第1522話 隠密に見つかる隠密
皆でゲームキャラクターとしてログインし、普段とは姿を違うものに変化させたハルたち。
もちろん、姿だけを変えたところでステータスが元のままだとプレイヤー達にはバレバレになってしまうため、完全に別人、新規アカウントとしてそちらもきちんと偽装している。
これで、この世界では有名人であるハルたちも、周囲の目を気にすることなく堂々と歩き回れることだろう。
完全に神々を掌握し、運営側に立った今だからこそ出来る芸当であった。
……そう、万全な状態のはずなのだが、それでもハルには懸念がひとつ。
「なんでまた僕は女装させられてるの?」
「仕方がないわ? ハーレム状態は目立つもの。私たちだとバレないためよ?」
「し、仕方がないのです……! こちらでも『しっと勢力』を引き寄せてしまわぬためには、必要な措置なのです……!」
「そーそ。フラドリでも最後まで発覚することのなかった、実績のある隠蔽方法だぞハル君。なんの不満があるというのかね」
「男女比に問題があるってんならユキが男装すればよくない?」
「やべっ。こっち飛んできた」
根は乙女ではあるが普段は男勝りなユキである。男性キャラクターとしても、不自然さなく振る舞えるに違いない。
「だめよハル。ユキはこんな調子なのに、ハルと肩も組めないのよ? そんなんじゃ男友達はやっていけないわ?」
「いや別に肩組む必要ないし組まないけど……」
「でも確かに、ゆで上がってしまいそうなのです!」
「べべべべ別に肩くらい組め、るよ……!?」
「チャラい見た目なのにちょっとした事で真っ赤になる純情な青年も需要あるのではー?」
「カナリーちゃんはカナリーちゃんでややこしくなるので黙ってようね?」
「ですかー」
「……カオスの奴、実は意外と凄いやつだったのかなぁ?」
まあ、ここでグダグダと言い合っていても仕方ない。不本意ではあるが、ハルが折れるのが最も丸いし実際に効果的だと理解もしていた。
ハルの他にハーレムパーティが無いこともないが、それでも少数派。女友達の集団の方が目立つことはないのは確かだろう。
それでも表向き不満をこぼしつつ、ハルたちはひとまずこの天空城からも見下ろせる梔子の王都へと行き先を定める。
割と慣れ親しんだ街で旅行感は薄いが、逆にそのぶん気兼ねなくブラつけるといったところ。気分は休日に街へのショッピングである。
王都の外れに設置されたカナリー神殿、いや今はシャルト神殿のゲートをくぐると、久々に肌で感じる異世界の国。その等身大の視点にハルたちは降り立ったのだった。
「……こうして来てみると、最近は本当にこっちはご無沙汰だったって実感するなあ」
「ハルさんはお忙しかったのですし、仕方ありません!」
「でもさでもさ? 日本の街ではその割によく遊んでたじゃん?」
「それは、そう、こっちでは影響力が上がりすぎたせいで……」
「そして今度は日本で影響力が上がってしまったので、こっちに逃げてきたという訳ね?」
「君ら僕をいじめて楽しいか」
とはいえ最近は、日本の事情にかかりきりになっていた感は否めない。
それにこちらの世界は、ハルが采配せずとも元々神様たちが導いてくれていたという事情もある。日本の事となると、逆にハルがやるしかないのであった。
「ルナさんー、ユキさんー。今日は遊びに来たんですからー。あんまり仕事気分でいちゃだめですよー?」
「……そうね? ごめんなさいハル? なんだか視察気分になっていたみたい」
「ハル君めんご」
「いや、いいさ。直前にあんな話をした僕も悪い」
「今日はいっぱい楽しみましょう! わたくし、案内するのです!」
「いやアイリちゃん。うちら初心者ってことになってるんだし、案内しちゃーだめでしょ」
「はっ! しまったのです!」
「知らないフリもそれはそれで疲れますねー」
そんな風にワイワイと騒ぎつつも、ハルたちは異世界の街並みへとくり出してゆく。
久々に肌に受けるこの地の風はまだまだ肌寒く薄着では厳しい。そんな中でもお構いなしに薄着で歩く変人達は、十中八九プレイヤーであろう。
