第1525話 効率化された非効率なお仕事事情
「それじゃあ、おしごと、開始だよ。ミニゲームみたいだけど、NPCさんたちにとっては、とっても大切なおしごとなんだ! 遊び半分でやっちゃ、いけないんだよ」
「勿論だよぽてとちゃん。とはいえだ、こう誰でも出来てしまえば適当に仕事したりタイムアタック気分で雑にこなそうとする人もいるんじゃないの?」
「それはね、大丈夫なんだぁ。ここでは決められた通りのお仕事を、設計図通りにこなさないとね? お給料は、もらえないんだよ!」
「ほう。その判定は、いったい誰が?」
「それはねぇ。この子、なのでした」
ぽてとが得意げに掲げた電動工具、もとい魔動工具。銃の形に似た片手持ち工具には、背面になにやら表示用のパネルが取り付けてあり、どうやらそこがカギらしい。
ぽてとは、そのパネルをその小さな指でさして説明を続ける。
「えっとね、ここはね? きちんと建材を取り付けられたら、その数のランプが光るんだよ? それをね、係の人に見せると、設定された額のお給料がもらえるんだぁ」
「なるほど。ずいぶんと徹底的にシステム化されている」
どうやら、誰がやっても同じ仕上がりになるように、設計段階で徹底的に詰めて作られているようである。
気分はプラモデル。説明書通りに作れば、個人の腕に左右されず職人的技術も必要ない。
ただし、仕上げに関しては熟練の者がやるか否かで雲泥の差。そこは後々素人を介さずにやるのだろう。
「たぶん、この計画はリコあたりが深く関わっているんだろう。彼女、リアルでやれないからと、こっちで才能を生かしているのか……」
「今は家もこんな作り方しないもんねー」
「そうなのですか?」
「そうよアイリちゃん。この間ハルがやっていたように、どろどろの粘土がまるで自分から家になっていくように、やってしまう事が多くなっているわ?」
「すごいですー……」
そのためいくら学園で従来の知識を学び技術を身に着けても、それを生かす現場がない。
リコはそうした抑圧鬱憤を、このゲームで才能を発揮することにより晴らしているのかも知れなかった。
「まあ、ルールは分かった。ともかくまずは、実践してみよう」
「そだね! 結局なにやんのか、わからんし!」
「うん。ぽてとが、ご案内する!」
「その前にハル、あなたはまずは着替えなさいな。その格好で高所作業をするつもり……?」
「おっと」
「おぱんつが、丸見えになっちゃいますねー」
さすがに、スカートをひらひらさせながら高所作業をする訳にもいかない。今の自分の姿を忘れていた。
まあ、裾を引っかけて事故る事などないという自信はあるが、そういう問題でもないだろう。
とはいえどう着替えても現場をナメた格好には違いないが、そこはプレイヤー。現地の人たちも、いちいち気にすることはないようである。
「こんにちは! 今日のおしごと、くださいな!」
「ああ、これはぽてと様。今日はそちらの皆様で?」
「はい! ぽてとと一緒に、頑張ります!」
「よろしくお願い致します。本日の進行度合いは、このようになっております。ちょうど、この部分から再開ですね」
「ふむふむ……」
塔の根元付近、資材置き場のようになっている仮設の小屋の中へとハルたちは入って行く。
ぽてとが慣れた様子で手続きを進め、ハルたちの前には大判の設計図面が広げられ、印の書き込まれたポイントが提示される。
これが、この『プラモデル』の設計図となるのだろう。当たり前だが、非常に本格的な構造をしていた。
「ぽてちゃん。コレ、分かるん?」
「だ、だいじょうぶ……、実際に行けば、誰でも簡単に、分かるんだ……!」
「ええ。ご安心ください。そこは、『開発局』の皆様の頭脳で考え抜かれた構造になっていますからね」
係の人は、その設計者にいたく心酔しているようだ。事務的な語りの中にも熱がこもっている。
彼の言う『開発局』とは、神界の魔道具開発局のことだろう。ウィスト、魔法神オーキッドの管理する施設である。リコもここに入り浸っている。
