第1501話 甘味と罪人と危険な香り
本日より気分も一新して新章のスタートです! ひとまずは、のんびりとしたお話で展開していくかと思われます。
「それで、結局最後まで聞かずに帰って来てしまったのね?」
「だって、長かったから……」
「もう。しょうがない人ね?」
「んでもルナちー。ハル君がなかなか起きてこないから心配してたじゃんさ」
「そういう余計なことは言わなくていいの、ユキ」
そう、エリクシルの話を聞いている最中は、ハルは眠っている状態、いや正確には気絶や意識不明に近い状態となっている。
あまり待たせすぎては、彼女らが不安がるだろうということで、ハルは全ての内容を聞かないままに切り上げてきた。
実際、魂の繋がりからもそうした焦燥感が伝わって来ていた気がする。
「……でも構わなかったのかしら? そんなことで、貴重な情報収集の機会をふいにして」
「『そんなこと』じゃないさ。僕にとっては、何よりも優先されることだよ」
「よーそゆことシラフで言えるなハル君……」
「僕は酔えないからね」
「そのボケた返し、クシるんの影響受けてないかー?」
とはいえハルも、何も考えずに情報源を手放した訳ではない。途中で切り上げたことには、もう一つ理由があった。
「それに、『また聞きに来る』ってことで、次の約束をとりつけて来たからね」
「なるほど? デートを一度で終わらせない、女を落とすためのテクニックということね? 抜かりないわ?」
「ルナちーもそれでオトされたん?」
「どちらかといえば、それはユキでしょうに」
「いや、うちらはなんも約束せんとも、次も遊ぶのが当然になってたし……」
「……別にそういう訳ではないんだが」
これは遊びの約束というよりも、有耶無耶になって逃がさないための『契約』に近かった。
まあそんなことを言うと、また『逃がさない』あたりに反応されそうなので口には出さないハルなのだが。たまには学習するハルだ。
「次の契約があれば、神様たちはそれを守らなければならない。それを利用して、あの空間その物へも継続して探りを入れていきたい」
「なるほど? 仕事をダシにして女を逃がさないということね?」
学習しても無駄のようだった。
それはさておき、実際にエリクシルの話が非常に長くなりそうだったのも事実ではある。あのままでは、ハルは意識不明で寝たきりだ。
家族のように暮らす皆に心配をかけたくない、というのも勿論ハルの本音ではあるが、それ以外でも気がかりな心配ごとがハルにはある。
新たに家族の一員として加わった、お騒がせの問題児のことについてだ。
「……それよりも、アメジストはどうしてるの? 他のみんなに、迷惑かけてたりしない?」
「だいじょぶだよー。ああ見えてお行儀いいし、礼儀正しい。メイドさんたちにも優しいし」
「本当、ああ見えてね……」
「ま、まあ暴走しなければよくできたお嬢様ではあるか……」
そう、めでたく(?)お縄になりハルたち預かりとなったアメジストは、これからこのお屋敷で暮らすことになる。
まあ別に住居は別に用意してもいいのだが、恐らく本人もこちらを希望するだろう。『隣家からこっそり見守りたい』などと言い出したら殴ろうと思う。
「この家の囚人も増えたねぇ」
「囚人言うな」
「だってエメっちょでしょ、もすもす、そしてジスちゃん。どいつもやらかしの規模がでかい」
「……意外と、アメジストが一番大人しかったりするのかしら?」
「業が深いねぇ」
「ま、まあ、神様はみんなやることが派手だから……」
「やっぱ一番は外患誘致罪のエメっちょ?」
「いや。宇宙崩壊未遂罪のコスモスだね」
「もうなにがなにやらね……」
日本に異世界から魔力や魔法の道具やモノリスの欠片を送り込み、大きな混乱を引き起こしかけたエメ。
人の意識を人工的に生成、無限複製し、この宇宙を許容限界超過させようとしたコスモス。
この二人に比べれば、アメジストなどまだ可愛いもの、なのだろうか?
「で、そんな大罪人は今なにを?」
「ええ。今はアイリちゃんたちと一緒に、チョコレートを作っているはずよ?」
「なぜにチョコレート……? ああ、そういえば、世間はバレンタインの時期だったか……」
「忘れるなー、ゲーム会社のひとー」
ネットゲームではバレンタインデーには特別なイベントを開かないといけないのだ。そう決まっているのだ。
いや別に決まってなどいないが、祭りがあればとりあえず乗っかるのが日本人。
とはいえ最近のハルたちは、そうした催しを気にしている余裕はなかった。だからといって余裕が出来た瞬間に、というのも順応しすぎではあると思うが。特にアメジスト。
「まあひとまず、様子を見に行ってみようかね」
「きっと驚くわよ?」
「えっ、なにそれ不安になるんだけど……」
なにを驚くような事態になっているのだろうか?
とはいえルナのいたずらめいて笑う表情から察するに、そう深刻な事態ではないと思われるが、さて?
ハルは少々の期待とそこそこ大きな不安を抱えながら、彼女らの居るらしいお屋敷のキッチンへと赴いていくのであった。
*
「あら、ご主人様、お帰りなさいませ」
「誰がご主人様だ」
「違いまして?」
「……不本意ながら、そうなのかも」
「でしょう。わたくし、今日からメイド系美少女を目指すのもありかと思いますの」
「本物のメイドさんの居る前でナメた発言やめよう? それに、そんなメイド服があるか」
「ですがフリルが、付いております。ほらこんなに」
「お前の中でメイド服とはフリルなのか……」
ひらひらでふわふわな、ゴシックロリータ衣装に身を包み、そこに上からエプロンだけをあしらった姿のアメジスト。
……これも確かに見ようによっては、『エプロンドレス』、ということ、なのだろうか?
