第1504話 硝子のように儚く?
「そんな感じで、急遽僕らでリアルイベントの会場設営をすることになった。業者が押さえられなかったからね。キリキリ働いていこう」
「はっ!」「はっ!」「はっ!」
「……アルベルト。軍隊じゃないんだ。設営のバイトはそんな反応しない」
「失礼っしたぁ」「わりっす」「ちゃらーっす」
「頼むから普通にやれ」
前途多難なことである。
特設会場の設営のために集ったのは、異世界からロボットボディを操るアルベルトの群れ。どう見ても、人間と見分けのつかない出来だ。
人手を用意することに関しては彼の右に出るものはなく、当日依頼であっても即時対応。
機械の体を介すことで、次元の壁を越えられぬ制限もなんのそのだ。
「ただやはり、心許ないと言う他ありません」
「この程度の数しかご用意できず……」
「私としても、十分な準備を進めていたつもりであったのですが」
「いや十分だっての。これ以上用意して、お前は要塞でも建築する気でいるのか?」
「そうですよぉ。というか、この状況って普通にサイバーでホラーな感じですよねぇ。人間と見分けのつかない、サイボーグさんたちが街に紛れ込んで……」
「しかも操ってるのが異星からだからね。エイリアンだエイリアン。侵略だね」
「いやそこまでは言ってないんですけどぉ」
アニメか映画か、何かで似たようなシチュエーションを見たことのあるらしいイシスが引きつった笑みで愉快な顔を浮かべていた。
そんな一糸乱れず整列するアルベルト群を指揮することとなるのは、もはやおなじみとなったこの食品メーカー勤務の現場監督さんだ。
「君たちは、今日はこの現場監督のイシスさんの言うことをよく聞くように」
「はいっ!」「わかりました!」「了解です!」
「……まあいいだろう。やる気がありすぎるバイトたちだが」
「そもそも、私が指示することなんか何かあるんですかハルさんー」
「うん。あるよ。『常識』とか」
「確かに責任重大そうですねそれは……」
ハルも含め、この場の面々は一般的な常識というものに疎い。
各自がやりたい放題にしてしまった結果、この市街地のど真ん中に一夜魔王城が出現することになりかねない。
イシスには、一般人代表として普通の感性でそうしたやりすぎを止めてもらうことが期待されていた。
「……うん。無理な気がしてきました」
「諦めないで」
「だってだってぇ。私一人じゃ無理ですってぇ」
「大丈夫だって。いっぱいいるように見えても、中身は全部合わせても三人しか居ないんだから」
「……そうは言いますけどねぇハルさん。……って、んん? 三人?」
「そうだけど。どうかした?」
「……全員、アルベルトさんじゃないんですか?」
「確かに、多くの者は私です」「ですが全てではありません」「おおよそ三分の二程度かと」
「そ、それ以外は?」
「僕だ」「これも僕で」「そして僕」
「うげぇ!」
「『うげぇ』言うなと。美人が台無しだよ」
「……うううぅ。そういえばこの人に常識を期待しちゃいけないんでした」
失礼なことである。しかし、そのためにイシスが居るといっていい。自分の役割を正しく認識してくれているようで、何よりである。
アルベルトだけでも問題ないといえば問題ないのだが、見た目の人数を稼ぐためにハルもまた自分の分身を混ぜている。
最近は、分身を活躍させる機会がなかったので無駄に張り切っていると指摘されたら否定できないかも知れないハルだ。
当然、外見は完全にハルと分からぬよう作り変えているが、個々の細かな仕草に変化をつけることについては、到底アルベルトに及ばない。
先ほどは幸先不安な対応を見せていたアルベルトだが、ハルの関わらぬ場面ではほぼ見分けのつかない完璧な擬態が出来ると断言できる。それこそ見破れるのはハルくらいなもの。
「私にとってはトラップでしかないですよぉ。アルベルトさんだと思って声かけたら、ハルさんの化けた人だった、とかぁ……」
「化けた言うな。別にいいじゃないか。指示は受け付けるよ、現場監督さん」
「ドヤ顔で上司に指示とか気まずすぎますって。何か見分ける方法はないんです?」