とはいえ、この地の住人たちの服装もそんな彼らに影響されて徐々に変化を生じさせている。
まるきりプレイヤーと同じ、という訳ではないが、彼らのファッションを所々に取り入れ、若者を中心に派手な服装を好む者が増えていた。
年頃の少女などは、それこそ寒空の中でも薄着といったファッションのものも中にはいるようだ。
「文化保護の観点からプレイヤーの服装に規制をした方が良いのだろうか?」
「別に、構わないのです! もともと誇るような文化も、ありませんし!」
「おお、このアイリちゃんの自国ディスも久々に聞いた」
「ん-、まあー、元々が私たちの押し付けた、お仕着せの文化でもありますしねー。これからはー、自分達の、好みの物を好きに選び取って行けばいいんじゃないでしょーかー」
「難しい問題ね?」
文化を尊重するとはいっても、この星の元々の文明、魔法で全てを構築していた全盛期の文化を取り戻されても困る。
……とはいえ、真冬でも水着で暴れ回るゲーマーの常識を取り入れられてもそれはそれで困る。
そこは各国のトップとも協調して、『いい感じの』場所に着地を目指すしかないのだろう。
「まあ、今も水着みたいな露出の激しい物は専用マップでしか着用できないし、それ以上はもしかしたらやりすぎなのかもね」
「水着! わたくしたちもまた、“ぷーる”で休暇を過ごしませんか?」
「んー。しかしだねアイリちゃん。プールは神界にしかないのだぜ? 神界じゃ普段通りでは?」
「じゃあそっちはー。日本のプールにでも行きましょうかー」
「貸し切りにでもした方がいいかしら? 無粋な視線が釘付けになるわ? ハルに」
「……まあ、君たちがじろじろ見られるよりはいいけどさ」
最近は、夢世界の後遺症もあって『知らない人からも知られている』という奇妙な状況にあるハルだ。レジャー施設になど行けば、有名人が来たような騒ぎになってしまうのだろうか?
もしかしたらそちらでも、また変身が必要なのかもしれない。とはいえ日本で女装は勘弁して欲しいハルだった。
そんなハルたちは何をするでもなく、こうして馬鹿な話をしつつ街をのんびり歩く。
異世界の人々もそんなプレイヤーの行動に対応してきたようで、以前はお世辞にも賑わっていたとはいえない神殿近くのこの道に、新しく商店や屋台が新設されていた。プレイヤー向けの商売だ。
ハルたちもそこで『カナリー焼き』を人数分購入すると、皆で黄色いクリームたっぷりのお菓子を歩きながら頬張るのだった。
「かいぐいです! やはりこれは、いけないことをしている気分で、“てんしょん”が上がるのです!」
「天然の『ブース』効果ということですかねー。というかー、まーだ売ってるんですねーこれー」
「愛されてんなナカちゃん」
「『シャルト焼き』にしちゃえばいいんですよー。ヤキ入れますよー?」
「あはは。そー言いながら真っ先に完食だ。私の分けたげよっか?」
「いいんですかー?」
別に、特別な場所で特別なことをしている訳ではないが、こんな事がすごく楽しい。
なんだかんだで、良い休暇になりそうだ。ハルがそう思い始めたころ、誰も気にしていなかったハルたち一行に忍び寄って来る影があった。
その小さな影は、猫の耳を模したフードで顔を隠し、注意深くこちらを観察している。
そして意を決すると、ハルたちに直接声をかけることにしたらしいのだった。
「ねぇねぇお姉さんたち? みなさんは、初心者さんのひと?」
*
「おや?」
「初心者さん? それならね、ぽてとが色々教えてあげようか」
「あれ? ぽてちゃんじゃん。どしたんこんな王都で」
「『こんな』王都で悪かったですねー?」
「いやすまん。初期マップにいるような人材じゃないって意味で……」
「おっ? おお~~っ? ぽてとを知ってるひと?」
「ああ、ごめんねぽてとちゃん。僕だよ、ハル。他のみんなも一緒だ」
「おおーっ! これは、噂に聞く『せかんどきゃら』!」
「……これがサブキャラは嫌だなあ」
最初期からこのゲームをプレイしている、猫耳少女のぽてと。今も変わらず、この世界を楽しんでくれているらしい。
