第1510話 恋と戦争の、食べ合わせ
堂々とハルの眼前に立ちはだかる長髪の高身長。ついでに巨乳だ。その自信に溢れる姿は、今のハルたちにはとても頼もしく見えた。
そんなユキはついに現れた嫉妬側の急先鋒。ハルの仲間でありつつ、ハルに罰ゲーム料理を食べさせるべく満を持しての登壇。
しかし、そんな彼女を前にハルたちの表情は明るい。
女の子たちの要求に応えキザに振る舞うことこそが真の罰ゲームであり、そこから逃れられるならばこの程度は造作もないというのが今の二人の心情だからだ。
「悪いねソロモン君。僕の指名のようだ」
「チッ。……いや、冷静に考えれば、こちらの指名だって無いに越したことはないな」
「……確かに」
何故か安心してしまっていたが、こちらもそもそも罰ゲーム。指名されて、喜ぶようなものではない。
でも何故だろうか? むしろ楽しみにしてしまうこの感覚は。
「まあいいや。挑戦を受けようユキ、かかって来るといい」
「挑戦すんのはハル君だけどなー」
「確かに」
「《準備はよろしーでしょーかぁ。それではではでは? 試食、開始~~》」
カゲツのアナウンスと共に、また空から『ブース』が降って来る。審査員席付近に着陸したその箱は、ハートのあしらわれた茶色とピンクのラッピング。
今回のイベントのために用意された、バレンタイン用の新作ブースが選択されていた。
「おや、意外だねユキ。ユキなら既存のブースを使って、罰ゲームを更に強力にしてくるかと思ったのに」
「ふふふ……」
「いや不気味なんだが……」
「今に分かるぜハル君。今にな。別に手抜きじゃないよ。今回はこれこそが、私の料理に相応しいのだ」
彼女の自信に、ハルもつい気圧され息をのむ。いったい、何を考えているというのか?
ユキもまたアイリと同様に、このゲームもそこそこプレイしている。
所持ブースの数もそれなりに多く、罰ゲームに使えそうなブースも多数所持しているはずだ。
ハルはてっきり、真っ赤に彩られた辛み増幅のブースでも出してきて、チョコに見せかけた激辛トラップでも準備してくるものと思っていたが。
「……まあいいや。何にせよ、楽しみにさせてもらおうか」
出来ることなら、強烈な甘味によってダメージを与える作戦ではないといいとは思うハル。
イベントのコンセプト上口には出さないが、世界樹の吐息から続く甘い連鎖にハルは少々辟易している。
もしやそれを知るユキだからこそ、甘さによるダメージがハルには最も有効と判断し、このブースを選んだのでは? そんな疑惑もわいてきた。
なにはともあれ、食べてみれば分かること。二人は並んでブースに入り、可愛くデコレーションされた席へとついたのだった。
「うーん。うちには似合わん……」
「じゃあなんで選んだのさ……」
「それはお楽しみよ。さあハル君! ともかく食らえい、こいつを! 文字通りに!」
「どれ」
ユキの攻撃、罰ゲーム料理が解き放たれ、皿の上に姿を見せた。それはどうやら見た目はドーナツのようで、さっくりと美味しそうに揚がっている。
色もバレンタイン用のチョコレート。こうして間近に見ても、特に異常は見当たらない。
「ふむ? となると、怪しいのはこの中身」
「ふっふっふ。さてなんだろね? ただハル君。これは食べてお楽しみのトラップなんだぜ? 食べる前から、あれこれ疑うのはマナー違反じゃ!」
「おっと確かに」
「《あれですかなぁ? 実際にお口にするまで、どちらの刺客か分からんよーにした方がよろしかったですかなぁ?》」
「まあ、企画的にはそうなのかも? 僕としては、これ以上心労を増やす要素は勘弁だけど……」
ただそれも、どうせブースを見ればある程度は判断できるだろう。
それだけに、あえてバレンタイン用ブースを選択したユキの戦法は、分かった上での心理戦要素も加わっておりなかなか面白いとも言えた。
「《ではでは。お召し上がりくださいなハル様》」
「ああ。頂こうか。……むっ?」
「ふっふー」
ドーナツを一つ手に取ったハルが、その瞬間に表情を変える。
明らかに、つまんだ瞬間に普通のドーナツとは違うと指先のみで判断できた。その理由は。
「重い……」
「そりゃーあれだよ。私のハル君への気持ちが、ずっしり詰まってるしー?」
「棒読みやめよう?」
《ユキちゃんは重い女?》
