第1524話 便利な人足になろう!
水面下にて、思ったよりも組織的に、この世界を秘密裏に調査しようという集団の行動は進行しているようだ。
別にそう秘密にせずとも堂々と調べればいいだろうとハルなどは思うのだが、彼らには彼らなりの事情があるのだろう。
現に、今までこうしてハルたちの目を逃れられていたという実績があるのも事実ではある。
ハルたちはゴンゾという男性プレイヤーが離れていったのを確認し、今の話についてを掘り下げ確認することにした。
「カナリーちゃん。今の内容って、大丈夫なの?」
「まあ別にー。問題は特にないですねー。捨てた物なんですから、拾えなければそれはそれで困ってしまいますー」
「まあそれはそうだ」
「犯罪プレイにもあたらないってこったね。でもさ? そしたらうちらみたいのが、そのお金を見っけちゃったらどーすん?」
「そうならないようにー、隠し場所は、いえ、『捨て場所』は細心の注意をはらって決めてるんでしょー」
「そうなんだよ。だからね? ぽてとたちは、なんとかそれを見つけて、拾っちゃえないかなぁって、考えてるんだぁ」
もし場所を特定し、その彼らの資金を『拾う』ことが出来たなら、その良からぬ計画を台無しにすることが出来るだろう。ついでに、お金もゲットできる。
義憤にかられた自治的な要素もあるのだろうが、そうした宝探し的な楽しさがあることも、今こうしてユーザー間でこの事件が流行っている一要素でもあるのだろう。
「……なら、この件に関しては僕が介入して解決しちゃうのも、どうなのかなあ、って感じだね」
「た、確かに……! ハルさんがその気になってしまえば、そんな秘密の隠し場所だって、すぐに探し当ててしまいそうですね……!」
「……別に、いいのではなくて? 手間が省けていいことでしょうに」
「そだけどさぁルナちー。みんなが古びた地図片手に宝探し楽しんでる中で、金属探知機でチートしてるみたいで盛り下がらない?」
「そんな事よりも事件解決でしょうに……」
「まあー、そもそも『事件』なのか否か、っていうのがまずありますねー。現運営も、特に問題として取り上げてはいないことですしー」
運営が動かない、そのギリギリのラインを見極めてあえてこうしているのだとすれば大したものだ。
ただ、神様たちが一切気付いていない、かといえばそんな事もないだろう。現にセレステはこの事を確実に察知している。きっとそれゆえの今回の提案だ。
しかし放置するのか対処すべきなのか、そこはハルの判断に委ねたいといったところだろうか?
「ぽてとはね。ハルさんが解決しちゃってもいいと思うんだぁ。お宝なんかよりもね? この世界で、みんなで楽しく遊べるのが、一番だって思うから」
「ううぅ。ぽてちゃんはいい子だなぁ」
「んーん。ぽてと、きっとワガママなんだ。なんだっけ? 『自分が心地いい環境だから、現状で良しとしているにすぎない』、んだよ?」
「そんな意見は聞かなくていいと思うけどね」
その発言をした者もまた、自分の好む環境へ誘導したいがための言葉だろう。冷静に考えれば立場は変わらない。
「まあ、とりあえず調べてみるよ。対処をするかどうかは、約束できないんだけど」
「ごめんね? ごめんね? ぽてとたちが、ご迷惑かけちゃってるね……」
「いいのよぽてとちゃん? そんな時のための運営なんだから」
「いや何でもかんでも頼られたら、それも困るけど……」
「そんな時はー、伝家の宝刀『ユーザー間のトラブルに関しては、ご対応できません』、ですよー?」
ユーザーの立場でいえば『何を勝手な』と思うところであるが、運営の立場となってみるとまあ仕方ない部分もあるとしか言えないハルだった。
「んでもハル君? ぽてちゃんたちに混じって普通に参加はしないん? 宝さがし」
「まあ、楽しそうではあるけどね。参加はしないさ。ユキ自身言ってたように、この世界において今の僕は少々チートだ」
「いやチート使わんくてもさ、この体でやれば縛りプレイとして面白いんちゃう?」
