第1516話 分割した鍋の火入れを行うが如く
「へえ。それでその協力者の人は、何をやってくれてるの?」
「正確には『その人達』なの。複数の協力者が、このプロジェクトには参加してくれているわ」
「それは心強い。と、思っていいんだよね……」
「もちろんよハル様!」
対処しなければいけない厄介な相手が複数に増えた、などと考えてしまうのは、最近接していた神様に原因があるだろうか。考えすぎなことを祈るばかりのハルだ。
とりあえずその者らは今は不在であるようなので、連絡がつくまでハルたちはマリーゴールドの案内でこの地の見学がてら、当初の目的通りにピクニックを行っていくことにした。
まさに『足の踏み場もない』ほど咲き誇る花たちをかき分けながら、それらを傷つけぬように進んでいく。
誰にもはばかることなく今は咲き誇っているところ悪いが、この地を今後活用していくならば、人間に配慮した通路の作成なども考慮させてもらわねばならないだろう。
「ここのお花は、多くが春のお花なのですね!」
「すばらしいわ! よく分かったわねアイリちゃん! そう、そうなの! ここは『春』のエリアとして、大まかに気候をコントロールしているわ? ……『ハル』様のエリアではないわ? もちろん、いくらかは他から混じってしまっているけどね?」
「すごいですー!」
実際凄い。恐らくはその辺が、外部の神の協力を得ている部分ではなかろうか。
気候のコントロールは異世界の人々が暮らす大陸の一角、『ゲームフィールド』でも行われているが、それは一年かけて四季を緩やかに循環させているのみ。
このように狭いエリアで、しかも同時に異なる季節を実現するのはまた別の技術が必要となって来る。
「私たちのおうちは、お庭がまだ寂しいわ。今日はここから、お花を少し持って帰りましょうか」
「はい!」
「これからは、お花の『仕入れ』に困ることはなさそうね?」
「でもいーのかーアイリちゃん。それだと、ハル君と一緒にお花探しデートが出来なくなっちゃうぞー?」
「はっ! 楽なのはいいかと思いましたが、そ、そんな落とし穴が……」
「あらあら。困っちゃったわねアイリちゃん。どうしましょうか?」
恋人たちの事情を聞くのが大好きなお隣のお姉さん、マリーゴールドにからかわれながらハルたちは『春』のエリアを進んでいく。
そうしてしばらくすると、ある部分から一気に大地へ根ざした植物の様子が変わりはじめる部分があることにハルたちは気付いた。
特に人工的な境などは見えないものの、何かの線でも引かれているように、花の色がそこから一気に変わってきている。
傾向としては、より色鮮やかな種類の花が、その見えないラインからは増えてきているようだった。
「うおー。あっついですねー。この先には、進みたくありませんー。今日のお散歩は、ここまでにしましょー」
「た、確かに! この先はとっても、暑いですね、カナリー様!」
「カナリー、脂肪が付きすぎたのではなくって?」
「あはは。カナちゃんこないだのバレンタインもお菓子たっぷり食べたもんねー」
「なにおうー。私はおでぶちゃんではありませんー。ふーんだ。一人だけ魔力体のユキさんには分かりませんよー」
「すまぬ。私、本体で来ると、きっともっと分からん」
「体のユキは、感覚が鈍いものね?」
「それにあのユキさんは、決して太らない“ぱーふぇくとぼでー”なのです! 一部以外!」
その境界線を踏み越えると、温暖な春を通り越して一気に真夏。不思議なことに、日差しの質すらもそちらに踏み込むと夏のものに変化したように感じる。
まだまだ寒さの続く冬の服装で訪れたハルたち、特にカナリーは、そちらの熱気を嫌って一目散に春のエリアへと逃げ帰って来るのであった。
「……ひどい目にあいましたー」
「ダイエットしよ、カナちゃん!」
「むぅー。ダイエットなんてしたことないユキさんが勝手なこと言っていますー」
「太れるのは素敵なことよカナリー。素敵なことなの! だって私たちが太ったところで、『設定変えた?』って言われるのが落ちよ?」
「そういうものですかねー? 私もワンボタンで痩せられるなら、そっちの方が楽でいいと思うのですがー」
まあ、カナリーも今はハルと同じ管理者の身体なので、やろうと思えばそこそこ自由に体系設定も行えるはずだ。
だがさすがに神様が自分の体形を設定するようにはいかず、完全マニュアル操作で行う必要があるので面倒がっているカナリーだった。
そんな彼女がこれ以上進みたがらないので、ハルたちはここらで持ってきたバスケットを開き、ピクニックとしゃれ込む事とする。
カナリーの体重がまたピンチになりそうだが、そこは、ハルがこっそり手を回してこれ以上ぷくぷくしすぎないように管理しよう。
結局、そうして甘やかしすぎのハルが居るので、カナリーが積極的にダイエットするようなことはないのであった。
*
「あら。素敵な休憩所ね? 本当に素敵なの! しかも透明だから、お花たちが光を浴びる邪魔にならないわ?」
