第153話 紫のお姫さん
「ちょっっと! アンタ、いつまで待たせるのよ! だいたい何で待たせたの!?」
「あー、ごめんね? たぶん何か手違いがあったんだと思うよ?」
転移されるやいなや、彼女は周りの驚愕も気にせず、つかつかとハルの所まで早足で詰めて来た。大物だ、普通こうはいかない、あの状況で。
勢いに押されて思わず素直に謝ってしまいそうになる。だが待たせたのがハルだと自白する訳にもいかない。適当にお茶を濁すしかないだろう。
「……ふん、まあいいわ!」
いいのか。やはり大物だ。
「ひとまず、今回はおめでとう。お祝いに来てあげたわ! 先を越されたのは悔しいけどね!」
「ありがとう。沢山の贈り物も感謝するよ。君も王子様の婚約者なんだって?」
「ええ。あたしが結婚した時はちゃんとお返しするのよ?」
「させてもらうよ。期待してて?」
その王子は、今入場してきたようだ。彼女、セリスの巻き起こした混乱を収めるべくアピールしている。……苦労人だ。
彼は少し気弱そうな。よく言えば温和そうな男だった。まだ若いのもあるが、クライスと比較すると線が細い。だがその優しげな雰囲気には、人を惹きつける物を持っていた。
「彼、置いて来ちゃって良かったの?」
「う゛っ……、い、良いのよ、あの人も此処に来るんでしょ」
「分かった。キミ、ただの馬鹿なんだね」
「バカとはなによう!」
実はあまり悪い意味では言っていない。裏表がなく、腹に黒いものを抱えていないという意味だ。しかし馬鹿である。……やはり悪い意味だった。
セリスはふんわりした茶色の髪を肩口で整えた美少女だ。プレイヤーなのだから、美男美女は当たり前ではあるが、何となく彼女はハルと同じ、あちらの姿そのままであると感じられた。つまり天然の美少女だ。だから天然なのか。
整い方に不自然さが無い。普通、完璧な美少女顔を作ろうと調整に調整を重ねても、どこかでバランスに齟齬が出る。目なら目、鼻なら鼻の部分だけに注視して形を整えるためだ。
他にも、光の当たり加減を一定のものでやりすぎて、別方向、明所、暗所で見え方が微妙になってりもする。
そういった調整跡の無い美少女顔を、曇らせたかと思うとまた自信満々に輝かせてハルに向き直る。忙しい人だった。
大きくウェーブのかかった三重の豪華なスカートを翻すポーズが様になっている。ユキと同じ赤だが、あの元気なユキが落ち着いて見えるほどテンションが高い。
胸はそう大きくはないが、大胆に切り口を入れたそれを主張するように、堂々と胸を張っていた。
「やっぱりあたしは注目の的ね!」
「そりゃ、あんだけ騒げばね」
「アンタもなかなかやるじゃない! 見直したわ!」
「初対面で何を見直した!?」
一体ハルにどんな先入観を持っていたのだろうか? とはいえハルも、彼女の印象を訂正したのは事実だ。もっとねちっこく、腹黒で、陰険な奴かと思っていた。
「それより、アイリに挨拶はしときなよ?」
「あっ、そっか、アンタの嫁ね! そっちが主役なんだっけ!」
「ふふっ、どうも、ハルの嫁です。夫が主役ですから気になさらずに」
「旦那を立てる良い妻ってやつか! あたしには無理だ」
「うん無理そう」
その彼女の将来の旦那は、アドリブを利かせて道中で多少の歓談で場を楽しませているようだ。完全に彼にフォローしてもらっている。
「キミらの結婚はいつになりそうなの?」
「あー、それねー……」
「どうした元気娘、歯切れが悪いね。婚約、破談?」
「しないわよ! ……でも問題があってー。アンタ達は、結婚、できたのよね? もう夫婦」
「はい。もう夫婦ですよ? どうかなさいました?」
そこで言い出そうか言い出すまいか、もじもじと少し迷っていたが、意を決して口を開いた。
口元に手を当てて、ひそひそと声を落として語りだす。緩急の激しい女の子だ。
「その、この世界ってさ、結婚って、いわばその、“する”事らしいじゃん?」
「……なるほど」
「アンタ達はもうヤッた……、その問題は、解決したのかな?」
なるほど、これは結構深刻な問題だろう。他人の結婚事情はあまり考えていなかったハルだが、プレイヤーがこの世界の住人と深い関係になろうとすれば、その問題に行き当たる。
要は、服が脱げない。裸になれないのだ。
ハルは、ハルたちは裏道使いまくりで副産物的に解決した問題だが、通常のシステム内で生活するプレイヤーには解決不可能に見えるだろう。
「その問題は……」
「うんうん。……ごくり」
「……この場で話すような事じゃないよね?」
「で、ですよねー。ごめん」
少し可哀そうだが、はぐらかす。彼女は口が軽そうだ。掲示板には何故か出てこないようだが、他にも交友関係が無いとは限らない。
