第151話 社交場の噂
歓声鳴り止まぬ城下町とはうって変わり、城内は静かなものだった。静か、とはいえ静謐な空気とはほど遠く、静寂さは皆無。そこかしこから密やかな話し声が聞こえるような、落ち着かない静かさを感じる。
そんな中を、ハル達の乗る馬車は進む。城内の一角にあるパーティー会場の裏手、専用の駐車場、と言っていいのだろうか、そこまで直接乗り付けて行くようだ。
馬車が止まると、護衛の二台が左右へと並び目隠しとなる。それだけで、遠巻きから興味深そうにこちらを伺う視線からは、あらかた守られそうだ。だが丁度いいので、ハルは魔法で念入りに視界遮断する事にした。
ハルの発する神気は、ハルを認識する事でその者の精神に入り込むと分かった。なら折角なので、ギリギリまで隠してサプライズと行こう、とハルは考える。
「不躾な視線が多いね。騎士団の人たちが気を利かせてくれて助かったよ」
「スナイパーには成れないね、この人達。ばればれ」
「一番不躾なのは密室内から覗き見ているハルの<神眼>よ?」
「言えてる」
会場は城とは独立した建物で、ダンスホールのような作りだろうか。パンテオン神殿を四角く整えたような二階建てだ。
そこに併設された控え室へ、馬車から直通で行けるようになっている。その部屋の中で、出番まで待つ形だ。正面玄関に乗り付けて、颯爽と登場! とは、ならないらしい。そういうのは参加者の貴族さんがやっているようだ。
「まあ、あれが何々家の長男さんですわ、的な?」
「まあまあ、利発そうなお子さんですこと」
「成人前かよ……」
「ハル、ユキも。遊んでないで行くわよ?」
馬車の外では準備が整ったようだ。扉を開き、ハルたちは外へと降りてゆく。カナリーは、到着後いつの間にか居なくなっていた。
レッドカーペット、とまではいかないが、露払いされた通路が出迎える。
ハルはその通路の周囲に、視界を遮る魔法をかけて降り立ち、アイリへ手を差し伸べる。馬車とは思えぬしっかりとした階段であり、そもそもドレスの機能で転ぶ事はありえないのだが、紳士とはこういうものだったはずだ。たぶん。
とはいえ、味方である女性騎士の皆さん以外誰も見ていないので、マナー的に間違っていたとしても特に問題は無い。
ハルが通路にかけた魔法は認識妨害。通路の内側を見えなくする魔法だ。と言っても真っ暗にする訳ではない。
直前の通路の景色を映し出し、また焦点を合わなくする。覗き見ている人達も、“通る瞬間は、目が霞んで見逃してしまう”ことだろう。
そうしてチューブの中をくぐるように、ハルたちは豪奢な控え室へと入って行った。
*
「むむむ、お家の応接間が貧相に見えてしまいます。実際、貧相なのですが……」
「良いんだよアイリちゃん。あそこは談話室なんだから、こんなキラキラしてたら落ち着かないって」
「そうね? ずっとこれだと目が疲れそうだわ?」
「談話室にされてしまいました!」
貴人をもてなす為にある部屋は、豪華な調度品で埋め尽くされている。窓は少なく、まだ外は日のある内から煌煌と証明が照らされ、それらはキラキラと輝いていた。
主に、国外から来る客人へと見せつけ、ナメられない用にであろうか。ハルの方が威圧を感じる番だった。
だが実際の所は、アイリの家の調度も格が落ちるという訳ではない。単にキラキラしていないだけだ。
特に最近は、ハル達によって異世界の物資が幅を利かせ、希少性で言えば数段上の位置にいるかも知れない。ハルたち日本人の趣味が皆落ち着いているので、それに合わせて落ち着いた所も大きい。
「ハル君ハル君。例のお姫さんは来てるん?」
「いや、まだみたいだね。国の人達は先に来てるんだけど、重役出勤みたい」
「プレイヤーですもの。転移で来る気に違いないわ」
「神殿から? そんな、地下鉄最寄り駅から徒歩で、の感覚か!」
「でもそれしか無いんだよね。彼女、まだ一度もここには来てない。一応ここを侵食してからこの方、ずっと監視の目を光らせてた」
「ご苦労様。ならきっと神殿前に馬車を呼びつける気なんだわ?」
「現代人すぎる」
まあ、擁護する訳ではないが、プレイヤーに国を跨いだ行軍は厳しい。ハルではないのだ。
もう会場は開いているとはいえ、アイリや、賓客たち重要人物の登場はまだ先。今は臨時に集まった貴族達の社交会と相成っている。
「皇帝さんはもう来てるん?」
「クライスは来てるよ。そっちもずっと追けてた」
「ハルさんの言い方が悪いですが、こっちは護衛なのです!」
クライス皇帝の方は更に遠く、また出国慣れしていない。そのためハルとアイリが<転移>で国境まで馬車ごと送って来て、その場で入国だ。
今までずっと鎖国していたのに、身の証などはどうするのかと思ったが、国は閉じても神によるネットワークは生きている。なにやらアイリが判定していた。
こういった部分でもやはり、この世界はまだまだ神に依存する部分が大きすぎるようだ。そうハルは感じている。
先んじて、この国の王とも会見したようだ。しっかり覗き見した。護衛なので仕方ない。
「アイリもお父さんに会いたくはない?」
