相互に共有している。
その情報と、今回あの学園の地下施設に向けて届いたメッセージの発信者情報を照らし合わせれば、その人物がアレキと非常に高い確率で合致するのだった。
消される前の生のデータから得たれた精度の高い情報だ。まず、間違いないと見ていいだろう。
「……ふと思ったんだけど、ミントや、エリクシルがアレキに罪をなすりつけようとしている可能性は?」
「……まあ、無い、んじゃないっすか? ミントちゃんは既にアメジスト同様あの世界を抜けてこっちに戻っていますし、エリクシルちゃんは、わたしじゃちょーっと分からんすけど、動機がないんじゃないっすかねえ? あの子には」
「それもそうだ」
恐らくはエリクシルネットの力を使っているであろう『ブラックカード』を介した通信。その内部からであれば、発信元の偽装などもひょっとしたら可能なのではないか、とハルは考えたのだ。
だがアメジストに匿われる形であの世界に行っていたミントも、今はこちらへ戻って来ている。
……彼女にも、言いたいことは無いではないが、今回は一応アメジストとエリクシルというヤバめな連中に『夢の泡』の技術を利用された形だ。大目に見るのが吉、なのだろうか?
「……いや、ミントはミントで、相変わらず発想がヤバいことには変わりない。あとで話しておく必要はありそうだ」
「大変っすね。でも、今はこっちをお願いするっすよハル様」
「ああ。そうだね」
「送られたメッセージの内容は、どうやら『決行時間』の連絡だけみたいっす。一週間ほど後っすね。地球時間で。何を決行するのかは、書かれてないすよ」
「ふむ……? 例の奇行に関わることだろう。その時間、何か特別なイベントは? 例えば日蝕だったり、月の潮汐力が強くなったりと」
「特にないすね。重力に関わるイベントは、これといってなにも。んー、あるとするならー、お花見にちょうどいい日ってあたりっすかねえ。桜の花が見ごろっすよ? あっ、こっちの世界の話っすね。にししし!」
「馬鹿を言っているなよなエメ……」
まさか、異世界で一斉に集まってオフ会、ならぬ『オン会』でもする訳でなし。
しかも桜が見ごろなのは、例の謎の集団セーブが行われているヴァーミリオンの北部ではなく、ハルたちの居るこの梔子の国だ。
そこは別に、関係のない話であろう。集合場所を盛大に間違えている。
ただ、そんな馬鹿なことを言いたくなるほど、その時間そのものに特別性は見出せなかったハルたちだ。
「……とりあえず、決行時間が知れたのは大きい。何を決行するかは知らないが」
「そっすね。何を決行するかは知らんすけど。その時間に、ヴァーミリオンの『国境』を張ってりゃいいんじゃないっすか? いっそ潜伏しとくのもアリっすね。あっ! むしろその時間だけ、このゲームをメンテにしてアレキ涙目にしてやるのはどうすか!?」
「趣味が悪いねえ」
しかし、大事をとってログインそのものを封じてしまう、という対応はナシではないだろう。
もちろん彼らの計画は不発に終わり、ハルたちも恐らくその目的が何処にあったのか知れずじまいになりそうだが、安全を第一に考えるならば悪くない選択だ。
自動的に彼らにも、『ハルに見られている』というメッセージが伝わることになり、その後の動きも鈍化するだろう。
まあ、その場合は計画がより秘密裏になり、読みにくくなるというデメリットも抱えることになるのだが。
「なんにせよ後は、このメッセージを受け取った匣船家が、どういった行動をとるかの反応待ちだね」
「そっすね! 引き続き、張り込むっす!」
ハルが地下空間に満たした魔力は、その内部に侵入した者の情報を余すことなく伝えてくる。
あとはもう、ただ獲物が網にかかるのを待つばかりであるのだった。
*
「あっ! 来たっすハル様! 来たっすよ! あんがい早かったっすね。今日が次の連絡日だって、事前に知らされてたんすかね?」
「かもね」
「いつもの人っす。まいどご苦労様っす」
エメの部屋にてのんびりと寛ぎながら、メッセージの回収のため訪れる人物が居ないか待っていると、意外と時間を置かずにその訪問者は現れた。
その人物は匣船家の中で、表向きはあの学園の経営に関わる最大の権限を持っている。
経営顧問のような役割であり、定期的に学園へと足を運び様々な視察を行い各所に目を光らせている。と、いうことになっている。
実際のところは、単なる使い走りだ。多分だが、本家の意向を伝えるだけで本人には何の権限もない下っ端にすぎないのだろう。無情なものである。
そのビシリとスーツを着こなしたやり手の雰囲気の男性は、その身に纏う空気とは裏腹にいつも地下施設の掃除などを丁寧にこなして帰って行った。
まあそれはそれで、重要な仕事ではある。なにせ、この場に入ることの出来る人間は非常に限られていた。
「まずはメールチェックっすね」
「おっ。アレキからのメッセージに気付いたようだ。びっくりしてるびっくりしてる」
「は、ハル様、覗き根性丸出しは趣味が悪いっすよ……」
「おっと失礼。ただ、暗躍を続ける彼らをこうして手玉に取っていると思うと、少々愉快でね」
「まあ気持ちは分かるっす。あっ、この人も一応ブラックカード持ちなんすね」
「曲がりなりにも、学園上層部な訳だしね」
彼は慎重に送られてきたメッセージを確認すると、その内容を別の場所へと通達しているようだ。まず間違いなく匣船家の本家であろう。
自身のブラックカードを取り出した彼は、それを装置に差し込むとメッセージを入力。送信の完了を几帳面に確認すると、今度はすぐさま元のデータの消去に入った。
「もう消しちゃうんすね! 大丈夫っすかね? ちゃんと憶えました? メモ取った方がいいんじゃないすかね?」
「何の心配をしているんだ君は……、お母さんか……」
メモなど取ったら、それが原因で何かの拍子に流出しないとも限らない。取る訳がないのであった。
そんな、まさに見た目通りの『出来る男』といった仕事ぶりを見せた彼は、今度は見た目に似合わぬ地味な掃除作業に入る。台無しだ。
スーツを脱いで腕まくりするその様は、なんだか一気に親近感が湧いてくるようだった。これはこれで、別の意味で『出来る男』ではあるのだろう。
「さて、どうするっすか?」
「うん。ここでの動きはこの先特にないだろう。ただ監視は引き続き行ってくれ、エメに任せる」
「任されたっすよ! ハル様は?」
「僕は、ここからは匣船家がどんな反応を見せるか、そっちを監視することにするよ。少々骨だが、頑張ってみよう」
「また不法侵入するっすね!」
「不法侵入言うな。まあ、それ以外のなにものでもないけど……」
彼らはこのゲームを、異世界を使っていったい何をしようとしているのか。その一端だけでも、決行のその日の前に掴んでおきたいハルだった。