特に今回の催し、企んだのは誰なのか。お馬鹿さんの彼女ではなさそうだ。その背後関係を洗わないと、こちらの秘密に関わる部分はおいそれと話せないだろう。
「あ、未来の旦那様きた。じゃ、あたしはこれで」
「自由すぎる……、一緒に挨拶しないの?」
「難しいお話すんでしょ? やーだよ。でも、アンタ達のおかげで希望が出てきた。あんがと」
「左様で」
そう言うやいなや、ひらひらと手を振って自分の席へと戻って行く。周囲の視線など気にも留めないようだ。まさに傍若無人、傍に人が居ないが如くだ。
すれ違う自分の婚約者と短く言葉を交わし、彼も呆れ混じりの笑みでそれを受け入れる。何時もの事であるようだ。
その王子が今度はハル達の席へとやってくる。
「婚約者が大変失礼をいたしました。お初にお目にかかります。藤の国が第二王子、ラズルと申します」
第二王子、予想以上の重要人物だった。普通に考えれば王位継承権も第二位。次の国王に近い位置に居ると言える。
それがあんなの、失礼だがあんなのを連れていて外聞は大丈夫なのだろうか。他人事ながら少し心配になってしまうハルである。
いや、ハル自身も人の事はあまり言えないのだが。
アイリと形式的な挨拶を交わす彼を眺めながら、そんな事を考えるハルであった。
短めだが、ウェーブのかかった金の髪。少し垂れ目で少し撫で肩、それが柔和な印象を加速させているのだろう。そんな彼が、今度はハルへと挨拶してきた
「あなたがハル様ですね。お噂はかねがね。一度、お会いしたく思っていました」
「どうも、ハルです。……礼儀に則らずに失礼するよ。皇帝にもこうなんだ、彼の格を下げる訳にはいかない」
「お気になさらず。神の使徒の方々には、王族の威光など通用しますまい」
「……もう十分承知してるって顔だ。苦労してるね」
「確かに苦労もありますが、彼女は私などよりも余程カリスマ性がある。それに助けられている部分も大きいです」
「はは。確かに、王者の素質と言えなくもない」
会話しながら、注意深く彼を観察する。今度は、セリスのような裏表の無い人物ではない。悪人とは言わないが、立場上、全てを素直に話したりはしないだろう。ならばその心の内は、彼の機微から推し量るしかあるまい。
まず彼は、少し気になる事を言った。お噂はかねがね。その噂は、誰からもたらされた物だろうか。
「僕の噂って、君の婚約者から?」
「ええ、はい、彼女からです。よく話していまして、嫉妬してしまうくらいですよ」
嘘だ。彼も根が正直なのだろう、非常に分かりやすい。これでセリス以外にも彼と接触しているプレイヤーが居ることを、ハルは確信する。
今回の計画、その者の策の可能性が高いだろう。なんというか、これまた失礼な話になるが、あのセリスには、ルナを警戒させるほどの計算高さは感じられない。
こちらにライバル心を抱いていたのは確かだが、直接ぶつけてくるタイプだろう。陰湿なのは性に合わなそうだ。
「聞くところによれば、あなた様は天界において魔道具の開発にも携わっているとか。是非に、我々にもご教授願いたいものです」
「君の目的はそれか。高くつくかもよ?」
「ええ、それは当然でしょう。貴重な情報だ。私に出せる物なら、何であれ」
どうやら、彼がここに来た目的はそれであるようだった。その為に、この計画に乗った。
婚約者の我が侭に振り回されるままに、大枚をはたいて贈り物を用意させられた苦労人、というだけでは無さそうだ。
その婚約者のセリスの方も、どうやら目的はハルとの勝負よりも接触のようだ。去り際にちゃっかりフレンド登録をして行った。
ラズル王子と結婚する方法、見もふたもなく言えば、裸になる方法を聞きたいのだろう。
ならば、この宴を企画したのは一体誰か。その人は何の為に、彼女をここに送り込んだのか。
「ひとまず、この場で何かを確約は出来ないな。後でまた連絡するよ」
「色よいお返事を期待していますね」
彼も、あまり長々とハルとだけ喋ってはいられない。これから、彼に挨拶したいであろうこの国の貴族が待っている。
二言三言、そうして言葉を交わすと、彼も婚約者の待つ自らの席へと戻って行くのだった。
「やり手の王子さまって感じだったねー」
「やり手というにはまだ甘いわ? 本題が直接的すぎるし」
「僕に内心を読まれてたしね。クライスこそがやり手」
「……あなたのそれは、読まれても仕方ないでしょう。その基準は厳しすぎるわ?」
「ハルさんと今後のお約束が出来たので、やり手なのです!」
「だよね。アイリちゃん」