こう見えて歴戦のプレイヤーであり、その実力も確か。
そんな彼女がどうしてこの『さいしょのまち』たる王都に居るのかは、ユキではないが確かに疑問ともいえた。
まあ、別にこのゲームは序盤と終盤の街で店売りアイテムに差が出る訳でもなし、好きな街を拠点に活動して一向にかまわなくもあるのだが。
とはいえその点でも、ぽてとは北の瑠璃の国を中心に活動しているはずだった。
「ごめんなさい。『おしのび』、だったんだ!」
「そうだよぽてとちゃん。他のみんなには、ナイショだ」
「しぃ~~っ」
「うん。しぃ~~」
ハルと二人、口元に人差し指を当てて『しぃ~~』のポーズで約束をする。
ぽてとは真面目な子であり、約束はしっかり守る。この秘密が、他へ伝わることはないだろう。まあ、今回は別にバレてもそこまで問題はないのだが。
「んで、どしたんぽてちゃん。初狩りか?」
「……ユキじゃないのよ。そんなこと彼女がする訳ないでしょうに」
「わわ私もしないよ!?」
「ユキさん、いけなーいんだっ! ぽてとも勿論、そんなことはしないのです」
「あっ! わたくし、分かったのです! ぽてとさんは、『初心者サポセン』に目覚めたのです!」
「あなたはおうじょさま? んーん。それも違うのでした。いや、違わない? 確かにサポートしているけど、それは世を忍ぶ仮の姿……」
「ぽてとちゃんは忍者だもんね」
「うん!」
なにやら極秘の任務の最中であるようだ。
……そんな秘密を軽々と打ち明けていいものか気にはなるが、それはハルたちが信頼されていると前向きに捉えよう。
「ぽてと、気付いてしまったのです。この世界は、いま狙われているの!」
「なんだってぽてちゃん! ……ちなみに誰に?」
「それはちょっと、わかんない……」
「変な陰謀論にハマった、という訳でもなさそうですがー」
「うん。こんきょはあるよ? スパイなんだって。ぽてとと、同業!」
「このゲームの技術を狙っている人達?」
「うんそう。その人達は、だいたい初心者としてやって来るから。ぽてと、こうして怪しい初心者がいないかチェックしてるの」
「それで僕らも引っかかってしまった訳か……」
「ちなみに、どこが怪しかったのかしら?」
「うん。それはね。初期レベルなのに何故か、地上のお金を持ってて普通にお買い物してるとこ。初心者のうちは、こっちのお金手に入れるのに、苦労するんだぁ」
「た、確かに……」
「ハルは苦労したことないものね?」
「うちらってどーしてたっけ?」
「わたくしが、お小遣いをあげていたのです!」
「そだった。ハル君、ヒモだった」
「だからヒモは止めてと何度も……」
このゲームでシステム的に敷かれたレールの上では、現地通貨は基本的に『報酬』として入手できるルートは制定されていない。
現地のお店で買い物をしたければ、システム上の『クエスト』に頼らず現地の人間と交流し仕事をするか、既に通貨を手にしているプレイヤーから譲り受けるしかない。
どちらも初心者には難しく、それら手順を経ることなくお金を使っているプレイヤーは、それだけで『怪しい』のだ。
そこを考慮していなかった、これはハルの失態といえよう。
……いやまあ、そんなことまでフォローし始めたら、いつまで経っても遊びに出られないのではあるが。
「でも間違いでした。ごめんなさい。ぽてと、お忍びの邪魔しちゃった……」
「いいんだよ。気にしないで。そうだ、せっかくだから、本当にぽてとちゃんの初心者サポートのお世話になろうかな?」
「そーそー。私ら、最近の環境に追いつけてないからねー」
「!! そうなんだね! うん! ぽてと、頑張るよ……!」
ついでにいえば、ぽてとすら気にし出した最近のスパイの動向も気がかりだ。
なんだかセレステの思惑通りになっているような気もするが、これはこれでいい気分転換にもなるかも知れない。そこまで急務に、なることもないだろう。
ハルはぽてとに案内を頼み、最近のオススメスポットへと連れて行ってもらうことにしたのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




