第1512話 夢想と現実の埋めがたい差
そうして大会はその後も順調に進行していった。ハルたちは様々な趣向を凝らしたスイートなお菓子と、更に知恵と技巧を振り絞ったトラップ入りのお菓子を次々に味わってゆく。
色々と言いたいことはあるにせよ、そうした様々なお菓子を味わえるのは実に楽しく、幸せなこと。
なんだかんだで、来てよかったと今では思う。そんなハルだった。
正統派のチョコレート、サクサクのアップルパイ、チョコクリームを使ったシュークリームに目にも楽しい色とりどりの和菓子。多種多様なスイーツの数々が登場している。
変わり種のお菓子も負けてはいない。様々なアイデアとそれを実現する技術により、『来る』と事前に分かっていても、決して驚きは色あせることはない。
噛んで断面が空気に触れることで、化学反応により激しく発光を始めるチョコレート。
「決して、決して一口では食べないでください! 必ず、半分に噛み切るようにして食べてくださいね!」
「事前の注文が多すぎてドッキリになってない……、ってうわっ……、大丈夫なの、これ……?」
「《ルシフェリン系の新素材なので、人体には無害ですわぁ。もちろん、ハル様印の合成機でも再現できますぅ。リアルへ転送~~》」
一見普通の菓子パンなのだが、口に含んだ瞬間に猛烈に膨れはじめる凶器じみたパン。
「パクッと! 一口で一気に!」
「……今度はそっちか。むっ!? むぐっ!? さ、さすがに膨れすぎだろ、どうなってんの!?」
「《中のソースに含まれる特殊な菌による発酵ガスが一気に発生しとりますなぁ。これは残念ながら、リアル展開不可能ですぅ。『菌』は合成できませんのでぇ》」
「というかこれはリアルでは危なくてそもそも禁止だろ……」
口に含んだ瞬間に爆裂する勢いでパチパチと弾ける可愛らしい色とりどりのグミ。
「ああ、これは似たようなのを食べたことあるね。面白いよね、これ」
「ええっ。自信あったのになぁ……」
「いや、この技術は自信をもっていいよ。ここまでしっかり封入するのは、大変だ」
「《食べ物に高圧炭酸詰め込むのは人類の習性みたいなもんですからなぁ。歴史は何度か繰り返してますぅ》」
「そんな習性は無い……」
「《ともかくともかく、これもどどんとリアルブート! 圧力調整が合成機の設定でうまく出来るとよいのですが。もしかすると、あっちでは出力が落ちるかもですぅ》」
そして定番の、甘そうな見た目で激辛のお菓子などだ。
「さぁー、お好きなのをどうぞ~~?」
「……全部ハズレの予感がする。……ってやっぱり辛っ! どう見てもイチゴミルクの色だろう!」
「《優しい色合いの中にも一刺しの危険性ですわぁ。地獄のように真っ赤なソースを希釈して、ここまで出力を抑えたんですなぁ》」
「出力言うな。元はどんだけだよ……」
「《これは本来はアタリも混ぜて、ロシアンルーレットにするのでしょ。サービスで、フツーのイチゴミルクチョコと混ぜたセットも選べるようにリアルコンバート~~》」
「そんな小回りも利くんだね君」
そんなこんなで、実にアイデアに溢れたお菓子の数々が、次々と生み出されていった。
確かにびっくりはするものの、どれも意外と味も美味しく二度楽しめる。
ある意味更に気合を入れて臨まねばならぬ、『すいーと勢力』による猛攻の合間の清涼剤として、機能しているといって過言ではないだろう。
「しかし、随分と専門的なギミックが多い。彼ら料理人じゃなくて、科学者だろむしろ」
「《最近の料理人は、同時に科学者でもあらねば務まりませんからなー》」
「それは言いすぎ」
ただ確かにエーテル時代になって、より科学的知識が重要視されるようになったのは事実だろう。
彼らはハルの装置に頼らずとも以前より、様々な特殊素材を既存の装置により合成し、それを料理に生かしていたに違いなかった。
そんな『ブース』とはまた違ったアプローチで猛攻を仕掛ける『しっと勢力』に、『すいーと勢力』も負けてはいない。
特殊材料を使った演出は彼らの専売特許ではないとばかりに、そちらもまたお菓子の表現力を上げるために様々な活用を模索する。
「ほぉ。これは口に入れ噛んだ瞬間に、一気に香りが弾ける構造だな。悪くない」
「は、はいっ! それでですね、次はその香りが消えないうちに、こっちに『はぁーっ』て息を吹きかけてくださいぃ!」
「……ふぅっ。……これでいいか?」
「はい! いいです、いいですぅ! キャー! 美しい男子の口から素敵な香りぃいぃぃ!!」
「チッ……、自分で食えばその場で解決する話だろうが……」
そしてやはり、ハルとソロモンは時おり試練にみまわれているのであった。
しかしながら、ハルが以前『ローズ』として披露した時のような嗅覚への刺激を主軸としたアプローチ。それを使いこなす者も複数いることから、参加者たちのレベルの高さを思い知る。
彼女らはブースの効果をその増幅に使えるというのも、上手く環境に後押しされていた。
そんな波乱だらけの、少なくともハルとソロモンにとっての波乱だらけの審査ももうじき終わる。
全ての作品が出そろい、あとはついに最終結果発表を残すのみとなったのだった。
*
「《はいなはいな。お聞きくだはいな。現時点をもちましてぇ? 本イベントの審査タイムは終了となりますぅ~~。皆様みなさま、たくさんのおりょーりの提出、まことにありがとぉございましたぁ》」
最後のプレイヤーが壇上から下り、カゲツによってイベント本戦の終了時間が告げられる。