「それなら、他のバイトと話していて、へりくだっていたらアルベルトか……? いや、それに当てはまらないパターンもある……」
「そういえば、確かさっき『三人』って言ってましたね」
そうなのだ。この場に集った構成員、もといバイト達の中身は三人で分担し操作している。
大半がアルベルト操作で、残る半分がハルの分身。そして最後に残ったのが。
「ど、どなたなので?」
「メタちゃんだよ」
「ふにゃ~~?」
「うええぇっ!!?」
「にゃっ!?」
「こら、驚かせちゃダメだってイシスさん」
「す、すみません……! えっ、これ私が悪いんでしょうか……!?」
人間にしか見えずに並んでいた者の一部が猫だった。人に扮したエイリアンサイボーグよりも、そちらの方が衝撃の展開だったらしいイシス。
相変わらず愉快でいい反応をする。これを見たくて、この場をセッティングしたといってもいい。
いやもちろん半分は冗談だが、中身を黙っていたのはハルの悪戯なのも事実。
「にゃうにゃう♪」
「と、このように、メタちゃんに話しかけてしまうと一般人に不審がられる危険性がある。それを避けて、見事監督作業を成功させるんだよ」
「いつの間にそういうゲームになったんです?」
「高得点出したら帰りにその辺のバレンタインふぇすやってる好きなお店に寄っていいから」
「やります」
「うみゃーお♪」
「今『チョロイ』って言いましたメタちゃん?」
何だかんだで、イシスも神様たちにも順応しているようでなによりである。
そんな狂気のメンバーたちで、突貫工事のイベント設営が始まるのだった。
*
「……とはいえこの手の準備って、もともと一日で終わっちゃうもんですよね。私も何度か手配に関わっていましたけど。なら実は、そんなに心配することなかったり?」
「そうはいかないよイシスさん。彼らの仕事が早いのは、事前に資材もマニュアルもしっかりと準備をしているからだ」
「ええ。ズブの素人の我々が、真似できるものではありません」
「じゃ、じゃあ、どうするんです……?」
「当然、ズルをする」
「ですよねー……」
とはいえ、この日本のしかも街中で、やりたい放題に魔法を使えばさすがにバレる。
エーテルネットによる監視の目はそこそこに優秀で、ハルも舐めてかかればその監視網に引っかかるだろう。
伊達に現代日本の秩序の象徴であり、技術の集大成ではないのであった。
「……という訳でズルはするにしても、比較的こっそりとズルしないといけない。バレないように気をつけよう」
「大胆なんだか、セコいんだか」
「具体的には、この場で直接ハル様が<物質化>を行うことは出来ません。物品の出どころというのは、この時代それなりに厳しくチェックされておりますので」
「そんな中で、お前はよくそんな全身機械式のボディなんて組み上げられたよな」
「あるところには、あるものです」
「闇が深そうですねぇ……」
そう、チェックが厳しいとはいえ、一から十まで徹底的に監視されている訳ではない。そこに、ハルたちにとっての抜け道もあった。
具体的には、屋内であれば監視が緩く、また地域によっても実はチェックの甘い地域がある。
そして、無から有が生み出される事には異常を検出するが、何処かから運搬されてきた物には意外なほど無頓着だ。『どうせその場で作られた物』、と判定をサボる。
「ということで僕らは急遽、とある地区の空き店舗を購入して新会社をでっち上げ、そこから材料を運搬することにした」
「しょ、書類は……?」
「偽造した」
「ですよねぇ……」
「以前私が居たような、人の目に触れづらい位置を選びました。抜かりはございません」
「な、なるほど? そこで、普通のイベント会社が使うような資材セットを合成して、ここに運んで来ればオーケーなんですね」
「いや、そうもいかない」
「そうなんです? でもデータは完全にでっち上げたんですよね?」
「ですが人の記憶はそうもいきません、イシス様。狭い業界です。今まで一度も見たこともないような連中が、ある日突然、自分達の真似ごとをし始めたら、『どこから出てきた』となるのは必然」
