第1503話 甘い彼の事情と彼が甘い話
「ということらしいのですが」
「面白そうじゃない。でもねハルくん、さすがに準備のための時間が足りないわ? 電脳空間と違って、データだけあれば一瞬で用意可能、とはいかないものよ?」
「そこは、奥様の力で許可だけねじ込んでもらえれば。後は僕らの方でなんとかするので」
「たくましくなったわねぇハルくんも……、私を顎で使うようになるなんて……」
「すみません……」
「いえ、それはいいのだけれどね? 場所が確保できても、物の準備が間に合わないのでなくって?」
イベントの設営ともなれば、多種多様な物資が必要となってくるものだ。特にハルたちの場合は、大型の合成式調理装置が何台も必要となってくる。
更には専用の『食材』の確保も大きな課題であり、流石の月乃であってもそうした物理的に用意しきれない物はどうあがいても、どれだけ大金と権力を用いても無理なものは無理だった。
「そこは僕がなんとかします」
「……一応聞くけれど、どうやって?」
「<物質化>で」
「……明らかに無から現れた資材の整合性はどう取るのかしら?」
「データを改竄します。一切の不自然さは残しません。ご安心を」
「……会場の設営は? そこは<物質化>でやったら見咎められるわよ? ハル君たちだけでやるわけにもいかないでしょう」
「アルベルト」
「《はっ!》」
「やれるか?」
「《お任せください。奥様、当日は小林にお休みをいただいても?》」
「……いいわよ。……はぁ。本当にたくましくなったわ?」
「僕もアメジストやらのことを言えませんね……」
日本人から見れば、ハルだってアメジスト並に、いやそれ以上に暗躍し好き放題やっている存在に映るだろう。
特に、日本に魔法を持ち込んで好き勝手やっているのは、元からアメジスト以上の“環境”破壊なハルなのだった。
「いえね? 別に責めている訳ではないのよ。むしろお母さん応援しちゃう! これを機に、食品産業を足掛かりにしてハル君が世界支配に乗り出す第一歩になるかも知れないし!」
「なりません。というか諦めてなかったんですね」
「当然よ! 一回失敗したくらいでめげていたら、私は今の地位にはいません!」
「ごもっともなことで……」
味方になってもなお厄介、とはアメジストの存在で感じたばかりの感想であるが、そんな彼女よりもずっと以前から、こうして厄介な味方は存在していたのであった。
月乃のそんな野望を理解していつつ、こうして離れられない、それどころか頼ってしまうハルにも問題はあるのだが。
「まあ、色々と言いましたけど、問題はないとは思うわよ? 先月も、お正月のイベントを開いたばかりじゃない? また今月もやったところで、誤差よ誤差」
「さすがにそうはならないでしょう……」
「そうかしら? 『どうせなんかやる』って思われてるわ、世間には」
「まあ、そうですね。このイベントが無くても、提携店になってくれている周囲のお店には、バレンタイン合わせで新メニューが追加される予定にはなっていますし」
「あら、やるじゃない。一番手間のかかる部分を完全に他者に委託する。いいセンスよ?」
「さすがにどうあがいても、自分達で飲食店経営までは出来ませんからね……」
少数精鋭を基本とするハルたちでは、どうしても人的リソースが足りなかった。そこは、既存の飲食店に助けてもらっている。
彼らには無料で装置を導入してもらい、それ以外は通常通りに経営してもらう。食品の『設計図』は季節ごとに自動でダウンロードされる仕組みになっていて、ほぼ手間と追加費用無しでの運用が可能だ。
その売り上げの一部から装置代金は自動的に徴収される仕組みで、地味ではあるが提携店が増えるごとになかなかの収益になっていった。
この部分だけ見れば、既存産業との共存を果たすことに成功した、と言っていいだろう。
「うんうん。『食品メーカー』として自覚が出てきたみたいね?」
「奥様までそんなこと言わないでくださいよ……、ゲームメーカーです……」
「いいじゃないの、方針転換したって。一次産業乗っ取りの方が、燃えるわ?」
「食品合成を一次産業って言っていいんですかね」
「だめよハルくん。このエーテル時代に管理者さまがそんな時代遅れのこと言っていちゃあ」
確かに、食品を合成により『構築』しているので、一次産業扱いでも良いのだろうか? まあその辺の定義は、世間に任せておけばいいだろう。特にハルが悩むことではない。
しかしこうなってくると、エーテル技術もまた<物質化>に匹敵するレベルで、無法になってきた気のするハルだった。
ただもしハルの推測どおり、エーテルエネルギーもまた魔力と同様に別の宇宙からの流入物であるなら、その万能性にも納得がいく。
将来的にはハルの夢見たように、まさに『魔法』といったレベルの現象行使も可能となってゆくのだろうか?