ゲーム会場、並びにリアル会場は大歓声と拍手に包まれて、このイベントの成功、存分に楽しんでもらえたことが証明された。
鳴りやまぬ喝采はこのまま大団円といっても文句の出なさそうな熱量ではあるが、勝負事である以上そうもいかない。
これより、誰が、そしてどちらの勢力が、より優れていたのかを発表してから終了しなければならない義務がある。
「《ですがその前に、リアル会場のみなさまには最後の投票タイムが残されとりますぅ。本日食べに食べたおりょーりの数々、その中から、一番良かったと思う物に個人ごとの投票メニューから、ポイントを入れちゃいましょおー》」
《えーっ》
《いいなぁ》
《こっちにも投票させろー》
《電脳差別を許すなー!》
《お前らは組織票するから駄目だってさ》
《そんな……》
《俺はただ一番可愛い子に入れたいだけなのに》
《本当だよ》
……何のコンテストにする気だろうか。
まあ、そうした危惧とはまた別で、この投票の目的にはしっかりと意図がある。
ゲーム内と現実での味覚の差異であったり、現実でこそ盛り上がるための要素は何なのか。それを絞り込もうといった、そうした意図だ。
ゲーム内のデータを完全再現とはうたっているが、もちろん現実的に100%の再現は出来はしない。
先ほどあった『菌類の再現不可』という特殊事例は抜きにしても、あちらとこちらでは『味』を構成する際の手順そのものがまるで異なる。
ゲームでは『味覚データベース』から抽出したデータをそのままアイテムへと付与し、キャラクターの舌に触れた際にそれを直接脳に送り込む。
一方現実では、データベースとの近似値を目指して合成された味覚物質をペースト内に練り込み、それをパズルのように組み上げて物体へと構築するという手順を挟む。
そこで生まれる誤差は繊細な調合ほど大きな影響を生みやすくなり、現実化した際に思わぬズレを引き起こしたりもするのであった。
そうした事情を、ハルたちは正直に解説していく。
「これは、既に界隈では有名な話らしいね。これは僕らの技術が追いつかずに、申し訳ないと言う他ないんだけれど……」
「そこまで完璧に出来てしまったら、既存の商売も完全に上がったりだろう。この程度でいいんじゃないか?」
「《ご実家の経営も心配ですしなぁ》」
「カゲツ。黙っていなさい」
「《はいなぁ……》」
「別に、構わんさ」
これも時代の流れと言ってしまえばそこまでだが、そうした住み分けも考えていかねばならないだろう。
寿司屋であるというソロモンの実家のような伝統的な飲食店との兼ね合い。ソウシの家のグループに代表されるエーテル時代におけるこれまでの合成食品産業。
そうした者達とも協調していけるよう、このレベルで押さえておくことが『正解』となるのだろうか?
その答えは、ハルとしてはなかなか今も出せない問題である。
「《はてさて。そんなリアル投票も、どーやら終了のお時間のよーですぅ。これは結構、意外な結果が出ましたなぁ》」
「ほう?」
「へえ。どうなったんだろ」
「《ではでは、もったいぶらずに発表しちゃいましょー! 栄えある『リアル会場部門』で、お客様からの票を最も獲得したのは~~? これですぅ! パリッとチョコと高級なクリームチーズのシンフォニーが素敵な、『わんだほレアチーズケーキ』~~!》」
「!! なんと! わたくしですか!?」
どうやらリアル会場最優秀賞を獲得したのは、ファーストアタックを見事にきめたアイリであるようだ。まさに、恋と料理は戦争。
これは実のところ特に不思議でもない話。『最初の一品』に、どうしても客足は集中する。それにとりあえず票が入るという流れは、ここでなくともよくある話ではあった。
しかしもちろん、それだけで大賞は取れはしない。アイリのお菓子作りの腕が、きっちりと高いレベルに達している事の証明だろう。
「《ここで実際のお客様の生の声を、ピックアップしてお届けしますぅ》」
《食感が最高! パリッ!》
《手づかみでかぶりつきたくなる》
《もっと冷えてたら百点》
《チョコのチープさとか気にならなかった》
《このチョコはむしろこれがいい!》
《慣れ親しんだ安心する味》
「《これは、『定番の味』の強みが出た、という部分もありそうですな。高級ならば、それがなんでも美味しく感じる訳ではございません。人はいつもの味にこそ、安心感によるブーストを受けるという訳ですなぁ》」
「天然のブース効果、ということだな」
「それに加え、基本食材のリアル再現はあっちの装置でもほぼ完璧だからね。そこも彼女の、戦略勝ちだったかもしれない」
「きょ、恐縮です……! ですがわたくし、特に何も考えておらず……!」
「結果は結果さ。君の、食べる人へと込めた想いが、正しく評価されたんだよ」
「ふ、ふおっ、ふおおおっ……」
再び壇上にやってきてふおふおと一杯一杯なアイリに、ハルは歩み寄り特別賞の授与を行う。
彼女の純粋な心は他のプレイヤーたちにも届き、彼らも嫉妬なく祝福してくれていた。
そうして続き次点以下、優秀な作品がカゲツにより発表されていく。
面白いのが、ゲーム内からの予想とはなかなかズレが大きい結果となったこと。これはブース効果の違いか、製造工程の差から来るものか。
やはりゲーム内の味覚をそのままリアルへ完全再現するといっても、まだまだ課題が大きいことが改めて浮き彫りとなったといえるだろう。
そうして審査発表は続いてゆき、ついに最優秀賞、そして勢力対抗の結果が明らかとなる。




