第1519話 新たな魔力の発生源?
テーブルの上に取り出されたその花は、青い花弁をひときわ美しく主張するように、太陽の下でなお明るく咲き誇っていた。
その花弁が輝いて見えるのは、あまりの美しさからくるイメージ、ではない。実際に、花は先端から物理的な輝きを発しているのである。
「おおっ! これは本当に、お花が魔法を使っているのです! すごいですー!」
「あー、なんかこんなん、ダンジョンのオブジェクトにありがちだよね。でもこれ魔力で構成されてる訳じゃなく、本物の花としてここにあるってことか」
「違いが分からないわね……」
結果としては同じこと、いや、まだ正直にいえば魔力で構築された光る花のオブジェクトには洗練度合いでは及ばない。
しかし、それを小細工抜きで現実に作り上げるということが、どれほど常識外れの作業か、さすがにハルも最近は理解できるだけの知識がついている。
「これが、私の作り出した『月光花』ですっ」
「本当に、微弱だけど<光魔法>の類が照射されてるね。これは凄い」
「でもこれじゃあ、『陽光花』ですよー?」
「ううっ……、魔法の発動は、昼夜関係なく常時行われるのでっ……」
「昼間はとっても明るそうね? 目がくらんじゃいそうなの!」
マリーゴールドが言うように、この花が一面に咲く花畑があったとすれば、そこはちょっと大変なことになりそうだ。
上からは日光、下からは魔法のライトで照らされて、せっかくの花畑で目を開けていられない。そんな事態に陥るかも知れない。
「アレキっ。夜にしてくださいっ!」
「《えっ、まだ昼時間だぜ? 育成バランス崩れるだろ》」
「一日くらい問題ありませんっ。ランダム性ってやつですっ。やってっ」
「《はいはーいっ》」
まあ、自然環境下では時おり予想外に陽の照らない日だってある。完全に調整されているよりも、確かにそのくらいの方がむしろ自然か。
何をどう弄ったかは分からぬが、ハルたち居るエリアでは陽が沈み、一気に夜の暗さまで周囲は帳を落としてゆく。
そんな暗がりの中においては、月光花はより幻想的に、その魔法の輝きによって闇の中自身を美しく照らし上げているのであった。
「すごいわ、すごいの! これなら、暗い地域でも他のお花の生育にも嬉しいわね!」
「普通に照明設置すればよくないですかー?」
「もうっ! だめよカナリー。そんなロマンのないことを言っちゃあ」
「まあ効率ゲーマーとしてはどーしてもそう思うわなぁー」
「……確かに、光が欲しいなら魔法でも科学でも、この花にわざわざ頼る必要はないわよね?」
製造コストが段違いだ。まあ、実用化のために生み出された物ではないのは分かっているにせよ、どうしても『それって何の役に立つの?』と思ってしまうのは避けられない。そんなハルたちだった。
「……一応、放置していても自動で保守点検し、数も補充してくれる設備と考えられなくもないか?」
「いえっ、それは無理なんですハルさんっ。この植物は、自然に繁殖できませんっ。しかも寿命が短いので、枯れたらそこまででして」
「駄目そうだね……」
「寿命が短いのは、やはり魔法を発動し続けているからですか翡翠様?」
「そうですねっ。その負担は大きいですよアイリさん。加えてやはり根本的に、生物の遺伝子として無理があるのかと」
「そう、なのですね……?」
魔法については詳しいが、まだ流石に遺伝子についてはピンときていないらしいアイリであった。
それでも、実は様々なゲームに登場する知識から、遺伝子改変で新生物を生み出す、という行為そのものはなんとなく理解しているアイリである。定番なのだ。
「ですがー、勝手に増えないのはいいですねー。そんなの勝手に世界中にバラまかれたら、大変ですよー」
「そんなことはありませんカナリーちゃんっ。この過酷な自然環境でも生き抜ける、新生物が生まれるかも知れないじゃないですかっ。それが、何かの役に立つかもっ」
「立ーちーませんー。例え役に立ったとしても、消費コストはどーするんですかー。無計画に常時魔法を無駄撃ちし続けるいきものなんてー、星にとって一利のために百害ですよー?」
「それはそうね? 確かにそうなの。このお花が自分で増えて、周囲一帯の魔力を常時吸い続けるような展開は、さすがに私も望むものではないわ?」
「《その時はオレが、一帯を焦土にしてやるよ!》」
「させませんっ」
どうやらアレキと翡翠もここで同時に仕事はしているが、完全な協力関係という訳ではないようだ。
あくまで、『ハルに協力する』という名分の下、一時的な協調を果たしているに過ぎないということか。外の神様の関係性は複雑だ。
「確かにっ、今のこの惑星の魔力状況で、魔法生物の自然繁殖は害にしかならないでしょうっ」
「そうね? そうなの。仕方ないの。もっと全盛期の魔力くらいに回復したら、良いのかも知れないけれどね」
「ですがっ!」
「わっ。びっくりしたわ?」
