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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第5章 オーキッド編

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第152話 氷の王女

 ホールに響く音楽が切り替わり、アイリの入場順が来た事を参加者に知らせる。マイクでのアナウンスの代わりに、そういった手法を取っているようだ。

 アイリの隣にハル、その後ろにルナとユキ、そしてメイドさんが四人続く。メイドさんは武装したままで大丈夫なのかと思ったが、他の参加者も鎧で固めた騎士を護衛に連れていたりするようだ。


 アイリの姿が、そして彼女が腕を組むハルの姿が確認されると、会場内のざわめきが、水を打ったように端から順に収まって行く。

 誰も彼もが、唖然とした表情。少し、気分がいい。借り物の神気ではあるが、アイリを悪く言う口を閉じさせられるならば何でも良いだろう。

 もう、先ほどまでの覗き見ではなく、今は対面している。この先、彼女への悪意は許容しない。

 ハルがそう意思を込めると、それが神気に乗ったのか、群衆が一歩たじろいた。


 意識して観察してみて分かった、この神気は精神への侵食だ。

 ハルとアイリの間にある繋がりのような、双方向に交じり合ったものではない。一方的な、支配だろうと思われる。


 演奏が止まらないのは賞賛に値するだろう。一瞬、ほんの少しのブレはあったが責められる者はおるまい。

 神気への反応は様々だった。すぐに膝を折ってしまう者。はね退けようと視線に力を入れる者。不安そうに、周囲の反応を確認する者。

 それら反応を見るだけで、各人の性質パーソナルが補強できる。先ほど覗き見た、ハルを見ていない時の彼らとの差異に、見えてくる物は多かった。


 そうして観察しながら、ハル達は一段高い定位置の席まで歩を進め、群衆は一安心といった風に会話を再開させる。

 これから、順に祝いの挨拶を受けるらしい。音楽も、通常のものへと切り替わる。


「めっちゃ緊張したー。視線向けられてるの私じゃなくて良かったよ」

「皆、ハルさんのお姿に圧倒されていましたね。わたくしも鼻が高いです」

「姿は普通だからね? 我が妻よ、奇抜な格好をしているみたいに言うんじゃない」

「落ち着いたものね? 私もあれだけの視線に晒された経験は無いわ」

「ここまでタゲ取りが完璧だと展開が楽だよね」

「モンスターか」


 なにせ伏魔殿、魔物の巣だ。それに緊張と言うならお屋敷の中の方が緊張する。女の子たちの相手に比べれば何という事もないだろう。

 そう言うと、ルナとユキの両方から不服そうなジト目で見られた。姉妹か。服も同系統だし。


「仕方ないけど、今もチラチラと意識されてるね。ユキ大丈夫?」

「落ち着かん……」

「暴れちゃだめよ? 今もカメラが回っているわ?」

「残念、私は逆にカメラ慣れしている。ま、ハル君の評判を落とすような真似はしないよ」

「配信でもつけてみよっか」


 モニターを見れば、少しは気が紛れるだろう。ハルはウィンドウを表示し、公式チャンネルを開く。

 画面は今はホールを俯瞰する形で、ゆっくりと全体を見渡しているようだ。コメント欄はそれには触れず、先ほどのハル達の話題で持ちきりだった。主に女の子がかわいいと。


「『だけど全員ハルの嫁』、だそうよユキ?」

「うぐっ。そういえばそういうドレスだった。うー、放送あるの考えてなかったもんなぁ」

「ユキさんも、そろそろ覚悟を決めるべきなのです」

「くっそう。現場から書き込んで話題そらしちゃる」


 それと、ハルへの注目度が過剰である事に気づいたプレイヤーも居るようだ。変な所で目ざとい。説明が面倒なので、プレイヤーの皆さんにはあまり知られたくはないハルだった。