「どうしたのかしら?」
「ああ、いえ。ここまできても一応まだ、魔法の方が優勢かな、と考えていまして」
「ハルくんは魔法が大好きよねぇ。でもほら、例のアメジストちゃん、捕まえたんでしょ? 彼女が、何か知っているんじゃないかしら?」
「後で聞き出してはみようと思います。ただあの子も気まぐれなので、喋るかどうかは別ですね」
「強制的に命令すればいいのに」
「自由意志を捻じ曲げるような<支配>はしたくないです。いえ、さすがに自由に暗躍することはロックさせてもらいますけど……」
「甘々ねぇ、相変わらず」
「たぶん、激甘ジュースを毎日飲まされ続けた影響でしょう」
「自虐ネタも相変わらず」
とはいえ一応、推測はついているハルだ。アメジストの今までの行動から、多少の予測は立てられる。
恐らくは、エーテル技術に使われるエネルギーと、超能力のコストは同じ物である。
しかしその力は、エーテルネットによってあまねく分散してしまったため、魔法のように強大な力は発揮できなくなった。
アメジストはそんな力を再び個人へ集めることで、超能力の出力を上昇させる目論見があるのではなかろうか。
偶然だろうけれども、雷都征十郎の妄想は的を射た考察であった可能性もある。
もちろん、ただそんな単純な話ではないはず。後で、彼女が話してくれるといいのだが。
「では、イベントの件よろしくお願いします。必要な書類などありましたら、こちらででっち上げますので」
「ハルくんが立派に育ってくれて、お母さんも鼻が高いわぁ」
「……ここまで無茶するのは今回だけです。終わったらカゲツには、しばらく大人しくさせます」
「でもその後は他の神にも、お手伝いのお礼が待っているのよね?」
「…………」
「次のおねだりも、期待しているわハルくん!」
「しませんから! たぶん……」
何でも快く頼みを聞き入れてくれる月乃だが、その度に彼女の計画もまた進行していくようで不安でもある。
まあ、全てが全てそんなに計算ずくという訳でもあるまい。母代わりとして、普通に甘えていい部分もあるだろう。
そう考えるのは、またハルの甘さなのだろうか?
「あっ! そうだ! お母さんも、そのゲームに参戦しようかしら!」
「勘弁してください。それは本当に」
「おお。ここにきて目がマジね?」
さすがにそこは、ハルとて許容する訳にはいかなかった。自分の影響力を考えて欲しい。
以前も『保険屋』の時のような前例がある。当日本当に飛び入りで参加してきやしないかと、今から戦々恐々なハルだった。
*
「ぐいーっ♪」
「わあ、メタちゃんすごいですね。伸びで器用に、生地を伸ばせるなんて」
「ねこさんの、得意技なのです!」
「にゃうにゃう♪」
お屋敷へとハルが戻ると、そこではまたお菓子作りが行われていた。
イシスとアイリが見守る中、猫のメタが伸びをするポーズを取りながら麵棒を操り、クッキー生地を平らに伸ばしている。
アイリたちがその生地から型を抜くと、残った生地を再び丸めて、その肉球のついた足で、ぺたぺた、と踏み捏ねはじめた。
「ふなっ、ふなうっ♪」
「わあ、可愛い」
「熟練のふみふみですね、ねこさん!」
「ぐいーっ」
そうして再びの伸び、いや『伸ばし』。可愛い猫と、可愛い女の子たちのお菓子作りは、見ているだけで癒されるようだ。
なお、メタの身体はこれ以上なく清潔で、毛も抜け落ちたりなどしないことを保証しておく。
「楽しそうだねみんな」
「あっ、ハルさん!」
「わっ、お帰りなさい。いつの間に……」
「いや、覗き見するつもりじゃなかったんだけどね」
「ふにゃ~~?」
メタに夢中でハルの存在に気付いていなかったようで、イシスがびくりと飛び跳ねてしまった。猫のようだ。
ちなみに当のメタはといえば当然、とっくにハルの接近は感知していた。その猫センサーは最高級なのだ。
そんな二人と一匹と共に、ハルはしばし平和な時間を楽しむことにする。ここ最近は、こうした贅沢な時間をなかなか取れていなかった気がする。例外は正月くらいだろうか。
どうしても夢世界と、そしてアメジストへの対処に神経を集中させていた。たまには、こういう時間も悪くない。
「うーん、おごりかと思っていた約束のスイーツタイム。まさかこうして自分で作るとは思いませんでしたが、これはこれでいいですねぇ」
「自分で作ると、美味しさ倍増なのです!」
「にゃんにゃん♪」
「悪いねイシスさん。結局働かせちゃって」
「なんのなんの。ねこちゃんも可愛いし、素敵な趣味の時間ですって」
「そっか。じゃあその調子で、当日の現場監督もよろしくね」
「はいはいお任せ、って、なんですと!?」
「うん、いい反応どうも。そして申し訳ない。暇があったら、現場のスイーツも食べ放題だから」
「暇、あるんですかねぇ……、果たして……」
頑張れ食品メーカー勤務。今はそれしか、ハルには言えなかった。
「あっ! そういえば! ゲームの方のイベント内容も、どうやら決まったようですよ!」
「ぎりぎりなんだから、あまり変な内容じゃないといいんだけど」
「はい! どうやら、審査員のハルさんに、プレゼントを渡してポイント数を競うイベントになるようです!」
「……は? 狂ってるのかカゲツ?」
「頑張ってくださいハルさん。人ごみの陰から、応援してます」
イシスの反撃にも、応じる余裕がない。
ただでさえ無告知だというのに、そんな一部ユーザーから反感を買うような形式にして、カゲツは何を考えているというのだろうか?