「会いたくない訳ではありませんが、陛下もお忙しいですので」
「暇そうにしてたけど」
「もうっ! 手続きが煩雑ということなのです。意地悪です」
「ごめんね。家族は仲良くした方が良いと思ってさ」
「ハルさんも、平気でプライベートを覗き見している時点で、身内であるとは思っていないのでは?」
「むっ? 確かに……」
何となく一本取られた感がある。ハルの心の機微に関しては、ハル以上に理解の深いアイリだ。否定は出来ない。
繋がった彼女の心から、不仲ではないが、家族とは一線を引いている、といった心情が知らず流れ込んできていた為だろう。
「王族ともなれば、一般的ではないのですよ、そのあたり。今は屋敷の皆が家族なので、問題ないのです!」
「あ、アイリすとっぷ。メイドさんが泣いちゃう」
「晴れ舞台だもんねー」
感極まってしまったメイドさんをどうにか落ち着かせ、その話はそれでおしまいになった。確かに、無理を言うことも無いだろう。日本で結婚式に父親が来ないのとは事情が違う。
いや、現代では大掛かりな結婚式自体が稀となったため、来ないのは特に変な事ではないのだろうか。だとすれば授業参観だろうか。そのあたり、ハルには判断がつかない。
何とか、メイドさんの涙腺も収まったようだ。一人はハルに肉体制御を任せ、強引に涙を止めてもらっていた。ずるい。
そういえば、アイリが泣く所は見たことが無いだろうか。いや、涙自体は、良く見るのだが。
今のメイドさんのように嬉し泣きではなく、悲しみに涙を流す事だ。想像もし難い。なんだが、そんな事を連想してしまったハルだった。
とはいえ、ハルも人の事は言えないだろう。アイリにもそんなハルの姿が想像できないようだ。そう彼女の心が伝わって来る。
そんな二人だからこそ、惹かれ合った部分もあるのだろう。ふたり、心の中だけで通じ合い、納得して二人で完結する。
そんな風に、何時もと雰囲気の違う応接間で、何時もと雰囲気の違うお茶会を開きながら、自分達の出番を待つハルたちだった。
◇
「……暇だハル君。奴らどれだけ待たせるのか。嫌がらせか」
「真打は遅れて登場するって奴だね。待たされるのがステータスなんだって」
「真打じゃないんでしょうウチら? それに挨拶は偉い方が先なんだっけ」
「ユキの癖に細かいヤツめ……」
日も傾き、本格的にパーティーも始まったが、まだハル達の出番は来ないようだ。ついでに言うと、まだ例のお姫さんも来ない。
大丈夫だろうか? 今日の催しはゲームの公式チャンネルにより配信される事が決まっている。恐らく配信を決めたのは彼女だ。大きなイベントなので運営が拾い上げた。それを利用して華々しいデビューを飾り、また、ハルとの差を見せ付けるつもりだろう。
だが、来なければそれも見せられない。敵ながら心配になってしまう。
とはいえ、プレイヤーにはそれぞれの現実がある。急用が入り、来れないという事もあるだろう。ハルではないのだ。
それよりも今は、ずっと待たされている方のプレイヤーであるユキが暇をしてしまった。
「貴族共の観察には、飽きてしまったか」
「だってこいつらアイリちゃんの悪口言うんだもん。殴りに行きたくなっちゃう」
「申し訳ありません、お聞き苦しい物を。情報収集をと思って。わたくし自身は、慣れているため……」
「あ、ごめんごめん! アイリちゃんが気にしないで! ……ハル君は、気にならないの?」
「僕かな? 頭に来ないことは無いけど、分けて考えてる。そりゃ、直接言われたらその場で口を縫い合わすけど、今はこっちが盗聴してる身だしね? 何か言う権利は無いよ」
「ハルもハルで、変わった感性をしているわよね?」
情報収集と暇つぶしに、<神眼>で得たパーティー会場の様子をモニターに映し出している。音声は無いが、多方面のカメラから唇を読み、文字に起こして字幕表示もしてあった。
いわば、心を勝手に読んでその内容に文句を言っているのと同じだ。そうハルは切り分けて考えている。その為の便利な分割思考だ。
本来ハルの絶対に知らないはずの情報、そこで恨まれたら、相手もたまった物ではないだろう。
「大人な感じだ、ハル君が」
「いや、別に。知った以上、心を許す事はありえないし、ぜんぜん大人じゃないよ?」
「わたくし、出会う前に使徒の皆さんのわるくちを言わなくて良かったです……!」
「そんな事でアイリを嫌いになんかならないさ」
「自然にいちゃつかない」
ただ、ユキの言う事も分かる。あまり読んでいて気分の良い内容ではないだろう。
内容は自然、今日の宴の主役であるアイリ、その結婚についてが多くなる。
『あの王女が結婚するとは、むしろ出来るとは』、といった内容に始まり、『氷の王女』、『魔女』、と口さがない発言が多い。
城では、今のような天真爛漫さは、アイリはまるで見せなかったようだ。
ただたまに、謎の婿殿であるところのハルに『どこの馬の骨か』といった発言を見つけた時などは、その片鱗を覗かせる。
一瞬で表情が凍る様はぞくりとする。果たしてあのマダムは、明日の朝日を目にする事が適うのだろうか?
