第1537話 記録を壊して壁の外へ
ヴァーミリオンの郊外、その果ての果て。プレイヤーが到達できる実質的な最終ラインを、密かに目指す者がここのところ続出している。
クライス皇帝からもたらされたこの話を、ハルはセレステらと共にお屋敷の方で精査していた。
「どうだいセレステ?」
「うむっ。なかなかに多い。特に、例の隠し財産にはアクセスしていない新規プレイヤーばかりが、こぞってこの場を目指しているね」
「例の資金は、僕らの目を欺くためのフェイクだった?」
「別にそういった訳でもないだろうさ。あちらもあちらで、必要なことだと見るべきだ。しかし、万一に備えた保険として、そちらのチームは資金にはアクセスさせなかった可能性はあるね」
「ずいぶんと慎重なことで……」
伊達に長年、歴史の闇に紛れて活動していない。作戦行動を誤魔化すのはお手の物なのかも知れなかった。
まあ一方で、そうした暗躍が癖になっているせいで、実は何の意味もなく秘密にしていただけ、なんてオチもありそうなのが嫌な所だが。
「……彼らの狙いは分かるか、セレステ?」
「さてね? 彼らはログアウトした後、誰一人として一向に再ログインしてくる気配はない」
「まるで『ここでセーブすることこそが目的』といった感じだけど」
「そうだね? 何かしらの時でも待っているのか。待っているとしたら、いったい何なのだろうね?」
「日蝕の日にちょうどログインすると、ロード時にバグって何かが起きたりして」
「それは大変だ。ロード座標でもおかしくなってしまったら、魔力圏の外に出てしまうかもしれないね!」
「……まあ、出たところで特に何も起こらないんだけど」
「うむ。というか、仕様上圏外ではキャラクターが生成されないね」
プレイヤーの身体は魔力によって編まれており、前提として魔力の無い位置ではロード不可だ。
なのでもし『座標バグ』のような現象を起こして『外』に出ようとしても、身体は生成されないだけで終わる。
仮に、何らかの形で生成に成功したとしても、ハルの開発した特殊装備が無ければ体内から魔力が霧散して終わり。
……いやそもそも『外』に出たいだけなら、それら装備を購入すれば正規の手段で出ることが出来る。
「……位置も中途半端だ。そもそも本当の『最果て』はこの地方を包むバリアだし」
「そうだね。『邪神』の襲来に備え、そこにはプレイヤーの所有する魔力付きの土地がある。本気で目指すならそこにすべきだね」
「まあ、はじめたての初心者じゃどこのギルドも入れてくれないだろうけど」
「だからあの位置で妥協した、というなら確かに中途半端と言わざるを得ない。そしてそんな半端な連中など警戒するに値しないので、この可能性は無いものとしよう」
もし『座標バグ』のようなものを発生させたいならば、バリアのすぐそばを目指すべきだ。内地で妥協などあり得ない。
そうすれば何かの間違いで、まだプレイヤーには解禁されていないその向こう側へと踏み込めるかも知れない。
実際、検証班の者達はそれを目指している者もおり、その為に自ギルドの領土を作るほどの気合の入りようだ。
なので逆説的に、あの位置にこそ求める何かが存在すると見ていいはずだ。
「……本当に日蝕の日にログインで、何かあったりしないだろうね。いや、別に日蝕でなくてもいいんだが」
「何か気になる事があったのかいハル?」
「いや、さ、ソフィーちゃんの質問を聞いていて思ったんだけど、セーブ位置の『座標』を特定するのには、重力が使われてるんでしょ?」
「うむ。その通りだよハル。我々に普通のゲームのような絶対座標といったものは存在せず、重力を介した相対位置を記録することが求められている。まあとはいえデータの上では、動くことのない絶対座標として便宜的に記録してはいるけどね?」
通常のゲームでは、生成した大地は固定されその場から動くことはない。
よって方位に高さを加えた三つの数字で記録してやれば、次も全く同じ位置から再開できる。
だが、舞台に現実の惑星を使い開催されているこのゲームではそうはいかない。
不動に見える大地も宇宙の中を元気よく飛び回っており、一時たりとも同じ位置を維持することなどない。
絶対的な空間座標など存在せず、存在したとしても、そこから再開などしたら既に惑星が飛び去った後の暗黒空間に取り残されてゲームオーバーだ。
なので、このゲームでは惑星自体を、重力を基準とした相対位置でセーブを行っている。
そうすることで、プレイヤーはあたかも普通のゲームと同様に絶対座標で記録しているように見せかけているのだ。
「まあ、得意げに語ってはいるけれどね、完全に同一の座標なのかと問われれば少々答えに苦しい」
「そうなの?」
「うむ。やはり自然の物だ。どうしても多少のブレは出る。まあ勿論? 我らの技術で可能な限りそれを打ち消しているとは、ここに宣言しておこうじゃあないか」
「そこは僕も、違和感を覚えたことはないよ」
流石は神々の計算能力だ。ズレを気にした事などないことは、ハルも保証しておく。
「そんなロード時の微妙なズレを証明することで、この世界の真実を暴き出そうとしている可能性……」
「だったらログインしたまえよ」
「ごもっともで」
「そんな与太話ではなく、ハルが気になっているのはこうだろう? 重力を基準としているならば、その重力それ自体に狂いが生じてしまったら、その時はどうなるのか」
「まあ、そういうことだね」
その時、ロード位置にはどう影響が出るのか? 大きく影響が出るとしたら、それを利用して、何か可能となる行動はないだろうか?