《ヤンデレユキちゃん……》
《ナニが入ってるの!?》
《それとも物理的に?》
《ユキちゃんでかいしなぁ》
「誰がデブじゃ! しかし、ヤンデレ系はオーケーなんかね? うちのこの髪の毛リングにしてドーナッツとか、いける?」
「《さすがに駄目ですわぁー》」
「さらっとヤバイ発想出してこないで?」
口にするのが不安になってくるではないか。唐突なホラー要素の加味は止めていただきたい。
しかし、この審査台に登っている段階で、ある程度の完成度は保証されている。そこは、安心感があった。
カゲツによりそうした食べるに値しない冒涜的な物だったり、本当にただの嫌がらせの内容は事前に弾かれる。審査基準の閾値を超えられないのだ。
……まあ、カゲツならば純粋に美味しければ材料が何であろうと通してしまいそうな危うさは最後の最後で残っているのが、100%安心しきれない所なのだが。
「では、いただきます」
そうした不安は全て飲み込み、空になった口の中に無心でドーナツを放り込む。
多少重いが、美味しそうなドーナツだ。きっと、味も見た目通り素晴らしいはず。
「……しょっぱ。いや、脂っこ! これは、ドーナツじゃあないな! 分かってたけどさ!」
「いえーい。引っかかったーハル君ー」
「いや分かってて食べたからね? ずっしりきてたからね?」
「さすがに重さは、どーにもできんかた」
「まあ、“肉の塊”ならそりゃあね」
《肉!?》
《誰の肉!?》
《ホラーから離れれ》
《ハンバーグ、ってこと?》
《揚げた肉団子的な?》
《見た目完全にドーナッツ》
「うん。表面のカリッとした、ハンバーグって感じかな? ドーナツと思って食べるとびっくりするけど、とても美味しい」
「美味しくないと足きりライン超えれんからねぇ。そこがちょっちムズい」
「罰ゲームにはなりにくいよね」
美味しさが保証されていると分かっているから、ハルたち審査員も安心して食べられてしまう。嫉妬側は頭を使わなくてはならず苦労していそうだ。
ただそこの保証がないと、本当に何を送り付けられてくるのか分かったものではない。これが限界なのだろうか?
「うん。変わったハンバーグだと思って食べれば、普通に美味しい。他のも同じ?」
「いんや? 一個ずつ違うよ。たべてみ?」
「それじゃあ……、って、こっちは辛っ……」
普通に罰ゲームらしい物が来た。甘そうなドーナツの中から、舌を刺す刺激。ある意味こちらは定番のもので安心できる。
辛さの質はトウガラシのような後を引く強烈さではなく、むしろ爽やかに抜ける味わい。
「ワサビだねこれは」
「そうそ。超高級なんだぜーこれ。噛みしめて食べろよハル君」
「噛みしめるのは嫌だなあ、と、いう訳でもないんだよね。むしろ味わい深くて、しっかりと口の中で楽しんでいたい」
このドーナツはワサビ以外はそこまで変わった点はなく、重さも普通だった。
基本はチョコ味で練られている中に、潜むワサビが顔を出す。その相性は意外に良好で、癖になる味わいが新鮮である。
「さーどんどんいけハル君。どんどん」
「こっちは……、マヨネーズ、サラダ……?」
「お好み焼き的な?」
「なぜ制作者が疑問形なのか?」
肉と野菜を仕込んだ生地でドーナツにし、マヨネーズを注入したビックリ箱。お好み焼きというよりは、ケバブなどを食べる時のサンドに近いか。
「そしてカレーか」
「カレーパン。これはもうちょっと捻るべきだった……」
「ここで反省会しないで?」
揚げた生地の中から熱々のカレー。確かに、形以外は似た者同士といえるだろうか。だが直球もそれはそれで。相性の良さも保証されている。
「まあそんな感じで、こうやって隠しちゃえば食べるまで分からんくね? っていう安直な発想」
「いや、案外楽しめたよ。ちゃんと、外からじゃまったく分からないように仕上げてきているしね」
「そかそか。なら、よかた」
「うん。美味しかったよユキ」
《これは、いいのか!?》
《ただ手料理ごちそうしただけでは!?》
《ただのいちゃいちゃじゃねーか!》
《しっと勢力から裏切り者が!》
《許されない!》
《……いや、こうなるしかなくない?》
《不味いのは禁止なんだから》
《嫉妬(を更に煽る)勢力》
《救いはないのかー!》
「いやいやキミタチ。何を焦っているんだい? むしろ罰ゲームは、ここからなんだぜ?」