「そんなに気にしますかねぇ?」
気にしないかも知れない。しかし、中には気にする者が居るかも知れない。利権に敏感だとなおさら厄介だ。
「なので、あえて既存の資材は使わない、まったくの別業種として開業することにした」
「はあ。それはどんな」
「ガラス屋でございます」
「ガラス屋さん」
ぽかん、と聞き返すイシス。あまり馴染みはないようだ。
しかしイシスの仕事と馴染みはなくとも、現代でも決して欠かせぬ重要な業種。特にエーテルネットの普及は進歩が著しく、前時代では無かった構造の進化したガラスが次々生まれ、見渡せばそこかしこで使われている。
今も周囲の通路には、どこもガラス張りのカバーで覆われているのがこの街では日常の風景となっていた。
「現代の建築では、エーテルのたっぷりつまったペースト材を粘土細工のように下から固めて、短時間で構造躯体を形成できる」
「ああ、見たことあります。スライムみたいでキモいですよね」
「キモいとか言ってあげるな。現場のひと泣くぞ」
「ですがそれでも、一日で仕上げるとなると構築速度にはいささか難がございます」
「形と強度を保って、その場に固着させるのが案外大変だからね。だから、イベント屋さんは仮組みの資材の上にペーストを薄く這わせることで、その欠点を克服してるんだ」
「スライムが這い登ってくるみたいでキモかったです」
「イシスさんの上に這い登らせるよ?」
「キモくないです大変で繊細なおしごとです」
実は完全にガチガチにするだけならもっと楽にも出来るのだが、イベントなので基本的には使った後は即撤収だ。ガチガチにしては崩す際に苦労する。
建材内部のエーテルに、『結合解除』の指示を出せばすぐに元のペーストに戻るのも、この材料の優れた部分だ。
なお、悪意ある者によってハッキングを受けると、一瞬にして会場がスライムまみれになるという恐ろしいテロ行為が可能になるという欠点もあるにはあるが、今のところそうした悲劇は起きていない。
「けどこんな素敵なペースト建材にも弱点はあってね」
「意外と取り回しが難しい」
「うん。そして骨組みが必要になる関係上、透明を交えた設計がとりにくいって部分だ」
「なるほど。『舞台裏』が見えたら、テンション下がっちゃいますもんねぇ。あっ、そこでガラスなんですね」
「そういうことだね。以前、夜の学園に不法侵入してた際にね」
「いやしないでくださいよ。なにやってんですか……」
「まあ、必要なことだったんだ。なあアルベルト」
「ええ。超法規的措置というやつです」
「まあいいですけど、いまさら。それで、どうしたんです?」
「その時にガラスを液体状にして通り抜けるように侵入してさ。これは使えるんじゃないかと」
「思って作っちゃった訳ですね」
「うん」
「……大丈夫ですかねぇ。私今度は、『建築メーカー勤務』って言われないでしょうか? そっちの業界からも睨まれたりして」
それは大丈夫、なはずだ。今回は別に、そんなに手広く取引を広げる気はない。
とまあそんなこんなで、ハルたちは工期を大幅に短縮しつつも、今までになく見栄えのいい即席会場を設営する新素材でこの場を乗り切ることにした。
新素材を作るメーカーだ、見たことも聞いたこともなくても、誰にも疑問視される心配もない。
「よし。そんな新材料がそろそろ届くよ。作業開始の準備だアルベルト」
「はっ!」
「それってどんなのです? やっぱり透明のスライムでしょうか?」
「うんまあ、それは、そう」
「……不安ですねぇ」
「まあ、実際に見れば綺麗で感動するかもよ? そうだな、女の子向けのイベントだし、巨大なガラスの城でも作ろうか」
「常識! いきなり常識飛び越えないでください! というかそんな建築、法令的には大丈夫なんですか!?」
「そこは、奥様が一瞬で許可とってきてくれたよ。問題ない」
「この親にしてこの子ありというか……」
常識担当のイシスには、早くもため息をつかせきりだ。
そんな彼女の心労と引き換えに、ハルたちのイベント会場は楽しくも容易く、出来上がっていくのであった。




