第1506話 嫉妬の勢力
「《それではではでは! ご紹介いたしますぅ。わが社の誇る仕掛け人、新しいことなにかあったら大抵この方、ハルさんの登場ですぅ~~》」
「やあ、ハルです。よろしく。プロデューサーとか、ディレクターといった立場になるのかな。個人的には、プログラマーを名乗りたいところだけれど」
「《要するになんでもやる方なんですなぁ》」
「人員がいないからね。うちはあまり」
《ハルさんだ!》
《ハルくん頑張ってー!》
《新作期待してるぞー!》
《うおおおお! ハール! ハール!》
「……なんだいこのバレンタインらしからぬ野太い声援は。まあ、とりあえず応援ありがとうみんな」
ゲーマーとしての知名度が高いからだろうか。男性からの反応が顕著だ。女性の声援もないではないが、押され気味。
まあ、嫌われるよりはずっといいだろう。それに、この声援もこの後どうなるか分からない。
「《そして今回はもうひとかた、応援に駆けつけて来てくれました。甘い美貌を仮面に隠し、乙女のハートを陰から狙うチョコハンター!》」
「おい……」
「《ウチの『前作』にも参加経験あり。チョコは寂しく自分で作る派。孤高のパティシエ、ソロモンさんですぅ~~》」
「……作らない。実家は寿司屋だ」
《きゃーーーーっ!!》
《かっこいい! いやかわいい!?》
《美形がすぎる……!》
《あっ、まぶしくて意識が……》
《こっち向いて~~!》
《隠さないでぇー!》
「チッ……、騒々しい……」
「なんだいこの差は? 悪態ついても逆にいっそう盛り上がってるじゃあないか」
「知るかっ。代わってやろうか?」
以前からずっとソロプレイ専門であり、こうして衆目の的となることを避けてきた彼だ。その細心の手間をかけて整えられた美貌もすぐに隠そうとする。以前も仮面をつけた謎の人物だった。
だが、ハル一人に向く意識を分散するという意味では、この上ない成功といえた。少々複雑だが。
「《うんうん。お二人とも、おとこまえですなぁ。そんな素敵な男性二人が、本日の審査員をつとめてくれますぅ。ぜひにぜひに、心を込めたチョコを手渡しして、喜んでもらいましょ》」
《そういえばハルくんも結構かわいい》
《並んでも負けてないよ》
《お金持ちだし!》
《ハルさーん! 養ってー!》
《あの二人ってどういう関係なんだろ?》
《二人とも女の子の服似合いそうじゃない?》
《うーん。もっと力強い方が》
《二人ともクッソ強いぞ》
「女装が似合うとさ。着てやったらどうだ?」
「ちなみに君もだからね」
「チッ! 切り刻んで、力強さとやらを見せてやろうか」
「こーら。そんなこと言わないの」
ソロモンが睨みをきかせても、女性のみなさまは盛り上がりを増すだけだ。むしろ自分を睨んでと言わんばかりである。
ハルが彼をなだめる姿にも何かを見出したのか、所々で黄色い悲鳴が上がっている。
《ケイオスも引っ張り出せばよかったか。気の良い兄ちゃん枠で》
《……アイツも居ると、並びで何か察されるぞ?》
《確かに……》
ハル、ケイオス、ソロモンで争ったクッキングバトル。確かにそのことを連想されそうな並びである。
ハルが『ローズ』だった時のことを思い起こさせそうな要素は、なるべく少ない方がいいだろう。
「《お二人とも大人気ですなぁ。でもでもでもでも? 男性諸氏はそんなモテモテの美男子に、なにか思うところがおありでは?》」
《あるぞ! 当然な!》
《許せん!》
《モテ男死すべし!》
《言うほど許せんか?》
《結局ゲーム内の顔だしなぁ》
《ハルくんはリアルもあの顔だよ!》
《マジ? 俺もファンクラブ入っちゃう》
《俺だってチョコ欲しい!》
《こっちもイケメンキャラだぞ!》
《……おやおやぁ? 思ったより、好意的な方多いですなぁ》
《確かにね。たぶんだけどそれは、夢世界から僕への好感度を引き継いだ人たちだろう。新作に誘導した影響で、ここに居るのも、まあ納得か》
《たしかにたしかに》
《今度は何をやったんだお前ら……》
今までは、『知る人ぞ知る』上位プレイヤーでしかなかったハルに、いつの間にか普通のファンが増えている。しかも男女問わず。
いきなり湧いて出たその感情も、この情報社会だ、『埋もれていた実力者』を発掘した感動、いわゆるバズの波ということで自然と処理された。
その背後には、月乃によるさりげない情報の流布も一枚噛んでいたようである。抜け目のないことだ。
《まいったね、どうも。それじゃこれまでのように、しれっと新技術を使っての展開、という流れもやりにくくなってる?》
《かもしれませんなぁ》
《そもそもしれっとやるな、そんなこと……》
今回のガラスの建材も、そうなるとハルの想定以上の騒ぎになってしまうかも知れない。
ことが自発的で自然発生的なものなので、月乃に釘を刺しておけばいいというだけの話では済まない。厄介なことだ。
「《あれあれまぁまぁ。それでは、ご用意させていただいたアンチ・イケメンの罰ゲームはご不要な感じで? 悲しいですわぁ》」
《いいや、要るぞ!》
《待っていたぜぇ、この時を!》
《モテ男ゆるさない!》
《ハーレム野郎に天罰を!》
《職権乱用を許すなー!》
《コネも許すなー!》
「チッ……、こいつら、好き放題に……」
「どうやら、無事にヘイトを集めてはしまったようだね?」
……そこを安心して、果たしていいものなのだろうか?
