第1533話 黒き箱に秘められた野望は
ブラックカード。読んで字のごとく『黒いカード』であるそれは、現代においてはいくつかの意味を併せ持つ言葉となっている。
まずは前時代と同様に、お金持ち専用のステイタスを証明するためのもの。この部分は、特に意味の変遷は起こっていない。
まあ、前時代から既に定義があやふやであり、とっくに形骸化して久しいといえばその通りでもあるのだが。
次に、現代においてはこちらの方が所有者にとっては重要視されているだろう、カードを物理的に黒くしているその塗料。
アンチエーテルの塗料により全面が塗り固められたそのカードは、大気中のエーテルから受ける可能性がある不正アクセスを物理的に遮断する。
専用の機器を使い内部に封入された量子暗号の鍵にアクセスしなければ決して読み取れないこのセキュリティは、お金持ちの資産を守る手段として実に重宝されていた。
「そして最後に、お金持ちがこぞって欲しがる隠れた理由が、これだ」
「ほえー。こーんな風に作ってたんだねぇ」
ハルたちの侵入した部屋の中には、ブラックカードを製造するための専用の作業台と、カードの材料となる特殊な板片が備蓄されていた。
そうそう大量に発行されるものではないので、大量生産のための自動機材などはない。『職人が一枚一枚手作り』、というやつだ。
その中でもひときわ存在感を放っているプリズム状に七色に輝く小さな板を、ハルは一枚摘み上げて光にかざす。
「わぁ。レアカードだ!」
「実際、めっちゃレア」
「これぞホログラフィックレア?」
「それとも、レアリティブラックかな」
「あれ? でも光ってない材料もあるね?」
「そっちは、『ただのブラックカード』に入れるためのダミーだね」
「ハズレアだ! ふむふむ。ただのブラックレアと、レインボーブラックレアが存在すると」
そう、このプリズム状の板こそが、現代のブラックカードに隠された真の価値。
決してエーテルネットからは覗き見できないカードの中に、この原理不明の秘密の通信板が埋め込まれている。
これを<透視>系の超能力で透かして見るか、もしくは専用の機器で読み取ることで、これまた外部から決して見ることの出来ない秘密通信が可能になっているのだ。
……ちなみに実用性はどうなのかといえば、正直お遊び程度でしかないとハルは感じている。
だが、それでも現代貴族には好評のお遊びのようで、いつの時代も有力者というのは秘密が大好きなのだとしみじみ実感するのであった。
「ただ正直、これの構造には興味があったんだ。奥様から実物を貰ったけど、中身を調べても解明が出来なかったからね。詳細な仕様の分かるデータがあればいいんだが」
「このでっかいパソコン? が怪しいね! 調べてみよう!」
「そうしようか」
ハルとヨイヤミは、といってもヨイヤミは見ているだけだが、研究用の大きなモニター付き装置の電源を入れ中身を見ていく。くれぐれも、痕跡を残さぬよう注意しつつ。
その中にはハルの求めたブラックカードの研究データをはじめ、今も定期的に利用されているらしい専用のソフトウェアがいくつも入っている。
それらを立ち上げ中身を確認すると、なかなか興味深い事実が浮き彫りになってきた。目の前のモニターにて、それをヨイヤミと確認していく。
「地図だ!」
「……これは、現時点のブラックカード保持者の住所、いや、この瞬間のブラックカードの所在地だね。この施設で統括的に、彼らは位置を把握している」
「まさか! 秘密の通信の内容も盗聴!?」
「いや、さすがにそれはないみたいだ。商売人としてそこの誠実さは守ったのか、それとも仕組み的に逆探知の危険があるからなのか」
「でも、位置情報だけでも相当に有利になる情報が得られるんじゃない!?」
「その通り。例えば保有者同士が密会しただとか、アンチエーテルの秘密の地下室の位置だとか、そうした情報も収集可能なことだろうさ」
「秘密結社らしくなってきたー! ねえねえ! どんな秘密を調べまくってるのこいつら!」
「興奮するなー」
「どうどう、どうどう」
左右に『どうどう』のポーズで体を振りつつ、愉快に自分で自分を落ち着かせているヨイヤミだった。可愛らしいことである。
ただ、このソフト内の検索履歴から見えてくるものは、そうした裏社会を牛耳るための陰謀めいたものとは程遠いもの。
個別検索をかけたものはどれも、なんら特別感のない場所にあるカードの位置情報を拾っていたのである。
「整備されてない道の端、一般的な店舗の一角、特に裕福ではない個人の住宅」
「か、関連性が見えねぇ……」
「まあ、関連性は無くて当然さ。これ全部、落とし物の捜索だから」
「あぁ!」
どうやら、ただのアフターサービス用としての機能であるらしい。
流石は超富裕層向けのカード、万一の紛失時におけるケアもばっちりである。
「……相変わらず、どういう技術で位置を拾っているのか謎だけどね。あと、本質的にはアフターケアというよりも、このブラックカードの技術が一般に流出しないように、それを目的としたものだろう」
「あっ、確かにー。秘密が秘密でなくなっちゃうもんね!」
そのことは、特にこの一般人に拾われて自宅に持ち去られたと思われる際の迅速ぶりから見えてくる。
