第1514話 同運営の過去作は今
ハルたちは全員で揃って食卓を囲み、これでもかと並んだお菓子を包囲する。
ゲーム内であれだけお菓子と向き合って来たばかりだというのに、彼女らの瞳は一向に輝きを落とすことはない。
「……みんな、本当にお菓子が好きだねえ」
「女の子は、誰だってお菓子が大好きなんですよー?」
「あはは。その中でもカナちゃんは、ちょっと好きすぎかなー」
「おなか空きすぎですよー?」
「あちらでは、いくら食べてもおなか一杯にはなりませんからね!」
「『それがいい』、という声も多いわ? 一種の特需のようになっているわね」
今までは、食べても食べても太らないゲーム内で食欲を紛らわす、といった行為は微妙にやりづらいのが電脳世界の常だった。
味の再現度はイマイチなものであり、食事の満足度はあまりに低い。
だが、『エーテルの夢』から始まった電脳世界における味覚の革命。それは最近の味覚データベースの完成により、世間的にも大きく広がる爆発を見せる。
今までになかった時代の変化を味わうために人は殺到し、特に総本山であるハルたちのゲームに関しては非常に高い評価を受け話題になっている。
「でもよー。ちょーっと残念なんよな。味覚データベースが他社にも渡っちまってる関係でさぁ、こっちにユーザーを独占的に全て集中させることが出来てねーんよさ」
「そこは、それほど大きな問題ではないわアイリス? 他社の儲けも、きっちりロイヤリティとして入って来るもの。むしろ、私たちが一社でやるよりも効率は上のはずよ?」
「そら分かってっけどさぁルナちーさんよぉ。全ての話題を一点に集めた熱狂! 社会現象! その天井知らずの盛り上がりによる留まることを知らぬアホみてーな大儲け! それも、味わってみたくねー?」
「ふむ……」
「ルナ……、アイリスに乗せられないの……」
まあ、アイリスの言うことも分かる。最初から味覚データベースを売り出さず独占しておけば、高い確率でそれに近い現象が見られたことだろう。
それはルナの会社やハルに対する評価を今以上に高め、お金の面でもやりようによってはアイリス大喜びの『バグった』収益を出せたかも知れない。
しかし、ハルはそれよりも安定を選んだ。安定というよりも、『調和』と言った方がいいだろうか。
これは収益の安定性の話だけではなく、一人勝ちの独走状態による不和や産業構造の乱れを生まないためだ。
ただでさえ、新技術により既存産業には歪みが生じている。学園生であるソウシなどからも恨み言が出ていた。
なのでハルは彼らもきちんと恩恵が受けられるよう、そして二つの世界の今後を考えた布石の一つとしても、データベース提供という決定は決して動かせないと考えていた。
「最終的には、僕らなしでも二つの世界が回るようにと考えて、そこに向け動いているんだ。そんな中、僕らだけ目立っても仕方がないよ」
「でもよぉお兄ちゃん。んな壮大な計画には、やっぱ先立つ物が必要だよなぁ? ぐへへへへ」
「厭らしい笑い方しないの……」
「そうね? それにいくらハルが引退を望んでいたとしても、しばらくは最前線で牽引して行けなければならないのも事実ね」
「ルナまでそんなことを……」
正直、世界に影響を与えるとしても『裏からこっそり』が理想なハルだ。そう都合よくは、いかないものだろうか?
「うむっ。前途は多難なようだねハル。がんばりたまえよ。私もこうして応援しているとも」
「……寝そべりながらお菓子食べてる奴にそんなこと言われてもなあ」
「セレステちゃん、イシスちゃんの先輩って感じ」
「む? なにを言うユキ。私はパーフェクトな自宅警備員さ。休日しかダラけない彼女とは、格が違うのだよ格が」
「あはは。凄いしょもないこと誇ってるぅ」
ログアウトしてのんびりになったユキも、最前線のお菓子争奪戦から離れ奥のセレステと並ぶようにゆったりとくつろぐ。
この二人が、いざ戦闘となれば逆に最前線へと真っ先に駆けて行くとはまるで思えない光景だ。
「しかしだハル」
「ん? どうしたのさセレステ。真面目な顔して」
「うむっ。そうして二つの世界の架け橋を望むのならば、もう少し慎重に考えて行動した方が良かったのも事実かも知れないね」
「それはまた、どういう風に? セレステも味覚データベースは独占すべきだったと?」
「いや。そうではない。そもそも、電脳世界の味覚発達は、もう少し待つべきだったのではないかと私は思うんだ」
「ほう。新鮮な意見だ」
ハルは口を挟むことなく、黙ってセレステにその先を促す。
行動を否定されたことを特に不快に思ったりはしない。彼女たち神様は、時にハルたちには及びもつかぬ高い視座から全体を見る目を持っているのだから。
「まあ、つまりどういうことかというとだ。繊細な味覚が一般化したことで、“この”ゲームの優位性がまた薄れた。このままユーザーが減って行ったら、私は本当に無職になってしまうじゃあないか。さすがに立場がない」