彼の色は『紫』であり、ここ『黄色』の守護はしていないが、今はそうした垣根なく全ての国へと等しく支援を行っている。世界が平和な証だろう。
そんなリコたちの技術の詰まった建築資材が、倉庫の中にはぎっしりと積み上げられていた。
「本日は、ここから、この方向へ向けてお持ちください、ぽてと様」
「わかりました。ぽてと、がんばります! あっ、みんなで、がんばります」
「……思ったよりも小さな建材ね? 構造的強度は、大丈夫なのかしら?」
「えっとね、えっとね。そこはなんだっけ? その、とにかくこれから、大丈夫になるんだぁー」
「そ、そうなのね……?」
「ご安心ください。お持ちのその、『ぐるぐるーガン』により適切な処置を施すことで、十分な強度が得られるよう計算されていますから」
「そ、そう……。その名前には不安しかないけれど、分かったわ……」
命名者がリコではないことを祈るばかりだ。いや、ウィストではないことを先に祈った方がいいか。かつて存在した接着用機材の『グルーガン』をもじったようだ。
しかし、名前以外の機能はしっかりと本物。既にフライング気味に機能をチェックしてしまったハルには、それが良く分かる。信頼していいだろう。
ハルたちは思ったよりも小さく切り揃えられた鉄骨のような重たい金属資材を、重さを一切感じさせぬ挙動で倉庫機能へとおのおの収納していった。
「……なるほど。わたくしたちの“すとれーじ”の量を考えて、この大きさということなのですね?」
「確かに、言われてみれば納得だわ?」
「そこが、ちょっと大変なとこなんだよ? でもみんなで頑張れば、だいじょうぶ!」
このゲーム、プレイヤー一人あたりに与えられた収納の容量は驚くほど少ない。
いや、ゲーム内アイテムはいくらでも保管できるのだが、現地の拾得物、要するに異世界に実在する物質の収納には異様に厳しい。大まかにいえば『大きめのバックパック一個分』程度。
これは、『個人に現地の流通を大規模に混乱させられないように』等の言い訳が色々となされているが、一番大きな理由は空間リソースの確保の問題。
実在の物質はデータと違い、そのぶん実在のスペースを占有してしまう。無限に用意してやる訳にはいかない。
さて、そんな限られたストレージを使った高所への運搬。これは意外と、面倒な仕事かも知れなかった。
*
「よっしゃ! 到着! らくしょーだねこの程度!」
「ゆ、ユキさん、は、速いのです!」
「そうだよユキ。ルナやカナリーなんてまだ下でへばってる。飛ばしすぎだ」
「おっとごめん! けどこの高さ、そうモタモタはしてられんべー?」
「確かにね」
ぽてと曰く『稼ぎの良い仕事』らしいが、その割には現場に人気がない理由が、登ってみて分かった。
これはさすがに、プレイヤーといえど登るのが大変だ。
既に展望台のように街と『飛行場』を一望できる現在の高度は、片道で到達するにもそこそこの距離。
しかも登るのはプレイヤーということで専用の足場なども組まれていない。確かにこれはぽてとの言ったように、ちょっとしたアスレチックのミニゲームになってしまっている。
「夢世界の体力が、恋しいのです!」
「熟練のプレイヤーなら、強化で多少はマシだろうけど……」
それでもこのゲームでは、そこまで非現実的な身体能力は発揮しにくい。
特に街中では、安全のためにほとんどのスキルにはロックが掛かっているので余計にだ。
そうした事情で工事に人気が出なくなるのは、リコの想定の外であったようである。
「ごめんね? ごめんね? 大変だったよね? ぽてと、ちゃんとみんなのこと考えてあげられてなかった……」
「いいえ、気にしないでいいのよぽてとちゃん。私たちなら、出来て当然と思うのは仕方ないもの」
「私は元々びみょーですがー」
元はトッププレイヤーのハルたちだ。自分と同様に、容易く鉄塔を登れるはずとぽてとが思うのも仕方ない。
そうしてぽてとの協力もあり追いついたルナたちも加え、ようやく建築作業の実演へとハルたちは移る。
まずはお手本としてぽてとが資材を取り出すと、既に設置済みの建材と照らし合わせて、慎重に設置位置を確かめていった。
