第1511話 みんなで食べる、本当の美味しさ
「酷い目にあった……」
「いつもこうやって壊しているゲームから逆襲されたんじゃないか?」
「言い返せない……」
実にユキらしい仕様の悪用の仕方だったが、自分が被害に合う側になると途端に恨み言を言いたくもなるのだから勝手な話だ。
「だがカゲツ。これはさすがに、禁止にすべきでは?」
「《そうですなぁ。何よりこれを許可したままだと、『あとは全部これでいい』となってしまいますからなぁ……》」
「修正はできないのか?」
「難しいね。これはこのゲームのバグというよりは、人間の脳機能のバグのようなものだから。ただの水道水を、霊験あらたかなどこぞの山の水と言って出すとウケるあれと同じさ」
「オレはそんな手には引っかからん」
「詐欺する側だもんね?」
このゲームそのものが、そういったバグ、いや人間的な感受性を最大限生かしたシステムで作られている。
その中から今回の悪用部分だけを取り除くというのは、短時間では少々難しいものがあった。
「《仕方がありませんわぁ。開催者権限により、今回の方法を使った罰ゲーム料理を構成することは、禁止とさせていただきますぅ》」
「当然だな」
「……ソロモン君に一度ぶつけてからにしない?」
「おい……」
自分だけが被害に合うのは許せない、もとい、このソロモンの美しい顔が苦悶に歪む様を見てみたい、もとい、イベント的に取れ高が稼げると踏むハルだった。
しかしその提案は却下され、ソロモンは密かに息を吐き安堵する。
以降このギミックは禁止となり、参加プレイヤーたちは純粋に料理のアイデアによってトラップを構成することを強いられるようだ。
これには、カゲツの目的も大きく絡んでいることだろう。
様々な創作料理のサンプルを収集したいカゲツにとって、ブース効果のギミックで楽をされてしまう事は本意ではないからだ。
まあ、理由はなんであれ、ハルとソロモンにとっては助かったので何でもいい。
「《とはいえ、ただコレを封じただけでは、『しっと勢力』が不利になってしまうだけですなぁ。なのでここは、偉大なる最初の発見者のユキさんに、大きくポイントを付与することで手打ちとしましょー》」
「おおー。やったね」
ユキの頭上に表示された審査結果は、これまでの誰よりも大幅に高いものとなった。これにより、嫉妬側は一気に距離を詰め勝負はまだまだ分からなくなる。
それを見て活気づいた同勢力の者達も、今後は次々に料理を提出して来ることだろう。
「《ちなみにどうしますぅハルさん? このおりょーりは、リアル展開の方はー?》」
「ああ、純粋に料理自体も普通に良かった。提供しても問題ないだろう。甘味ばかりの所に、良いアクセントになるだろうしね」
「《了解ですぅ。なおリアルには『ブース』効果は存在しないので、今見たような危険性はありませんので、ご安心を~~》」
「念のため、何かしら気分の悪さを覚えたらすぐに食べるのは中止してね」
一応、視覚からくる情報と実際の味の不整合による気味悪さというものは現実でも健在だ。人によっては、それが原因で体調を崩すといった事も無いとはいえない。
ただ、それをおいてもお祭り料理としては優秀な出来だ。実際の調理は難しいこれも、合成機による生成ならばなんら不都合なく『プリント』可能。
「《それではではでは! こちらのおりょーりも、リアルコンバート、っ承認!!》」
曰くつきのドーナツたちが光の粒子に分解され、空へと昇る。
それはモニターを通り抜けるような演出で、会場の空気を輝かせる演出で装置へと入っていった。
光が全て吸収されると、装置のメニューには新たにユキの料理も追加が完了。すぐに注文可能な状態となる。
さすがに、今回はお客さんたちも躊躇する、というかおっかなびっくりの様子でありお菓子のように注文が殺到したりはしない。
しかし、徐々に怖いもの見たさや甘すぎる口内の口直しに、そしてお祭りを楽しむための話題作りの一環として、注文数は増していった。
「《男性陣の注文が多いですかなぁ》」
「意外とがっつりしているからね。屋台のジャンクフードにも似た何かを感じる。そういうのを求める層には、受けそうだよ」