 他には騎士となったプレイヤー、ナイトハルトもここの警備に加わっているようで、彼の晴れ舞台でもあることなど。画面に彼が映ると祝いのコメントで溢れた。

 そして、親切な事に画面には様々な情報が注釈として文字に起こされていた。

 『今流れているBGMの詳細』、『次のプログラムの流れ』、『画面に映った人物の解説』。詳しすぎた。いちいちご苦労な事だ、こんな事をやるのはウィストだろう。


「……なるほど、それでか」

「どれで? ハル君?」

「さっきの確認メッセージ。つまりは<神眼>をここに飛ばしていいですか? っていうウィストからの申請だったんだろう」

「あー、なるほど」

「ハルがやるような奴ね? これは<神眼>をカメラにしていると。理由が分かって一安心ではないかしら」

「いや、むしろ警戒は増した。……方向性は分かったから、警戒はすれど不安は減ったのは確かだけどね」

「例のプレイヤーの方が、神を動かして何か企んでいる、ということですね」


 アイリの言うとおりだ。放送を頼んだだけならば問題ないが、他にも神に何か依頼していないとは限らない。

 プレイヤーの言う通りに、おいそれと動く彼らではないが、利害が一致すれば案外フットワークは軽い。それはカナリーが身をもって証明済みだ。

 ……いや、カナリーは自由すぎて参考にならないかも知れないが、相手側だけやってこないという楽観は捨てるべきだ。


「……ヤだなー、護衛ミッションは。ここで神との戦闘になったら、彼らを巻き込まないようにするのは至難だ」

「最悪を想定しすぎね?」

「最悪と言えばさ、そのお姫さんがハル君と同じように、NPCへの攻撃制限を解除されてたら?」

「トッププレイヤーというのは着眼点が物騒なのね? でもそれは平気よ、ハルなら」

「ルナの調べによれば、魔法の威力なんかは突出してないらしい。なら、攻撃動作の予兆を見逃さなければ平気」

「しっぽを左右に動かすのですね!」

「そうだね」


 モンスターに例えるゲーマー夫婦にルナが呆れるが、実際のところそう変わりは無い。

 誰にでもクセはあり、戦闘ともなればそれはより顕著になる。それを見逃すハルではなかった。ただ、相手が神となれば別だ。


「彼ら、予備動作を完璧に隠せるし」

「反則なのです!」

「クソゲー待ったなし」

「まあ、また許可を求めてくるでしょ。戦闘は許可しなきゃいい」

「それに、まだ来ると決まった訳じゃないものね?」


 ルナの言うように、話が飛躍しすぎだろう。それよりも今は、目の前の課題を片付けなければならない。すなわち貴族の挨拶回り。

 王女であるアイリに挨拶に来る貴族達を、順に捌いていかねばならなかった。





「王女殿下におかれましては、今回は、げにお目出度いお話で……」

「心にも無い事を。お前、よくわたくしの前に姿を見せられましたね? わたくし、この場であっても歯にきぬを着せられませんよ?」

「これは、手厳しい……」


 アイリの凍りつくような視線と、ハルのオーラに当てられ、冷や汗を隠せない彼は、大臣のような立場の要職にあたる人物らしい。

 普段見られないレアなアイリが顔を出しているのも、彼こそが王子を、アベルを神域に踏み込む許可を与えた人物であるからのようだ。

 秘密裏に行った取り引きのようだが、どういうルートを通ってか、アイリの知る所になった。

 挨拶もそこそこに、彼はすごすごと退散することになった。


「ハルさんが隣に居ると、とっても助かっちゃいます!」

「威圧感のおかげで、余計な言い訳が出てこなくて済むね」

「そいえばアベル君は来ないん?」

「来るわけないでしょうユキ……」


 それこそどの面下げて、である。まあ、立場的にはそうなのだが、彼は普通に心から祝ってくれそうだ。ハルに負けた悔しさはまた滲ませそうだが。




「王女殿下、あちらでお飲み物などいかがですかな? 今回私が用意した自慢の逸品がございまして」

「お気遣い感謝します。ですがこちらで頂きますね」

「そうおっしゃらずに。……婿殿むこどのにも、そちらの方に千草の牛の絶品どころがございますよ?」

「……お前、わたくしと旦那様を引き離して何を企んでいるのです?」

「ひっ!」

「牛肉か。後で食べてみようかね?」

「マイペースすぎでしょハル君キミ」


 今の野心溢れる地方領主のダンディは、ハルを引き離して威圧感の無い場所でゆっくりと商談を纏めたかったようだ。気持ちは分かる。

 だがお肉の方に娘さんユニットを配置していた事が、アイリの逆鱗げきりんに触れた。おかわいそうなことだ。アイリと差別化をはかるように、背も胸も大きなお嬢さんだったのも悪かったかも知れない。