「お前の立場の問題かよ!」
ずいぶんと低い視座からの発言だった。ハルのツッコミに、セレステも満足そうな笑みを浮かべる。
ただまあ確かに、セレステの言う『このゲーム』、この異世界そのものを最近少し放置しがちなのも確かであった。
アメジストの拘束も果たした今、そこについても考えを進めていっても良いのかも知れない。ハルは改めて、そう思い直すのだった。
*
「しかし、そうね? 確かに、自社内でのユーザーの食い合いは、あまり良いとは言えないわね」
「ルナもまた真面目に受け取りすぎ。この子らの発言に一喜一憂してたら、体がいくつあっても足りないよ?」
「物理的に分身がいくつあっても足りなさそうなあなたが言うと、説得力があるわねぇ……」
ただ、冗談めかして放たれたセレステの言葉ではあるが、全く的外れという訳でもない。
最近はこの異世界の舞台という特別性も薄れ、また話題性は別作品の方が完全に上であるため、少々ぱっとしない印象なのも確かではある。
もちろん、『この地に暮らす人々との交流』という要素は唯一無二であるため、完全に他に取って代わられる事はないものの、それでもセレステの言ったように独自性は薄れていく。
その交流もリアルな人間が相手であるため、融通のきかないゲームらしからぬスローペースを強制されている。せっかちな現代人相手には、痛い要素だった。
「それこそ、本当に『異世界でした』と発表でもしない限り、次の話題爆発は見込めないか?」
「だが君は、それはまだまだ時期が早いと考えているのだろう、ハル?」
「さすがにね」
最近の騒動にもからめて、多少の種はまいておけたとは思う。しかし、その種が芽吹くにはまだ遠く、今すぐに真実を知らせるというのはさすがに混乱が大きくなりすぎるだろう。
「わたくしたちの世界の国も、今ではもう全てプレイヤーの皆様が浸透してしまいましたしね……」
「そうだねアイリ。新たな国を目指して進む、冒険感はもうなくなってしまった」
「もちろん、ついたら終わりって訳じゃないけどね。うちらも、交流のない人たちいっぱいいるし」
ユキの言う通り、交流に関してはそこからが始まりだ。なので、あまり心配しすぎる必要もないのかもしれない。
しかし、どうしても『世界が狭い』と感じられてしまうのは避けられない。そしてその事情は、解消しようがない。
この星で今、人が暮らしている地域は、この『ゲームマップ』として定義されている一帯のみなのだから。
「別の大陸を使って、もう一つゲームを作ろうという計画はどうなったのかしら?」
「難航中。やっぱりこの惑星の重力異常が強い地域では、安定して何かをするのは難しい」
「仕方がないことですわ? わたくしたちですら今まで、そこに関してはどうにも出来ていませんもの」
「アメジストも、なんとかしようとはしてくれてたんだ。そういえば神力、重力操作であの世界樹も作っていたもんね」
「別に、積極的に手を付けていた訳ではありません。他の神とも協調しなければいけない以上、一応です。いちおう」
「ツンデレかいアメジスト? ちなみに私はクーデレさ」
「貴女はクールでダラダラでしょうに……」
クーダラであった。しかしやるときはやるギャップもち。
そういった星全体の事情があるため、多くの神様が重力操作に長けているというのも、彼女らに関するちょっとした小ネタとなるだろう。
「そいやさハル君? あの重力異常地帯に、うちらのお庭を作ってたじゃん。あれは今どんな感じ?」
「にゃっ!」
「おっ、メタ助どしたー? そだね。あっこは君の管轄だったもんなー」
「にゃうにゃう♪」
「順調だよユキ。まあ最近は僕もあれやこれやと慌ただしくて、たまに遠くから経過観察するくらいしか出来てないんだけどね。ほぼメタちゃんたちにお任せなんだ」
「ごろにゃ~~」
「メタは楽しそうだし、別にいいとは思うがね?」
「そうもいかないさセレステ。さすがに、衛星軌道上から眺めるだけじゃ、手抜きが過ぎる」
「あなたの言う『遠くから』って、宇宙からなのね……」
「スケールが大きいのです!」
特に、何があるという訳でもない。ただ、荒れ果て不毛の大地となった全ての始まりの地を、時間を掛けて緑化していこうという計画。
そこを利用してプレイヤー向けの新たなフィールドを作成しようという案もあったが、新たに台頭してきた別のゲームたちに流されて、ハルもそれどころではなかったのだ。
しかし、ようやくそれら騒動もここにきて一息ついた感はある。
ここはピクニックがてら、あの地に皆でまた顔を出してみるのも良いかも知れない。そうハルは思うのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