「んー、やっぱりやめておくよ。なんだか縛りプレイというよりも、舐めプレイになりそうだしね」
「真面目だなぁ、ハルさんは」
相手が別のプレイヤーであるということ、また運営側として動くならば迅速に、ということもあり今回は宝探しゲームの参加は見送るハルだ。
これが、公式の主催するイベントならば何も知らないフリをして参加しても楽しかったかも知れないのだが。
あとは、そもそも見つかるのか、という懸念はあるだろうが、これは『確実に見つかる』と自信を持って言えるだろう。
いかに運営に意識されないようひっそりと動き回ったとて、この世界において根本的に神々の視線をかいくぐる事など出来はしない。それは、他のゲームと同様だ。
「……ということで悪いけど、今は休暇中なんだ。この事については、また後でねぽてとちゃん」
「うん! ありがとうハルさん! じゃあぽてとも、今は観光案内を、がんばるよ!」
「それは頼もしいね」
気になるは気になるが、火急の用件という程でもあるまい。ここで休暇を切り上げては、それこそエメに言われた通りになってしまうだろう。
ハルは引き続き案内をぽてとに任せ、この新進気鋭の発展都市を、観光して回ることにしたのであった。
*
「とはいえだ諸君。そうなると僕らには、軍資金が足りないね」
「んだね。ここで手持ちのお金を使っては、そのスパイ野郎どもと同じになってしまうぜ?」
「ご、ごめんね? ごめんね? ぽてとが、声をかけちゃったから」
「いいのよぽてとちゃん? むしろ、ぽてとちゃんが最初に言ってくれて、助かっているわ私たち」
「そうです! これでもし、わたくしたちの知らない人に指摘されていたら、トラブルになっていたかも知れません……!」
「ですよー? いちゃもん付けてきたイキりプレイヤーを、ぼっこぼこのズタボロですよー?」
「わわ。ぽてと、救世主……!」
「いやズタボロにはしないが……」
だが、例えばもし、先ほどのゴンゾという青年に最初に目をつけられていたら、話は少々ややこしくなっていたのは間違いない。ズタボロにはしないが。
そう考えると、何も知らずに手持ちのお金を使って豪遊する前で、本当によかったといえよう。
……いや、恐らくそんな派手な使い方は、さすがにハルでも『初心者として不自然』という認識は働いたとは思うけれども。
「ではハル君。どうする? 豪遊したいが、うちらにはお金がない」
「うん。そうだねユキ。やることは一つだね。……いや豪遊はしないよ?」
「なんでさ? しようぜ豪遊。こうなったらさ」
発想が似ているのか、それとも心が通じたのか。ともあれ豪遊するという流れになってしまった。
しかしハルとしての資金を封印しては、とても豪遊など出来はしない。
「なので今から、仕事をするのだ!」
「……休暇よユキ?」
「これも休暇の一部さルナちー。休暇を楽しむために、仕事するんじゃ」
「まあ、ゲームのクエストのようなものとして、これはノーカンってことで。こんな意識じゃ、現地の人に悪いかもだけどね」
「おお! バイト、するんだね! それならぽてと、いいアルバイト、知ってるんだぁ……」
「……ダメよぽてとちゃん? あなたのような女の子が、そんないかがわしい誘いをしちゃあ」
「??」
「これはたぶん、ルナさんの方がダメなのです!」
「微妙なとこですねー?」
ルナがえっちなのがいけないのか、それともぽてとの事を思った正当な教育なのか、判断が分かれる所であった。
まあどちらにせよルナの発想はえっちだが。
「この街ではね? プレイヤーを労働力として、いっぱい募集してるんだよ。ぽてとたちはね、それに参加することで、たっくさんお金を稼げるんだよ」
「それは、“今の”私たちでも役に立つのかしら?」
「うん! だいじょうぶ!」
「んなら怪しい連中も、そうやって稼げばいいんに」
「目立つことは避けたいんですかねー?」
まあ、彼らには彼らなりの事情があるのだろう。
……もしその事情というのが、本当に単にコミュニケーションが苦手な者達のためのRMT、リアルマネートレードだったというオチだったらどうしようか。