ただ、あまり全肯定されるよりは、こちらの方がハルとしてはやりやすいのは確からしい。普段の調子が戻ってくるのを感じているハルだ。
とはいえ、それにより齎されるハルたちへの罰ゲーム。それは、決して歓迎できる内容ではないのであった。
◇
「《モテモテな美男子たちに対抗するために作られた特別ルール、それがこちらとなりますぅ。名付けて! 『劇薬!? トロイのチョコレート大作戦』ですわぁ》」
「は?」
「うん。不安しかない。というか劇薬やめよう?」
仮にも食べ物を扱うイベントでなんてことを言っているのだろうか。
「《こちら甘くて美味しい普通のスイーツをお出しする女性陣に対抗し、嫉妬の炎に狂った殿方が、プレゼントに偽装したトラップをこっそり混ぜ込み、イケメン共に送り付けてやろうという企画なんですなぁ》」
「……狂ってやがる」
「食べ物で遊ぶなカゲツ。信念を違えたか。いやマジでやめない?」
「《遊びではありませんー。これはあくまで、既存の発想に囚われぬ崇高なおりょーり研究の一環です》」
「チッ……、訳のわからんことを……」
「チッ。理論武装しているか」
「《ご兄弟かなにかでぇ?》」
そのルールというのはこうだ。ハルたちが女の子たちにモテることを良しとしない勢力(男女問わず)は、ただ甘いだけではない材料を使いこの戦争に一石を投じる。
それは見た目は普通のチョコレートや、美味しそうなお菓子に偽装しトロイの木馬のように送り込まれてくるのだ。
甘く、とろけるような天上の至福の時を期待していた男二人は、そのトラップにまんまと引っかかる。
そうして見事ハルとソロモンを悶絶させることに成功したら、嫉妬組の勝利という訳だ。
そうした内容を、カゲツは参加プレイヤーに説明していった。
「帰っていいか?」
「だめ」
ハルだって帰りたいのだ。我慢していただきたい。
「《ただし! ここで大切なご注意がございますぅ。先ほども申しましたよーに、これは食べ物を使ったお遊びではございません。あくまで、新たな味の、探求が目的となりますぅ》」
「ならお前が審査しろカゲツ」
「まったくだ」
まあ、恐らくだが当然カゲツ自身もきちんとチェックはするのだろう。味に関しては、彼女はブレることなく真摯である。
むしろ、こちらの方こそが彼女の今回の真の目的である可能性すら高かった。
既存のお菓子の枠に囚われぬ更なる味の発展を、こうした言い訳を設けて探求したいのかも知れない。
「《ですので、自動判定ポイントが一定値以下になったおりょーりは、お二人へとお送りすることが出来ません。くれぐれも、料理の体を成していない物で、復讐しようとなさらぬよーに》」
「……ひとまずゲテモノは避けられそうだな」
「まず僕ら加害者じゃないんだけど? 復讐される謂れはないが」
《モテ罪により死刑!》
《ハーレム罪は重罪……!》
《美しすぎ罪?》
《優秀すぎで罪》
《うらやま死罪》
《尊しけい》
まあ、嫉妬とはいうもののお祭りの一環だ。ユーザーたちが楽しんでくれるなら、それに越したことはない。
「《それら両勢力のお菓子は、『すいーとポイント』と『しっとポイント』に分かれて集計されますぅ。両勢力ごとに個人の優秀賞を選出すると同時にぃ、合計ポイントの高い勢力にちなんだアイテムが、今回の全体配布に決定されますぅ~~》」
《ええーっ!》
《変なのやだやだ!》
《よっしゃあ! バレイベを嫉妬の炎で染め尽くす!》
《これはチャンス!》
《可愛いのがいいなぁ……》
《い、意外と気合入れないといけないかも!》
「《はいな。お好みの景品がお手元に残るように、みなさま張り切っていきましょう。なお、審査員のお二方とウチが『これは』と思ったおりょーりは、リアルタイムで現実の会場でも随時生成可能になりお召し上がりいただけます》」
「会場のみなさんも、観戦しつつ楽しんで行ってくださいね」
「……オレたちに文句は言うなよな」
現実の会場へと紛れ込んだハルの分身が、そちらも沸き立つ気配を感じた。急な開催だったがなかなかに盛り上がっている。
既に登録済みの既存のスイーツが会場では次々と生成されて、食べ放題形式で来場者には振る舞われている。
どうかお腹を一杯にしすぎない程度に、プレイヤーの奮戦を見守りながら楽しんでほしい。
「《それではではでは! 緊急イベント、これよりスタートですぅ!》」