「それをイメージしたさ。屋台。やっぱ祭りはこーでないと」
ユキとしては、華やかでキラキラしたお菓子ばかりより、やはりこうしたジャンクフードが好みのようだ。そこは今も変わらない。
そうしたユキの活躍により、イベントにはまた一風変わった華が添えられ盛り上がりは更に増す。
この結果を見てしまえば、ハルの受けたダメージなど些細なもの。ハルも満足した様子で頷きながら、その会場の様子をしばらく眺めていた。
「後で私らもあっちに食べに行こっか」
「……いや。それは遠慮しておこう。……さすがにしばらく、アレは食べたくない」
それはそれとして、しっかり心の奥には蓄積ダメージは残してしまったハルなのだった。
*
「《はてはてさてさて。しっと勢すいーと勢共に、デッドヒートを続ける昨今、状況もチョコレートのようにドロドロとなってきましたぁ。なぜこうも人類は争うのでしょーかぁ》」
「焚きつける奴が居るからだろ」
「自分で温めておいて『勝手に溶けた』みたいなこと言われてもね」
「《ウチの味方がおりません~~》」
当然である。あれからも、『事実上罰ゲーム』と『真の罰ゲーム』を受け続けたハルとソロモンは、既にカゲツを明確に敵と認定。復讐の機会をうかがっている最中だ。
まあ、それは半分冗談としても、二人ともそろそろ疲れが見え始めてくる頃合い。
そんな二人の意識をなんとか繋ぎとめているのは、後半になって増えてきたプロらしき人物の登壇が増えてきたことだ。
彼らは『すいーと勢力』であっても、特にハルたちに要求を行うこともない。ただ純粋に、自慢の料理に対ししっかりとした判定を望むのみだ。
比較的男性の多いこともあり、彼らが審査対象の時はハルたちも安心できる。たまに『しっと勢力』のこともあるが、その内容は流石のプロの仕事。技術に裏打ちされたギミックと、しっかりと美味な味で楽しませてくれた。
「まあ、確かにここ数回は平和ではある。だが、何故オレの時は、微妙に要求が多いんだ?」
「宣材に使えるようにじゃない? いいじゃないか。キメ顔で食べてあげるくらい」
「チッ……、まあ、確かに楽な方ではある……」
絶世の美少年顔のソロモンが、しっかりと表情を作り自分の料理と並ぶ。それだけで、確かに宣伝効果がありそうだ。
ただハルの方もハルの方で、なぜか『一緒に写真を撮ってくれ』といった要求がそこそこあった。むしろその為に審査台に上がりたい者も居るとか。
夢世界の影響で謎に多方面にファンが増加していることを、まざまざと実感させられるハルだった。
「《はいな。次の挑戦者さんが、また一次審査を突破しましたぁ。お嬢さんは、どちらの審査員さんを指定しますかぁ?》」
「ハルさんですー」
そんな中、今度は一般のプレイヤーと思しきのんびりとした少女の登場。ハルを指定はするが、いわゆる『ミーハー』さは感じられず危険性は少なそうだ。
その少女の挙動には、どうにも見覚えがあるハル。姿は違えど、このキャラクターの中身はカナリーだろう。
《カナリーちゃん。遅かったね》
《ですかー? どーにも、自分でお菓子作るのは苦手でー》
《あらら。ほらもっと普段から、みんなが作るのを手伝わないと》
《そうではなくてー。どーしても、出来上がったら自分でそのまま食べちゃうんですよー?》
《左様ですか……》
《ですよー?》
なんでも、試食が進みすぎて登場が遅くなったとのことらしい。
ただカナリーもまた、アイリと共にこのゲームもしっかり遊んでおり、キャラクターもよく成長していた。
なので使用可能な調理スキルも高いレベルで整っており、あとはいつも通りそれらで的確に『コンボ』を決めるだけとなる。材料さえ揃えば、審査レベルに至るのも容易。
「《ではでは、可愛らしーお嬢さん。使用するブースを決めちゃってくらはいな》」
「イベントのやつでー」
カゲツもここは空気を読み、いつものように神様同士の確執は出さずに司会に専念する分別を出している。
なので周囲には、ただのんびりとして料理好きのお嬢さんが参加した、としか思われていないようだった。