今この世界において、ハルに気に入られるか否かが及ぼす影響は確かに大きいのだが、それだけで、やり手か否かは決められないだろう。
政治的に脇が甘い印象は、ルナの言う通り少し未熟に感じられる。
「しかし、セリスのあの称号……」
「ええ、あれは……」
「<紫のお姫さん>。さん、まで称号の一部なのね。少し、かわいそうね?」
「あ、掲示板に出てこない理由って、それだったり?」
「そこまで気にする彼女じゃないと思うけどね」
とはいえ、また<異名>システムの新たな被害者、それを目の当たりにして、少し微妙な気分になってしまうハルたちだった。
◇
宴もたけなわ、主役が揃い、会場内も盛り上がりを見せてきた。とはいえ、踊り狂ったりはしないようだ。この世界のパーティーは。
以前、アイリがダンスを教えてくれるといった会話もあり、ダンスの概念自体はあるようだが。
「食べて飲んで、お話してーって感じなのかな?」
「ええ、今回は遠方の都市からも人が集まってきていますので、情報交換の場でもあります」
「出会いの場でもあるね」
「そのようね?」
「アイリちゃんはパーティー慣れてるん?」
「いえ、わたくし、高嶺の花でしたので」
結婚させない事こそが、国の策略だった。誰かと出会わせるような場には出さなかったのだろう。
会場を見回してみると、美しいお嬢様にアタックする青年の姿が今も確認できるのだった。この場で成立するカップルも出るはずだ。
「今では感謝しています。こうして、あなたの物になれたのですから」
「そうだね。僕にとってもありがたかったよ」
「疲れそうだしねー」
「ええ、ロクなものではないわ?」
庶民には憧れの、華やかな舞台だが、楽しいことばかりではないようだ。
「パーティー大好きな人も、中には居ますね。おでぶさんを見たら、大体常連だと見て間違い無いのです!」
「美味しいもの多いからね。お屋敷のもの程じゃあないけど」
「恐縮です、旦那様。……何かお運びしましょうか」
「じゃあ牛食べようハル君。牛を」
「そうだね。持ってきてもらえる?」
「御意に」
「《……真似されてしまいました》」
「良い事だよ。黒曜も仲間だと思ってくれてる」
今でも、王女は近寄りがたい事には変わりない。まあ今は、主にハルの神気のせいであるが。
無意識に皆こちらに視線を送ってしまうようで、注目は集めているようだが、なかなか直接踏み込んでは来れないようだ。
「恐れず来るのはお仕事の話と、娘さんの売込みが多いね! アイリちゃんからハル君に標的を変えたか」
「そうですね。わたくしが標的たりえなかったので、チャンスではあるのでしょう」
「ハル、嫁にしたいお嬢さんは居て?」
「僕を何だと思っているのか」
「いや自分を省みようよハル君。もう一人くらい増やしてもバレないか、って思われてるよ?」
「……おっしゃるとおりで」
三人の美しい姫君に、護衛もメイドさん。案内の騎士も全員女性。主にアイリに対する配慮なのだが、ハルの趣味だと思われていそうだ。
とはいえその攻勢を受けているのはハルだけではない。
特に人気なのがクライスだった。皇帝とかいう謎の肩書きだが、<王>には違いない。玉の輿狙いのエネルギーの前には、些細な問題など目に入らない。
ラズル王子も、婚約者のセリスが席を離れたと見るや、一斉にお美しいお嬢様とその親御さんに群がられていた。貪欲である。
そのセリスは、自ら足を運んで豪華なお料理を堪能されているようである。自由である。
しかし、常識を気にしないその行動力にはさしもの貴族達も圧倒されるようで、その物怖じしない会話力によって自然に会話の中心となっている。
「彼女、変な策略なんて使わない方が輝きそうだね」
「そうね? 逸材ではあるわ。……でもそれだけでは渡っていけないものよ?」
「めんどくさい世界だねぇ」
「そうなのですよユキさん。面倒なのです!」
その彼女が、何皿目かの料理を抱えたままこちらへとやってきた。お行儀がわるい。
「ハル、食べないの? おいしいよこの国の料理。あ、食べてるね! 牛だ、あたしとおんなじ!」
「知ってるって、僕はこの国に居るんだから。あ、やめろ、食べながら喋ろうとするんじゃあない!」
「……んっ」
「どうしたの? あまり婚約者を置いて出歩くものじゃないと思うけど」
「アンタも貴族みたいな事をいうわね」
「キミももう貴族みたいなもんだが……」
「まーいいや。ハル、せっかくの宴よ、余興と行きましょう!」
主役自ら余興を買って出るのか、そのツッコミをハルは飲み込む。これもきっと彼女達の策略のひとつ。
ここで何かを企んでいるのだろう。それに、乗ってみるとしよう。