まあ、人の噂や陰謀論めいたものの内容は、得てしてそんなものともいえる。そういうこともあるか。
「それで、ぽてとさん! わたくしたちはいったい、何をしてお金を稼ぐのでしょうか!」
「うん。それはね、それはね? えーっとね? まずは、定番の建築現場がいいかなぁ?」
「定番なの……?」
「そだぜールナちー。この世界じゃプレイヤーは、土木工事に重宝されてる。定番の『使い道』なのだ」
「傭兵とかそーゆー、他のゲームでの定番のクエストはやりにくいですからねー」
「ぽてともね? ギルドのみんなと、よくやったなぁ」
ぽてとが言っているのは、恐らくはここではなく本拠地のある青の国、瑠璃でのことであろう。
シルフィードの下、統制のとれたぽてとのギルドはいち早くそうした現地住民との連携を進め、人足としての働きも積極的にこなしていたのであった。
そうした連携の成功例もあってか、今では多くの国、多くの都市で労働力としての募集も行われるようになった。
発展著しいこの街でも、もちろんそうした募集はひっきりなしだ。
「その中でも、ぽてとおすすめは、あそこ!」
「うおー。『なんか高いのがあるなー』、とはとは思ってたんだ」
「ビルみたいのを、建てるんだぁ。そう、言ってたよ」
モノの戦艦が発着するための『飛行場』があるという街の外れ、その方角に、街の中心部からも既に見えていた建築中の骨組みがあった。
どうやらこの国ではあまり見ない塔状の高層建築を、この街では試験的に行うことにしたようである。
「余談ではありますが、アレの着工許可を出す際にも、なにやらひと悶着あったらしいのです! 聞けば『王宮よりも背の高い物を建てるのはどうなのか』とか、嘆かわしい虚栄心なのです……!」
「結局許可は出たのね?」
「はい。王都ではないということと、最終的にはわたくしが、『そもそも天空城が一番高い』と黙らせました」
「き、禁止カード……!」
「まあ、王都の景観保護という理由だったら、考慮に値するとは僕は思うけどね……」
ただ貴族同士のプライド争いが理由とあってはハルたちが擁護できる問題ではない。
そうして建設が決まった高層建築だが、もちろんこの国には作業に慣れた者は少ない。
南の魔法都市から専門の職人を招いたらしいが、彼らとて作れと言われてすぐに作れる訳でもない。
そこで、プレイヤーの出番という訳である。
「高所作業は、とっても危険で危ないんだぁ。特に、NPCのみんなはね?」
「その点うちらは、死んでよし荷物持ちによしと、良いことずくめだな!」
「……死んではダメよ? まあ言いたいことは分かるけど」
「まあ、万一があってもログアウトするだけだし、ストレージに建材を詰め込めるしね」
「しかし、それでも素人には変わりないのではないかしら? そこは大丈夫なの?」
「まあー、プレイヤーに任せるのは大まかな骨組みくらいですよー。足場が出来たらその後の仕上げは、専門の職人がやるはずですー」
「それでもねぇ。私に出来るのかしら?」
「大丈夫! ぽてとたちには、これがあるよ!」
雑談しつつ現場にたどり着いたハルたちに、ぽてとは登録作業をしつつとある魔道具を拾い上げる。
それは、この現場では一般的に使われているという専用の工具らしい。現実で言えば、今は使われなくなった電動工具の数々を思い起こさせた。
……なんとなく、これの設計者の顔も思い浮かぶハルである。
「なーる。この魔道具にMP込める必要もあるから、私らプレイヤーがますます重宝されるって訳だ」
「そういうこと、だったと思う?」
そんな工具類と建材を受け取って、ハルたちはいざ日銭稼ぎの労働に入る。
さて、いささか不安ではあるが、これも二つの世界の協調のうちの一つではあるだろう。その成果がいかなるものか、身をもっての体験会といくのも良いだろう。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