カナリーの選んだユキと同じブースが、空からこの場に降って来る。彼女はマイペースにそのまま一人で、さっさとその部屋へと入って行ってしまうのだった。
そして、持ってきたお皿を開封すると、ハルが席に着いたと同時に自らその皿の上に並んだチョコクッキーを頬張り出してしまう。
「いただきまーす」
「はい、いただきます。……美味しいかい?」
「おいしーですよー? まあ言うほどー、『自分で作るとおいしい』ー、みたいには、ならないですけどー」
「僕も頂いていいかな?」
「どうぞー」
《なんてマイペースな……》
《だが嫌いじゃない、この空気!》
《安心するぜ……》
《平和だなー》
《最初の子のお友達だよこの子》
《えっなにその情報キモい》
《ロリコンの上ストーカーか。通報だな》
《いや常連なんだよこの子ら!》
よくイベントに参加する者の間では、見覚えのあるプレイヤーも居るようだ。多少、ハルも注意した方がいいだろう。
ハルはカナリーとの関係性を悟られないよう注意はしつつ、カナリーの作って来てくれたクッキーへと自分もまた手を伸ばした。
「うん。美味しいね」
「でしょー」
そのクッキーの味は、どちらかといえば素朴なものであり驚くような隠し味が潜んでいるようなこともない。
この場に居る以上、高いレベルで纏まってはいるが、逆に、言ってしまえばそれだけだ。
だが何故だろうか。その素朴さこそが、今のハルには染みわたる。
趣向を凝らした豪華なお菓子よりも、これが良い、これこそが良いのだ、そんな気持ちが胸の底の方から湧き上がって来るような気がしていた。
「みんなで食べると、おいしーんですよー」
「そうだね。本当に、その通りだ」
《ああ、そうだ》
《その、通りだ……》
《この子の、言う通りだ!》
《俺達は、大切なことを忘れて……?》
《争いにかまけるうちに……》
《見失っていた……》
《恋人も、嫉妬も関係ない!》
《そうだ! 今日はみんなで、お菓子を食べる日!》
《う、うおおおおおおお! おおおおおっ!》
《食べよう! みんなで!》
「ええ……、まあ、いいことだけど……」
ハルたちが平和に二人でお菓子を楽しんでいる横で、その姿に感化された会場に熱狂の渦が広がって行く。
まさかこれも、『ブース』の効果でカナリーの人徳が増幅され拡散されたとでもいうのであろうか?
……いや、彼女はただ、自分もしっかりお菓子を食べたいだけである。それ以外の、なんでもない。
まあ、それはさておき、別に完全に勘違いという訳でもないので、野暮なことは言い出さないハルだった。
ハルたちはそのまま、お皿の上のクッキーを完食し(大半はカナリーが食べた)審査を終える。
味がどうこうというよりも、食後の精神的な充足感は他の追随を許さぬ満足度をハルに与えていた。これもブースの影響なら、いい仕事をする。
「《んー。ブース無しの絶対評価なら、リアルに送るものではないんですがぁ。ここでコレを落とすのも主催者として微妙かも知れませんなぁ》」
「そうなのかもね」
また案外空気の読めるカゲツだった。確かに、この場でこの盛り上がりに水を差すのはなんともいただけない。
「別にいいですけどー。私は、食べられたのでもう満足ですしー」
「《いやいやそーも行きませんー。んー、よし! こーしましょ。こちら、全ての会場のみなさまに無料でプレゼントしちゃいますー。それをみんなで頬張って、幸せ気分のおすそ分けを貰っちゃいましょーかぁ》」
「なかなか粋な事を言うじゃあないかカゲツも」
もちろん、クッキーはゲーム内の皆にも一律で配布された。それを『せーの』で口に運ぶのは、これはこれで盛り上がるお祭りのイベントにもなっているだろう。
「《あっ、ただぁ。良い話になってはおりますが、イベントの勝敗はきっちり付けさせていただきますぅ。決して、このままノーゲームにはいたしません~~》」
「そこはブレないよねえ君は……」
まあ、さすがにそこまでする必要はないだろう。やったらやったで、良い話として話題にはなっただろうが、カゲツの味の評価に対するプライドは決して揺るがなかった。
そんな中でもカナリーは一人どこ吹く風。図らずも新たに増えたおやつを、喜んで口の中に放り込むだけだった。