「牛だけじゃなく別のお肉も召し上がれー、って感じ?」

「ユキ、品がないわ?」

「くっそう……、普段はルナちーが言いそうなことなんに……」

「……言わないわ? いえ本当に。今のは流石に」




「旦那様とは、どのようにお知り合いになられたのですかな?」

「カナリー様のお導きです。正に、運命と言って良いでしょう」

「おお! なんと素晴らしい! やはりカナリー様は我等を見ておられる。……僻地に追いやられ、カナリー様もお嘆きになっているでしょう。どうでしょう、ここはカナリー様と共に、この城へ戻られるのは!」

「知った風な口を利くものではありません。お前に、カナリー様の何が分かるというのです?」

「…………」


 口調は静かだが、今日一番の硬質なオーラを発していた。彼女の前で、『カナリーの事を分かっている』発言は厳禁のようだ。

 失言を察した彼は熱弁から一転、ぱくぱくと二の句が継げなくなってしまっていた。

 まあ、“あれ”を推測しろというのが酷なので仕方ない。城で暮らせなどと言ったら、ものすっごく渋い顔をしそうだ。あんなのだとは思わないだろう、神様が。ハルの方でフォローしておく。


「申し訳ありません、ハルさん。つい……」

「アイリちゃんおっかないー。お城では、何時もああだったん?」

「ええ、わたくし、ちっちゃいですので。ああでもしないと付け込まれてしまします。ついたあだ名が『氷の王女』なのですよ?」

「字面はカッコいいんだけどね」

「そういえば、さっきも何度か出ていたわね?」

「ええ、冷たすぎて嫁の貰い手が居ないだろうと。好都合だったのですが」

「実際は旦那様にはデレデレだけどねー」

「もうっ! ……まあ、そうですね、見せ付けてやりましょう!」


 次の来訪者が来るまでの間、控えめにハルに甘えてくる。

 普段とは比べられない大人しさだが、それでもその姿は衝撃だったようだ。抑えきれないどよめきが広がるのが聞こえる。

 ついでにモニターからは、やっかみのコメントが溢れるのが見えた。『爆発しろ』の定番コメントに対して、『本当に爆発してきたらどうするんだ!』の返しはちょっと面白かった。今度爆発してみよう。


 なお、悪口おじさんは予想通りの手の平返しぶりだった。ある意味ハルの神気を一番気にしていない。二人のことを散々褒めちぎって帰って行った。

 元を知っていると、いっそすがすがしくもある。よくぞあそこまで変わり身が出来るものだ。今後、暇があったら普段はどうしているのか見てみようと思うハルだった。





 そうしてハル達への挨拶がひと段落すると、次はクライス皇帝の入場となるようだ。彼の為の力強いテーマ曲がかかり、入場となる。

 この地へ来たのはクライスと、秘書のように控える信徒のカナン。そして大臣らしき文官二人、護衛の兵士が数名だ。王の護衛としては、少ないだろう、十名に満たない。<転移>で来たので、仕方がない。


 彼は自分の席に着く前に、ハル達へと挨拶に来るようだった。ハルも立ち上がりこれを出迎える。


「やあクライス。来てくれてありがとうね。お祝いの品、先にたくさん受け取ったよ、これ」

「ふははは! それを運んだのも貴公ではないか! 何度も手間をかけたな。国として見栄を張ると、どうしても多くなる」

「でもその甲斐あって、見栄の張り合いはクライスの勝ちだね」

「ふっ、そのようであるな」


 ハル達の席には各方面からの祝いの品が積み上げられている。一際豪華なのが、ヴァーミリオン皇帝からの物。次いで、藤の国王子およびその婚約者から。

 この辺の競い合いも大変そうだ。まるでチキンレースである。


 クライスはハルの肩を叩くように、大げさに再開を喜ぶ。普段の彼らしくないが、これもアピールだろう。

 この国の貴族に、ハルとの親密さを知らしめる牽制けんせいだ。

 まあ実際、ハルもどの国と一番仲がいいかと言えばヴァーミリオンだろう。次にアベル王子の瑠璃るりの国。自国とも言えるここ梔子くちなしの国は出遅れていた。


「今日は楽しんでいってよ。美味しい物いっぱい用意したからさ。……アイリが」

「ふはは! 早くも妻に頭が上がらぬか?」

「そんな事などありません! もうっ!」


 クライスは意識していないだろうが、これ以上無い牽制になった。アイリにも冷たい視線を向けられていない。

 とはいえ、ハルにも別にこの国を脅かそうという気はない。その辺りは、後でそれとなく広めておいた方が良いだろう。ただでさえ魔王と呼ばれているのだ。プレイヤーを中心に情報収集されては誤解を生みかねない。


