第1526話 駆け上がれ忍者のごとく
「甘いなハル君! 律儀に階段など登ってないで、こうじゃ!」
「僕はそれが出来るユキほどの身長はないんだよ!」
「ぽてと、忍者だから、もっと凄いことできるんだぁー」
「げげっ。上には上がいた……」
ハルとユキ、そしてぽてとは、地上から現在工事中の最頂部までを競争するように駆け上がる。
ユキは相変わらずの長身を生かし、強引にまだ穴の開いた天井へと腕を引っかけてショートカットを決めてゆく。
その後ろからは逆に小柄なぽてとが、単純なジャンプ力のみで階をまるごと飛び越えて行った。そのあたり、実にぽてと向きの現場といえるだろう。
「ぽてと、このまま一人で大儲けしちゃおうかなぁ~~?」
「むっ。煽られたぜハル君。ここは、やるかまた。アレを」
「やろうか、ユキ。いや待てよ、こんな所で、やってもいいのか……?」
「だいじょぶだいじょぶ。リコちんが頑丈に設計してるっしょ」
まあ、危険があればシステム的に強制停止が入るだろう。そう自分に言い訳し、ハルはユキと共に軽く準備運動のポーズで今のボディの感覚をチェックする。
「よっしゃ行こうぜハル君!」
「ああっ」
ハルとユキは身軽に階をまたいでジャンプ移動するぽてとを追って、自分たちもまた思いきりに跳躍を決めた。
しかし、初心者プレイヤーとして偽装されたこの体では、ぽてとのように次の階まで跳ぶことは出来ない。ならばどうするか。
「この柱、実に都合が良い!」
この建物の骨組みを成す柱の数々は、よく見る木や鉄骨の柱や梁のように継ぎ目のない一本の棒状にはなっていない。
プレイヤーが収納し持ち運べるように、ほとんどの物が最低でも二分割され接続されている。しかも垂直ではなく、斜め構造の柱も多くみられる。
その接合部は『ぐるぐるーガン』によりしっかりと溶接されてはいるが、どうしてもコブのような出っ張りが出てしまうことは避けられない。それがまずかった。
ただでさえ柱を『足場』としてしか認識していない気のある『ニンスパ』プレイヤーにとって、そんな引っかかりなど作ってしまったらどうなるか。答えはご覧の通りである。
「わぁ~~。すごいすごーいっ。これが本当の、忍者なんだね」
柱を蹴り、壁を蹴り、時に天井をも蹴り飛ばして、ハルとユキはゴムボールでも跳ね回っているかのように反射を繰り返し次々と進む。
天井に張り付き敵の死角をつくための立体的な移動技術は、今や効率よく塔を駆け上がるためのショートカット技術へと落ちていた。ニンジャもがっかりだ。
「……いや、殺しの技術が平和利用に生きているんだから、きっとニンジャもにっこりに違いない」
「だが現場の責任者はどうかな?」
「き、きっと、大喜び、だよ……? おしごと早く、終わるもんね……?」
「残念だがぽてちゃん。顔真っ赤か真っ青のどっちかだろうねぇ」
下で受付をしてくれた、真面目そうな担当者の苦労が偲ばれる。忍だけに。
だがプレイヤーの奇行には慣れておかねば、この先彼らと接する仕事は務まらないのだ。
そう勝手に言い訳しつつ、ハルたちはカンカンと断続的に鋼鉄を打ち鳴らす音を響かせて塔を駆け登る。近隣にはご迷惑をおかけする。
だがこれが工事の際の作業音ではなく、ただの移動音だと判別できる人間は恐らくこの世界には居ないだろう。
「はっ!? なにこの階! なんでここだけもう床が埋まっとるん!?」
「恐らく一階まるごとホール的な大空間にするとかで、他の階層とは設計が違うんだろう」
「天井突き抜けられないじゃん! ……いっそ本当に突き破るか!」
「……やめなさいユキ。器物損壊だよ」
「“びひん”を壊したら、たっくさんゴールド請求されちゃうんだぁ。でもぽてとはね? まだ一回も壊してないんだよ!」
「えらいぞ、ぽてとちゃん」
「えへへへへぇ」
「……待てよ? ……となると、わざとぶっ壊して同じとこ工事すれば、無限にゲーム内通貨と現地通貨のトレードになる?」
「ゲーマー的危険思想やめいユキ。出禁になるだけだっての……」
抜け穴なく埋められた天井を平行に駆け抜けて、開いた壁を抜け次の階へとぐるりと身を滑り込ませるハルたち。
その間に行儀よく床を走り階段から上階に登ったぽてとは、遅れを取り戻し再びハルたちの前に出た。
……ニンスパ走りに拘ってタイムロスしたハルたちは、ただのバカであると言えよう。
「このまま、ぽてと、一気にゴーールインっ!」
「させん! かくなる上は、ニンスパらしく後ろから暗殺しちゃる!」
「こっ、この中じゃ、プレイヤー同士では戦えない、もん! だよね? だよね?」
「大丈夫だよぽてとちゃん。街の中での攻撃禁止は絶対だからね」
「はっ! 甘いぜハル君! そんなん抜け穴次第よ。特にここでは、この『ぐるぐるーガン』がある……!」
「ま、まさかー。それを武器に……!」
「工具で遊ばないの」