別に、中を見られても技術が流出することはない。ハルですら分からなかったのだから。だが、それでもカードの中身が世に出回らないに越したことはないだろう。
「……でも、紛失物とはまた別に、彼らが注目しているらしいデータがあるのも、また事実みたいだね」
「まじで!? スパイごっこしてるんだぁ~~。誰かな誰かな? そこまでして情報を知りたいのは、政治家かなにかかなぁ? ……って、んん? そういえばここの人らが、今スパイしている人物っていえばぁ」
「そう。僕だね」
「だよね!!」
最近になって、新たに発行された非常に目新しいロット番号のカード。そのカードだけ、やけに検索履歴が多く残っていた。
そのカードの現在地は、ハルも良く知る馴染みの位置。まあ要するに自宅、ユキの買った日本での拠点である。
「奥様が余計な事するから……、というかわざとだろ……」
「まあ、月乃お母さんがやることだもんねー」
「……いったい、あの人は何を考えているんだか」
使用人に見せつけるように、ハルへとカードを手渡した月乃。その行動は、こうして彼らにハルを探らせるためだったと言われても納得してしまうものだ。
その結果、匣船家のスパイじみた行動が加速した、そう言ってしまっても決して過言ではない。
果たして、月乃はいったい何を考えているのだろうか? ハルは履歴に映る自分のカードの『所在地不明』の異質な表示を見つめながら、それを考えずにはいられないのだった。
*
「まあ、僕も迂闊ではあった」
「そうね? ブラックカードを“こちら”に持ち込んだ際の情報が、相手に筒抜けだったのだもの」
「うん。未知の通信手段があると知っていながらだ。言い訳のしようもない」
「ただ、まあねぇ。これは私も悪いとは言えるわ。私が普段から私の『ハズレア』のカードを、普通にこちらに持ち込んでいたんだもの。感覚が麻痺しても当然よ」
「落ち込むなルナちー。ルナちーも大きくなったら、ルナちーママと同じように本当の最高レアを持てるさ」
「いえ別にそこを僻んでいる訳ではないのだけれど……」
先の地下施設にて収集されていた情報に、ハルがカードを持って<転移>した際のデータもしっかりと記録されていた。
それは異世界の座標を指し示すことはなかったものの、システムの制作者である匣船家の者に違和感を抱かせるには十分だったことであろう。
カードが唐突に家から消え、そしてまた現れる。この記録を見た者は、その不審さによりハルの行動監視を更に深めただろうことは想像に難くなかった。
「ただそれを差し引いても、どう考えても奥様の罠だろうこれ……」
「そうね? ハルがカードを所有したことが印象付けられていなければ、データ取得時の不具合として軽く流されていた、いえ、気にもとめられていなかった可能性もあるわ?」
「まるで考えが、読めないのです!」
「聞いてみる?」
「無駄よユキ。答えるお母さまじゃないわ……」
ハルもそう思う。いつものように、はぐらかされて終わりだ。
月乃が本気で隠し事をしようと思えば、その内心はハルですら読むことが出来ない。体内に埋め込んだ装置により、無意識に出る微細なサインすら彼女は封じ込める事が出来るのだった。
「まあ、それよりも今は、匣船家への対処が先だ。このデータを彼らがどう解釈したかはそれこそ聞いてみないと分からないが、ここは異世界に<転移>したことを掴んだと“断定する”」
「その結果ゲーム内に、わたくしたちの世界に次々と人員を送り込み、スパイじみた調査をしているという訳ですね!」
「そういうことだねアイリ」
真偽はさておき、辻褄は合う。彼らは異世界の存在と、またそれとハルとの関係を疑っており、それを確信に至らしめる為に今回の行動を見せているのだ。最初からそう思い行動すべきだろう。
「という訳でこれからは、あの地下施設も常に魔力の網を張って監視下に置こう。やりすぎではあるが仕方ない」
「やったねルナちー。名家同士の禁断の密会事情が見れるかもよ?」
「それはどうでもいいわよ……」
「わたくし! 興味あるのです!」
「ありゃ。ロマンスマニアのアイリちゃんが釣れちったか」
「そもそも学園への出入りは記録されるんだから、彼らがそんな露骨に入園時期を合わせることはないよ……」
まあ、ロマンスには興味がないが、地下での密会により決められる彼らの活動方針には興味しかないハルだ。
彼らの最後の砦であるあの地なら、普段は決して口に上らぬ秘密もぽろりと出てくることだろう。
「ついでに、こいつらの中身も徹底的に調査し解析する」
「まーた派手にコピーしてきたねぇ」
「……また何かのデータを察知されるかも知れないわよ?」
「もう吹っ切れた。派手にやろう。そして全部暴いてやろう」
「ヤケ、なのです!」
ずらずらと並んだ装置の群れの前で胸を張るハルだ。もちろん全て<物質化>による地下施設からのコピー品である。
まあハルも別に、考えなしの自棄になった訳ではない。今はそのリスクよりも、いち早く敵の情報を丸裸にすることが優先であると判断した。
それに、怪我の功名として彼らの通信は異世界までは届かないと知れたという部分も大きい。
「さて、そろそろ彼らとの世代を超えた因縁にも決着をつけたいところだが、果たして何が出てくるのかね」