 誤解と言えば、プレイヤーについて少し誤解も広まっている様子だ。クライスが自分の席へと去って行くのを見送りつつ、ハルはそう考える。

 話題の皇帝を目で追いつつも、皆どうしてもハルの方を気にしてしまっているようだ。


「使徒は皆こうなのか、って疑問に思ってる人も居るみたいだね」

「そうなの? まあ、まだ接触していない人はハルが初ですものね?」

「隣にうちらも居るんだけどねー」

「そこは、ハルさんの一部なのです」

「……実際にハルの一部の人が言うと、否定しづらいわね?」


 この場合、彼女たちには申し訳ないが、付属品として見られているのだろう。どうしても、神気が強すぎて他の認識がかすむ。


「ただまあ、その誤解もすぐ解けるんじゃないかな? 分かりやすいプレイヤーが来ることだし」

「例のお姫さんかー、確かにね。……もう来てるん?」

「いいや。神殿にも来てないね」

「……流石にそろそろ神殿へは着いていないと、間に合わないのです」


 クライスの次は、彼女の国だ。出番がそろそろ回ってくる。

 しかしそのようなプレイヤーは、城内の何処にも、また街にある転移拠点である神殿にもまだ見当たらなかった。


「ハル君、メガネだ、変装してる女の子を探すんだ! きっとサプライズで出てくる気なんだ」

「ないわー」

「無いわね?」

「でもサプライズは当たっている、のですか?」

「なになに? ハル君の心読んだん?」


 未だに見当たらないので、彼女の国の王子様達も慌てているのではないか、と少し探ってみた。しかし、彼らの様子は落ち着いたもので、これが予定通りのようだ。


「気になってよく観察してみたらね。どうやら転移で来るらしいよ。ここに」

「ん? 神殿じゃあなくて?」

「そう、ここに。……放送の許可を求められた時に気づくべきだったね」

「……流石に関連付けないわ、そこまで」


 今回のイベントの主催、ゲーム内のイベントという意味では主催は魔法神ウィストだ。その彼にイベントを提案したのが例のお姫さん。

 つまり、送り迎えもしてもらう算段なのだろう。姫か。


「だが許可が出せる立場で良かったよ」

「ハルさんが、悪い顔です!」

「転移の許可、出さないつもりかしら?」

「流石に許可は出すよ。後々めんどうだからね。……でも、タイミングは弄らせてもらう」

「まさに間の抜けたタイミングで、ですね!」

「えっげつな」


 わざわざ転移で直接会場に乗り込んで来るのだ、そこにあるのは目立ちたい一心だろう。その思惑を、外させてもらう。


「可哀そうかな?」

「もともと勝負を仕掛けてきたのはあちらの方よ? 情けは、無用」

「無用なのです!」


 そうして順調にプログラムは進み、藤の国の入場順がやってくる。


「《ハル様。予想通り、ハル様にプレイヤーの転送許可を求めるメッセージが届いています》」

「保留。許可を前提に指示を待て」

「《御意ぎょいに》」

「……皆、出てこないので戸惑っているようですね」

「お姫さんの転移を合図に、進めるつもりだったんねー」

「まだよハル。もっと場の注目が散じてから」


 ハルの意を汲み、ルナがタイミングを計ってくれるようだ。これらの演出は彼女の方が上手だ、任せよう。

 しばらくはそのまま何が起こるかと会場は注目していたが、何かのトラブルだろうと分かると、皆おのおの歓談に戻ってゆく。その、少し白けたタイミングをベストと判断したようだ。


「今よ」

「黒曜、許可」


 神殿で使うような派手な演出と共に、その女の子が転送されてきた。しかし、折角の凝った演出を目視してくれた人は、想定の半分にも満たなかったことだろう。

 微妙な空気の中に放り投げられた彼女が哀愁を誘う。やはり少し可哀そうだったのではないか、とハルが思っていると、彼女から叫びが上がるのだった。


「何ですぐに許可しないのよ! 待ったわよ! ずいぶんと!」


 どうやら、目立つ事には成功したようだった。

※誤字修正を行いました。サブタイトルの話数が間違っていたのを修正しました。


 追加の修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2025/4/19)

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