「工事する場所は、ここを見るんだぁ。番号が書いてあるから、同じのを見つけて、そこの印にぴったり、合わせるんだ! Nの13ばん、ここに、こうっ!」
「マジでプラモじゃーん」
建材に記された印の切り欠き、『割符』のように分割されたマークを合わせ、ぽてとは慎重に資材をはめ込んでいく。
「ふうっ……!」
事故なく完了したことに安堵しぽてとは息を吐くが、それで終わりではない。
今度は魔道工具、『ぐるぐるーガン』を取り出すと、その先端にネジ状の小さなパーツを取り付けていく。これは、今はめ込んだ建材とセットで受け取った物。
鮮やかな黄色をしたネジを、同じ黄色マークの位置へと押し付ける。
すると魔道具はぽてとのMPを吸い取り高速回転を始めると、何らかの化学反応、もとい魔法反応を発生させてパーツ同士を『接着』しているようだった。
「……うん! 今日も、ちゃんとできた! これをね? おんなじ色同士でね? ぜんぶセットすればいいんだぁ」
「……確かに、これはプレイヤーであれば誰でも出来そうだ。よくここまでシステム化したこと」
「すごいよね? ぽてとにだって、出来ちゃうんだもん!」
「いや、ぽてとちゃんはもうそこらの大人よりも仕事が出来るはずさ。もっと自信を持っていいよ」
「そ、そんなに褒めちゃ、だめ。ぽてとは、芋でダメな子だから……」
「いや芋でダメな子は驚異の暗殺者にはならんて」
ユキの言う通りなのだが、こうした少女が自己肯定感を高められるまでには、少々時間が必要なのだろう。
余裕があればハルたちも、それまで見守ってやりたいところである。
まあ、それは追い追いの課題として、今はぽてとの仕事の成果を確認しよう。
ぽてとが作業を終えた『ぐるぐるーガン』の背面パネルには、緑、黄色、赤のランプが点灯している。これを見せることで、対応した現地通貨が賃金として受け取れるらしい。
ハルたちもぽてとに習って同様に作業を行ってみると、実際に非常にスムーズに、特に難しいことを考えることなく『工事』は終了できたのだった。
そこそこMPは吸い取られたが、まあそこはハルたち。こっそりMPを回復し、満タンまで補充してしまう。
「……あとは、地上との往復か」
「うん。低いうちはね、みんながんばってやったんだけど、今はもう、『効率が悪い』んだって。<飛行>を上手に使える人は、もっといいお仕事を見つけちゃうからなぁー」
「なるほど。リコも苦労してそうだ。せっかくこんなに画期的なシステムを組んだというのに、プレイヤーはそれでも動くとは限らないか」
まあ、今回は極端な例すぎただけであり、これがもっと低い建物であれば参加者も増えるだろう。
しかしながらこんなところでも、何だかハルの目指す二つの世界の融和の難しさを具体的に突きつけられたかのようだ。
「まあ、せっかくだから今日は、ここの工事をガンガン進めて稼いじゃおうか」
「さんせー」
「……私はいいわ。下で、見学させてもらうわね?」
「私も無理そうですー」
「んじゃ、うちら二人か。どーするハル君? やっぱ、アレやっとくか」
「アレだね。作業が終わったら飛び降りて、ショートカット」
「デスポーンは基本だよねぇ?」
「ぶっぶー! まちのなかでは、じさつきんし!」
「むっ。そだったか。面倒なゲームだぜ」
「建築途中だからまだタウン外判定にならないカナリーちゃん?」
「なりませんー。現運営さまが、なーに言ってるんですかー」
他のゲームではお約束として当たり前に出来そうなテクニックも、この世界の街では大抵が封じられている。現地住民に悪影響を及ぼさぬためには、致し方なし。
なのでハルとユキはぽてとも交え、彼女の語ったようにこの場をアスレチックのミニゲームとしてアクロバティックに駆け上がって、いや飛び上がっては飛び降りて、まるでタイムアタックでもしているかのように、効率的に文字通りの『稼ぎ』を行っていくのだった。
……結局ハルたちはこうなってしまうのかと言われれば、返す言葉もない。