次いで、突然現れた謎の皇帝、クライスについてだが、これはまあ良いだろう。イケメンだったとか、強そうだったとか、ご婦人方の話題の種だ。
たまに、それを連れて来た王女の婿との関連性を探る考察も出るが、結局、『使徒のする事だ』と棚上げされる。その認識は正しい。プレイヤーは枠に嵌められない。
「とくにこの太っちょ嫌いー。殴りたい! さっきから同じような悪口なんどもなんども」
「ああその人ね。多分わざと鼻つまみ物になってるねコレ。政治家だよねその辺り?」
「そうですね。『ここまで言う事は無いかな?』、というストッパー役と、同様の悪感情をわたくしに抱くものを洗い出しているのでしょう」
「えー、じゃあ良いヤツなん?」
「良くは無いわ。品性に欠けるのは事実ですもの。ただ、分かっていればビジネス的には付き合いやすいというだけよ?」
「その辺は僕にも分からないけど、面と向かったら満面の笑顔になるだろう事は分かるよ」
「あ、それは何となく分かる! 高速手の平返しだ! 手の平ドリルだ!」
「恥も外聞もなくその対応が出来るというのは、ある意味貴重ですね」
会う人会う人にアイリの悪口を言って回っている小太りのおじさんは、意外にも本人からの評価は高いようだ。
話している内容はどう考えても敵で確定なのに、複雑なものだ。
だが、内容に反して敵意がまるで無いのは、ハルにも理解出来た。恐らくはハルがやるように、相手の反応を観察し内心を読み取っているのだろう。大げさな発言は、その為の呼び水だ。
「逆に、注意しなくてはならないのはこの方です。わたくしの賞賛しかしない方」
アイリが、背の高く折り目正しい、いかにも出来る政治家といった雰囲気の男を指す。少し彫りが深い顔。察してハルが彼の発言をログにして一覧表示する。
先ほどのおじさんに苦言を呈したり、同じ王女派、または熱心なカナリーの信者と親交を深めている。
「これも味方とは言えないん?」
「言えません。彼や、その周囲に居るようなタイプは、その実わたくしの事ではなく、自分の理想を見ているだけです」
「本質的な味方とはなりえず、便利に使うにも融通が利かないわ」
「べんりにつかう……」
「気を抜くとこっちが便利に使われちゃうのか。面倒くさいね、本当」
正直、個人個人を見ると誰とも親交を持ちたくないのがハルの本音だ。それぞれが敵でも味方でもなく、皆腹に一物を抱えている。
もう全員敵で良いのではないだろうか? その方が楽である。
そんな貴族談義を好き勝手していると、ようやくのことハル達の出番になったようだ。騎士の皆さんが出番を知らせに来てくれる。
そんな中、ハルへと届くメッセージがあった。プレイヤーの誰かからではない。運営からのシステムメッセージを黒曜が知らせてくる。
「ようやくか! ……ん? ハル君どったの?」
「いや、ユキ達には来なかった? システムメッセージ」
「きてないよー」
「どんな内容だったのかしら?」
内容その通りに、黒曜に読み上げさせる。別段、中身に問題がある訳ではない。これから生放送で配信するが、構わないかという確認メッセージだ。
だが、それがハルだけに来た事が引っかかった。
「パーティリーダーだから?」
「それでもプライバシーに関わる事ならば、個別に来るわね?」
「となると考えられるのは、ハルさんがこの地を、ここの魔力を支配しているからでしょうか?」
「……少し、警戒しておこうかね」
何だかキナ臭くなってきた。何故わざわざ許可が必要なのか。許可はするしかないが、その理由は考えておいた方が良いだろう。