現実なら大問題だ。いや、ここも異世界人にとっての現実であるので、十分に問題といえようか。
そんな問題児のユキがぐるぐるーガンを『空撃ち』しようとMPを込めるも、銃口が多少光ったのみで何かが起こることはない。その光はすぐに小さくなって消えてしまった。
これは銃に安全装置が組み込まれていたという訳ではなく、このゲームのシステム上の安全装置が働いた形での反応である。
「び、びっくりしたぁ。ユキさんだから、また何か凄い抜け道を見つけたのかと思っちゃったよ?」
「うん。失敗するのは分かってた。だがレースの方はどうかな?」
「しまったー」
「そのまま走れハル君! ゴールは目の前だぞー!」
「こんなお行儀の悪い勝ち方は望んでないんだけど!?」
「でも足は止めないのがハル君らしい」
「ぐっ……」
「やられたー。ぽてと、大敗北……!」
こんな小さな子相手に大人気ないとハル自身も思う。しかしそれでも、従来の負けず嫌い気質が自身の敗北を許さなかった。
ユキも、それをよく分かっての行動だろう。とはいえここは叱るべきか、ハルの方がむしろ責任を感じるべきなのか。
何はともあれ三人は、実に軽快に高速に再び作業現場にたどり着いた。このスピードであれば、きっとそこそこ効率のいい『稼ぎ』になることだろう。
あとは、果たして下で現地の人に怒られないか、それを心配するばかりであった。
*
「みなさんとっても、おはやいのです!」
「お疲れーアイリちゃん。自分で言うのもなんだが、うちらはあんまり普通だと思わん方がいいね」
「わ、わたくしも、下でみなさまと見学していた方が良かったでしょうか……!」
「そんなことないよ、王女さま。人手はね、いっぱい居た方がいいんだぁ。ぽてとだけじゃ、いつまで経っても終わらないもん」
まあ、それでもこの世界でこの規模の建築をすると思えば、異例のスピードではあるのだろう。しかし、リコの想定では恐らくもっと早く完成までこぎ着ける予定だったはずである。
そのあたりは、まだまだ仕組みづくりや報酬体系の調整が必要であるようだった。
「しかし、不思議です、このぐるぐるーガン! こうやってネジを締めただけで、すごい強度になるのです!」
「この接合部を溶接してるん? ある日突然ぽっきり折れないか心配だなー」
「いや、むしろこのコブの部分が制震ダンパーのような役目も担っているようだね」
「どゆこと?」
「まあ、見かけよりしっかりしてるってことさ」
柱の張り方も力学的にしっかり計算されている。それに、最終的には建物自体に魔法が付与されるはずなので、万一の心配もないだろう。
重要な建物については、地震どころか魔法攻撃すら想定しているのがこの世界の建築物だ。
そんなプラモデルじみた高層建築のパーツをまた一つ、ぐるぐるーガンで『接着』したハルたち。
パーツに指定された色のネジを全て打ち終わると、次のパーツを回収しにまた地上へと戻ることとなる。
「……これは確かに、効率が悪いと思われてしまうのも仕方がない、ですね」
「そうだねアイリ。これだけ苦労して登って、進むのはパーツ一個分だけだ。移動のための実時間よりも、徒労感の問題かね」
「それでも従来の工法を考えると、ずっと早く済みそうですが……」
しかし、工事するプレイヤーは現実にて建材が自分で勝手に“うねうねと”積み上がる様子を知ってしまっている。どうしても、比較してしまうだろう。
「ハル君が下からパーツを魔法で打ち上げるとかー」
「だから攻撃にはロックがかかるっての……、そもそも今の僕は大した魔法使えないし……」
「それにパーツにダメージが、入ってしまいます!」
「したら、どーする?」
「そうだね。ここはちょうどいいから、下の彼らに手伝ってもらおうかユキ」
「ふへへ、やっぱそーだよね。見物料とんなくっちゃ」
現在の頂上から地上を見下ろしてみると、そこにはいつの間にか街の中からやってきたプレイヤーが集団を形成していた。
ハルとユキが派手に鉄骨を鳴らしながら塔を跳び登っている姿を、何ごとかと見物に駆けつけたようである。
ハルたちは地上に降りると、彼らを半強制的に徴収、『もっと間近で見たいだろう』と焚きつけて各階に一人ずつ配置していった。
そうしてストレージからまた別のストレージへと、バケツリレーの要領で資材を上階まで運ばせて、それは頂上で待つぽてとに次々と組みつけてもらうことにした。
ハルたちはといえば、見せ物としてニンスパ軌道で上下の往復だ。
なお、当然ではあるが、そうして得た賃金は参加者全てで山分けしたことは言うまでもない。
一人当たりの手取りとしては効率が良いとは言えないかもしれないが、まあ、お祭りのようなものである。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