「新技術のコントロールにもすっかり慣れてきましたねー」
「まあ、魔法で<物質化>してしまえば、こんなことする必要なんてないんだけどね」
「にゃっ、うーにゃっ!」
「まあ、そうだねメタちゃん。そうやってなんでも<物質化>に頼りすぎていると、魔力の無駄遣いだもんね」
「そうですね……! わたくしたちのご先祖のように、頼りすぎはよくないのです!」
「ふなーご♪」
かつてありとあらゆる生活用品を、それこそ街ごと魔力で構築していたかつての異世界人。
その彼らから得た教訓を生かす、という訳ではないが、未だにこの世界には魔力が十分に溜まったとはいえない。何でもかんでも、魔法頼りの行動はしない方がいいだろう。
ハルは最近日本の方で開発したガラスを使った自在建築を活用し、花畑の頭上に広々とした透明な足場を構築する。
なお材料となるペーストは、メタの大工場からパイプラインで運んでもらっている。こんな物まで作れるとは、恐るべし。
「これは、透明過ぎて下からスカートの中が見えてしまいそうですね!」
「もっと反射率を上げれば、逆に上から下着が見放題よハル?」
「……そこが課題だね。オールガラス細工として売り出すには、そういった細かな部分まで気を配らないと」
「あっ。逃げたなハル君」
わざとらしくスカートをあおいでアピールする女の子たちを窘めて、ハルは足場の上にテーブルと椅子も用意する。もちろんそれも、ガラス製。
正直この程度の節約をしたところで、世界全体から見たら誤差でしかないが、こうした準備が今後何かの役に立つかも知れない。色々と、試しておくのもいいだろう。
そうして真下も含めて視界全面に広がる花畑と、一足早い春の穏やかな風が吹き抜けるのを楽しみながら、ハルたちはしばし優雅な昼食の時間を楽しむのであった。
「ハル様」
「アルベルトか。お前も参加する?」
そんなピクニックというより昼食会をハルたちが楽しんでいる中に、執事姿のアルベルトが音もなく現れた。これが基本形だが、最近ではレアになってきているのは気のせいか。
「いえ、ありがたいお誘いですが。そうではなく、協力者との連絡がつきましたので、この場に招いてよろしいかのご確認をと」
「ああ、そんなの別に構わないのに。いつも来てもらってるんでしょ? って、<転移>の許可? そっちは、どうしようかな……」
「快諾からいきなり渋りだすハル君おもろ」
「私たちの信頼度の低さが、よく分かるというものね!」
「別に信頼してない訳じゃないけど……、というか君もその警戒の一因だからねマリーちゃん……?」
神様たちは本質的に皆仲間だと思っているハルだが、それはそれとして警戒は欠かせない。その辺りの事情は、まあ今更語るまでもないだろう。『前例』が多すぎる。
このエリアに満ちる魔力は全てハルの物であり、そのロックを解き使用に許可を与えても果たして大丈夫なのか。そこが一瞬引っかかったハルだが、とはいえ悩んだのは一瞬だ。
既にここの運用を手伝ってもらっている相手に、今さら警戒するのも失礼というもの。
普段からアルベルトやメタが一緒に仕事をしているという相手だ、彼らを信じるように、新たな仲間を信じよう。そうハルは心に決めた。
「……よし、いいよ。これで直接<転移>が可能になった」
「ありがとうござ、」
「おっ、キタキタ許可来た! よっしゃあ一番乗りぃ。ひゅうっ! やっぱ<転移>できると楽でいいよなぁ。毎回飛んで来るのは大変でさぁ!」
「アレキ。一瞬の間も置かずに来るとは何事ですか。ハル様に失礼ですよ」
「えっ、そうなの? ゴメン、兄ちゃん。オレ、そういうのよく分かってなくってさ」
「いや、いいけどね。そのくらいは」
「ふんみゃ~~……」
まるで『入室』ボタンを連打して待機していたプレイヤーのように、許可設定をした瞬間にこの場に真っ先に飛び込んでくる小さな神様。
アレキと呼ばれた彼は、真っ赤な髪の毛の少年であり身体的特徴はマゼンタと被る。
しかしその活発さはこの短時間で既に明らかすぎるほど明らかで、人間でいえば小学生か中学生あたりの『スポーツ少年』といった感じか。
なんとなく、漫画の主人公でもはっていそうな雰囲気だ。まあ、マゼンタが主人公になれないとは別に言わないが。
「……やれやれ。大変に失礼を致しました。ハル様。彼が、協力者の一人であるアレキ。主にこの地の温度、気候管理を担当してくれています」
「よろしくな、ハル兄ちゃん!」
「ああ、よろしくアレキ。直接会うのは、初めてだよね」
「はじめましてっ!」
髪色通りの熱さを持つ、素直な少年のようだ。
しかし彼もまた神様の一人、そしてこの地の季節分割もこなして見せる実力者。見かけにはよらない。
そんな彼も、この力は別にハルの手伝いをするために手に入れたものではないだろう。
さて、彼と、もう一人の協力者は、いったいいかなる思惑があってこの地の作業に従事してくれているのだろうか。これからそれを、聞いてみようと思うハルであった。