ソフィーの純粋な疑問から、そう連想したハルなのだった。
◇
「結論から言えば、その手法でバグを起こすことは出来ないだろうと私が保証するよ」
「ふむ……? 考えすぎだったか」
「というより、当然私たちもそれは警戒している。なにせ元々、重力がまるで信用ならない星だからね」
「そうなんだよねえ……」
「いつまた重力異常が起こらないとも限らない。逆に、収まった際も大変だ」
「そもそも、神様たちがその気になれば神力で、重力魔法で神為的に介入できるもんね」
「うむっ。まさに、ハルが今危惧しているようなシステム干渉も可能となるだろう」
スパイたちが一斉にログインするその瞬間に、アレキが外から星全体に影響を及ぼす程の神力行使を行う。
それによりロード位置をズラすことが可能なのではないか、とハルは警戒したのだが、どうやらそれは対策済みのようだった。
「基準となる星の重力にズレがあっても、そのズレも含めて相対的に座標を決定するよう、そうシステムが組まれている」
「万全だね」
「まあ実のところ、案外重力はコロコロ自由に動いてしまうものなのだよ。それこそモノの戦艦が飛ぶだけでも、微妙ではあるが影響は出る」
「衛星がひとつ増えたようなもの、ってことか……」
ということは、ハルの心配は全て杞憂であった、ということのようだ。安心半分、残念半分。不謹慎ではあるが。
様々なゲームを壊してきた歴戦のバグ専門家として、この勘は今回もなかなか冴えている、などと内心考えてしまっていたハルである。本当に不謹慎である。
「……ただ確かに、ハルの言うことも遠からず当たっているのではないか、とそう私も思えてきたよ」
「おや?」
「そうでないと、彼らの奇行に説明がつかないからね」
「とはいえ、僕が言うのもなんだが、完全に理由のない奇行に走ることだってあるのがプレイヤーだけどね。考えすぎは、ドツボにはまるだけって事もある」
「そうは言っても歴史を裏から操ってきた家のすることだ。完全に無意味なことはしないだろう」
そうしてしばらく、ハルもセレステも言葉を発さずに二人で黙り込み考えを巡らす。
このゲームのシステムは盤石。脆弱性を突いた悪用方法は今のところ否定されている。
しかし、敵の行動はそうしたバグの悪用を行うプレイヤーのそれであり、『何か見落としている』とハルに不安を抱かせるに十分だった。
……いやそもそも、彼らはハルたちの敵なのだろうか? まずそこからかも知れない。
「面接でもしてみるかい? 該当プレイヤーがリアルでは誰で、何処に住んでいるのか。当然それは丸わかりだからね」
「逆にそうすると、相手に感付かれる危険もあるから。それに、当人も何も知らないんじゃないかな。きっと」
「まあ、命令されただけなのだろうね」
それからセレステは該当する全てのプレイヤーの行動ログを漁ってくれたようだったが、特に目的を特定するような行動や発言は出てこなかったということらしい。
これは、彼らが任務に忠実であり、独り言であっても決してうっかり行動目的を漏らすような下手をうたないという以外にも、やはりそもそも目的自体を知らないらしかった。
知らないものは教えようがない。最強のセキュリティだ。
そもそもそれ以前に、命じている匣船家の上層部も、果たして目的を理解しているのか。
アレキ以外、誰も自分が何をしているのか知らないという可能性さえあった。
やはり、今は変に慌てることなく、あの地下施設に宛てて送られるアレキの次のメッセージを待つべきなのだろうか。
「……まあ、動きがないならないで、それでいいか」
「そうだね。君は、また皆と久々の休暇でも楽しんで来ればいいよハル」
「その休暇を僕に提案して、結果こうして調査に誘導したのはどこの誰なんだろうね……?」
「はははっ。まあ、そこは許してくれよハル。私だって、こんなものが埋まっているとは思わなかったのさ」
「どうだかねえ……」
まあ、実際セレステたちの監視網も万能ではない。事実として、彼女らの網をかいくぐり世間をお騒がせしてきた迷惑娘たちがこのお屋敷には三人も居る。
そんな彼女らにも、今回の件に関して意見を聞いてみてもいいだろう。
外からの視点で見るこの世界は、何かまた違った見え方をするかも知れないのだから。