「ごめんなさいマリー。しかし、しかしですよもし、その魔力消費よりも魔力の供給量が上回るような結果が出せたならばどうでしょうか? その時はこの生物としての自然繁殖能力が一気にプラスに働き、放置しているだけで得に、魔力収支がプラスに転じる好循環となりえます」
「たまに早口ね翡翠ちゃん」
「ごっ、ごめんなさいっ。ついっ……」
「……ちょっと待って?」
翡翠の早口よりも、今は気になる事がある。ハルはそのことを、見逃さずに追及していく。
「今、翡翠は魔力が増えることについて言及したね? その植物は、人間を介さずに魔力を増やす事が可能なの?」
「え、えっとそれは、まだ完全に実証できてはいない段階でして……」
「ふむ? そうなのか……」
「あっでもっ! ほんの少しだけですが、データが取れた時もあるんですよっ! ……あまりに微弱で、明確な関連性が証明できてはいないのですがっ」
「確かに。人の居ない所でも、魔力が湧いてくる事それ自体はあるからね」
人が、日本人の活動があれば、あくまでその傾向を増幅しやすいというだけであり、それがなくとも多少はこの地に魔力はやってくる。
たまたまその増加と重なっただけなのか、それとも本当にこの花が誘引したのか。それを計るには、微弱すぎてただの誤差としてしかデータは取れていないようだった。
「ふむー? 確かにそれが本当ならば、案外いい手なのかも知れないですねー? ほっとけば増えるうえに、自力で光合成まで出来てしまいますしー」
「お? カナちゃん意外にも否定しない」
「私は別に何でもかんでも頭ごなしに否定するお姑さんじゃあないですよー? この研究が本当なら、確かに価値はありますー。本当なら、ですけどー?」
「結果を出している者は否定しないということね?」
「そっ、それはこれからでっ。今少しの、予算と時間さえあればっ……」
「なーんか無能な研究者みたいなこと言い出しましたねー……、だめですかねーこれはー……」
だが、確かに興味深い視点だ。ハルたちは今まで、魔力を異世界に引き込むには日本人をこの地で活動させる事が一番だと思い込んでいた。決めつけていたといっていい。
しかしもし、全く人間を介すことなく、しかもゲーム環境を整備するといった手間も無しに自動で、その魔力の引き込みが出来たなら? それは確かに、画期的、革命的な発想といっていいだろう。
要するに魔力を引き付けるための判定があるのは実は『人間』部分ではなく、『魔法を扱えるか否か』で判定されているという考えだろう。
それならば確かに、人間向けのサービスに拘る必要もない。そう考えればコストも、その浮いた分を回すことで最初の想定よりも安く見積もることが出来るだろうか?
「まあ、私も考え方は嫌いじゃないよ? つまりはあれでしょ? 国土中に初期の支援ユニットを力の限り増産して、その地味な相乗効果を数の力だけで後期ユニット以上に引き上げるってことでしょ?」
「対処が遅れると、何も出来ず押しつぶされるのです!」
「その代わり自国の見た目が酷いことになりがちだけどね」
効率の悪いソーラー発電、敷き詰めれば原発以上と読み替えてもいい。現実的ではないゲームならではのそうした現象も、神と魔法の力をもってすれば確かに実現可能だ。
「んー。でもやっぱりー、今は応援できそうにないですかー。常時こうして魔法を発動している草が大量にあったらー、誤差程度の供給なんて一瞬で食いつぶしちゃいますからねー」
「そこは、省魔力化やっ、オンオフの誘導っ、更なる効率化をしてみせますっ!」
「まずは誤差と言わせないレベルでの証明からですよー?」
なんだか面接や発表会じみてきたこの昼食会のテーブル。この辺りで、一度話を元に戻そうとハルは思う。
なんだか彼女に協力する空気になってきているが、まだまだその決定は早計だ。今の段階では、翡翠の言っていることは絵に描いた餅にすぎない。
しかし、魔力というエネルギーの根底に触れ、その真実に近づいている実感がある今、この彼女の話はハルに興味深い視点を新たに与えてくれているのも事実。
さて、この話と例のエリクシルネット、どう結びついてくるのだろうか。
《アメジスト。どう思う?》
《便利に使われるわたくし……、よよよ……》
《……いきなり嘆きだすな。なんならエメに聞くぞ》
《なんすか? お仕事っすか!?》
《あーん。お待ちになって。ええとですね、ただの勘でしかないのですが、経験上、あまりいい結果にはならないかと思います、わたくし》
《わたしもちょっと微妙っすかね!》
それらエネルギーの流れに詳しい二神からは、あまり評価は芳しくないようだ。
さて、そんな彼女らの既存の常識を覆す大発見と、今後はたしてなっていくのか。期待と不安が同時にあるハルであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