「いやどう考えても違うだろう。混乱するな僕……」
「あーん。誤魔化されてはくれませんわ」
わざとらしくボウルを抱えたまま、調理中アピールも欠かさない。似合っているのがまた質が悪かった。
「あー、起きましたねーハルさんー。アメジストー、あなたはカカオバターを売っていないでさっさとおやつを作るんですよー」
「別にわたくし、カナリーのためにチョコづくりをしている訳ではないのですが……」
「いいから刑務作業に戻りなさいー。今はアイリちゃんが、ハルさんに用なんですよー」
「そうでしたわね。あと刑務作業でもございません……」
ここでも罪人扱いのアメジストであった。
そんな罪深きアメジストがカナリーの言うことに大人しく従っているのは刑に服しているから、ではなく、どうやらアイリが何か関係しているらしい。
先ほどルナが言っていたのも、このことだろうか。
ハルがなにごとなのだろうと不思議がっていると、キッチンの奥から、おずおずと首を出してきたアイリと目が合った。
「ふ、ふおっ……!」
「恥ずかしがってないでちゃんと出てこないと見えませんよー?」
「そうですわ。よくお似合いなのは、わたくしが保証しますから」
「で、では……」
かちこちに緊張しつつ姿を現すアイリは、普段は見慣れぬ衣装を身に纏っていた。
それは、なんとアメジストと同じようなゴスロリ衣装。彼女の歓迎のためもあるのか、お揃いで着飾ってくれたようである。
「……驚いたね。似合っているじゃないか、アイリ。とってもかわいいよ」
「はっ、はいっ! ありがとうございます! わたくしでは、着こなせるか不安ではありましたが……!」
「何も心配する必要なんてないさ。アイリはかわいいから、きっと何を着たって似合うからね」
「なんだかわたくしに対する評価と、ずいぶんと差があります……」
「だってあなたの、タダの普段着ですしー」
それに加えて、アメジストはなんとなく素直に褒めたくない気もするハルだった。
そんなアメジストの代名詞ともいえるゴスロリ衣装だが、アイリの銀髪が良く映え、お世辞抜きで驚くほど似合っていた。
ハルに認められ不安が解消されたのか、アイリはいつもの快活さを取り戻し、自分自身でもその可愛い衣装を確かめるようにくるくるとその場で回転する。
全体を見れば見るほど良く出来ており、まったく即席の物とは思えない仕上がりだった。
「どうしたんだい、その服は?」
「これは、ルナさんが作ってくださったのです! すごいです! わたくしが言ったら、ぱぱっ、て用意してくれたんですから!」
「……ルナ、あの子、元々密かに用意してただろ?」
「ですねー」
「ご自分でも着ればよろしいのに」
可愛い物が大好きな割に、そういうことはしないルナだった。もっぱら、アイリを着せ替えて楽しむことに終始している。
自分には似合わないとか思っているのだろう。ただし、ゲームにログイン中は普段よりも抵抗が薄れるといった傾向もあった。
「はいはいー。あんまりキッチンでくるくるしないんですよー。食べ物の傍ですからねー」
「はっ、はいっ! 申し訳ありませんカナリー様! わたくし、つい!」
「傍若無人なあなたが、なにをいきなり常識人ぶっていますの?」
「カナリーちゃんはお菓子のことになると厳しいから。それで、チョコを作るんだっけ?」
「ええ。もちろんハル様に、プレゼントいたしますわ?」
「楽しみにお待ちください!」
「あまーいドリンクもつけちゃいますよー」
「嫌がらせか! い、いや、もちろん僕の為に作ってくれた物を、無碍にする気はないが……」
「『世界樹の吐息』が、ずいぶんとトラウマになっているご様子ですねぇ」
「……あれも、お前の仕込みじゃないだろうねアメジスト」
「はてさて?」
甘い飲み物と聞いて、つい反射的に反応してしまうくらいには懲り懲りなハルだった。
そんな『世界樹の吐息』事件の主犯であるカゲツも、どうやら参加している様子。まあ、食べ物といったら彼女、といったところもある。
なんだか、家庭内のささやかなイベントでは済まず、カゲツが関わるとまた話が大きくなりそうにも思えてくるが気のせいだろうか?
最近はずっと慌ただしかったので、この先少しはのんびりとしたいと思っているハルなのだが。
「……まあ、なるようになるでしょ」
「流石はハル様。トラブルには慣れすぎて、諦めを通り越しもはや悟りの境地にあるご様子」
「誰のせいだ誰の。あとアメジスト、あの『エリクシルネット』についての情報、あとで知っていること全部喋ってもらうからね」
「あらま。どうやらチョコでは、買収しきれなかったご様子。男の子はチョコ渡しておけばなんとでもなるのがお決まりですのに」
「ハルさんはチョコなんて貰いなれてますもんねー? そんな手は効きませんよー?」
「カナリー様には、実は効いていたのです……!」
どうやら買収された食いしん坊もいたようだ。
さておき、これはそこまで焦る話ではない。しかし、エリクシルから聞き出した中だけでも気になる情報がいくつかあった。その検証のためにも、アメジストの知っている範囲のすり合わせもしたい。
ただまあ、このイベントの間くらいは、ハル自身も騒動を忘れつつ、彼女らにも好きにやらせてやろうかと思うのだった。
三部が長引いてしまったせいで間章をはさめず、結果14日にバレンタインネタの締めを持ってくるといった綺麗な流れを逃した迂闊な作者……!