《えっ?》
《えっ?》
「えっ?」
「ハル君もなーに不思議そな顔してるんさね。ただ美味しいごはん御馳走して、私がそれで終わりにするはずないっしょ」
「確かに……」
ユキは、対戦にて相手に嫌がらせすることが許されている時はとことんやるタイプ。それは、ハルもよく分かっていた。
ただ、自分で言うのもなんだが好意を持たれている自覚もあったので、もしかするとこのまま終わるのかも、とも思っていたハルである。どうやらそうはならないらしい。
「じゃあ見せてあげよう。このイベント限定ブースの、恐るべき威力というやつを!」
戦場で対峙した時とまったく変わらぬ、壮絶な笑顔にて、ユキの真の『おもてなし』が始まる。
◇
「バレブースよ! すいーとパワーを全開だ! ハル君に、お前の恐ろしさを見せてやれ!」
「恋の祭典でなんてこと言うのユキ?」
「恋は戦争! 戦争は倒したら勝ち!」
《うーんゲーマー理論》
《景品も男も奪い取れ!》
《倒して捕獲する、ってこと!?》
《蛮族ぅ》
《結局なにが起こるの!?》
それはハルも聞きたい。ユキによって、『ブース』の持つ五感強化エフェクトの威力が上昇させられてゆく。
ピンクと茶色のハートが飛び散り、室内には甘い香りが漂いはじめた。
うっとりするような恋人の為の世界はしかし、ユキの用意した甘さとは縁遠いビックリ料理には噛み合わない。
「くっ……、この空間は私にも、辛い……、はやく勝負を決めなくては……」
「なんで本人がダメージ受けてるんだ……」
《分かるぞユキちゃん!》
《この季節は、街を歩いてるだけで辛い……》
《スリップダメージがやばい》
《全てを破壊したくなる衝動にかられる》
《くたばれバレンタインー!!》
「《いい感じに嫉妬の力が高まっていますなぁ》」
「お前もそれでいいのかカゲツ」
ブースの出力値もただ高めさえすれば良いというものでもない。やりすぎれば、強すぎる五感からの干渉にせっかくの料理の味もぼやける。
ブースも調味料も、適量が肝心。
「……それが狙いかユキ! シンプルな甘さとは決して噛み合わぬ料理ばかりを封じたのは、このブースとの『食べ合わせ』を最悪にするため!」
「そうとも! どんだけ美味しい料理だって、致死量の砂糖ぶっかけりゃ台無しよ!」
「いや致死量なら単純に死ぬって!」
「ならば死ねい! ハル君!」
《なんか始まった》
《バトル漫画か(笑)》
《いいから食え(笑)》
《絶望的に背景が合ってねぇー》
《見た目だけなら、らぶらぶカップル》
もはや妙なテンションで乗り切るしかない。それはユキも同じのようだ。この恋人用の空間に、二人の五感が悲鳴を上げていた。
「ええい、やるしかない……!」
ハルは意を決し、最初のハンバーグインドーナツにかじりつく。問題はない、中身はとても美味しいハンバーグのはずだ。だが。
「ぐっ…………、うっ、ぐうっ……!?」
「どうしたハル君! 平気か! 死ぬなぁー!」
「……いや君がやったんだからねユキ?」
ある程度の嫌な予感はしていたが、結果は予想以上の効果であった。
ブースの力によって増幅された強烈な甘味は、美味しいお肉の味わいを最悪なまでに台無しにする。
これはまさしく、『罰ゲーム』。誰が好き好んで、美味しい物をマズくして食べるというのか。
「しかし、大して甘さの無いはずのこの料理で、どうして、ここまで……?」
「ふ、ふっふっふ。そこが、ドーナツ状にした一番の理由なんだよねぇ。ほら無意識にさ、『ドーナツは甘い物』って認識すんじゃん? その視覚からの情報を、ブースで最悪に強化してんの」
「な、なるほど……」
「……えーっと、まじ大丈夫ハル君?」
そうすることにより、『美味しい』ことが大前提の審査基準をくぐりぬけ、ハルに真の罰ゲーム料理を『食らわせる』ことが出来るのだ。
ハルのそのダメージは一目瞭然のようで、見守るソロモンも青い顔で怯えていた。
「《これはー、ドクターストップですかなぁ? いやー、こんなバグがあるとは、まだまだおりょーりの世界は奥深いですなぁ?》」
「言ってる場合かカゲツ……、あとで、覚えてろよ……?」
ハルは最近やりたい放題のカゲツへの復讐を誓うと、残りのドーナツも、放り込むようにして何とか意地のみで完食はしたのであった。




